(らん視点)
その日の夜。
自分の部屋のベッドにダイブした私は、枕に顔をうずめたまま「はにゃ〜〜っ」と情けない声を上げていた。
昼間、カエデくんのアパートで言われた言葉が、頭の中で何度も何度もぐるぐると再生される。
『なんて言うか、おまえのおかげで、最近楽しいというか……。
俺みたいな奴にここまで付き合ってくれてさ、つまり……その……感謝してる』
照れくさそうにそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに伝えてくれたあの言葉。
そして、そのあとに見せてくれた、あの少しだけ恥ずかしそうな表情。
思い出すだけで、胸の奥がキュンと甘く締め付けられて、顔が火が出そうなほど熱くなっていく。
廊下でクラスの女子にカエデくんのことを聞かれたときの、あの胸のモヤモヤ。
カエデくんが「楽しい」って言ってくれたときの、弾けそうなほどの嬉しさ。
手と手が触れ合った瞬間の、心臓のバックバクな大きな音。
「らんらん、カエデくんのこと……」
両手で真っ赤な頬を包み込みながら、ぽつりと呟く。
「好き……」
自分の中で、その気持ちがはっきりと言葉になった瞬間、頭の中がバアッとお花畑みたいに大パニックになった。
「どど、どうしようメンメンっ!? らんらん、カエデくんのことが好きになっちゃったっ!?」
「ふふ、やっぱりそうだったメンね、応援するメン!!」
「応援って言われても……好きなんて、好きなんて……どう接したらいいか分かんなくなっちゃうよ!?」
私はバタバタとベッドの上で暴れる。
この初めての感情に、どうしていいかわからず、完全にパニック状態だった。
翌日、学校の休み時間。
頭を抱えて唸っている私を見かねて、ゆいぴょんとここぴーが声をかけてくれた。
「らんちゃん、どうしたの?お腹でも痛いの?」
「……ううん。ねえ、ゆいちゃん、ここねちゃん、相談があるんだけど……」
らんらんは二人を廊下の隅っこに呼び出し、真っ赤になりながら、小さく声を絞り出した。
「実はね……らんらん、カエデくんと……もっと、もっと仲良くなりたいんだ」
「えっ!?」と目を丸くする二人。
「お料理教室もすっごく楽しいんだけど、もっとカエデくんのこと知りたいし、もっともっと仲良くなりたくて……。
でも、どうしたらいいか分かんなくて……」
もじもじと指をすり合わせるらんらんを見て、ゆいちゃんはポンと手を打った。
「そっかぁ!!らんちゃん、川崎くんのこと大好きなんだね!!」
「はにゃぁ!?こ、声が大きいよっ!?」
「あはは、ごめんごめん……でもさ、もっと仲良くなりたいなら、一緒にお出かけしてみたらどうかな?」
「お出かけ?」
「ええ、いいと思うわ」
ここぴーも優しく頷いてくれた。
「休日に二人でお出かけすれば、学校や部屋の中とは違うカエデくんの一面が見られるかもしれない。……いわゆる、デートね」
「デ、デ、デ……デートーーーっ!?」
ひっくり返った声を上げたあとに、大慌てで口を押さえる。
「無理無理無理!!デートなんて、らんらん緊張して爆発しちゃうよ〜〜っ!!」
「大丈夫だよ、美味しいお店を食べ歩きするとか、カエデくんが楽しめそうな場所に誘ってみたらどうかな?
ごはんは笑顔!!一緒に美味しいものを食べに行けば、絶対に楽しいよ!!」
「そうね、二人の好きなお店巡りなら、らんらしく誘えるんじゃない?」
二人の温かい後押しに、私はゴクリと唾を呑み込んだ。
カエデくんと、二人でお出かけ。
二人で美味しいものを食べて、笑い合う時間。
……カエデくんと、もっと一緒にいたい!!
胸の奥の好きという気持ちが、怖さを少しだけ上回った。
「うん!!らんらん、頑張ってカエデくんをデートに誘ってみる!!」
私は拳をギュッと握りしめ、二人に強く頷いた。
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(カエデ視点)
その日の放課後。
帰りのホームルームが終わり、鞄を片付けていると、華満がどこかそわそわとした様子で俺の席の前にやってきた。
「カエデくん、あのね……もしよかったら、一緒に帰らない?」
「一緒に?ああ、別にいいけど」
断る理由も特にない。
俺が頷くと、華満はパッと表情を明るくして「やったー!」と声を弾ませた。
二人で校門を出て、夕陽がオレンジ色に染め上げるおいしーなタウンの街並みを歩く。
最初は新しく覚えたレシピの話や、学校の授業のことなど、たわいない雑談を交わしていた。
だが、途中から華満の様子が少しずつ怪しくなってきた。
口数が減り、チラチラと俺の顔を伺っては、俯いて指をモジモジと動かしている。
「華満、どうしたんだ?」
「あ、あのね!!カエデくんっ!!」
華満はピタリと足を止めると、俺に向き直った。
その顔は耳の先まで真っ赤に染まっていて、息が詰まりそうなほど緊張しているのが伝わってくる。
「こ、今度の休日……二人でお出かけしないかな?」
「……えっ?」
「おいしーなタウンに、カエデくんと一緒に食べに行きたいお店がいっぱいあって……だから……二人で一緒に行きたいなって!!」
懸命に言葉を紡ぐ華満の姿。
真っ赤な顔と、必死に俺を見つめる眼差し。
これって……デートの誘い!?
察した瞬間、胸の奥がドクンと大きく跳ね上がった。
だが――次の瞬間、脳裏に忘れることのできない『過去の記憶』が蘇る。
俺の初恋相手でもあった幼馴染の少女。
事故のあと、俺を睨みつけ、涙を流しながら吐き捨てたあの冷たい声。
『あんたが死ねば良かったのに……』
背筋にヒヤリとした冷や汗が伝う。
そうだ、俺は誰からも愛されない、兄貴の劣化コピーだ。
優秀な兄貴を死なせて自分だけが生き残った、価値のない人間だ。
俺みたいな情けない男が、華満みたいな眩しくて温かい女の子と一緒にいていいわけがない。
「俺なんかと――」
断ろうとして、言葉を呑み込んだ。
「……カエデくん?」
目の前で、華満が今にも泣き出しそうな、心細げで不安そうな顔で俺を見上げていた。
俺が急に顔色を変え、黙り込んでしまったからだろう。
俺に話しかけてくれて、料理を教えてくれて、『川崎カエデ』という一人の人間として俺を見てくれた華満。
そんな彼女の好意を踏みにじるのか?
いつまでも過去に囚われて、自分の気持ちに嘘をつくのか?
違うだろ、川崎カエデ!!
俺は心の中でギュッと拳を握りしめた。
もう、兄貴の影に怯えるのはやめだ。
過去のトラウマも、自分を責める暗い感情も、全部捨ててやる。
俺はこの街で新しい人生を歩むんだ。
ふぅ、と深く息を吐き出し、胸のつかえを追い払う。
そして、俺は華満の真っ直ぐな瞳を正面から見つめ返した。
「……ああ、一緒に行こう」
「はにゃ?ほんとっ!?」
不安げだった華満の瞳に、一瞬でパッと光が灯る。
「ああ、誘ってくれてありがとう……嬉しかったよ」
俺が男らしくしっかりと頷くと、華満の顔にポンッと花が咲いたような、とびきりの笑顔が弾けた。
「やったぁぁぁーーーっ!!」
ピョンピョンと跳ね回って大喜びする華満。
夕暮れの帰り道。
跳ねるように歩く華満の隣で、俺の心はどこまでも澄み渡るように晴れやかだった。