(らん視点)
カエデくんと付き合い始めてから、あっという間に一ヶ月が経った。
放課後のお料理教室も、休日のデートも、毎日がぜんぶキラキラしていて、胸の奥がずっとポカポカ温かい。
そんなある日。
体育の授業が終わって、女子更衣室で体操服から制服に着替えていると、クラスの女子生徒が「ねえねえ、らん〜」と話しかけてきた。
「らんはいいよね〜、あんなスペック高い彼氏がいてさ!」
「すぺっく?」
聞き慣れない言葉に私が首を傾げると、彼女はニヤニヤしながらハンガーに服をかけた。
「川崎くんって顔もいいし、勉強もできるし、運動まで得意でしょ?将来有望すぎじゃん!!」
カエデくんの上辺だけしか見てない意見に私は思わず苦笑してしまう。
カエデくんの良さは、顔とか勉強ができることだけじゃないんだけど……。
なんて心の中で思いながら制服のボタンを留めていると、女子生徒がググッと顔を近づけてきた。
「で? 二人ってどこまで進んだの?」
「どこまでって……?」
ピンとこなくて聞き返すと、彼女は私の耳元に口を寄せて、声をひそめた。
「だからさ……ごにょごにょ……」
耳元で囁かれた、あまりにもダイレクトな質問。
一瞬、頭の中でその言葉が反響して――数秒後、内容を理解した私の顔は火柱が立ちそうなほど真っ赤になった。
「は、はにゃーーーっ!?き、キスもしてないのに、そんなのまだ早すぎるよ〜〜っ!!」
「えっ!? まだキスもしてないとか…… 一ヶ月も付き合ってて遅すぎない!?」
「そ、そうなの?」
クラスメイトの驚愕した顔に、私は一気に焦り出す。
世の中の『付き合ってる二人』って、そんなにテンポよく進むものなのかな?
「絶対遅れてるって!!せめておっぱ――」
「ちょっと!!らんに変なこと吹き込まないのっ!!」
好き勝手言っていた女子生徒は、後ろからやってきた他の女子生徒たちに「ふごごっ!?」と口を塞がれ、そのままズリズリと更衣室の奥へ連れ去られていった。
「ごめんね、らんちゃん!!あの子のことは気にしなくていいからね」
「う、うん、大丈夫……」
一人取り残された私……。
「カエデくんも……らんらんとキスしたいって、思ったりしてるのかな?」
その日の夜。
自分の部屋のベッドの上で、私はドキドキする胸を押さえながらスマホを握りしめていた。
「やっぱり気になっちゃうよ!!」
世の中のカップルがどんなことをしているのか。
カエデくんが本当はどう思っているのか。
知りたくて、でも怖くて、震える指で『恋人 スキンシップ 平均』と検索窓に入力してみる。
「えいっ!!」
検索ボタンをタップすると、ズラリと並ぶ解説サイトや知恵袋の画面。
ワクワクしながら画面をスクロールしていった私は――数秒後、固まった。
『付き合って一ヶ月のキス率は〇〇%!』
『夜のスキンシップのステップとは?』
『彼氏が彼女に求める刺激的な……』
「は……はにゃぁぁぁぁぁっっっ!?」
画面に躍り出た、想像を遥かに超える大人で過激な内容の数々!!
