ネフェルピトーに執着されるだけ 作:月と猫のダンス
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二人の協力によって繰り返された検証の結果、俺に仕掛けられた印の正体には概ね目星がついてきた。
・射程は100km以上(それ以上は未検証)
・能力の条件を満たした際は印が発熱する。
・俺が何かを狩ろうとするときに反応する。(前準備を含む)
・ネフェルピトーを目視中は彼女に居場所がバレる。
・他のキメラアントを狙っているときは居場所がバレない。
・地上、地表、屋内、屋外などの制限を受けない。
・ノヴの『四次元マンション』の中は追跡できない。
あれが見ているのは、俺の狩りの対象だ。俺ではなく俺の狩りをマークしている、と読み取った。
仮説。この刻印は、狩りの最中の俺の視界をあれに共有している。
『オレなら獲物の状態が常にわかるようにしておくかもな』
そんなカイトの一声で追加の検証がなされ、どうやら俺の緊張状態や脈拍くらいは常時観測されているかもしれない、という可能性のみが示唆された。あとは本人に聞かなければ分からない。
「あれと戦う分には問題がねェってこった」
「まあ、治ったら単独行動しますよ。バレたまま襲撃かけるのも阿呆らしい」
「状況次第じゃが、やむを得んのォ」
療養はノヴの『四次元マンション』の一室でやることになった。
快適さも理由の一つだが、最大の理由は情報遮断だ。あれに与える情報は少しでも減らした方が良い。
この部屋に入るには、ノヴの許可が必要だ。彼の許可がなければ、この部屋は世界のどこにも繋がっていないとも言える。故にこの印はあれとの経路を断ち切られる。
検証済みの、比較的まともらしい分析結果だった。
戦えるようになるまで三週間。俺はその三週間のうちの10日を、ロープの補充に費やした。
希少種である超大型の蜘蛛から採れる糸を、撚って、蝋を煮て、伸ばして、また撚る。そうやって作られたロープを、10本。あれに襲われなければ十分な量だ。元々、キメラアントとの戦いでは10本も使わないと思って持ち込んでいたと言うのに。
市販の化学繊維を用いたロープでも、最低限の実用には耐える。だが、強度も靱性も、余分な光沢やタックも気にかかる。あくまで及第点であって、ベストではない。
この戦いはあらゆるリソースを費やすべき局面である、という理解から、在庫の原料を吐き出してまで俺はロープをひたすらに補充していた。もう少し時間があれば、拠点まで一度戻っていたところだ。あそこにはまだまだストックがある。
そしてもう一つ。『発』を作ることに費やした。
私見だが、戦闘において強い発には大きく三つの型が存在する。
一つ。汎用性が高く、能力が発覚しても対応が難しかったりデメリットが小さいもの。
ヒソカの『
発を保持しているだけで有利であり、大きなデメリットが存在せず汎用性も高い。キルアの発もこの系と言える。一番多く、無難だ。原作でいぶし銀な活躍をするキャラクターはだいたいこのタイプの造形をしている。究極系がモラウだと言えるだろう。
二つ。拡張型。能力自身が成長する、手数や規模を増やしていく類いのものだ。
クロロの『
積み重ねが力になり、手札の数になり、コンボやハメの種類も多様だ。一人で何でもするための能力と言える。
三つ。極まったもの。狂気や渇望の果てに辿り着く境地。誰にも真似できない頂。
ネテロの『百式観音』や、クラピカの『
俺は初め、二つ目の型で発を考えていた。成長し続ける能力は文字通り、いつか他者を置き去りにできる可能性がある。クロロや能力完成後のベンジャミンがなりふり構わなければ、タイマンで勝てるのはそれこそキメラアントくらいになりかねない。
発のみで勝負は決まらないが、ジャイアントキリングをするのも発だ。対応する手札は多い方が良く、それには拡張型が適している。
もちろんネタは考えた。
ようは、何かを積む度に一つ手札を増やす能力であればいい。盗むこと、食うこと、部下が死ぬこと。俺だったら、生き物を捕らえることとか。
しかし、うっすらと形になりかけていた『発』は、結局世に生まれなかった。俺が手早く強くなる必要性に駆られたからだ。結果として完成した能力は、初見殺し性能も備えた一つ目の型。自身のオーラを変化させて滑らせる、あるいは引っかからせる単純な能力だ。
