ネフェルピトーに執着されるだけ 作:月と猫のダンス
能力が被ったら本当にごめんなさい。
一話 入国
HUNTER × HUNTERの世界に転生したとして、真っ当な神経を持っていたらNGLと東ゴルトー、それから暗黒大陸には近寄らないだろう。
ただでさえ転生したくない少年漫画ランキングでぼちぼち上位だと思われるHUNTER × HUNTERの世界にあって、ぶっちぎりで危険地帯だからだ。
ただまあ、そういう意識もかなり今は昔となっている。
20と余年も暮らせばこの世界が俺の現実になり、危険を冒してでも助けたいやつができる。
増して、50万人規模の虐殺を抑えられる可能性だってあるのに、全くのノータッチでいるのも気持ちが良くない。
そういうわけで、俺はキメラアント編前半の舞台、
ネオグリーンライフ自治国。通称NGL。
国是で機械文明を拒む森の国だ。電池一つ、銀歯一つ持ち込めない。国境の検問所で、俺は無線機と時計と携行食の缶を全部取り上げられた。こういうときこそ、俺が具現化系であればと思う。この検問は、操作系にとってなかなかの障害だ。
まあ逆に、その程度の問題でもある。検問ごときで命綱を手放す阿呆はいない。この後に待ち受けているのが、HUNTER × HUNTER最大最強最高の敵だとわかっているなら、尚更。
ポケットに突っ込んだままの依頼書を取り出し、日付と内容を改めて確認する。
依頼主はカイト。……有能で善良だとわかっている原作キャラクターと、ツテを作らない方がおかしい。それに、俺の同業でもある。
依頼書は一行しかなかった。「NGLで新種の噂。合流されたし。八月十二日、東部の岩棚」。それだけだ。無線もなければ予備日もない。来なければ死んだと思え、というのが野戦ハンター同士の作法で、俺とカイトはもう四年、それで済ませている。
報酬も安いことだろう。上位ハンターにとって金を稼ぐのは容易なことだが、カイトは金遣いが荒い。俺に回す分なんて大して残っていないだろう。俺も、それで良いと思っている。生きて帰ったら酒くらいは奢らせて、仕事のひとつでも吹っかけてやれば
さて。俺は森に入り、地面に残った痕跡を追いかけていた。
俺の原作知識には、残念ながら穴がある。好きな漫画の中身でも、事件が起こる日付まで覚えているマニアはほとんどいない。キメラアント編が始まるのはグリードアイランド編が終わった直後であり、主人公達──ゴンとキルアがグリードアイランドをクリアしたニュースが流れてきたのが昨日のこと。
まだ間に合う、とは考えているが、別件に時間を食い過ぎてしまった。おかげでヨークシンのオークションをアラームにしようとしていた計画が大破産だ。まあ、これも言っても仕方がない。
キメラアント編、第一目標。ポックルの救出。そして、それに伴うアリの念能力習得の遅延。
原作通りなら拠点で寝ているだけでいい。
俺がやるべきことは、一人でも死者を減らすことだ。
蜂の死体が転がっている。メモは持たされていない。
腹部を切開してみると、毒袋は空っぽだった。あまり状況は良くないと見える。
人間の痕跡を追い掛けるのは少し難しいのだが、急ぐ他ない。
心臓が跳ねていた。
キメラアントはすぐそこだ。
ロープを繰り、移動速度を早める。手の内を見せるのは悪手だが、四の五の言っていられるフェーズじゃない。
ポックル達が殺されるのは、確かザザンの隊によってだ。正確にはポックルは生け捕りだが。まだ念能力も持っていないアリになら、俺が負けることはまずないと言えるが、しかし、師団長とその副官クラスを相手取って油断できるほどでもない。
50mほどの
ポックル達を見つけたのは、ちょうど彼らがアリとの交戦を始めたタイミングだった。彼らが仕留めたであろうキメラアントが絶叫し、仲間を呼ぶ声に俺も呼び寄せられた形だ。
「
最初に円に触れ、俺に気がついたポックルの第一声がそれだった。状況は逼迫している。首のない人間の屍、食いちぎられた人間の屍、そして、ポックルとポンズ。
若干手遅れ。死体になった二人に脳内で謝罪する。
ざっと見つけたキメラアントは5匹。確かパイクという名前の蜘蛛型のキメラアントと、サソリ系と思しいザザン、それから棘だらけのやつと、魚類系のが2匹。
「撤退しろ、援護する」
「感謝する!」
ロープと杭と鉤爪。それが俺の主な武装だ。普通に考えればなんとも心もとない武装だが、この世界にはトランプだけで大量殺人しているピエロもいるのだから、念能力者の武装なんてこんなものだ。
どうせキメラアントには銃もそれほど有効ではないだろうし、周を施せば殺傷圏内に入るこれらの武器は上等と言える。
「新手だべ!」
ポックルに強襲を仕掛けようとしていたザザンに、鉤爪のついたロープを投げて牽制する。鉤爪はザザンの尾の針を弾き、そのまま別の幹に巻き付いた。