あまりの刺激の強さに、私は叫び声を上げてスマホを放り投げた。
ポーンと飛んだスマホはポスッと布団の上に落ちる。
「む、無理無理無理!!なになになに今の!?世の中のカップルってそんな過激なことしてるの〜〜っ!?」
顔から火が出るどころか、頭から湯気が吹き出しそうだ。
顔を両手で覆ってベッドの上で悶絶するらんらん。
でも……過激なページを閉じたあと、ポツリと画面に残っていた掲示板の書き込みが頭から離れなくなっていた。
『大好きな相手なら、触れたいと思うのは当然のこと』
「カエデくんも……らんらんと同じように『好き』って思ってくれてるなら……」
カエデくんの男らしくて優しい手を思い出す。
あんな風に抱きしめられたら。
もし、カエデくんが顔を近づけてきたら――。
「はにゃぁぁぁぁ~~~~♡」
想像しただけで胸がキュンキュンと甘く締め付けられて、私は枕に顔を深く埋めた。
カエデくんの気持ちを知りたいような、でもやっぱり怖くて恥ずかしいような。
初めての感情に翻弄されながら、夜は更けていくのだった。
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(カエデ視点)
翌朝、学校に登校すると、らんはどこか重たそうな目をして、あくびを噛み殺していた。
いつも太陽みたいに元気ならんには珍しい姿だ。
「らん、大丈夫か?なんだか眠そうな顔してるけど」
声をかけると、らんはハッと跳ね起きるようにこちらを振り返える。
「はにゃぁ!!カエデくん!?」
なぜか俺の顔を見て驚くらん。
「えっと、ちょっと考え事してたら寝れなくなっちゃって……大丈夫だから気にしないでっ!!」
顔を真っ赤にして慌てている。
無理をしているわけではなさそうだが、どこか落ち着かない様子だ。
「そうか、もし悩みごとがあるなら、いつでも俺に相談してくれ」
「うん……ありがとう、カエデくん」
そう微笑むらんに少し首をかしげつつ、俺は自分の席へと向かった。
そして放課後。
いつものように二人並んで帰り道を歩く。
夕陽が静かに街を染めていく中、らんはどこかそわそわとしていて、何度も俺の顔を伺っていた。
「その……やっぱり、相談したいことがあるんだけど」
決意したように足を止めるらん。
俺も立ち止まり、まっすぐに向き合った。
「なんだ?俺で力になれることなら、なんでも言ってくれ」
俺を救ってくれた大切な彼女のためなら、どんなことでも力になるつもりだ。
だけど、らんはモジモジと自分のスカートの裾を掴み、消え入りそうな声で信じられない質問を投げかけてきたんだ。
「ちょっと、わからないことがあって……。あのね……カエデくんって、らんらんと……キスしたい……?」
「はっ……!?」
一瞬、心臓が跳ね上がって呼吸が止まった。
耳を疑うような言葉に、頭の中が真っ白になる。
「き、急にどうした!? 何かあったのか!?」
予想だにしなかった発言に、俺は動揺していた。
するとらんは、昨日の体育の後の更衣室での女子生徒との会話や、夜にネットでいろいろ調べてパニックになったことを、真っ赤になりながらポツリポツリと打ち明けてくれた。
「な、なるほど……」
思わず手で顔を覆いたくなるような事情を聞き、俺はふぅっと息を吐き出した。
「それでね、カエデくんが本当はどう思ってるのか、気になっちゃって……」
上目遣いで俺の反応を伺うらん。
俺は真剣な表情をつくり、彼女の目をしっかりと見つめた。
「正直なことを言うぞ、らんとキスしたいかと言われたら……したい!!」
「はにゃ!?そ、そうなんだ……」
はっきりと告げた俺の言葉に、らんは爆発しそうなくらい顔を真っ赤にして固まった。
俺だって心臓が鳴り止まなくて破裂しそうだ。
けれど、大切なことだからと言葉を繋ぐ。
「でも、らんの気持ちを無視するようなことは絶対にしたくないんだ。
こういうのは、なんていうか……タイミングだと思うし、お互いにしたくなったらすればいいんじゃないか」
誰かに急かされる必要なんてない。
俺たちは俺たちのペースで、ゆっくり付き合っていけばいいんだから。
そう伝えると、らんはじっと俺の目を見つめ、ギュッと胸の前で手を握りしめた。
「タイミングか……だったら、今かも」
「えっ!?」
「今カエデくんと、キスしたいかも……ダメかな?」
上目遣いに、上気した顔でそう囁く彼女。
その破壊力に俺の理性は一気に吹き飛びそうになった。
「わ、わかった」
かすれた声で答えると、俺は念のため周囲を確認した。
通学路のすぐ脇にある、人通りのない小さな公園の木陰へとらんの手を引いて移動する。
木漏れ日が揺れる静かな木陰。
心臓の鼓動がうるさいくらいに響く中、俺はらんの華奢な肩にそっと触れた。
「らん……」
「カエデくん……」
お互いに緊張で体をガチガチに硬くしながら、ゆっくりと顔を近づけていく。
らんが静かに瞳を閉じ、俺もまぶたを閉じた。
ふにゅ、と柔らかくて温かい触感が、唇に重なる。
ほんの数秒の、ぎこちなくて、照れくさくて、けれど甘くて愛おしい、俺たちの初めてのキス。
唇が離れると、目の前には湯気が立ちそうなほど真っ赤になったらんの顔があった。
きっと俺も同じくらい酷い顔をしているだろう。
「……らん」
「……えへへ、カエデくんっ」
照れくさそうに微笑み合う二人。
繋いだ手からは、今まで以上に温かく、強い愛おしさが伝わっていた。
本作はこれで終わりになります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいです。