い、忙しい……
「えっと……」
うっかり見つかってしまった、血で汚れた衣装。
追及を逃れることはできない。
いっそのこと護衛任務や裏の身分を打ち明けるか。
そう思った矢先。
「ババーン!!いつでもどこでも、都合のいい女神様!!デウスエクスマキナてんちゃん登場!!説明責任があるようなないような気がしたので来ましたーー!!」
部屋の扉を開け放って、天神様がやって来た。
説明責任?
一体なんの話だろうか。
「てんちゃん、今ちょっと大事な話してるから待っててもらえないです?」
「いやまあソレ、ボクが頼んだアサシンミッションのケガなんだよね」
「「えっ?」」
えっ?
なんでそんなウソを?
「実のところてんのすけ、人為的な氾濫を検知してリアラちゃんを首謀者暗殺に送り出していたのだァ~~!!邪神眷属が現れる前の話ね」
「ふぅん?衣服に着いた血の割にはケガがないみたいだけど?」
「そりゃもちろん、てんちゃんの名に誓って必要な物資を渡したからねぇ……福利厚生はしっかりしてるのよ?」
「てことだけど、ホント?」
「ホントだよ」
ひとまず、庇ってくれるというのなら乗っかろう。
「ま、そゆわけで。一応候補生って立場の子に仕事任せたわけだから箝口令敷いてたんだよね。リアラちゃんの事は許してあげてちょ」
「……一応、納得はしてあげますよ」
「あんがとね~。あ!そうだ(唐突ではない)。あとで報告に来てねリアラちゃん。ケガも考慮して後回しにしてたけど!!オーベロンの執務室までよろしく~~」
言いたいだけ言って、天神様はそのまま『スゥー』と消えて行った。
本当に都合のいい時に都合のいいように現れた……。
何か裏があるんじゃなかろうか。
絶対にある。
既に胃が痛い。
「呼ばれちゃったみたいだし、早速行ってくるよ。留守は頼んでいい?」
「どうせ泊まるつもりだったから良いよ」
「待って、それは良くない」
「ダメ……ですか?」
「……いいよ」
「対応の差……」
項垂れるアステリアを尻目に、私は《
多分、天神様は待っていてくれているだろうから。
特に何事もなく学院内を移動して、扉の前に到着。
ノックをして入室許可が下りてから入る。
「にゃあにゃあにゃあ!!すぐに来てくれると思っていたニャ~~」
入ると、そこには沈痛そうな表情をした《妖精王》学院長と、何故か猫獣人の格好をした天神様がいた。
「なぜ猫……?」
「ん?猫嫌い?」
「いえ、純粋に疑問で」
「気分」
「さようですか……」
全てに追及していたらきりがないので放っておいて。
「で、だにゃ。ぶっちゃけキミ、《赫焔》のとこの子でしょ?」
「……はい」
《赫焔》。
私が所属する組織、《黎明の焔》の長。
神の手が届かぬ悪を裁くために組織を設立し、代々襲名しているそうだけど、誰も見たことがないという。
いや、それはどうでもいい。
そこまで掴まれているというのであれば、逆らうのは愚策だ。
何せ相手は神である。
何をされるか分かったものではない。
「まま、身構えずとも難しいことは言わないよ。ちょっと伝言をお願いしたくてね」
「はぁ」
「《黎明の焔》総出でオークニー家潰して来て、って伝えといてくれる?」
「えっ」
まさかの発言に、耳を疑う。
オークニー家と言えば、神の血を引く直系の大家だ。
《英傑院》が存在するアルセリア皇国の公爵家であり、今なお権勢を誇っている。
王家との繋がりも厚い。
神の視座から見れば落ちぶれているのかもしれないが、生半可な力で潰せる相手ではない。
「今のオークニー要らないって言うかあ……アステリアちゃんとソラハリアちゃんを蝶よ花よと英雄に育てようとしない時点でダメなんですにゃー。本家と分家で争ってる場合じゃないんだよねー。ぶっちゃけボクが頑張ってここに匿ってるところあるしぃ……」
ああ、なるほど。
オークニー本家の攻撃から無事にここまでこれたのはそういうことだったのか。
道理で。
そして、天神様的には原石を壊そうとしたオークニー家はもう必要ないと言ったところか。
「1000年前も同じことしてるんだぜ?もういらないだろアレ。ボクから見たらもう他人だしさぁ。ひ孫くらいのところまではまあ、かわいく思えたけど、流石に10世代超えたら情も薄れるっていうかさ?客観的に見れるようになったよね。1500年前の時もいろいろ馬鹿やったしさあ、尻拭いするこっちの身にもなって欲しいよ本当に。勘弁して。ボクだって神である以前に心を持った一つの生命体である以上はそういう煩わしさを感じるわけで、適切な距離を取って欲しいって言うのが本音なところなんだけど……え?神子に過保護すぎ?うるせえ!!神子はいつだって可愛いんだよ!!やっぱりさぁ、愛する伴侶と似た姿の子供が産まれたらテンション爆上げなわけでぇ、加護の一つや二つや三つあげちゃうよねえ……」
