ネフェルピトーに執着されるだけ   作:おいかぜ

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二十六話 Prusik

 

「ルールは単純。山札からカードを順番に引いていくだけよ。相手が引いたカードに書かれている内容について答えていく」

 

 モレナは山札を示し、一番上にあったカードをひっくり返した。そこには『目的(The Purpose)』と書かれている。モモゼはカードを受け取り、文字と的の絵が描かれたカードを何度か裏返す。

 

「それから、手札として配ったカードはそれぞれ一度だけ使える。『質問』『拒否』『保留』。質問は、山札とは関係ないことを聞く権利。雑談や質疑応答とは別ね。拒否は答えなくても良い権利。保留は、返答を先送りにできるけれど、ゲームの最後には話してもらうわ。山札は五枚ずつあるから、よく考えて使ってね」

 

「ゲームの勝敗は?」

 

「特にないわ。目的の情報が得られれば勝利と言えるかもしれないわね」

 

 カードが再びシャッフルされ、二人の前に山札が置かれる。モレナに促され、モモゼはカードを引いた。そこには『人』と書かれている。

 

「『人』ね。……モモゼ王子は、『謝肉祭』のことはご存知?」

 

「いいえ。歴史書や風土記にもそのような記述は……」

 

「記録には残らないわ。『謝肉祭』はカキンの王族の祭よ。ランダムに選ばれた村落へ王族が赴いて、『宴』を行うの。選ばれた村落は王族を持て成す。……だから何? という顔ね」

 

 モレナは苦笑し、指を交差させて組んだ。

 

「持て成す側は、人としての尊厳を全て奪われるの。傷付けられ、穢され、犯され、孕まされ、殺される。そんな因習が、つい二年前にも行われたのよ。……私は二十四年前の『謝肉祭』によって生まれ、同じ境遇の子供たちと共に孤児院で育てられた。そこでも私は人ならざるもの──『肉』として扱われ、二十数年を家畜のように生きてきた。それからなんやかんやあって、本物のモレナ=プルードに成り代わり、二線者としてエイ=イ組の組長に収まったというワケ」

 

「……カキンの王族がそのようなことを?」

 

「信じられない? 今まさに、王子同士で殺し合いの儀式をしているというのに」

 

 モモゼはしばらく考え込むように俯き、やがて頷いた。

 

「信じます」

 

「何もかも鵜呑みにされても困るのだけど……」

 

「数千年前の『念』によって維持されてきた国なのですから、その制約に縛られていても不自然ではありません。王族同士の殺し合いも、国民を対象にしたそ(・)れ(・)も、由来が同じであれば違和感はありません。きっと、まだ私が知らない同様の儀式があるのでしょう」

 

「聞きたい?」

 

「後ほど」

 

「では、私のターンね」

 

 山札に手を伸ばしたモレナを、モモゼが制止した。

 首を傾げるモレナに対し、モモゼが問いを投げる。

 

「ひとつだけ。引き続き、モレナとお呼びしても?」

 

「ええ、そうしてちょうだい」

 

「わかりました」

 

 モレナが山札を捲る。モモゼに対して示されたのは『状況(The Situation)』のカード。ピトーはそれを確認して、同時に『円』を再展開した。モモゼ以外の全員が肩を跳ねさせ、ピトーに注目する。ピトーは無言でゲームの続きを促した。

 

「『状況』と言っても、何が知りたいのですか? 私の状況など貴方は掴んでいるでしょう」

 

「そうでもないわ。あなた達がここまで降りてくるのも青天の霹靂だったし、上層の状況も掴めていない」

 

「……私たちは、カチョウお姉様の守護霊獣によって3層に来ました。そこの扉と同様の能力でしょう」

 

「なるほど。……モモゼ王子とカチョウ王子は敵対している。違う?」

 

「いいえ、その通りです」

 

「今と同じようなことが起こったのね……カチョウ王子には同情しちゃうわ。さて、このカードで私が最も知りたいのはツェリードニヒ王子の動向なのだけど……知っている限りを教えて貰える?」

 

「それは私たちの状況とは関係ないのでは?」

 

「そうかしら。あなたがどう認識するかだと思うけれど……そう答えるということは、ほとんど関わりがないのね。じゃあこうしましょう、『質問』のカードも使うわ」

 

 モモゼとピトーは情報としてツェリードニヒの動向を掴んでいるが、モモゼ自身にまつわる情報とは言い難い。

 

 ツェリードニヒと手を切り、同時にその報復を警戒している。第4王子私設兵(ボークセン)をわざわざ引き入れているあたり、王子への対応に割くコストはかなり大きいのだろう、とモモゼは判断した。モレナはツェリードニヒを多分に警戒している。

 

「ピトー様」

 

