ネフェルピトーに執着されるだけ 作:月と猫のダンス
まあこの作品を突然R18にはしないのでどうでもいいんですけど……
摩擦の大小と書くのは若干違和感がありますが、摩擦力や摩擦係数と書くとそれはそれで厳密さが増して面倒なのでこの作品では『摩擦』と表記します。
「樹皮とネフェルピトーの足裏の摩擦係数が小さくなり……」とかいちいち書くのがダルいというだけの理由です。じゃあ摩擦を能力にするなよ。
大会式典まであと五日を数えていた。
首都ペイジンへ向かう行列は、地平から地平まで途切れなくなっている。
俺はペイジンでの戦闘に参加できなかった。あれの印が俺の狩りを映す以上、情報が揃ったと判断した時点で向こうが殲滅作戦に出る可能性をわずかでも否定できないからだ。
周辺をうろつく予備戦力を狩り続け、大会へ向かう民衆を足止めするために動くキルアの補助に努める。
印は、狩りの最中に熱を持つ以外には静かだった。あらゆる可能性を否定はできないが、ひとまず、ノヴの『四次元マンション』の中ならば見られないという前提の元に動いている。
五日前になって、ようやく突入メンバーの全員と顔を合わせる機会に恵まれた。
「幻獣ハンターのリグだ。武器はこのロープ。ネフェルピトーを担当する」
俺があれを担当するのは、必然といえば必然だった。仮に、俺がユピーの担当になったとして、その戦闘の全容をあれは把握できることになる。
手が空けば合流なり奇襲なり援護を仕掛けて来るだろうし、そもそも実力差がある相手にその作戦を取られた時点で敗北は確定する。
俺は集まっているメンバーを視認した。記憶が違えていなければ原作通りだ。人間側のメンバーに加えて、メレオロンとイカルゴ。フラッタの死体も回収できている。
「オレとゴンもピトー担当なんだ。大雑把でも念能力の情報共有できない?」
「もちろん。俺の能力は『摩擦』だ」
「摩擦?」
「氷の上を歩くと滑るだろ? あれは氷の摩擦が小さいから。逆に、ゴムなんかは滑りにくい。あれは摩擦が大きいから。空気抵抗も一部は摩擦で説明できるし、火きり棒と板で火を起こすのだって摩擦熱だ」
俺は余ったロープでゴンの身体を軽く縛った。引きちぎらずとも解けるくらいの甘さだ。
ゴンは軽く解いて抜け出してのける。今度は同じように結んで、『滑走路』を使用する。
「わ、ぜんぜん抜けない!」
「擬似的に結び目を強化することもできる。それに」
もう一本のロープを通してゴンの足下の摩擦を極小に。踏ん張ろうとしたゴンをまっすぐ引き寄せる。
「うぇ」
「体勢を崩すことも容易だ」
「厄介だなぁ……ヒソカみたい」
「……まあ、光栄に思っておくよ。摩擦を操作する条件は、俺のオーラが触れること。変化した場所は『凝』で視認できるが、滑るか引っかかるかは俺にしか分からない」
あれとの戦闘が宮殿内になるのなら、俺のロープは罠としては機能しないだろう。ヒソカほど即座に手札を増やせる能力と武器じゃない。『滑走路』を最大限に活かした近距離戦闘が主体になる。
ゴンとキルアがどこまで伸びているか次第だが……せめて森林地帯で戦えることを期待するしかない。
そして、大きな懸念がひとつ。
原作では東ゴルトー共和国の総統であるマサドルディーゴが殺され、ネフェルピトーによって死体人形となって操られていた。
今テレビで流れているのは、切り貼りの映像だった。しかも、原作では死体人形が行うはずだった周辺警護が、ほとんど人間の兵隊で占められている。原作通りであれば、キメラアント達は長官ビゼフを確保しているはず。彼を使って動かしているのだろう。
ネフェルピトーの能力で操られている兵隊は、屋根上や要所で警戒する極わずかのみだった。しかも、こちらも多くが生者だ。
原作通りにキルアの活躍によって「選別」は遅延させられているがしかし、それよりも。
ネフェルピトーの能力が減っている可能性がある。懸念であり、チャンスでもあった。
ネフェルピトーが原作で見せた能力は三つ。
・人間及び死体を操作する能力。
・『
・『
今、あれが持っている能力のひとつは、俺の左肩の印だ。
俺の狩りを起点に、俺の視点を監視する能力。だとすれば、上記のうちどれかが欠損している可能性はある。
既に確認されている操作能力は無視するとして、そうなると失われた可能性が高いのは『
だとすれば、印は『
いずれにせよ、もう一つは検証ができない。一旦は棚上げする。
原作の流れには綻びが出ているはずだ。
マサドルディーゴの死体は利用されず、軍部の積極的な統制と、編集された映像によって『選別』が進んでいる。