「チッ、強者ね。それも、レアモノ……」
ザザンとパイクの意識が俺に向かう。直後、パイクの背後から伸びたロープと鉤爪が、パイクの右足を全て切断した。
「おっ?」
伸ばしたロープを木や岩に引っ掛け、周を施した鉤爪で直接攻撃する。最も単純明快な「暴力」の形だ。
もう20年以上も念の修行をしているのだから、これくらいは朝飯前だった。
キメラアントとはいえ即座に手足を生やすことはできない。むしろ昆虫は身体の再生が不得手な部類だ。
そのまま、今度はザザンを拘束する。キメラアントの膂力を計算に入れると、生半可な拘束では意味をなさないだろう。
永続的な拘束ではなく、一分稼げれば良い。ポックルは援護しつつ撤退の体勢に入っている。ポンズも逃げる準備ができている。赤い矢がザザンに突き立ち、彼女が鬱陶しげに首を振った。
キメラアントの膂力を計算したことはないが、念を覚えていない段階なら、極まった強化系程の身体能力は発揮できないと想定する。
ザザンと力比べをしてもウボォーギンなら勝つだろうという見込みだ。彼なら念ありでも勝ちそうだという思考は無視する。その前提で使用する縄は四本。
キャプスタン効果という現象が存在する。主に船舶の係留なんかに使われていた物理知見の実学のひとつであり、簡単に言えば、円柱に対してロープを何重にも巻けば、ベルト摩擦理論によって支点にかかる力が小さくなる、という理屈だ。
三本を用いて、ザザンを拘束する。もちろん、ぼーっと立っていてくれるわけはない。こちらへ飛びかかって来ようとした足元を、張った糸が引っ掛け、体勢を崩したところを蹴り飛ばす。
尾の針が、追撃に飛ばした縄の腹を薙いだ。
刃は入らなかった。撫でるように逸れて、そのまま空を切る。
「なにこれ、滑っ──」
俺のロープは特別製だ。生け捕りにした幻獣が生産する糸を撚り合わせて作られており、靱性に富む。
蹴り飛ばした先にロープを繰り、ザザンを瞬間的に拘束した。
「糸ごとき、斬ればなんの縛りにもならないわ!」
「知ってるさ。これでもそれなりに場数は踏んでるんでね」
時間をかけてはいられない。パイクは機能停止しているが、あと4匹。
木に巻き付けたロープごと切断される。そこまでは折り込み済みだった。
怪力自慢を相手に、ロープで綱引きをするのはあまりにも効率が悪い。木や地面に挿した杭を支点にしても、それごと引き抜かれるのがオチだろう。だから、簀巻きにする。いずれは破られるだろうが、即座には破れない。拘束を破る隙を突いてそのままザザンにロープを巻き付けた。途中で抜け出そうとした尾を巻き込むのにロープが一本斬られる。
「チィッ!」
「高いんだぞ、そのロープ」
援護に現れた戦闘兵らしい2匹は、そのまま徒手空拳でぶちのめした。ラモットなんかは素でゴンの『硬』に耐えられたわけだが、敵はラモット未満だったようだ。棘が生えた奴のせいでズボンに傷が入ったが、それ以外は無傷に終わる。……まだただの兵隊アリだな。念能力もない。
ポックルの矢がパイクを仕留めきったようだった。しかし、まだ増援が来る。
ザザンは上手く拘束できた。まだ人間の技術に対する理解が甘い。今のうちに殺しておきたいが──いや、やるか。こいつらはテレパシーで情報を伝え合う。今はまだ伝言レベルだろうが、生かして帰ると生きた情報になってしまう。口は塞いでおいた方が良い。
「オマエ──」
「すまんな。こっちもハンターなもんで」
遠心力を乗せた鉤爪の一撃で頭を叩き潰した。ネフェルピトーでもなければここからの再起はない。
こいつは本来流星街で旅団が始末するはずだが、まあ、生かして良いこともないだろう。
しかし、まだ寄ってきそうだ。森がざわめいている。
死体を拾ってやる余裕はなかった。戦闘に使ったロープを回収し、ポックルと走る。咄嗟に足が遅そうなポンズを拾い上げて、ロープと一緒に担いだ。
「周囲の状況はわかるか?」
人間を担ぎながらロープアクションは不可能だ。俺はスパイダーマンやヒソカじゃない。ポックルと足並みを合わせ、円で警戒しながら撤退する。
森を抜ければひとまず国外へは出られるだろう。この二人を生きて返せる。
「蜂が帰ってこない。戻ってきたのは手紙を持ったままの子だけ……でも、撤退する方向なら蜂は生存して帰ってきてる」
「周囲のハンターは全滅したかもな。オレたちも……アンタが来なかったら死んでた」
「いや、間に合わなかった。すまない」
「撤退が遅れたのはオレたちの責任だ。アンタが気に病む必要はこれっぽっちもないさ」
ポックルが速度を落とす。見れば、右足の太腿が負傷していた。骨までは到達していないが、出血が大きい。