「もう死んだよ。自分の部屋で、ベンジャミンに殺された」

 

「偽装の可能性は?」

 

「低いんじゃない? 『絶』をトリガーにして隠れる能力だったみたいだけど、ボクの『円』の中だったしね。彼の守護霊獣が現れないのも、彼の死体を入れた棺が立ち入り禁止区域に運び込まれたのも、補強材料くらいにはなるかな」

 

「そうなの……彼の能力がただの潜伏だとは思えないけれど」

 

「正確には認識阻害の類いだと思うよ」

 

 あっさりと散った第4王子をモレナがそこまで恐れる理由は分からなかったが、それもピトーにはどうでも良いことだった。

 『円』で念使い達の動向を観測しつつ、モレナの会話にも耳を傾ける。三層以下の情報は、今のところモレナから得るしかない。

 

 次はモモゼが『目的』のカードを引いた。

 モレナは人差し指を口元に当て、首を傾げる。

 

「既に話してしまったわね。別のカードに変える?」

 

「いいえ。……貴方はカキン国に恨みがあり、壊したい。他のメンバーも志は同じですか?」

 

「そう考えてもらって問題ないわ。私の目的に賛同して力を貸してくれている仲間たちだもの」

 

「目的は、王族を廃することですか。それともカキンの名を消すことでしょうか。国民ごと滅ぼすとか、そういうことは実現不可能でしょうから」

 

「名に近いわね。カキンの本質はもはや『念』よ。王位継承の儀式も、政治も国体も、念と制約に縛られている。ただ、叶うのなら全部殺してしまった方が嬉しいわ。カキンも、この世界も全て」

 

 モレナの瞳は濁っている。

 宮廷を出ることなく過ごしてきたモモゼには、モレナの境遇を推し量ることさえできない。

 

 モレナは深呼吸の後にカードを引いた。『力(The Power)』のカード。

 

「私の護衛は協会員の二人と、守護霊獣だけ。他に言うこともありません」

 

「だけと言うには強大に過ぎるけれど、一旦納得しておくわ。いくら私でも、能力まで開示せよと迫ることはできないもの」

 

 モモゼが次にめくったカードは『手段(The Means)』

 

「手段、ね。モモゼ王子は、私が目的を達するために取れる手段として何が思い付くかしら」

 

「継承戦に合わせて事を起こすのなら、終盤に生存した王子を襲撃することでしょうか。念使いの集団であれば可能なのでは?」

 

「そうね、それが最も簡単かもしれない。けれど、そ(・)の(・)程(・)度(・)でカキンは揺らぐのかしら。これまでの歴史の中で、『壺中卵の儀』が一度も失敗しなかったと思う? きっとリカバリーする策は幾つも用意されているわ」

 

「儀式を破壊し、王族を殺すだけでは足りないと仰るのですね」

 

「ええ、せめてひっくり返さなければ。幸いにして、この船には全ての王族と、軍や政治の要職が揃っているわ。そしてそれらを含めても国王軍の人数は、20万人のカキン国民よりもずっと少ない」

 

 モレナの言葉に、モモゼは続く言葉を読み取った。

 スケールの大きさに思わず息を飲む。

 

「──革命を起こすと?」

 

「玉座がなくなれば壺中卵の儀は成立しない。謝肉祭もできなくなるわね。カキンは再び多民族国家群として分裂するでしょう」

 

 可能かどうかを推測するための知識を、モモゼは持ち合わせていなかった。

 3層以下の住人がすべて国家に反旗を翻せばそういうこともあるだろうが、そんなことが起こり得るのかどうか──

 

「ネフェルピトー。あなたはどう思う?」

 

「V5が保護してカキンのまま再生するんじゃない」

 

「東ゴルトーやNGLのようにはいかないわ。カキンは『帝国』だもの」

 

「その辺はよく分かんないや。興味もないし」

 

「つれないわね。私たちの先達だというのに」

 

「一緒にしないでくれる?」

 

 モレナは肩を竦めた。

 

「ゲームを始めたのは私だけれど、失敗だったかもしれないわね。私達の間には曖昧にしておいた方が良いことの方が多かったのかもしれない」

 

 モモゼは山札へ伸ばしかけた手を止め、モレナの言葉を脳内で吟味した。

 モレナの願いは破滅的だ。カキンに属し、生き延びることを大目標の一つに置くモモゼとは相容れない。

 

「遅かれ早かれでしょう。貴方はもう、何があっても折れない」

 

「ええ。でも、モモゼ王子は考えを曲げてくれるかもしれないと期待しているわ」

 

「私はカキンの破滅を望みません」

 

「目指す方向が被ることもあるでしょう。儀式の破壊が叶わなければ、貴方を王にしても構わないわ。ベンジャミン王子が王になるよりはマシだから、そういう方向に動く可能性もある」