宮殿の『円』は解けず、メレオロンとノヴのコンビによって少しずつ出入口の更新が行われていた。
メレオロンの能力を俺は直接は知らされていないが、ここは原作通りと見ていいだろう。あの能力はピトーの円もすり抜けられるらしい。ノヴの能力で息継ぎの場所を確保しながら、メレオロンの能力でピトーの円の中を進む。
原作通りなら、コムギとのやり取りの中で王は自らの腕を引きちぎっている。あれの能力が治療ではないとすれば、王の腕は治っていないはずだ。そして、これから傷付くはずのコムギも。だとすれば、どう動く。
治療能力がないという前提の中でコムギが傷付けば、王は激昂し、ネテロ会長とその場で戦闘を始めるかもしれない。その場合起こるのは、この宮殿を舞台とした心中という名の殺戮だ。
もう一人、パームのことも懸念点だ。『玩具修理者』なしに改造がなされるとは思えない。パームが自害もできずに捕まったのなら有り得るのだろうか。しかしそれは……
息を吐いた。考えるだけ無駄だ。だが、考えなければならない。
念使い同士の戦闘は、想定外を減らすことが鉄則だ。原作の知識は最早通用しない。むしろ余計な先入観が足を掬いかねない。
何度もあれの円に晒され憔悴しているノヴの後ろ姿を見つめる。パームのことを伝えるすべはない。彼女が捕まり、全てが露見していたとしても、今の俺たちには確認しようがないからだ。
俺の介入が、原作をよりマシな方向に運べるのか。全く予想がつかない。救った数は三つ。それ以外の増減は暗数だが、パームはマイナスに数えるべきかもしれない。そして、もう一度あれと対面する俺は……せめて、ゴンとキルアを生かさなければならない。
王を殺すのは、薔薇を持ったネテロ会長にしかできない。百歩譲っても、成し遂げられる可能性があるのはゴンだけだ。
ベストケースを考える。
全てが原作通りに進むことだ。
王が分断を受け入れ、ネテロ会長が隻腕の王を倒す。
既にそれは成立しない。
あれが『
王が分断を受け入れたとしても、全力のあれが戦力として加算される。そして隻腕の王は、それでもなおネテロ会長を倒すだろう。
ワーストケースはもっと悲惨だ。
ゼノの奇襲でコムギが死亡し、王が激昂した場合。誰も幸せにはならないだろう。宮殿で薔薇が咲き、東ゴルトー国民と俺たちは心中だ。
まだ間に合う。ネテロ会長に言って奇襲を止めさせるべきか。
しかしそうなると、王を分断できない可能性が高くなる。王を遥か遠方へ運べなければ、結局ワーストケースと何も変わらない。首尾良く護衛軍を瞬殺できたとして、そのうえで王一人にひっくり返されるだろう。
原作が俺に齎す絶望は深い。全員で掛かっても、王は殺せない。
モントゥトゥユピーを倒す方法。
薔薇の毒。
ナックルの『
ネフェルピトーを倒す方法。同上。ゴンの『ジャジャン拳』も当たれば通用はするだろう。メレオロンとのコンボが一番効くのはあれを相手にする場合だ。
シャウアプフを倒す方法。
薔薇の毒。モラウの『
王を倒す方法。
薔薇の毒のみ。
人類側の勝利条件は、ネテロ会長を見捨てることだ。あるいは、ゴンが全てを捨てた上でネテロ会長と共闘すれば可能性はあるのかもしれないが、あれは自由に発動できる類の能力じゃないことが分かりきっている。
命を取り零す算段を立てている。どの命を捨てればどの命を摘めるのかを考えている。
俺は、自分の人生における禁忌をひとつ破ることにした。紙切れに、とある能力の詳細を書付ける。シャウアプフの『
原作ではモラウがシャウアプフを捕らえつつも、この能力で裏をかかれることにより仕留め損なう。だが、あの逃走はシャウアプフにとっても賭けだった。モラウが事前に知っていれば仕留め損なうことはない。
「モラウさん」
「ん?」
「何も聞かずにこれを読んで、納得したら燃やして捨ててくれ」
「……貸し借り一つずつだ。いいな」
「ああ」
シャウアプフのことはこれ以上考えない。モラウに任せ、最悪は薔薇の方に誘導する。
「リグ、すまないが」
「ああ、じゃあ次は6時間後に」
ナックルの言葉に従って、ノヴのマンションを出る。
本当に重要な作戦会議や、必ずしも俺が知る必要のない情報は、俺を除いたメンバーの中でのみ共有される。
理由はもちろんリスク回避だ。
カイトの指摘通り、俺に付けられた印が何を観測しているのかは分からない。
ノヴの能力の中では、印は作用しない。NGL内の検証ではそういう結論が出ていたが、あれも愚かではないので、隠し札のひとつやふたつ持っていてもおかしくはない。
