3ヶ月共同生活で朝勃ち禁止の禁欲生活を強いられたリグ=ファウラー氏に敬礼!
10年前から「ネフェルピトーをヒロインとした正統派二次創作ほとんどねぇな……」と思って憤っていたんですが、この作品の伸びを見るにみんなそう思ってたんでしょうね。なんで誰も書かなかったんですか?
お陰で僕が貧乏くじです。
「いない」
「……ふーん」
一つ目の問いはそれで終わった。
重ねては訊いてこなかった。納得したのか、興味の範囲がそこまでだったのか、判別する手立てはない。
ピトーが質問をして、俺が答える。この部屋の中で繰り返されるコミュニケーションは、おおよそこの形が大半を占めた。
俺は形式上の監視の仕事をこなしていることになり、ピトーは暇を潰す。許可さえ取れば外出も可能だと伝えられてはいたが、彼女は数日、それを要求しては来なかった。
「それ、自分で作るのも制約なの?」
「いや、普段は業者に糸を渡して依頼している。一本も手元にないと困るから応急処置だ」
手持ち無沙汰に、ロープを撚ることにした。俺が数年かけて蓄積したストックは、ピトーに30分で全て引き裂かれている。まだ使えるものは回収したが、長さが不揃いだと感覚が狂うので、仕事用に持ち込む分は作り直しだ。
ただ、今のピトー発言で思いついた。『手綱』の制約に、手製のロープであることを付け加えるのは有用かもしれない。俺の貧困な操作系適性を補うには制約を上手く組んでいくしかないだろう。……しかし、そうなるとかなり時間が食われる。
数日前のような総力戦は、勝てたとしても大きな隙になる。特に、『手綱』の練度が上がればそれに頼った戦術を組みがちになるだろうから。
数日のあいだ、ピトーは饒舌だった。
ロープの結び方一つ一つの使い分けや、念の応用、人間社会の制度のことを何でも聞きたがった。
恐るべきは彼女自身が既に備えている知識の厚みだ。
アリになる前の人間時代の知識も混じっているのだろうとは思うが、生後半年経たずにこれかと思うと末恐ろしくなる。
強く、賢く、悪意と好奇心に溢れている。
俺がひとつ教えると、そこから5や10を学び取る。
金の仕組みも、国境の意味も、ハンター協会の階層も、俺の知りうる限りの全てが等しくネフェルピトーの糧となっていった。
既に『滑走路』を抜きにしてロープを結ぶだけなら、俺と変わらない速度でこなしてみせる。
念に関してもそうだ。『流』と『周』に関してだけは俺の方がまだ上回っているが、それ以外の全てにおいて遅れを取っている。
並の強化系を遥かに上回る膂力とオーラ量。
本職さながらの操作系能力。
放出系が五体投地しそうな程の円の範囲。
そのオーラ量に見合わない完璧な絶。
悪夢みたいな存在だ。いっそ呆れの方が上回るほど。
「キミは、ハンターの中では強い方なんでしょ?」
「上澄みではないが、平均よりは上かもな」
「……あのオジイサン達の次に強かったよね」
「さあ。横並びじゃないか? お前たち護衛軍未満、師団長以上。そのくらいだろう」
ネテロ会長が最強であることに、誰も異論を挟まないだろう。
それ以外で序列を付けるなら、たしかに決戦時の実力で言うなら俺がトップだったかもしれない。
モラウが地上で戦っていて、かつピトーの人形やレオルとの連戦で疲労していたことが大いに影響しているわけだが。
ノヴも俺の能力が通用しにくい切断を持っているので、結局は状況や環境、タイミングに拠るとしか言いようがない。
海原でモラウには絶対に勝てない。平地でノヴに勝てるかも未知数だし、遭遇戦ならなお不利。
ついでにいえば俺はかなりキルアに対して不利だろう。
つくづく、念使いの戦いは相性だ。
ちなみに、護衛の中で一番俺と相性が悪いのはピトーだった。
ユピーは最も相性が良い。パワータイプは俺の搦手に対する対応が難しいからだ。ユピーはまだ身体のパーツを鋭利にするなり、ある程度対応する手段があるだろうが、液状化でもされない限りは優位に立ち回れるだろう。
プフとは千日手だ。絶対に捕えられない代わりに、無効からも有効な攻撃手段が少ない。もちろん鱗粉を吸い続けて負け、という可能性は否定できないが、対策も用意はしていた。
一番困るのがピトーだった。ロープを一瞬で切断され、『滑走路』には見てから対応される。戦闘能力と思考能力に優れ、何よりロープが追いつかない。
「ハンターって全員が念使いなの?」
「ほとんどが、だな。念が使えないやつもいるにはいる。基本的にはハンター協会を合格した後に、念の指導が入る流れだ」
「ハンターは600人くらいだっけ。……その人数規模でも人類社会で重要視されるんだね」