 

「いいえ、その状況は、私を殺せば儀式を壊せる局面のはず。貴方は妥協しません」

 

「好機だとしても彼女に挑むかは怪しいところね」

 

 モレナが山札を示し、モモゼが再度山札に手を伸ばす。

 しかし今度はピトーがモモゼを制止した。ほぼ同時に、モモゼが残した折り紙の視界共有に反応がある。

 

「そろそろタイムリミットかなぁ」

 

 ピトーが口を開いた。両手を頭の後ろで組み、軽く伸びをする。

 

「そのリミットはおそらく私たちに訪れたモノよね。教えてくれる?」

 

「襲撃者です。エイ=イ組の『状況』はまだ訊いておりませんが……幻影旅団と友好的な関係にはないのでは?」

 

「困ったわね。ヨコタニが殺されてしまったから、このアジトは正規ルートからの侵入には無防備」

 

「言い掛かりはよしてよ。あんな半端な能力、まともな念使いには通用しないって」

 

「いずれにせよ、結論を急ぐ必要がありそうね」

 

 モレナがデスクチェアから立ち上がる。

 彼女はモモゼに歩み寄り、右手を差し出した。

 

「モモゼ王子に協力するわ。ただし、そちらも力を貸して頂戴。タダで使い潰されるつもりはないわ」

 

「では、ピトー様。最初のお仕事です」

 

 モモゼはモレナの手を掴み、立ち上がる。

 声を掛けられたピトーは、ようやく退屈が紛れるとばかりに声を弾ませた。

 

「りょーかいっ!」

 

 ピトーを先頭に、最初に訪れた部屋へ戻る。

 モモゼもそれに従い、意外にもモレナ自身が戦場へと向かった。

 

 ピトーはその特大のリスク行動を『許容できる気まぐれ』として処理しつつ、『円』を閉じる。

 幻影旅団の二人を目視した瞬間、首筋の傷が熱を持った。『幕見夢想(コッペリア)』が発動し、ピトーの視界がリグに共有される。

 

「おー、本命が来たか」

 

「随分大所帯ね」

 

「『幻影旅団』のフィンクスとフェイタン……」

 

 侵入者二人の姿を見、ボークセンが呟いた。ピトーの聴力が拾い上げ、呆れの表情を漏らす。

 

「『幻影旅団』って、一国の兵士にまで顔が割れてるの?」

 

「大して隠れちゃいねぇからな、オレたち」

 

 ヨコタニの死体は片付けられていた。

 部屋は幾分手狭だったが、ピトーの機動力が完全に殺されるほどではない。問題ないと判断して、移動の選択肢を切る。

 

「オマエがモレナ=プルードだな」

 

「ええ。私を殺しに来たのね」

 

「そな所ね」

 

 傘を持った男──フェイタンと、スカジャンを着たオールバックの男──フィンクスの両方がピトーを警戒していた。ピトーは『纏』のまま、二人の動きを見ている。

 

「コイツ、団長が言ってたキメラアントってやつか?」

 

「そうみたいね。なかなかや(・)る(・)」

 

 力の差が感じ取れていないわけではないだろう、とピトーは判断する。少なくともオーラ量においてピトーが彼らに大きく勝ることは、理解しているはず。

 もちろん、オーラの多寡が念使いの戦闘の勝敗を決めるとは限らないが、それでも指標として扱える程度には実力と連動する。

 

 二人に退く意思はない。己が負けるとも考えていない。

 それが慢心によるものではないことを祈りながら、ピトーは浅く息を吸った。

 

「降伏する気はある?」

 

「あるワケねぇな」

 

「だよねぇ」

 

 ピトーがオーラを練った瞬間、フェイタンが傘を開いた。その死角から、備え付けられていた棚を用いて三角飛びの要領でピトーへ斬りかかる。

 ピトーは余裕を持ってその動きを視界に捉え、仕込み刀による突きを躱す。

 

(いきなり『硬(コウ)』ねぇ。戦闘の組み立てとしては理解できるケド)

 

 戦闘中に強く練り上げたオーラを維持する『堅(ケン)』や、攻防のためにオーラの振り分けを偏らせる『凝(ギョウ)』とは異なり、『硬(コウ)』はオーラを一点に集め攻撃力や防御力を極大化させる代わり、それ以外の部位が無防備になる。

 

 様子見から入りやすい初手に、最大火力を持ってくる思考自体は理解できるが、随分と偏った戦闘論理であることもまた事実。

 

 フェイタンに遅れて、ピトーを挟む位置を取ったフィンクスの拳を躱す。こちらの体術は特筆するほどでもない。

 強化系らしいオーラの鳴動。無防備なところに『硬(コウ)』による一撃を受ければピトーとて大きなダメージを負うだろうが、不意の初見殺しに対する警戒はフェイタンに割くべきだと判断する。

