前話までで綺麗に閉じたつもりなので、この作品をあそこで読み終えていただいても問題ないかと思います。
ここから先は蛇足編(作者的には本編)です。
独自解釈、独自設定、オリジナル展開、オリジナル念能力、捏造、原作生存キャラ死亡、死亡キャラ生存が多分に含まれます。
十二話 進化論
ピトーと別れてから、一度ハンター協会に顔を出した。
一応、監視任務は協会から依頼されたものでもあるので、新会長への挨拶がてら完了報告をしてしまおうという目論見だった。
残念ながらチードルには会えなかったが、ノヴに出くわした。核心的な話はされなかったものの、原作ではこの時期の彼は暗黒大陸出航に向けた仕事を任されていたはずだ。
随分多忙なようで、ノヴと同系統の能力を持ったトランスポーターのアテを聞かれたが、生憎俺にはツテがなかった。移動はともかく収納であれば、今から育てた方が早そうだとさえ思う。まあ、期間的になかなか難しいのだろうが。
次に向かったのはロサリオ南部にある大学だった。NGLでの調査時にネテロ元会長が連絡を取っていた、キメラアントの研究実績がある施設だ。
「ハンターのリグ=ファウラーです。急な依頼に応じて頂きありがとうございます」
「教授のハドレイです。半年前の件ですか」
「大体そんなところです。キメラアントについて学ばせて頂きたく」
「どこから話しましょうかね……論文は読まれました?」
「ええ。しかし直近で随分と研究が進んだとお聞きしました」
ハンターの特権によって、発表された論文はほとんどフリーで読むことができる。キメラアントに関するものは大まかに目を通してきたが、俺がNGLに乗り込む前に調べたものからそれほどアップデートされているように思えなかった。
暗黒大陸由来のキメラアントに関しては研究が行われたはずだが、情報統制が入っている。結果、知見は大きく増えたはずだが、論文になっていない情報が多い。そしてその情報を入手するには、直接会って取材するしかない。
「はい、はい、はい。それでは実際の飼育設備を見ていただいてからお話するのが良いでしょう」
案内されたキメラアントの飼育設備は、俺が思い描いていたものとそれほど大きくは
キメラアントはシロアリ類のような蟻塚を作るが、ケース内のキメラアント達は予め用意された巣穴の中で暮らしていた。飼育ケースはクリアになっており、営巣の材料も与えられていない。
飼育ケースの中では、10cm程度の女王アリがしきりに肉団子を食んでいた。兵隊アリは皆、プレーンなアリに見える。他種の形質は、外観には目立っていなかった。
「一番ケースの餌はDNAを完全に破壊したものです。つまり、完全にクリーンなキメラアントというわけです」
続いて示されたケースには、
「二番のケースは半年前までバッタを与え、最近はカニのみを与えている群れです。先月まではバッタの特徴を濃く受け継いだ兵隊がまだ生まれていましたが、今月からはカニ系が殆どになりました」
「つまり、保存された遺伝子はそのくらいの期間で使われなくなるか消失する」
「ええ。私は前者と考えています。もちろん、暗黒大陸由来の彼らがそうとは限りませんが」
ハドレイ教授はケースの間を往復しながら言った。
「そもそもこれらのキメラアントは、元来この大陸ではなく暗黒大陸から来たものが定着したと考えるのが自然です。なぜなら彼らの遺伝子は異形すぎる。摂食交配という概念が成立すること自体おかしい」
「その根拠は?」
「この大陸にキメラアントが1種しか存在しないこと。これほど多種多様な地形に適応し得るキメラアントが、適応放散しないことに違和感があります。暗黒大陸由来の巨大なキメラアントの存在も後押しする結果でしょうね」
「直感的にはまさにその通りだと思いますが……」
ケースを渡り歩き、俺は部屋の端にある最も大きな飼育ケースへと案内された。そこにはまだ新しい巣が複数作られており、巣ごとに国境のようなものが引かれている。
「そもそも摂食交配がなぜ有り得ないのか。……ご存知ですか?」
「ええ。大雑把な理解ですが」
「大まかにでもご理解頂けているなら問題ありません。摂食交配には、大きく三つの謎があります。1つ、食ったものの情報は、なぜ消化で壊れないのか。2つ、その情報は、なぜ卵に届くのか。3つ、届いた情報は、なぜ破綻した肉塊や外骨格まみれの異物ではなく『キメラアント』になるのか」
前世に摂食交配を行なう生物はいなかったように思う。せいぜいがコレラ菌くらいで、少なくとも高等動物で成り立つような形質ではないはずだ。
