(らん視点)
その日の夜。
カエデくんのお部屋から帰ってきた私はは、自分の部屋のベッドの上でコロコロと転がりながら、今日あった出来事を思い出していた。
一緒に作ったチャーハンとスープ。
「うまい」って言いながら、ボロボロ涙をこぼしたカエデくんの顔。
最後に「よろしく頼むよ、お師匠様」って、照れくさそうに笑ってくれた顔。
思い出すだけで、胸の奥がじんわりと温かくなって、私の顔も自然とほころんでしまう。
カエデくん、最後は笑ってくれたて良かった。
だけど、ふと胸に引っかかるものがあった。
お料理の途中、包丁を上手につかうカエデくんを褒めた時に、彼がぽつりと言っていた言葉だ。
『こんなこと、兄貴に比べれば全然大したことないよ』
カエデくんはお兄さんのことを話してくれた。
何をやらせても完璧で、芸能界でも天才って呼ばれていて、みんなに愛されていた人。
自分はそんなお兄さんの足元にも及ばないんだって……すごく悲しそうに、自嘲気味に笑っていた。
カエデくんのお兄さん……芸能人だったんだ
どんな人なんだろう。
カエデくんと同じ『川崎』っていう名字なのかな。
それとも芸名とかがあるのかな。
気になって、スマホで調べてみようかと一瞬指が動きかけたけれど――
私は、そっと画面を伏せた。
調べるのはやめよう。
きっとカエデくんにとって、すごく大切で……触れられたくない部分なんじゃないかと思ったからだ。
あんなに悲しい顔をして……お兄さんと比べて、自分のことを「大したことない」なんて思い込んでしまっているカエデくん。
だからこそ、私は思うんだ。
お兄さんとか関係ない、私は目の前にいるカエデくんのことが知りたい!!
カエデくんがどんな食べ物が好きで、どんなことにワクワクして、どんな時に笑うのか。
もっともっとカエデくんのことが知りたい。
もっともっと、たくさん話して仲良くなりたい。
「メンメン!!らんらん、決めたよ!!」
がばっと起き上がった私を見て、ぷかぷかと浮かんでいたメンメンが首を傾げる。
「カエデくんにおいしいお料理をいっぱい教えて、お腹も心もいーっぱい満足してもらうの!!
次はなにを作ろうかなぁ、オムライス? それとも肉じゃが? 栄養満点のスープレシピもいいよね!!」
「ふふ、らんらんはカエデくんのことが大好きメンね」
メンメンにそう言われて、私は一瞬「えっ!?」と固まった。
「だ、大好きっていうか……ほら、助けてもらったお礼だし!!らんらんは『お師匠様』だからね!?」
メンメンは嬉しそうにクスクスと笑っていた。
照れくささを誤魔化すようにノートとペンを取り出し、私はカエデくんのための「お料理特訓レシピ」を書き始める。
待っててねカエデくん、私が絶対に毎日を『美味しい』でいっぱいにしてあげるから!!
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(カエデ視点)
俺が転校してから、二週間が経った。
休日の午後、アパートの俺の部屋には、今日もエプロンを握りしめた華満がやってきていた。
「お邪魔しまーす!!カエデくん、学校にはもう慣れた?」
買い物袋から野菜を取り出しながら、華満がいつも通りの天真爛漫な笑顔で尋ねてくる。
俺はコンロの火加減を調整しながら、ふっと唇の端をゆるめた。
「誰かが毎日毎日、強引におせっかいをやいてくれたおかげでな」
「えへへ〜♪それ、らんらんのことだよね♪」
少し皮肉を込めた軽口のつもりだったのだが、華満はまったく気にした様子もなく、それどころか誇らしげにしていた。
口には出さないが、俺は華満に感謝していた。
強引に引っ張り回してくれる華満だけでなく、温かく迎え入れてくれた和実さんや芙羽さんにも……。
転校してきたばかりの頃は、誰とも関わらずにいるつもりだった。
けれど今では、休み時間にみんなで他愛もない話をしたり、美味しいお店の情報を教わりながら弁当を食べたりする時間が、ほんの少し……いや、明確に「楽しい」と思えるようになっている。
「カエデくんが学校を楽しんでくれてるなら、らんらんもすっごく嬉しいよ!!」
華満は嬉しそうに、目を細めてニッと笑った。
「よーし、今日も張り切ってお料理教室、はじめちゃうよー!!」
今回のメニューは、一人暮らしの基本でもある肉じゃがだ。
「じゃがいもはね、大きさを揃えて切ると火の通りが均一になるんだよ」
「なるほど……こうか?」
華満に言われたとおりにじゃがいもを切ってみる。
「すご〜い!!やっぱりカエデくんって手先が器用だね」
包丁を動かす俺の横で、華満がパッと表情を輝かせる。
以前の俺なら、ここで「兄貴に比べれば」なんて自虐が口をついて出るところだが、そんなことはもう言わない。
フライパンから甘辛い醤油と出汁の香りが立ち上り、部屋いっぱいに広がっていく。
そして……。
「できましたー!!カエデくん特製肉じゃが!!」
テーブルにつき、二人で「いただきます」と手を合わせる。
さっそく箸をつけ、口へと運んだ。
ホクホクとしたじゃがいもに、出汁の旨味がしっかりと染み込んでいる。
「……うまいな、自分で作ったとは思えないくらいだ」
「でしょでしょ〜!!カエデくんの味がちゃんとついてるよ、味が染みててすっごく美味しい!!」
料理を口にして溢れてくるのは涙ではなく、じわじわと胸の奥を満たしていく心地よい温もりだった。
「良かったぁ、今日は泣かないで美味しく食べれたね!!」
華満はほっと胸を撫で下ろし、それからいたずらっぽく笑った。
「この前のあれは、たまたまだって……」
「あはは、カエデくん、照れてる〜♪」
「照れてねぇよ!!」
照れて熱くなる俺の顔を、華満は優しい顔で見つめていた。
俺の心に、少しずつ柔らかな光が差し込んでいく。
並んでご飯を食べながら笑い合うこの場所で、俺たちの距離は先週よりも少しだけ縮まった気がした。