 

「ヘタクソな連携」

 

 フィンクスが一手遅れ、そこにピトーの爪が引っかかった。

 脇腹を浅く裂くに留まったのは、フェイタンがテンポを崩してカバーに入ったからだった。

 フィンクスは腕の調子を確かめるように回している。

 

「ワタシら普段共闘なんてしないね」

 

「言い訳は地獄でヨロシク」

 

「クソが」

 

 壁を使った三次元機動を得意とするのはフェイタンだけではない。姿勢を低く、時に天井さえも使ってピトーは躍動する。

 仕込み刀と爪が火花を散らす。数秒、戦線からフィンクスが離れた間も、フェイタンはほとんど無傷を保っていた。

 

(『硬』の多用……ちょっと気になるんだよねぇ……)

 

 十中八九、迎撃型(カウンタータイプ)の能力である、とピトーは結論付けていた。あえて無防備を晒すのは、被弾を完全に抑える自信があるか、被弾が利になるからでしかない。

 身のこなしと刀に纏うオーラの圧力からして、強化系かそれに隣接する系統。かすり傷では何も発動しなかったことから、大怪我であればあるほど強力になる類の能力か、発動に一定のダメージを必要とする能力。

 

(実戦投入しちゃう?)

 

 長引いて半端な負傷が増える方が面倒になる。フェイタンの能力がカウンターだとすれば、内容次第ではピトーにも致命傷を与え得るかもしれない。

 フィンクスを僅かに放置してでもフェイタンを仕留めきった方が良い。

 

 そう判断した直後、ピトーを掠めたフィンクスの拳が棚の根元を爆散させた。

 

「チッ!」

 

 腕を回していたのは能力の条件だったらしい。陶器の破片が降り注ぐ中で、ピトーは直前に立てた計画を修正する。

 

 腕を回すことでオーラを増大させる能力。溜めておける時間もオーラも未知数だが、今の調子であればピトーにダメージを通すことは可能。

 

 フィンクスを攻めればフェイタンがカバーし、フェイタンを狙えばフィンクスの必殺が飛んでくる。おそらく正解は前者のやり方だが──

 

 三(・)度(・)瞬(・)き(・)を(・)し(・)た(・)。

 倒れ込む棚の埃を吹き飛ばしながら、ピトーの肉体はバネのようにしなり、矢のようにフェイタンへ襲いかかった。

 

「ッ──!?」

 

 彼の『堅』の上から左腕を斬り飛ばす。重心の変化に、着地の体勢が乱れたところをそのまま強襲し、足を刈る。

 背後にフィンクスのオーラを感じる。予想通りに腕を回し、膨大なオーラを纏った上で仕掛けに来た。

 

「死易不許(楽には死なせねえ)」

 

 フェイタンのオーラも増大する。フィンクスの攻撃を避ければフェイタンの能力の発動を許し、フェイタンを仕留めればフィンクスの拳を受ける二択。

 そしてピトーにとっては、僅かなリスクを取って確実なリターンを得るための選択であった。

 

「残念、死ぬのはキミ」

 

 ピトーの右脚が正確にフェイタンの心臓を穿った。心臓を潰す感覚が皮膚を伝い、そのまま胴体を裂きながら引き抜こうとする。

 

 ──が、致命傷を負いながらもフェイタンがピトーの脚を掴んだ。

 回避が一拍遅れ、フィンクスの拳を避ける猶予を失う。

 

「テメェも送ってやらァ!」

 

 ピトーは『凝』による防御を選んだ。僅かな時間でどれほど腕を回したのか、フィンクスのオーラはピトーの防御を貫通し得る水準にまで肥大化している。直撃すれば骨折は確実。

 

 しかし──

 

「は──?」

 

 フィンクスの拳はピトーの左腕の上を滑(・)り(・)、完全に受け流された。

 

「『滑走路(プルージック♡)』。ゴメンね、ボクも一人じゃないんだ」

 

 体勢を崩したフィンクスの胴体にピトーの拳が突き刺さる。腸(はらわた)がかき混ぜられ、内臓の幾つかが破裂した。数分も持たずに絶命するだろうことは、誰の目にも明らかだった。

 

 ピトーは身体に付いた血を払い、エイ=イ組の方へと振り返った。

 

「処分しといてくれる?」

 

 ピトーの言葉に、エイ=イ組の構成員が動き出す。

 フィンクスにトドメが刺されるのを見届けたモレナが口を開いた。

 

「モモゼ王子に提案があるのだけど……五層へ向かうのはどうかしら。カキンの現実について、きっとよくわかると思うから」

 

 

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