緊張や脈拍程度は、常時観られている可能性がある。決行の時間が近付けば緊張は増すもので、例えそれが相手にとって自明であっても更に情報を与えることになる。
それ故の措置だ。仮に不満があっても文句は言えない。
♦
最終決戦を当日に控え、室内の緊張感は高まっていた。
俺はキルアと組手をしていた。
キルアにとってはスパーリング。俺にとってはあれの速度に身体を慣らすための訓練だった。ヂートゥと違い、あれは己の速度を完璧に制御している。見え透いた罠には引っかかってくれない。戦闘中、こちらが瞬間的に判断しなければならない選択も増える。
少しでも目を慣らすことが最優先課題だった。初戦のように、目で追えないまま心臓を貫かれるなんて無様は御免こうむる。
恐るべきはキルアの勘で、彼は凝が追いついていないにもかかわらず時折摩擦の床を避ける。
汗を拭っている間に、ゴンが近づいてきた。
「リグさんって、カイトの古い友達なんだよね?」
「ああ」
「どこで知り合ったの?」
「知り合ったのはカキン帝国に向かうジェットの中だな。俺はとある密猟団を追っていて、カイトは希少生物の調査班だった」
「密猟団? リグさんは幻獣ハンターなんだよね?」
「希少生物の保護も仕事のうちさ。それに、その密猟団には因縁があった。完全に私怨だな。復讐ってやつだ」
この二ヶ月ほど、ゴンを含めたメンバーと共に戦ってきたが、あまり話す機会は多くなかった。全ては俺の見積もりが甘かったためだ。単独行動が増えれば、交流を増やすことはできない。
「俺の師匠が殺されたんだ。元々悪名高い連中で、B級の賞金首だった。そいつらを一人残らず地獄へ送るのに協力してくれたのがカイトだった。それ以来俺は彼の依頼を断らないようにしているし、あいつは俺をこき使ってる」
「じゃあ、リグさんは……怒ってる? その、カイトの腕のこと……」
「それほどは。己の不甲斐なさを恨むことはあれど、誰かを責めるような気にはならない。あいつらも俺たちも、生きようとしているだけだ。獣に返り討ちにされて怒る猟師は、傍から見れば滑稽だろう」
悔しがることはあるかもしれない。苛立ちや不甲斐なさや不快感、瞬間的な怒りや恨みが首を擡げることはある。だが、根本的には、互いに命のやり取りをして、力の強弱で傷の大小ができただけだ。
俺たちは狩りの対象に一定の敬意を抱いている。そうでなければ、金銭や快楽に囚われて際限がなくなるからだ。
「ゴンは、恨みで戦うつもりか? カイトの傷は概ね治るだろう。君が恨む気持ちもわかるが、その怒りはカイトのものだ。ゴンが代行すれば八つ当たりになるだろう」
「わかってる」
「なら、いい。ただ人類の敵として戦うんだ。コルトのように手を取り合えたかも知れないが……王が揺るがない限り不可能だろうな」
ゴンの言葉をきっかけに、様々なことを思い出した。まるで走馬灯のように、ここに至るまでの歴史を振り返る。
孤児として生まれたこと。四歳でこの世界がハンターハンターの世界だと気が付いたこと。すぐに念能力の修行に励んだこと。里親に拾われたこと。彼らが死んだこと。師ができたこと。ハンターになったこと。『滑走路』を作ったこと。師が死んだこと。カイトに出会ったこと。密猟団を滅ぼしたこと。
幻獣ハンターとなって、前世の趣味の続きを生きていること。ここに来て、カイトの命を救うための決断をしたこと。その結果として、生き延びるはずだった一人を死地に送り出してしまったかもしれないこと。
三人を救った。死者の欄から、カイト、ポックル、ポンズを外した。
一人を殺した。パームを書き加える可能性がある。
一人を見捨てる。避けられるだけの力がない。
帳尻はプラスに。けれど、俺は生命を切り捨てている。明日もそうなるかもしれない。帳尻をマイナスに、もしくはゼロに傾け得る可能性は残されている。
『滑走路』の制約と誓約を付け足した日のことを思い出す。「助けを求める声に背を向けない」。この制約は、俺が過去に持っていたはずの倫理観を捨て去ってしまわないための外付けのハーネスだ。
堕ちるくらいなら、正しく死ね。
他人を引きずり落とすくらいなら、敵の一人でも連れて逝け。
この世界を漫画として見る度に募らせて来た不快感。この世界に根付くと決めて磨いてきたロープと念。それらが解消される日は恐らく近づいてきている。
俺が覚えているのはカキン帝国の王位継承戦の途中まで。キメラアント編を抜ければ、俺が知るハンターハンターは一年程で終わりを告げる。そうすれば、俺は正真正銘この世界の住人になるだろう。それまで生き延びられればの話ではあるが。
──願わくば、俺の存在が「改悪」になりませんよう。