それ故にキメラアントが異常だと言うのには頷ける。
八つ脚のクマが歩いているような世界でも、生物の基本的な原理原則は変わらない。
「食物のDNAは胃酸と核酸分解酵素で数分以内に断片化します。我々の遺伝子に小麦や牛のDNAが混ざらないのは当たり前のことです。尤も、これはいちばん簡単な回答があります。キメラアントは、核酸分解酵素を発現せず、免疫応答も起こさない専用の胃袋を持っている。女王の腹の中に獲物の遺伝子図書館があるようなものです」
俺は頷いた。キメラアント研究において初歩的な内容だ。
摂食した遺伝子の貯蓄という内容にも、きちんとエビデンスが示されていたはずだ。
元より、アリやハチの女王というのは、結婚飛行で得た精子を貯精嚢に数十年ぶん貯め、一生かけて小出しにするようなシステムを持っている。その応用と思えば、摂食メカニズムはさておいてそれほどの破綻は見て取れない。
「2つ目。体細胞で起きたことは生殖細胞に伝わらない。腕を鍛えても子の腕は太くならない。ですが、これも説明はできる。もとより昆虫の卵母細胞は、自分でmRNAを作りませんからね。隣接する哺育細胞が作った転写産物・タンパク質・細胞小器官を、細胞間橋を通じて直接流し込まれて卵ができあがります。ですからそこに、獲得した獲物のDNAやRNAが流用されてもおかしくはない」
そして、とハドレイ教授は続けた。
「なぜ輸入した遺伝子がまともに発現するのか。我々動物の遺伝子というのは、そのほとんどが共通です。違うのは、どの部位がどの程度発現するのかというところだけ。ですから私の目を形成する遺伝子をハエやマウスに与えても、目を形成する遺伝子として機能する。逆に、あとから全く異なる遺伝子を取り入れてもまともに機能はしません。……故に、このような仮説が成立する。──キメラアントは、その性質を模倣できる全ての生物の遺伝子情報を、あらかじめ備えている。実際に、キメラアントのゲノムは150Gbpを超えています」
「ええ。それも特異ではありますが、暗黒大陸に由来する証拠にはならないのでは?」
飼育ケースの中のキメラアントの群れが争いを始める。興味深いことに、彼らは敵の巣から弱らせた兵隊アリを連れ帰ったり、まるで人間の軍隊のように隊列を組んで動いたりと作戦行動のようなものを取っている。
「我々がこれまでに解析できたキメラアントの遺伝子が、全体の1パーセント未満だとしても?」
教授の言葉を反芻する。
つまり、これまで分子生物学者が積み上げてきたこの世界のゲノム解析における知見の100倍以上の未知が、キメラアントには備わっている。
ああ、たしかにそれは暗黒大陸という異常を示唆して余りあるだろう。
あちらにはこちらの生物と門どころか界レベルからかけ離れた生物が山のように犇めいているということなのだから。
「ちなみに、そちらのキメラアントには何を食わせているんです?」
「……どうやら、あなた達が討伐した巨大なキメラアントとこいつらは別種のようだ」
「適法なんでしょうね」
「こんなことで捕まる気はないですよ」
それで、と教授が頬をかく。
「何が聞きたいんです?」
♦
NGLに入国してからおよそ一年。ネフェルピトーの監視任務を離れておよそ半年が経った。
驚くほど平穏に日々は過ぎていった。あれ以来彼女とは会っていないし、情報を追いかけてもいない。せいぜい、普段の情報収集のためのネットワークに、それらしき影が映り込むくらいだ。
世間ではカキン帝国及びハンター協会による暗黒大陸への挑戦が専らの話題になっている。
そんな中俺は、サヘルタ南部の湿原に2週間以上引き篭っていた。
もちろん暗黒大陸に興味はある。あるが、今すぐじゃなくても構わない。おそらく
俺が暗黒大陸へ向かうとしたら第二陣以降になるだろう。その時には、カイトやゴン、キルア達と同船になることもあるかもしれない。
理由は幾つかある。一つ目は、単なる力不足。
ネフェルピトーに鎧袖一触にされる俺では、暗黒大陸での活躍など望むべくもない。ただでさえ消耗品であるロープを武装にしているのだから、そのコストに見合うだけのリターンを調査隊に示さなければならない。
もちろん、呼ばれれば役に立ってみせるという自負はあるが、しゃしゃり出て何かを為せると勘違いするほど世間知らずでもない。
二つ目は王位継承戦。
あそこは、魔境だ。人を殺すための念能力、念使いだけの国防部隊、300年を超える
俺はほとんど呪詛に対する対抗手段を持たない。基本的にあれは特定の個人や特定の属性を持つ単体を攻撃するためのもので、能力としては酷く尖ったものだ。
逃れるための対策を考えれば考えるほど、リソース的に割に合わないことが分かる。呪詛対策が実用的なのは貴人くらいのもので、俺たちハンターでは、流れ弾を躱す程度がせいぜいだ。
標的にされないことが対策と言ったところか。そして、BW1号で王位継承戦に関わることは、自ら呪詛の標的になりに行くことと等しい。
俺は世界の端っこで珍妙な生物を追いかける生活が性に合っている。
この湿原での目当ては、中型の爬虫類だ。警戒心が高く俊敏なトカゲで、目撃例はそれなりにあるものの、捕獲例は皆無。
かく言う俺も、2週間に渡る空振りの連続で気が滅入りつつあった。
飛行をしない大型動物を相手にする場合、俺はほとんど捕獲に苦戦しない。『滑走路』が便利すぎるからだ。
逃げる先を滑りやすくすれば逃走を封じることができ、ロープの摩擦を大きくすればどんな怪力でも押さえ付けられる。例外は水中くらいだ。
だと言うのにトカゲ一匹に苦戦しているのは、こいつらが異常なほど念に対する感受性が高いからだ。
『隠』を施した『滑走路』さえ警戒され、躱される。そのため、俺は自前のロープアクションと原始的な罠のみでこのトカゲの捕獲に挑まねばならなかった。
『絶』状態の俺を知覚しているわけではないようなのだが、『手綱』を使った罠も、ロープの投擲も尽くを躱されている。
俺は最早、このトカゲが念能力を持っていることを確信しつつあった。
一般的なトカゲやヤモリは、自ら尾を切り落とすことで天敵の視線や狙いを引き付け、逃走する。
俺が追いかけているトカゲ──シカバネトカゲも例に漏れず、自切によって天敵から逃げ延びる機構を備えていた。
ただ1つ特異的なのは、自切する部位だ。
こいつらは、
本当に馬鹿げている。念能力を疑わなければ質量の帳尻が合わない。
俺がロープを引っ掛けると、こいつはバタバタと動く全身を残して沼地へと走っていく。残された残滓は30分ほど暴れまわったあと屍に変わる。
そういう生態なのかと思って解剖してみたが、内蔵さえ詰まっていない分身だった。
馬鹿げているのは俺のロープの拘束さえすり抜ける『自切』の性能だ。広く囲って狩るか、攻略法を探すかの二つに一つで、俺は後者を目指していた。
『自切』は連続では使えない。周辺のトカゲに自切を使わせ続けていれば、『自切』を使い切った個体を引っ掛けることが可能かもしれない。それにしたって気が遠くなる作業だ。
それよりも二段重ねの罠の方が現実的だ。俺自身がロープを投げて『自切』を使わせ、本命の罠で押さえる。罠は『手綱』が使えるとはいえ『滑走路』なしだ。能力に頼ってきたツケがここに出ている。
準備の間、首元の傷は熱を持たなかった。
流石に俺にも飽きたのか、彼女が俺の狩りを覗き見る頻度もかなり下がっている。それ自体は歓迎すべきことだ。
俺の技術のほとんどはピトーにとっての既知であり、俺の視点が彼女に新鮮な驚きを届けることはもうないだろう。首の傷跡が放棄されるのも時間の問題だ、と俺は踏んでいる。
世界中を巡っている彼女なら次の獲物を見つけるだろうし、有限であろう『眼』の枠を考えれば、俺につけた印を残すメリットはない。
……やはり、良いことだ。
手札の割れた狩人程弱いものはない。せめて研ぎ直す時間がなければ。
待ち伏せのポイントにトカゲが現れた。ポイントを変えたばかりだから、おそらくこいつは互いに初見の個体のはず。
トカゲの呼吸を探る。少し浅く早いが、移動してきたためだろう。ある程度リラックスしているように見える。
『絶』を維持したままロープを放つ。水面を平行に滑ったロープがトカゲの腹部に巻き付き、その瞬間にトカゲが『自切』する。
用意していた『手綱』を操作する──が、逃げ出したトカゲが瞬時に方向転換した。『手綱』を起動するためのオーラを知覚したらしい。凄まじい反射神経だ。
仕込みの軌道修正は追いつかず、俊敏な動作でトカゲは疾走して行ってしまった。もうこの縄張りには戻ってこないだろう。足場の悪い湿地帯では長時間の追跡も困難だ。
諦めた直後、北側から広範囲の『円』が瞬時に展開され、即座に解かれた。覚えのあるオーラに思考が乱れた刹那、銀色の影が飛び出した。
二十メートル先。朽ちかけた木の上に、彼女がいた。猫の姿勢で膝を畳んで、右手に獲物を提げて、俺を見下ろしている。
俺は一年前とほとんど同じ感想を抱きながら、その所作を見ていた。
「久しぶり。……ところでコレ、欲しい?」