ネフェルピトーに執着されるだけ 作:月と猫のダンス
切断された腕が接合できるのは、おおよそ切断から6時間程度だと言われている。その計算を信じるのなら、カイトの右腕の縫合は間に合うだろう。切断面も恐ろしいほどなめらかだった。
増援との合流はスムーズだった。国境沿いで合流し、ゴンとキルアの無事を確認した後カイトを外科医に託した。医者の見立てでも「繋がる」との事だった。
悔いは残る。腕を失わせるつもりはなかった。備えていれば迎撃は間に合うと考えていたが、甘かった。
「アンタ達、バケモンだよ」
「バケモノはあれだろ」
「そっから生きて帰ってくんのも同じだ」
俺の傷は自前で縫った。キルアが縫合を申し出てくれたが、『滑走路』を使えばより丁寧に、痛みやミスもなく縫うことができる。キルアの技術を疑うわけではなかったが、遠慮しておいた。肋骨は安静にしておくしかない。
俺も一旦脱落だ。念能力者であっても、骨を折って即日の復帰ができるわけじゃない。少なくとも本格的な戦闘ができるのは暫く先だ。治癒系の念能力者がいれば別だが、生憎。
ゴンはまだ眠っている。
原作と違ってカイトは生存した。ハンターとしての仕事も続けられるだろう。起きて即座に無茶をすることはないだろうが……
「ほっほ。おぬしらがそこまでしてやられるとはの」
ネテロ会長は楽しそうに俺を見ていた。ポックルとカイトの班がハンター協会に通報してくれたらしく、ノヴとモラウを連れて一目散に飛び込んできた。
どうにも自分が強者と戦うのが楽しみで仕方がないらしい。
「遊ばれた上に逃げに徹してこれです。しかも、念は使ってたが、明らかに覚えたてだった」
「おうおう、珍しく弱気じゃねーの」
「モラウさん。あれはあなたより強いよ。今ならまだ会長が負けるとは思わないが……」
「ふむ。今なら、か」
俺の言葉に、キルアが首を傾げた。続く言葉は、おそらく俺よりも正確に彼我の数値上のスペックを嗅ぎ取っていた。
「アンタは、会長があれに勝てると思うの? 明らかにオーラは人間のレベルじゃなかった。ヒソカやアニキよりよっぽど強い。オヤジやジイちゃんでも……」
「ネテロ会長なら勝てる。一対一なら。問題は、あれが王でも女王でもなくただの兵隊だってことなんだが」
思ったより状況は悪い。正確には俺の想定が甘かった。
ポックルが捕まってない以上、相手に念能力のことは上手く伝わっていないと考えていい。この辺りで新しく念使いを調達することは難しいだろう。もしかすると、数週間単位でキメラアントの念の習熟を遅延させられるかもしれない。……いや、これも希望的観測か。
ラモット──モズのキメラアントがゴンとの戦闘で念に目覚めている以上、原作のように目覚めの儀が行われる事は避けられないだろうが、体系的な発を作れる段階にはまだないはずだ。
問題は、まだ念のことをあまり知らないはずのネフェルピトーに俺とカイトが二人揃って叩きのめされたことだ。
もう少しやり合えると思っていたが、円どころか凝にまで自力で辿り着いていた。念の技術のほとんどが基本的なオーラ操作と念への理解に依存する以上、あとは制約と誓約を含めた細かなところ以外は習得し、理解されていると考えるべきだ。
そしてネフェルピトーは、おそらく原作と同じところまで成長する。
こういう決めつけた思考はあまり好きではないが、ポックル以外の誰かが同じ目に遭うだろう。
そして俺には、それを止めるすべがない。
「ふむ。王が生まれるまでは如何程だと見る?」
「この大陸のキメラアントと同じに考えるのは不自然だと思いますが、それほど猶予はないかと。ひと月かふた月くらいでしょう。護衛軍が生まれているのだから、そう遠くは無いはず」
「護衛軍の実力がワシら以上だとすると、王が生まれるのは困るのぅ」
もうひとつ、懸念がある。
原作のネフェルピトーはゴンによって殺された。今のゴンがあれに同じことをするとは限らない。ゴンのことだからやるかもしれないし、やらないかもしれない。