「お前たちを本気で止めに来た理由がわかるだろ。5万人の念使いは、たしかに国家規模の脅威になる」
「けど、ボタン一つで滅ぼせる」
俺は黙って頷いた。
キメラアント達は言わば、戦闘訓練を受けた軍事国家の超精鋭部隊だ。それが5万人。それぞれが小型の軍事兵器を持っており、人口数千万人規模の国なら簡単に占領できる。
だがまとまって拠点を作っていれば空爆で吹き飛ばせる。
メルエム達のキメラアント小国家が成立するとすれば、まとまって拠点を拡大しようとするのではなく、各地に根を張り傭兵業とテロリズムで立場を確保するくらいだろうか。
数日の間に俺とピトーが出した結論はこんなところだった。
そして、この未来が実現した可能性はほとんどゼロだろう、というところで思考が一致する。
協調は覇道ではない。
「ハンター試験は、誰でも受けられるの?」
「査定はあるが、人種や思想を問わないはずだ。試験に受かりさえすればハンターにはなれる」
「試験ってどんなの?」
「戦闘力や問題解決能力が測られるものが多いな。サバイバルとか、その手のものだ。ただ、試験官による。筆記試験の年もあったらしい」
ハンター十箇条に『人間であること』が定められていたかどうかを思い出すのに、三秒と掛からなかった。
外出の許可を取ったのは一週間後だった。
ピトーの要求ではなく、俺の用事だ。
俺達が移動したのはサヘルタ合衆国。ヨルビアン大陸の北西部に位置する巨大国家の某所だ。
細かな用事は幾つかあったが、大きな用件は二つ。一つは散々に壊された商売道具の補充。もう一つは師の墓参りだ。
ピトーと動くために飛行船を貸切にしたり、色々と面倒な手続きを踏む必要があったものの、彼女が大人しくしていたために用事はスムーズに終わった。
NGLや東ゴルトーとは文明のレベルがかけ離れた都市の姿に、色々と思うところがあったようだった。
技術レベルの違いについては色々と訊ねられたが、それに関して満足な答えを返すことができたかは怪しいところだ。
なぜ先進国と途上国が存在するのか、と聞かれても一言で答えるのは難しい。
発展しやすい土地柄や、労働資源の偏重の話くらいか。世界各国の文明が同時多発的に発達していくわけではない、ということは伝わっただろう。
国境を跨げば文化や生活レベルが変わる人間社会が、キメラアントには随分不可解なものとして映るらしい。
ここまで高度な文明を築いている生物を、俺は人間の他に知らないが故に、これが人間に独特の習性なのかどうかまでは判断がつかない。俺個人としては、文明社会なんて普遍的にそんなものだろうと思うわけだが。
「こんなに遠くまでボクを連れ出してよかったの?」
帰りの飛行船でピトーが言った。
逃げられるかもしれない、という意味ではリスクを取っている。だがどうやら、俺たちのことはパームの能力を使って監視しているらしい。
逃げても追いかけられる、という前提での監視だとすれば今の体制も頷ける。この後ピトーが解放されても、しばらく監視は続くのだろう。
「協会が許しているんだ。俺の一存じゃないさ」
「対策はしてるってことかニャ。逃亡抑制……いや、操作系能力のボクにそれはリスクがある。本命は位置情報の取得か、何らかのトリガーを利用した遠見? だとすると条件は契約の類かニャ。キミ達との契約を条件にした遠隔監視なら、ボク相手でも低リスクで組めるね?」
「まあ、そういう所だろうな。即時性を落として追跡系の能力にすればさらに簡単な条件にできる」
へぇ、と詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
俺としては、この数週間で念を用いた戦闘、駆け引きに順応しつつあるピトーを脅威に思うばかりだ。
そう言いつつも彼女に知識を与え続けている俺は、果たして知識が抑止力になると信じているのか、ただ与えれば飲み込む獣に心を囚われているのか。
耳を隠すために買い与えたパーカーのフードが、三度揺れた。
♦
三ヶ月の監視期間の内に、ハンター協会会長を決める選挙が行われた。
原作では最後に副会長パリストンとレオリオの二人が残り、紆余曲折あってパリストンが勝利。その後後任にチードルを指名して会長を辞任するという流れだった。
その間にレオリオがジンを殴り飛ばしたり、ゾルディック家のいざこざがあったり、キルアの
俺という異物が入り込んだ世界で、詳細にどのような出来事が起こったのかは分からない。
しかし結果としてパリストンが選挙には勝利し、チードルが後任に指名されてそのまま会長になる、という流れは引き継がれたらしかった。