結果としてもっと強い『発』が作れた可能性を放棄したわけだが、今のところ後悔はしていない。
手札は多い方が良い、というのが念使いの一般常識だろうが、この場合の手札とは、『発』の対応力に他ならないからだ。
クロロのような広く手札は使いこなすのに相当の習熟度を要し、常に判断を迫られる。
ベンジャミンの能力は、そもそもが複数人の念使いが協力した方が強いところを、マイナスを打ち消すロジックで組まれている。
結局、最強の念能力なんてものは作れないのだし、自分が扱いやすく、戦闘においても職においても役立つのならなんだって損はしない。後悔するとしたら、自分が夢半ばで殺される時くらいだろう。
発の開発に戻る。
今の発『
契機は、数日前の撤退戦闘だった。
俺は完膚なきまでに負けた。結果として傷跡を刻まれ、そこに獲物としてのタグまで付けられている。純然たる実力差があり、そして、次の遭遇で俺は今度こそ敗北するだろう。
俺に、ゴンのような才能はない。
即座に成長し、あれを倒す望みはない。
クラピカのような執念もない。
ネフェルピトーにのみ使用できる代わりに他者に使えば自死するような、専用の必殺を編み上げる執念や実力が足りていない。
初見殺しももう通用しないだろう。可能性があるとすればシャルナークのような操作系の能力だが、あれの戦闘に使われる『発』は自前の操作系能力だ。早い者勝ちの原則に則れば、か細い糸さえ通らない。
故にこの『発』は妥協であり、最後の命綱であり、俺のプライドであり、唯一持ち出せる執念である。
『
それだけだ。ストックは事実上無制限だが、同時に憶えていられる結びは五つ。片手の指の本数で打ち止めにした。欲張った天井は、維持費で自分の首を絞める。
故に、この能力はしばらく隠し通さなければならない。
俺の狩りには、観客がつく。狩りの段取りも、たぶん見られている。なら新しい札を試す場所は一つしかない。誰の目も届かない、この部屋の中だけだ。
練習も検証も全部ここでやる。外では、素のロープと摩擦だけで仕事をする。
いつ切るのかと問われれば、まだ決めていない。決めていないが、切る相手の見当だけは、最初から付いている。
そして、おそらくはその結末も。
三週間後、俺は現場に戻った。
NGLの掃討は終盤に入っていた。師団長や兵隊長級は目に見えて減り、巣の周辺だけが手つかずのまま膨らみ続けている。人類最強の爺さんが片端から飲み干しているからだ。
俺の仕事は変わらない。キメラアントを調べる。逃げそびれた人間を逃がす。あいつらを、狩る。
痕跡を読む眼も、道を選ぶ判断も、たぶん最前列で観られている。入場料は取れない。何を持ち帰られているのかも分からない。やれることはせいぜい、俺以外の情報を向こうへ大きく渡さないことだ。そしてそれには、おそらく失敗している。
復帰一日目にして、悲鳴を拾った。
岩棚の方角だった。
ドラッグ工場の廃墟。初日にカイトたちと合流した、あの場所だ。
生き残りが水と屋根を求めて棲みつくには悪くない立地で、悪くないと考えるのが人間だけとは限らない、というだけの話だった。
絶をしたまま廃墟へ向かい、内部を覗き込んで後悔した。
中には、一匹のキメラアントがいた。カマキリのキメラアント。おそらくは師団長クラスと思しい。
そして、悲鳴の主たち。四人家族だった。まだ全員無事だ。
その奥には、五体を切断された屍がバラバラに並べられている。切り刻むことが愉悦とでも言うように、丹念に四肢と首を切り落とされた骸達。
「誰か助けて!」
母親らしき女性が叫ぶ。
念能力を覚えた師団長は十分に強敵だ。相性次第では熟練のハンターとて容易く敗北するだろう。
そして俺のロープと、あいつの鎌はおそらく相性が悪い。
酷く不格好な奇襲だ。杭を結んだロープがカマキリへ向かって真っ直ぐに飛び、飛び退ることで躱される。追撃に放ったロープは、僅かな抵抗も許されずに切断された。
この一ヶ月、過去一番ロープの消耗が激しい。そんなにぶちぶちと引きちぎられるような代物でもなければ、あっさり切断されるような雑な使い方をしているつもりもないんだが。