だが、ゴンがあれを倒さないなら、あれに勝てるのはネテロ会長くらいだ。薔薇の余波で死んでくれたらいいが、そう上手く行くとも限らない。原作でのピトーの役割はコムギの守護であり、他の2匹や王とは離れた場所にいた。
「……ふむ。討伐は協会が請け負ったが。……お前さん、同行せい」
「応急処置次第で構わないのなら。それと、戦闘はしばらく不可能ですが」
「構わんよ。先に行っておるからのォ」
まだ関わるか、降りるか。選べるタイミングの最後だが、選択肢は無いも同然だった。変えた責任は取らねばならない。このまま俺が抜けて、キメラアント討伐軍が敗北しても困る。
困るといいつつ、実に楽しそうにネテロ会長は去っていった。
俺が渡せた情報はそう多くない。半径2km、アメーバ状の円。戦闘中に凝を覚える成長力。視認不能の初速。俺の原作知識だけを信じるのなら、ネテロ会長はネフェルピトーに勝ち切るだろう。
彼が王に負けたのは、王の肉体強度が故と、コムギとの軍儀が故だ。ネフェルピトーにそれはない。懸念があるとすれば、死後の念だが……
息を吐く。まだ
残されたキルアが、首を傾げた。
「ホントに勝てると思ってるの?」
「あの人に正面から勝てる人類はいないよ。俺とカイトで傷を付けられたんだ。ネテロ会長なら仕留め切るさ」
「ふーん」
「俺には恐ろしくてできんが、ゾルディック家の翁は犬猿の仲だろうに。そっちに聞いてみたらどうだ?」
「いや、いいよ。多分同じ答えだから」
暗殺者のくせにネテロ会長シンパなんだよ、とキルアは悪戯っぽく言った。シンパではないと思うが……
ゴンが起き出してきたのは、繋がれたカイトの右腕の指先まで朱が差してからのことだった。
「カイトの腕は、治りますか」
俺に対するゴンの第一声がそれだった。
その前にキルアとのやり取りがあったはずだが、そこまでは聞いていない。ただ、ゴンが残って暴走していればカイトの腕どころではなかった。それはゴン自身も弁えているだろう。だからこんなにも悔しそうに尋ねてくる。
「分からない。断面は綺麗だったが、無茶をしたからな。動くようにはなるだろうが、完治するとは限らない。復帰は半年以上先だな」
俺は医者から聞かされた通りの答えを返した。隣でカイトが頷く。
ゴンは黙って、自分の右手を開いて、閉じた。
「オレが弱かったから」
「違う」
今度は、真っ直ぐに否定した。
「あれの初撃はカイトにも、俺にも見えなかった。お前の弱さのせいにするな。それに、腕が付いたのは、全員が逃げ切ったからだ。お前とキルアが先に抜けたから、俺は回収に専念できた」
「……悔しい」
「……それは、そうだな。同感だ」
ゴンは頷いて、それから少しだけ笑った。
俺の記憶の中の少年より、ずっと軽い顔だった。カイトは生きていて、誰も置き去りにされなかった。それだけで、少しはマシになっている。
麻酔から醒めたばかりのカイトが、少し呂律の回らない口を開いた。
「すまん、助かった」
「一日の遅刻はチャラにしてくれよ」
「過剰だな」
「じゃあ後から取り立てよう」
カイトがあれの円に触れなければ良かった、という真っ当な指摘を、俺は口に出さなかった。カイトは試したくなった。俺は事前の警告が足りなかった。二人とも代償を払い、二人で分割した分軽微で済んだ。一旦はそれで良いことにしておく。
カイトは仲間たちと病院送り。残ったゴンとキルアはと言うと、ネテロ会長から宿題を出されている。ナックルとシュートから割符を奪うまで戦力として数えない、という宿題が。ゴンはカイトの分まで戦う気満々だったから、ここは原作通りになるだろう。
俺は一日安静にして、歩けるところまで戻した。ノヴが迎えに来て、彼の能力で前線へ戻る。一応は重症患者なのだが、という一般論は、緊急時のハンターにおいては無視される。ノヴがいるから、という部分が大きいだろうが。彼がいなければ俺の合流は半月遅れていただろう。
前線は丁度、俺たちが割り出した
