(らん視点)
数日後、学校の廊下。
次はカエデくんに何のお料理を教えようかなぁ?
授業が終わった放課後、私はノートを抱えながら、頭の中で献立を考えて歩いていた。
この前作った肉じゃがは大成功だった。
カエデくんはすごく美味しそうに食べてくれたし、前みたいに泣かないで笑ってくれた。
オムライスもいいけど、ハンバーグも捨てがたい……隠し味に味噌を入れると美味しくなるって教えてあげようかな?
カエデくんの喜ぶ顔を想像するだけで、胸の奥がぽかぽかと温かくなって、足取りも軽くなる。
そんな時だった。
「あ、らん!!ちょっといい?」
後ろから声をかけられ振り返ると、同じクラスの女子グループの一人が手を振って歩み寄ってきた。
「はにゃ? なあに〜?」
「あのさ、らんって……川崎くんとすっごく仲いいよね?もしかして二人って付き合ってたりするの?」
「はにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
唐突すぎる質問に、私の頭の中は真っ白になった。
一瞬で顔が熱くなり、耳まで真っ赤になっていくのが自分でも分かる。
「ち、ちちちち違うよっ!!全然そんなんじゃないからっ!!らんらんはただカエデくんにお料理を教えてるだけでっ!!」
「なーんだ、びっくりしたぁ。らんが川崎くんと仲良く話してるから、てっきりそうなのかと思っちゃった」
女子生徒はホッとしたように息を吐くと、少し声をひそめて身を乗り出してきた。
「じゃあさ、川崎くんって……今、付き合ってる人とかいるのかな?例えば前の学校の女の子と遠距離で続いてるとかさ、らん何か知ってる?」
「はにゃ、カエデくんの前の学校のこと?」
私は言葉に詰まった。
カエデくんが前の学校でどんな生活を送っていたのか、彼女がいたのかどうか……私は何も知らない。
カエデくんが触れられたくなさそうな過去だから、聞かないようにしていたのだ。
「らんらん、そこまでは知らないなぁ」
「そっかぁ……うーん、実はね」
女子生徒は少し照れくさそうに髪を耳にかけながら、上目遣いでらんらんを見た。
「私……川崎くんのこと、ちょっといいなって思っててさ。背も高くて顔もカッコいいし、落ち着いてて男らしいじゃん?」
「えっ」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
まるで胸の真ん中に、冷たい氷を落とされたみたいな感覚。言葉が喉につっかえて、うまく出てこない。
私が固まっていると、女子生徒は私の顔を覗き込み、ハッとしたように両手を合わせた。
「あれ?もしかしてらんも、川崎くんのこと狙ってた?だったら変なこと聞いてごめんね!!邪魔するつもりはなかったんだけどさ〜」
「はにゃ!?あ、ちが……っ」
「じゃあね、また明日〜」
否定する間もなく、女子生徒はひらひらと手を振りながら、友達のいる教室の方へと戻っていってしまった。
静まり返った廊下に、一人取り残される。
胸の奥が、なんだかモヤモヤして、ギュッと絞られるみたいに痛い。
私はカエデくんに『美味しさの幸せ』を知ってほしくて。
カエデくんの暗い顔じゃなくて、温かい笑顔が見たくて、料理を教えていただけだ。
なのに……『川崎くんのこと、ちょっといいなって思っててさ』というクラスメイトの言葉が、頭の中で何度も反響する。
カエデくん、他の女の子と付き合っちゃうのかな。
私じゃない誰かと……。
もし、カエデくんに彼女ができたら……
もう、カエデくんの部屋でお料理教室なんてできなくなっちゃうのかな。
「なんで、こんなに胸が痛いんだろう?」
誰もいない廊下で、私は抱えていたノートをぎゅっと胸に抱きしめた。
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(カエデ視点)
次の休日。
アパートの俺の部屋には、今日も華満がやってきていた。
「お邪魔しま〜す!!カエデくん、今日のお題はみんな大好きハンバーグだよっ!!」
買い物袋から合い挽き肉や玉ねぎを取り出し、華満がエプロンをきゅっと結び直す。
「ハンバーグか……これを作れるようになれば、自作弁当がさらに豪華になるな」
「でしょでしょ〜!!冷凍しても美味しいし、お弁当の主役にピッタリなんだよ!!」
二個並んだボウルに肉と炒めた玉ねぎを入れ、一緒にタネをこねていく。
「カエデくん、成形する時は手に少し油をつけて、空気をポンポン抜くのがポイントだよ」
「こうか?……っと、案外難しいな」
「はにゃ……上手上手!!すごく綺麗にできてるよ!!」
フライパンに火をつけ、タネを滑り込ませると、ジュワッという心地よい音と共に香ばしい肉の匂いが部屋いっぱいに広がっていく。
「これからもカエデくんが作ってみたい料理があったらなんでも言ってね!!オムライスでもパスタでも、らんらんがバッチリ伝授しちゃうから!!」
「頼もしいな、それじゃあ考えておくよ」
「うん、らんらんにお任せあれだよ♪」
何気ないやり取り。フライパンを挟んで交わす、たわいない会話。
正直、悪くない気分だ。
それに……すごく温かい。
華満と過ごすこの時間が、自分でも信じられないくらい心地いい。
「……ありがとな」
フライパンの中のハンバーグを見つめたまま、なんとなく、その言葉が口から出た。
「はにゃ?」
突然のお礼に、華満は裏返った声を上げて固まった。
ひっくり返そうとしていたフライ返しを握ったまま、目を丸くして俺を見つめている。
「な、なにが? 急にどうしたの、カエデくん!?」
あからさまに動揺している華満を見て、俺は急に恥ずかしくなってしまい、そっぽを向きながらぶっきらぼうに言葉を付け足した。
「なんて言うか、おまえのおかげで、最近楽しいというか……。
俺みたいな奴にここまで付き合ってくれてさ、つまり……その……感謝してる」
恥ずかしさを隠すように強がってみたものの、自分の顏が熱くなっているのが分かる。
言葉を放ったあと、静寂が流れる。
恐る恐る華満の方へ視線を戻すと――。
「〜〜〜〜っっっ!!」
華満は両手を胸の前でギュッと握りしめ、顔を真っ赤に染めていた。
けれどその瞳は、今にも溢れ出しそうなほどの嬉しさでいっぱいに輝いている。
「カエデくんっ!!」
「な、なんだよ?」
「嬉しいっ!!らんらん、すっごく嬉しいよ!!」
華満はそのまま勢いよく身を乗り出すと、俺の手を両手でしっかりと包み込んだ。
「カエデくんが『楽しい』って言ってくれた!!」
弾けるような満面の笑み。
握られた手の温もりが……優しさがまっすぐ俺の心に伝わってくる。
「らんらんね、カエデくんに出会えて……一緒にお料理できて本当によかったっ!!」
華満は俺をただの『川崎カエデ』として見てくれて、俺の「楽しい」という言葉にここまで心を震わせて喜んでくれる。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように熱い。
それはまるで……。
「……おおげさだな、それより料理の方はいいのか?」
俺は平静を装い華満に話しかける。
今はまだ……自分のこの気持ちに向き合う勇気がない。
「はにゃ!?忘れてた!!」
その後、少し焦げたハンバーグを二人で笑いながら食べたのだった。