「話が脱線していますよ、天神様」
「おっとっと。とどのつまり、今のオークニー家はカス!!ってこと」
「はぁ……」
「剣神も猫神も結構ストレスたまってるみたいだからさ~~、潰しておk!!」
「しかし、伝えるのは構いませんが、生半可な力で潰せる相手ではないのですが」
「知ってる。まあ今すぐにとは言わないさ。いつかはやって欲しいなって感じ」
「さようですか……」
オークニー公爵家は、完全に見捨てられたということなのだろう。
これまで見捨てられなかったのが不思議ではあるが。
「てか通信回線寄越して?直接言うわ」
「えっ」
「オラ、ログは確保してあんだよ!!あの程度のちんけな暗号化で誤魔化せると思うなよ!!というわけでprrrrrr」
『《墜剣》、定例報告ではないがどうした』
「あ、《赫焔》くん直通だったんだァ!おっひさ~~!!元気してるぅ?まだ諦めてないようで何より!!オークニー家潰しといて!!」
え、直属の上司、組織の長だったんですか。
『……天神か。相も変わらず奇天烈な言動のようだな』
「へいへいへーい、不敬度高まってなーい?リアラちゃんを《英傑院》に潜り込ませるとかやってくれるじゃーん。リアラちゃんの事は気に入ってるから見逃してあげるけどぉ、それはそれとしてケジメが必要だよねえ?お互い不干渉ってことだったじゃーん?」
『ソラハリア=オークニーとアステリア=オークニーの保護のために必要な措置だった。我々とて、オークニー家の暴走を良しとはしていない』
「意見は一致しているようで何よりだけど、自分たちが見逃されてる立場ってことを思い出してほしいねえ。それとも一万年前みたいにまた雷霆で焼かれたいのかニャー?」
『御免被る。詫びろというのなら耳寄りの情報を渡そう。邪神教団《生命の樹》がオークニー家と手を組んだ。肉体改造された傀儡戦士が攻め込んでくるのも時間の問題だ』
「にゃ、にゃんですとー!?兵士の練度は?」
『一体一体がなりたての英雄に匹敵するだろう。強くても中堅の域を出ないが、数が尋常ではない。こちらの調査では、既に一万を超える兵を確認している。今はまだ公爵領で潜んでいるようだが、王家直轄領の《英傑院》にすぐに向かえる陣取りをしている』
「はぁ~~(クソデカ溜息)。仕方がないな~~、その情報で潰すのは許してあげようじゃあないか」
『オークニー公爵家を潰すのは決定事項なのだな』
「モチモチのロン。ソラハリアちゃんとアステリアちゃんだけ残して、後は一掃する~~」
『承知した。我々もまだ終わるわけにはいかぬ故、従おう』
「そんじゃね~」
一通りのやり取りがあった後、通信はそれで終わった。
「はい、というわけでまあ、防備を固める必要がありますが」
「はいじゃないですが、天神様?」
「まあまあ、コ↑コ↓には奥の手もあるし大丈夫です。安心して学園生活を楽しみなさいな。絶望なんてさせないよ。実はボク、ハッピーエンドが大好きなんだ」
天神様はそう言うと二カッと笑い、用件は済んだと私を帰した。
部屋を出る時、最後の一瞬だけ。
天神様の顔が見えた。
『よりにもよって命を弄ぶ糞野郎どもと、か……』
無だった。
その顔には、いかなる感情を伺うことも、できなかった。
「ただいま」
「おかえり~」
「おかえりなさい、リアラさん」
「疲れた……」
「お疲れ」
天神様のあんな表情を見るのは初めてだった。
いつもは何を考えているのか分からない言動で、コロコロと楽しそうに表情を変えるが。
何もない無表情というのは、初めてだった。
「どったの」
「天神様が、ちょっとお怒りのようで」
「一体何があったのさ!?」
「ちょっと言えないかも……」
「無理に聞こうとするものではありませんね。お姉さま」
「わかってるよぅ……」
寝台に腰掛けて、少しだけ息を整える。
自分に向けられたものではないとはいえ、あの殺気を目の当たりにしては、流石に私もキツイ。
そう言った訓練は受けてきているが、常人ならばその重圧でそのまま死んでしまいそうなほどだった。
「もしかしてだけど、天神様って結構無茶言う感じ?」
「……そうかも」
「うひゃー、ボクもこれから気を付けないとねえ」
「お姉さまはそれより先に座学や教養が先では?」
「うぐ」
まあ、知らぬなら知らぬ方が良いのだろう。
神の殺意など、身に受けるものではない。
「んで、リアラ。しばらくは休み?」
「そうなるかな」
「やった、勉強教えて」
「自分でやってね」
「そんなっ!?」
それに、天神様が直々に楽しめと言ったのだ。
この生活を享受するのも、務めというものだろう。
この二人は、私が守るのだから。