「おぬしの言葉を疑うわけじゃないんじゃが……あいつ、ワシより強くねー?」
「スペックはそうでしょうね。まあ、勝敗を決するのはオーラの多寡にあらずと言います」
「そうなんじゃが……戦わずに済むならばと思ったが、その道は無さそうじゃの。さて、どうするか」
岩棚の上からキメラアントの巣を覗き込む。あれが巣の外壁で周囲を警戒していた。円を張り、何か考え事をしているように見える。
「会長も人が悪いですね。答えは私達を呼んだ時点で出ているんでしょう。静かに一匹ずつ消していく。仕事に掛かりましょう」
ノヴの『
俺は借りた地図に円を引いていた。巣を中心に、半径二キロ。あれの間合いだ。
それから等高線と水系を重ね、進入路の候補を三本落とす。狩りの段取りは、獲物を見ることから始まる。
人よりも歩行性能が高い獣であろうと、歩きやすい道を歩く。それが獣道であり、俺たちのような幻獣ハンターの嗅覚が生かされる場所でもある。
師団長達、食糧調達の部隊の動線を大雑把に絞り込みながら、モラウの煙による偵察の結果と照らし合わせていく。
打ち合わせの結果、原作通りの手順で進めることになった。ネテロ会長の錆落としがてら、キメラアントを端から狩っていく。
王が産まれるまでの時間に根拠が出せればよかったが、狩りのペースと巣の規模を正確に測りようがない以上は予測値さえ出せない。俺は原作通りに『一ヶ月』と言い続けることにした。それでも他の専門家よりもひと月早い予想だ。不自然といえば不自然。
地図を眺めながら、俺は昨夜の逃避経路を指でなぞった。あの周囲は根こそぎ木が斬られ、折られている。もう一度あれと相対した場合、どうすれば良いだろう。取り留めもない思考の中で、緩やかに算段を立てていく。
──突然、左肩が熱を持った。
傷が開いたのかと思った。違う。痛みじゃない。熱と、それから──視線だ。
凝。
爪痕に沿って、オーラの紋様が浮いていた。文字じゃない。意匠でもない。爪で引かれた三本の線が、そのまま静かに光っている。
俺は咄嗟に巣の方へと視線を送り──
──目が合った。飛び込んでは来ない。
「すまない、見つかった」
「一時撤退じゃの」
煙幕が展開され、ノヴの能力で姿を隠す。
俺は一度包帯を外し、傷跡を確認した。もう輝いてはいないが、傷にオーラが刻まれている。少なくとも、1時間前に包帯を変えたときには存在しなかった。
「傷跡が光って、アイツがこっちに気づいた。何らかのマーキングと見ていいな」
「条件は分かりませんね。傷はそのひとつと見ていいでしょうが……それ以外に要件を満たしたか、それとも──」
「『発』を今開発したか、じゃの。ほっほっほ。随分好かれておるようじゃ」
「勘弁してくださいよ」
心臓が跳ねる。
原作のネフェルピトーにこんな能力は存在しなかったはずだ。屍の操作能力、治療能力、そして自分を操る操作能力。応用があったとしても大別してこの三つのはずで、マーキングやサインとは全く別系統だ。
カイトに電話をかけると、すぐに繋がった。
「あー、カイト? 傷口に異常はないか? 何か念能力を掛けられているとか……」
『凝ではわからんな。ゴンとキルアも見てくれているが、特に異常はない。……俺にそう訊くということは、お前はなにか仕掛けられたか』
「傷が光って、直後に監視がバレた。追跡用のマーキングを疑っている」
『成程。あれは念を覚えたばかりのようだった。俺たちのような発も初見のようだったし、真似しようとしてもおかしくはない。あれは猫や人が大きく混じったキメラアントと見て間違いないだろうが……ふん、ネコ科の獣から逃げおおせた上に獲物も盗んだ。マークされるには十分だな』
「はぁ。こっちでも考察する。同様の徴候が見られたら連絡してくれ」
『ああ』
モラウが首を竦めた。ノヴが眼鏡の位置を直しながら嘆息する。
「検証するしかないでしょうね。どうやらここはバレないようですが……」
原作が崩壊した。もしかすると、より悪い方向へ。