ネフェルピトーに執着されるだけ 作:月と猫のダンス
オリジナル念能力の第一案が『制約と誓約』を念能力にしたゲッシュだったので、感想めちゃくちゃ嬉しかったです。
制約と誓約は重くはしたつもりですが、言われるほどか?みたいな気持ちでした。摩擦が強すぎるのと、幻獣ハンターは僻地にいるからなと思ったんですけど、この感想の感じなら作者がズレてるんでしょうね。他にも設定はありますが、この感じで皆さんが納得する気がしません。別に本筋でもないし。
この後も書いてるので制約を変える気はないですが、誓約を軽くする方で考えます。難しい〜!フィードバックありがとうございます。大変勉強になります。
無難なのは破る度に制約の追加かな。サイレントで変えると思います。ご容赦ください。
王が生まれ、護衛軍と共に東ゴルトー共和国へと向かった。
NGLに残ったキメラアント達の降伏を受け入れた俺たちは、当然、王を追いかけて東ゴルトーへ向かう準備を進めていた。
ゴンとキルアはナックル達との決闘兼修行を終え、ゴンはナックルの念能力によって絶状態。ビスケは王との戦いには参加せず、周辺の師団長狩り。カイトは未だ戦闘不能。
そして俺はNGLの隣国、ロカリオ共和国に足を運んでいた。
カマキリに負わされた手傷も含めて怪我は完治しつつあるが、絶好調とも言い難い。傷跡が薄れても、あれにつけられた印はなお鮮明に残っている。
故に俺は、最終決戦の直前まで合流が許されない。
俺が誰かの近くで戦い続ける限り、あれに仲間の情報を売り続けることになるからだ。
ノヴやモラウの能力は原作においてもある程度ピトーにバレていただろうから、まだ致命的ではないだろう。だが、特にナックルの『
降りることもできず、共に戦うこともできない。意図しない成果だろうが、見事なまでの分断には辟易する。
まあ、いい。
原作の流れは凡そ決まっている。これから東ゴルトーの国民は、王たちが乗っ取った宮殿に呼び寄せられ、「選別」を受ける。5万匹のキメラアントの軍勢を作るための一大儀式だ。
ネテロ会長一行はそれを阻止するために国民の集結や、キメラアントの処理を続け、最終日に王率いる護衛軍とぶつかり合う。
今頃王は、将棋のチャンピオンを殺めた頃だろうか。
息を吐いた。わざわざこの国に立ち寄ったのは、俺の拠点のひとつがこの国にあるからだ。ロープと杭を補充し、いざ東ゴルトーへ向かおうとした俺の耳に、ニュースが入り込んでくる。
都市部で未確認の生物が民間人および警察官を死傷。政府はハンター協会へ協力を要請。
ニュースの確認と同時に、電話がかかってきた。モラウからだ。用件は聞かずともわかる。
『おい、ロカリオにいたよな?』
「はい。アリのニュースですよね」
『正式な討伐依頼だ。頼んだぞ。後で詳細は送るが、コルトによるとチーターのキメラアントらしい。名前はヂートゥ。軽薄でずる賢いが、オツムの出来は悪いそうだ』
原作の記憶を遡る。……本来はモラウとナックルが対応したはず。俺の方が相性が良いという判断か。
ナックルの『
「受けますけど、後でちゃんと依頼は正式に通しておいてくださいね」
『そこは抜かりねぇよ』
どの道、俺ができることは多くない。
宮殿までの足がかりを作ることや、東ゴルトーの国民を助けるために大々的に動くことも不可能だ。最大の仕事は、あれに監視されながら、ひたすらに元師団長を含むキメラアントを狩り続けること。
ヂートゥのハントは、それに沿う。
討伐軍の面々と合意した仕事を全うするだけだ。
ヂートゥが暴れた現場に向かい、周辺を調査する。
被害状況を確認し、ヂートゥが移動した経路を測ることは容易かった。次の町へ移動するルートも、概ね予想がついた。待ち伏せは可能だ。問題は、追いつけるかどうかだったが、その懸念も今払拭された。
森を抜け、道路を滑走すること谷筋二つ分。もう一度森へ入ったところで、音より先に気配が円を横切った。速い。半径五十メートルの直径を、約一秒。
黄色の毛皮に、黒の斑。二足歩行の豹。モラウの情報と記憶を照らし合せる。ヂートゥで間違いない。
発は確か『鬼ごっこ』。異空間に引きずり込まれ、制限時間内に鬼が捕まえられなければ死。ただしこの時点でまだ能力は持っていないはず。
故に、警戒に値する。
左肩の印が俺の慢心を嘲笑していた。あいつらは念の達人じゃない。覚えたての念は容易く他者に影響され、本来作るはずだった発を容易くねじ曲げる。
ヂートゥの発はナックルに大きく影響されたものだったはずだ。そして俺の目の前にいるこいつは、まだナックルに出会っていない。
俺が追い詰めれば、予想外の反撃に遭うかもしれない。
あらゆる想定外を想定し、そのうえで最も安全な択を採る。
即ち、初見殺しによる速攻。
「へえ?」
木の上から声がした。逆さにぶら下がって、尻尾だけが機嫌よく揺れている。
「随分と警戒するじゃん。縄使いの人間が西の森にいるって聞いてきたんだけどさぁ。オマエだろ?」
「そうだと言ったら?」
「狩れって言われてないけど、オレと人間が出会ったらやることはひとつだよな」
聞いて来た。
さあ、誰に?