民間人とキメラアントの位置関係を確認する。民間人の方が奥に追い詰められていた。
引っ張って助けるのは難しい。キメラアントを仕留める他ない、と判断する。カマキリへ向けて二本、三本とロープを仕込んでいくが、洞窟という地形が災いしている。
あれとの撤退戦のようにロープを仕込めない以上は直接仕掛けるしかないが、相手の間合いに入った瞬間に切り落とされている。
わかってはいたが、相性最悪だ。
既に帰りたい。
制約と誓約、という概念がある。念能力、『発』に制限を設ける代わりに、その出力を強化するというものだ。あるいはその反対。リスクはバネであり、制約と覚悟が念能力を強くする。
俺の『
同意なしに他人の摩擦を変化させられない。
摩擦を変化させられる面積は俺と俺が持つロープの表面積まで。
そして、オーラが直接触れていなければならない。
ここまでが能力を形作る輪郭だった。
そして、本命の制約と誓約。
他人が助けを求める声に背を向けられない。引き寄せ、捕まえるための能力は、他人の要請を振り払うことを許さない。
破れば、新たに制約を追加するまで『滑走路』が封鎖される。
故に、俺はこのカマキリ野郎を仕留めなければならない訳だが──
「縄を振り回してるだけじゃ勝てねぇぜ」
カマキリが攻勢に転じる。周を施したロープで受けられない以上、能力を使わないなら避けるしかない。
左肩の傷に視線が向かった。
ここで摩擦を使えば、手札が一枚割れる。この一ヶ月、外では素のロープしか振っていない。その一ヶ月ぶんが、この一手で観客へ渡る。
損得の勘定を終える。使わずとも勝てるだろう。だが、時間とリスクが勝る。……仕方がない。
「知ってるさ」
ロープの摩擦の大小を乱雑にする。挙動が複雑になり、鎌の刃が滑る。斜めに食込み、摩擦の為に切り裂けなかったロープに対して、カマキリは刃を引くことを選んだ。滑らないものは容易く引き抜けない。そのための踏ん張りに、反対の腕で操るロープが襲い掛かり、鉤爪を引っ掛けた。
体勢を崩したカマキリはしかし、遮二無二俺を狙うことを選んだ。身体を捻ることで無理やりロープを引き抜き、俺に鎌を振り下ろす。身体を掠めた鎌は、片方が勢いよく俺の脇腹の表面を滑り抜け、もう片方は浅く俺の肌を切り裂いた。
俺の身体の摩擦を小さくすれば、完全に垂直に攻撃が当たらない限りダメージの大部分を無視できる。以前、ネフェルピトーの速度の前には追い付かなかったが、この程度ならば。
そして、一度姿勢を崩した相手が立て直す余地を与えるほど、俺は甘くない。更に足下を崩したカマキリの隙に、遠心力の乗った鉤爪が突き立った。
頭を潰したあと、念の為鎌もへし折っておく。
遊ばれていた家族は、ひとりが腕を浅く裂かれていた。その傷を縫合し、その後俺の肌の傷も四針縫った。針と糸、清潔な水と火。これはアリの役には立たない技術だ。
見たければ見ているがいい。
自分の身体は、いい患者だ。文句を言わないし、動くなと言えば動かない。
処置の間、俺はずっと手元を見ていた。見なければ、縫えない。
狩りは編集できる。見せる背中を選び、隠す手札を選べる。傷の処置は編集できない。針の入る角度も、結紮の指の運びも、全部見なければできない。自分の傷なら、なおさらだ。
家族を国境へ移送する段取りを整え、ノヴと合流してから、俺たちはこれまで仕留めてきた師団の数を数え直した。
それからの十日は、静かに過ぎた。
そして、静かすぎる朝が来る。
巣の方角に張り付いていた監視班から報せが入った。巨大な円が消えた、と。
一晩のうちに、巣は空になっていた。護衛の気配も、あの吐き気のするオーラの纏まりも、根こそぎだ。残っているのは死にかけの女王と、投降の意思を見せる蟻が数匹。
円は消えたのではなく、移動したのだ。守るべきものをその真ん中に入れて。
王が、生まれた。
俺の「一ヶ月」の予想は、大きくは外れなかった。当たったことを喜ぶ習慣は、この件に関しては、もう捨てている。
行き先の見当も付いている。東ゴルトー。俺の記憶には、まだそう書いてある。それがいつまで正しいのかの保証は、どこにもないが。
ネテロ会長を筆頭に討伐隊は動き出した。
俺も荷物をまとめた。左肩の傷は、沈黙を保っている。