ポックルを背負うべきだったか。背中のポンズを下ろすこともできず、歯噛みしながら森をぬけた。立ち止まれば、様子を見ている奴らは襲いかかってきただろう。負けるとは微塵も思わないが、時間はかかる可能性がある。
草原に到着したところでポンズを下ろした。ポックルの手当を行う。
清潔な布を当て、汎用のロープで縛り付ける。これで失血死は免れるだろう。毒や破傷風は……祈るしかない。
「改めて礼を言わせてくれ。オレはポックル。幻獣ハンターだ。こっちはポンズ。アマチュアだが、同じくチームを組んでる」
「助けてくれてありがとう。あのままだと間違いなく死んでた」
「……俺はリグ。同業だな。アイツらの調査に来た」
森の外に係留していた馬は無事だった。30分以上空けていたから食われているものだと思ったが、幸運なことだ。ポックルを乗せ、国境の検問所の方へ向かう。俺の鉤爪と杭は当然咎められるので、念入りに隠しておく。検問所を通るわけではないが、念の為。
「リグ! シングルハンターかよ。道理で強いわけだ」
「ハンターとしては平均だ。卑下する気はないが、俺程度は幾らでもいるよ」
「謙遜が過ぎるだろう……」
「まあそれは良い。ポックル、情報共有してくれ。まだ来たばかりなんだ」
手放しに信頼出来るやつは良い。原作知識というズルの上で、俺は心底実感している。信じられるやつ、信じられないやつ、世界はグラデーションだが、共に仕事ができるかという観点を1つ置くなら、ポックルは間違いなく信用できるやつだ。何せ内心が描かれた善人だから。原作を鵜呑みにすることはしないが、俺の目よりは幾分確かだろうということにしている。
「ああ。と言ってもオレたちがアイツらを確認したのも数日前だ。この森にアイツらの群れがやってきて、小隊規模で活動するようになった。アイツらが狩っているのは大型動物……それと人間だ。ポンズの蜂を使って連絡を取っていた奴らは全員音信不通になった。プロを含むハンターが5組だ」
「リーダー格は見たか?」
「飛んでるやつが一匹、カマキリみたいなやつが一匹、それとさっきのやつだな」
コルトと、原作で名無しのやつだな。
さて、一旦の目的であるポックルの救出(ついでにポンズ)も果たせたが……
「あいつらはキメラアントだ」
「オレも疑ってたが、本当なのか? 突然変異だとしてもあのサイズは……」
「存在するものの実在を疑っても仕方ない。どっから来たのかは知らんが、人間サイズのキメラアントが繁殖しているらしい。そしてアイツらにとってこの国は、バイキングみたいなもんだな」
「つまり、未曾有の災害が起こりかねない……!」
「というわけでポックルとポンズ。速やかに応援を呼んで欲しい。脅威度は低く見積ってもBだ」
「ああ。もちろんだが、アンタは……」
「間引いておくさ。元々こいつらの調査に来たんだし、仲間もいる」
「そうか。だけど気を付けてくれよ。援軍は必ず呼んでくるから」
ポックル達を国境付近まで送り届け、約束の岩棚にたどり着いたのは翌日の夕方だった。約束から一日遅れている。
カイトは俺を見るなり左手の人差し指を立てた。
「一日だ」
「ああ、すまん」
精算は一言で終わり。貸しでも借りでもない。どちらかといえば俺が貸している方だろう。
少年が二人いた。
緑の服の方が先に立ち上がる。
「ゴンです。こっちはキルア。カイトから聞いてます──幻獣ハンターの、リグさん?」
「ああ」
銀髪の方は座ったままだった。
だが俺の重心と、手の位置と、道具袋の重さを目で測っている。いい目だ。名前を聞かずともキルア・ゾルディックだとわかる。
死人を出した翌日で気分は落ち込んでいるが、主人公たちと対面するのは感慨深いものがあった。
「キメラアントは見たか?」
「ああ。ハンターを救出して、現状を報告してもらった。今は応援を呼んでもらっている」
「ハンター?」
「君たちの同期かな? ポックルとポンズって言うんだが」
「ああ、うん。無事?」
「二人
合流した岩棚は、ドラッグの製造工場だった場所だ。原作ではここに師団長の一匹がいて、カイトが仕留めている。
現状を報告し合い、ひとまず巣を目指して女王を仕留める他ないだろうという結論に戻ってくる。この四人でどうにかなる問題では無いと知っているのは俺だけだが判断材料を提供できない。念を覚えていないやつならどうにかなるからだ。
「一つ、デカイ懸念がある」
「言ってくれ」
「さっきモズのキメラアントに逃げられたと言ったな。非念能力者を、硬で殴って、逃げられた。つまり」
「…………目覚めた可能性がある」
せめて警戒度を上げておくことにした。ゴンのみならずカイトの表情までが引き締まる。
「急いだ方が良いな」
カイトが言うのと、森の中に無数のキメラアントの気配が現れるのは同時だった。