翌日の昼休み。
昨日と同じように華満に引っ張られる形で、俺は和実さん、芙羽さんと机を突き合わせて昼食を食べることになった。
俺が鞄から取り出した弁当の容器を見て、華満が「あーっ!!」と目を見開いて声を上げた。
「カエデくん、それっ!!昨日紹介した『あじさい亭』の日替わり弁当じゃない!?」
昨日、街を案内してもらった時に華満たちが絶賛していた地元で人気の弁当屋だ。
「まあ、せっかく教えてもらったしな」
俺は視線を少し逸らしながらそう答える。
「わぁ〜!!買ってくれたんだ!!」
「ふふ、さっそく行ってみてくれたのね」
華満がパッと表情を明るくし、芙羽さんも嬉しそうに微笑む。
俺は小さく咳払いをすると、弁当のフタを開けた。
すると香ばしい唐揚げと甘辛いタレの匂いがふわりと漂う。
箸で一口分を口に運び、ゆっくりと噛みしめた。
「うまっ!!」
思わず、素で声が漏れていた。
外はサクサク、中はジューシーで、噛むたびに豊かな旨味が広がる。
コンビニの温めなおした弁当とはまるで違う、温かい手作りの味が口いっぱいに広がった。
「あっ!!今『うまっ』て言った!!言ったよね!?」
「言った言った!!川崎くん、美味しいでしょ!!」
目ざとく反応した華満が身を乗り出し、和実さんもニッコリと笑顔になる。
「いや、まあ、普通に美味いなって思っただけだ」
二人のキラキラとした目で見つめられ、なんだかすっかり照れくさくなってしまった俺は、誤魔化すように唐揚げをご飯と一緒に口へ押し込んだ。
そんな俺の様子を見て、彼女たちは楽しそうに顔を見合わせている。
それから自然と雑談になり、和実さんがふと思い出したように尋ねてきた。
「そういえば川崎くん、中学生なのに一人で暮らしてるんだよね。身の回りのこと全部自分でするなんて、すごいなぁ」
そういえば昨日、街を歩いてるときにそんな話をしたかもしれない。
「洗濯も掃除も自分でしているなんて感心するわ」
和実さんと芙羽さん……二人からの純粋な称賛に、胸の奥がキュッと締め付けられた。
俺は兄貴を思い出して辛くなる父親から家を追い出されただけの……家族から見捨てられた惨めな男だ。
彼女たちに褒められるような人間ではない。
だけど、そんな重苦しい話をできるはずもなく。
「まあ、両親の都合で……叔父さんのアパートの部屋を借してもらってるんだ」
俺が無難に誤魔化すと、隣に座る華満はなぜか俺の顔をじっと見つめていた。
そして、すぐにいつもの笑顔になると……。
「ねえねえカエデくん!!一人暮らしなら、料理をやってみたらどうかな!?」
「料理?」
「うん、自分で作れたら、いつでも出来立てのごはんが食べられるし、もっともっと食事が楽しくなると思うんだ!!」
確かに自炊できれば節約にもなるし、食べたいものも作れるだろう。
だけど実家にいた頃は料理なんて他人任せだったし、あまり自信がない。
「掃除や洗濯と比べると料理はハードルが高い気がするんだよな」
すると華満は、どんと叩いて誇らしげに胸を張った。
「任せてよ!! らんらんがカエデくんに料理を教えてあげる!!」
「えっ!?華満が俺に教えてくれるのか?」
「そうだよ、ぱんだ軒の看板娘・華満らんに任せておきなさいって!!カエデくんが自分で作った美味しいご飯を食べて『おいしい!』って笑顔になれるように、らんらんがビシッとお師匠様になってあげる!!」
華満は自信満々にそう答える。
ラーメン屋の娘の華満なら料理はできると思うけど……さすがに教えてもらうのは気が引ける。
「それはいい考えだね」
「ええ、らんに教えてもらえるなら安心ね」
そんな俺の気配を察したのか、和実さんと芙羽さんが後押ししてくる。
「でも、華満は店の手伝いとかで忙しいんじゃ……」
「ちゃんと日にちを決めれば全然大丈夫だよ、カエデくんと一緒にお料理できるなら、らんらんもすっごく楽しみだし♪」
断ろうとする俺の手を、華満らんは迷いなくキュッと握りしめた。
逃げられなくなった俺は……
「はぁ……分かったよ。じゃあ今度教えてくれ」
俺が承諾すると、華満らんは「やったーーーっ!!」と弾けるような笑顔で歓声を上げた。
休日、俺が暮らすアパートの部屋に華満がやってきた。
「お邪魔しま〜す、カエデくん、食材とエプロン持ってきたよ!!」
元気いっぱいにドアから入ってきた華満は、大きな買い物袋を腕に提げ、好奇心いっぱいに室内を見渡した。