光栄なことに、俺にもいくらか票が入ったらしい。世界の端っこで不思議生物を追いかけ続けていただけの俺も、少しくらいはこの世界から認められたのだと思うと嬉しくなる。
ゴンからのメールによると、ゾルディック家とのいざこざもきちんと引き起こされたのだとか。無事に父親のジンに会い、今はカイトのチームに同行している、という連絡が来た。となれば近いうちに出会うことがあるかもしれない。
「政治の話?」
俺の背中からピトーがPCの画面を覗き込む。
彼女は、まず人間のことを学ぶところから始めるらしい。この仮設小屋に大量の書籍を注文するのは難しかったから、学校の教科書を取り寄せて一通りの話をした。
かく言う俺も、人類が持つ集合知という言葉の強さをようやく実感できるようになってきたところだ。皮肉にも、キメラアントとの対比という形でだが。
「ハンター協会の会長が決まったらしい」
「強いの?」
「戦闘はあまり。彼女は医者だ」
「ハンターも、強くないやつをトップに立てるんだね」
「力はいるさ。ただ、まともじゃないやつも多いからな。理性や倫理観のあるやつが会長になったと言えるだろう」
チードル=ヨークシャー。十二支んの頭脳担当かつ超モラリスト。医者で法律学者でトリプルハンターとかいう超人でもある。俺が薄らと抱いている印象は、真面目な委員長タイプの最上位。実力もカリスマも十二分に供えたハンターであるから、彼女が会長を務めることに猛反発する会員はそう多くないだろう。
「俺たちハンターが立てるのは王じゃない。群れの長だ。獲物を狩るのが上手く、危険を避けることに長け、仲間を見捨てないやつが支持される」
納得したような、そうでもないような表情で、ピトーは曖昧に頷いた。
道理や理屈が理解できることと、感情的に納得できるかは別らしい。彼女はしばしばこんな表情をする。
監視期間の満了は、滑らかにやってきた。
扉がノックされ、二人の事務官が入ってくる。持ち物は書類の束と判子だった。
ビーンズ本人が来るかと思ったが、流石に彼は多忙過ぎたか。万が一を恐れたのかもしれない。今彼を失えば協会が大きく傾きかねない。
ピトーは円を張ったままだった。事務官達が身体を震わせている。
若手が書類を読み上げた。
監視期間の満了。俺が書いた行動観察報告の受理。危険性評価の暫定確定。毒物汚染検査の結果。行動制限の解除。
三ヶ月後に再審査を行う。
監督役の常時随伴は、この日をもって終わる。
要するに、俺の仕事が終わったという書類だった。
「これでボクは自由?」
「審査には出ろよ。また面倒なことになる」
「行かなくても、どうせ監視してるんでしょ」
「余計な口実を与える必要はないという話だ。捕獲・討伐隊が組まれるかもしれない」
「キミが来るの?」
「もっとお前に特化したやつだろうな」
俺も呼ばれるだろうが、その場合は断るだろう。ここまで言葉を交わしたやつを殺すのは御免だ。捕縛にしたってロクなことにはならない。
「じゃあやめとこうかな」
その言葉を聞き届けたかどうかというところで、事務官達は早足で去っていった。ピトーのオーラが相当にキツかったとみえる。
非戦闘員には酷な仕事だっただろう。
とはいえ、円を解くように言うこともそれはそれで面倒を生む。俺がピトーを制御できると
俺は荷物を片付け始めた。
今日をもって任務が終了ということだったが、3ヶ月弱を過ごしたせいか少し荷物が増えた。最たるものは、在庫を増やしたロープだ。
去り際、香草の残りを使い切るために茶をいれた。
思えばこれも、キメラアントにはない文化だ。臭み消しや虫除けとして香草を育てること、薬として茶を飲むこと。転じて嗜好品として香草を湯で抽出して飲むこと。
「最後にひとつ」
「ああ」
「あの日、キミはどうしてボクの前に立ったの?」
俺は顔を上げた。
「放っておけばボクは勝手に死んだのに。……キミは、ボクをどうしたかった?」
「俺は幻獣ハンターだ。やることは決まってるだろ」
「ふぅん。……それだけ?」
「それだけにしておこう」
彼女の尾が俺の左手に触れる。銀色の毛並みが動脈の上を撫で、テーブルの下へ戻っていく。
「じゃあ、ボクと
「ああ。死んでもいいと思うほど」
彼女は満足そうに頷いた。
「また訊くから、答えを用意しておいてね」
カップに口をつける。きっと渋い顔をしていることだろう。
別れは静かだった。
扉を閉める直前、彼女は目を逸らした。
彼女の円の中を2km歩いて、追いかけてくる不定形のオーラの端を抜けると、夜に鳴く虫の音が聴こえた。