想定外が増えた。
左肩の傷が熱を持った。
深く考える間もなく、ヂートゥが落ちてきた。
森の中の戦闘は、あれよりも遥かにやりやすかった。あちらが0と100の緩急をつけた速さだとすれば、こいつはただ捷いだけだ。打撃は軽く、緩急は曖昧で、木々や下生えが茂る森の中の動きに最適化されていない。
俺の立体機動もどきよりは遥かに速いが、それだけだ。
ロープを切るのには一呼吸が必要で、走る軌道を考えるのには思考が必要だ。
俺が絡め取るのは時間の問題だった。しかもこいつは、それにさえ気が付いていない。思うように走れない苛立ちにのみ思考が囚われている。
鉤爪の風切り音に聴覚で反応している。後何度か同じサイクルを繰り返した後、奇襲を掛ければ通るだろうと計算する。
しかし、俺が測り間違えたのは相手の忍耐力だったらしい。
「あーもう、せっまいなァ!」
ヂートゥはフラストレーションを隠さなかった。
「こんなとこじゃ、本気が出ねェんだよ」
その姿が掻き消え、三十秒後に戻ってきたとき、その小脇には若い女が抱えられていた。
街を歩くような装いだ。この森を歩いていた民間人だとは思えない。遠出をしてわざわざ人間を攫いに行った。
……誰よりも速さにこだわりそうなこいつが、わざわざ荷物を背負った?
人質に効果があるかさえ、こいつは知り得ないはずだ。
「街でやろうぜ。走りっこはさァ、広いところでやるもんなんだよ」
女が悲鳴を上げた。助けて、と。
同時に、ヂートゥが女の脇腹を深く裂く。鈍い悲鳴が上がった。
即死はしないが、手当をしなければ数分で手遅れになる。森林の匂いに、金臭さが混ざる。
俺の脚は、思考より先に出ていた。
二度目の説明は要らないだろう。『滑走路』の制約。俺は、助けを求める声に背を向けられない。
岩棚では、この一文は俺にリスクを払わせただけだった。
今日のこれは、利用だ。
こいつが見抜いたわけではないはずだ。……試されている。
こいつの裏に、操り糸を持っているやつがいる。
街は空だった。住民は避難している。これはハンター協会の仕事だろう。普段であれば迅速な対応に感謝するところだが、治療が間に合わない可能性が増した。
石畳の大通りが、まっすぐ東西南北に伸びている。
広場に、五人が転がされている。さっきの女、親子、警備員二人。
子供が悲鳴をあげ、警備員が応急処置を始めていた。出血は抑えられている。先程の目測よりは持ちそうだが……
「ルール説明でーす。オレを捕まえたら勝ち。お前が転んだら、一人ずつ食う。簡単だろ? んで、あんまり遅いとあの女が死ぬ。死んだら次はぁ、ガキにしようかな」
俺は答えず、空間の断絶を待った。
来ない。
視界は繋がったままだ。空は空で、石畳は石畳だ。ルールはただの口約束で、世界は書き換えられていない。
原作で使用されていた能力はまだ持っていないと確定する。
補充したばかりのロープを惜しみなく張る。あれやカマキリには容易く切られ続けたが、こいつにはこの上なく有効だ。
市街地でも、完全な平地でなければ俺のロープは機能する。街灯、街路樹、ゴミ箱、標識。暴走族を引っ掛けるには十分。
爪が俺を掠める。あいつは、街中を縦横に駆け回りながら加速していく。
一周目。速い。だが、視認できる。
二周目。視界の端で辛うじて拾える速さだ。
三周目。風が大通りを往復する質量を教えてくる。
加速が、落ちない。
止まらず走り続ける限り、こいつは速くなり続ける。上限は見えない。助走を燃料にする発だ。
「お、お、おぉ! こうすりゃ良かったんだ!」
……こいつ、今思いつきやがったな。
森の中の戦闘というフラストレーションが更なる加速を願ったのだろう。
面倒だが、チャンスだ。発は強みであり、長所をより尖らせる必殺。だから、まだ使いこなせていない今のうちに始末する。
四周目の途中で、こいつは遊びを思いついた。
大通りから広場へ、針路が折れた。切っ先は五人の山。掠めて怖がらせるだけのつもりか、本気か。区別する必要はない。俺のやれることは決まっている。