「カエデくんの部屋、すごく整ってるね。でも……なんだか物があんまりないような?」
部屋にあるのは机、布団、最小限の調理器具と食器。
アルバムや写真立てはおろか、個人の趣味を伺わせるような私物は一切置いていない。
「引っ越してきたばかりだからな、余計なものは買ってないだけだ」
本当は昔を思い出すようなものは、全部実家に置いてきたからだ。
写真も、表彰状も……兄貴や幼馴染との思い出の品は何ひとつ持ってきていない。
持っているだけで、自分がどれほど惨めな存在かを思い出してしまうから……。
「そっか……じゃあこれから、好きなものをいっぱい増やしていけばいいね!!」
深く追及せず、パッと笑顔を見せてくれる彼女の優しさに、胸の奥が少し痛む。
「よーし、それじゃあ『らんらんのお料理教室』スタートだよ!! 今日は基本のチャーハンとスープを作ろう!!」
こうして、狭いキッチンで二人並んでのお料理教室が始まった。
俺は華満に教わりながら野菜を刻む。
包丁の使い方は思ったよりも簡単ですぐにコツを掴むことができた。
トントンとリズムよく千切りにしていく。
「すごーい!!カエデくん、包丁使うのめちゃくちゃ上手だよ!!初めてなんて信じられない!!」
華満が目を輝かせて拍手してくれた。
純粋な称賛の言葉。
けれど、褒められ慣れていない俺はつい否定しまう。
「こんなこと、兄貴に比べれば全然大したことないよ」
ポロリと、口から本音が漏れてしまった。
ハッとして口を押さえたが、もう遅い。
「カエデくん、お兄さんいるんだね。どんな人なの?」
華満らんが興味深そうに首を傾げて尋ねてくる。
俺は自嘲気味に笑い、俯きながら答えた。
「……すごく優秀な人だったよ。
何をやらせても完璧で、頭も良くて、芸能界でも天才って呼ばれててさ、みんなに愛されてた。
俺なんて、兄貴の足元にも及ばない劣化コピーみたいなもんだよ」
生前の兄貴の輝かしさと、それに比べてあまりにも惨めな自分。
両親に兄と比べられ否定された記憶や、幼馴染に『あんたが死ねば良かったのに』と言われた言葉が、脳裏を駆け巡る。
だが、華満らんは俺の言葉を否定するように、強く首を振った。
「そんなことないよ!!」
「えっ?」
「お兄さんがどんなにすごかったかは、らんらんには分からないけど……カエデくんは凄いよ!!
困ってるらんらんを助けてくれた時のカエデくん、めちゃくちゃかっこよかったもん!!
カエデくんにはカエデくんだけの凄さがあるよ!」
まっすぐで、純粋な瞳。
兄貴と比べられ続け、誰からも認められなかった俺を、華満は『川崎カエデ』という一人の人間として真っ直ぐに見てくれている。
胸の奥が熱くなり、言葉が喉に詰まる。
「ほら、手止まってるよ、野菜を切ったらご飯炒めちゃおうよ」
「あ、ああ……そうだな」
俺は残りの野菜を切ると、華満に教えられた通りにご飯をフライパンで炒める。
しばらくして、二人で作った出来立てのチャーハンと中華スープがテーブルに並んだ。
「完成〜♪さあさあカエデくん、食べてみようよ!!」
「ああ……いただきます」
チャーハンをレンゲですくい、口へ運ぶ。
パラパラのご飯に、香ばしい醤油とごま油の風味。
そして何より、二人でキッチンに立って作ったという行為そのものが、温もりとして口いっぱいに広がった。
「……うまい」
それに温かい……ぱんだ軒で食べたラーメンよりもずっと温かくて、冷え切った俺の心を包み込むようだ。
昔、まだ幼くて純粋だったころ……こんな温かい料理を食べた気がする。
気がつくと、視界がじんわりと滲んでいた。
ポロポロと、目から温かい涙が溢れ出し、チャーハンの上に落ちる。
「はにゃ!?カエデくん、また泣いてる!?辛かった!?コショウ入れすぎちゃった!?」
慌てる華満の姿を見て、俺は涙を袖でゴシゴシと拭いながら、絞り出すような声で笑った。
「違う、うますぎて……温かくて、涙が出ただけだ」
そう答えた俺の顔は泣いているのになぜか笑っていた。
そんな情けない俺の顔を華満はじっーと見つめる。
「カエデくん……もっといっぱいお料理しようね」
「華満?」
「カエデくんが毎日『美味しい』って笑えるように、らんらん、一緒にお料理するから!!」
真剣な顔でそんなことを言い出す。
その言葉に少し照れながらも……
「それじゃあよろしく頼むよ、お師匠様」
俺がそう答えると華満は今日一番の笑顔を見せるのだった。