俺は足元をゼロにして滑り込み、五人の前で膝の摩擦だけを噛ませて静止した。突っ込んでくる爪の軌道には、周を巻いたロープを一本を割り込ませた。摩擦を操作すれば、ロープは硬い棒のように振る舞う。
あいつにとっては遊びだったのだろう。でなければ、俺では間に合わない。
爪とロープが噛み合って、火花に似た音がした。
滑らないロープは、切れない。
「へえ、堅っ」
擦れ違いざまの声だけ残して、質量は大通りへ戻っていった。速度は落ちていない。だが俺も、血の一滴も落としていない。
それからの俺は、殴打の雨に沈む必要があった。周回を重ねる毎に速度が増していく。速度が増すということは、威力が増すということだ。
拳は鋭く、爪は深く、俺の足下を揺らす。
躱すたびに後退し、後退した先の街灯に、雨樋に、荷車の轅にロープを張っていく。手元は見ない。結びは指が覚えている。厄介な観客に配る手札は、逃げ回る獲物の背中だけ。
こいつは上機嫌だった。
直線で加速し、壁を蹴って折り返し、掠めるたびに笑った。
掠った爪は、下げた摩擦の上を滑って逃げていく。
血の代わりに、上着の糸だけが減っていった。
防戦一方の俺に、時間差で笑い声が降り注ぐ。
七周目。もう眼では追えない。風と音と、身体を打つ感覚だけだ。
それでいい。速度に追いつく必要はない。見切る必要さえもない。軌道さえ貰えれば。
走り続けなければ速度を維持できない発は、裏返せば、走る道筋を先に約束する発だ。こいつの旋回点は三つに固定されて久しい。速い獣ほど、勝っている間は道を変えられない。
八周目。第一旋回点。
蹴るはずの壁が、氷になった。
「おっ」
空転。だが落ちない。この速度域では、瞬間的に滑っても軌道は立て直せるらしい。着地して、加速し直して、大通りの直線へ──
更に加速する。
九、十、十一、十二周目──
人間なら、長期間の訓練を受けずとも時速100キロ程度までの車を制御できる。サーキットならそれ以上の速度の車体を駆ることもできるが、それはあくまでサーキットだからだ。制御というのは、路面が裏切らないという前提の上にしか立たない。水たまり一つで人は死ぬ。
ヂートゥならば、制御できる速度の上限は大きいだろう。時速300キロ、時速500キロ、もしかするとそれ以上。だが、念能力による強引な加速は、間違いなく身の丈以上の速度を齎す。
訓練で克服できる程度かも知れないが、今は──
──最期の加速。こいつが何を考えたのかは分からない。
踏み超えれば滑る足場を引いた。言うなればレールだ。
摩擦ゼロ。加速も、減速も、旋回も、この世から消える。残るのは慣性だけだ。時速いくつかも分からない質量が、レールに載った。
レールの終点目掛けて影が射出された瞬間にロープを引くと、首の高さにロープが持ち上がる。
制御を失った音速に近い大質量が、動かないロープに衝突するとどうなるか。実に教科書通りのことが起き、鈍い音が鳴った。それだけだ。
支柱にしていた街灯がへし折れた。
「バカで助かった」
返事は無かった。
助けた五人を治療する。警備員が救急を呼んでくれたので、女性の処置は出血を抑えるに留めた。素人判断だが、内臓の損傷は大きくない。救急隊に引き渡せば俺の仕事は終わりだ。
左肩の熱は退いている。
精算の時は近付いてきていた。
あれが、俺を測っているのだとすれば。終わりはそう遠くない。
カイトを助ける代わりに支払ったこの傷は、死神にツケられている。
あの月夜で、あれは俺の『滑走路』の残滓を確かめ、ロープの端を引いた。今日、俺の制約を釣った。次は?
俺たちが獲物の痕跡を確認し、移動経路を割り出し、行動パターンを読み、罠を仕掛けるように。あれは俺という一個体を測り切ろうとしている。
俺はスマホを取り出し、モラウに電話を掛けた。
「こちらリグ。終わりましたよ」
『相変わらず仕事が早いな。よし、東ゴルトーで合流しよう。ただしお前さんは……』
「合流のタイミングと、顔を合わせるメンバーについては任せます。だから半端に降ろさないでくださいよ」
『わかってるよ。お前さんの実力を頼りにしてる。それが全てだ』
「さすがベテラン。口も上手い」