デート当日、おいしーなタウンの駅前広場。
俺はこの日のために新調した服と履き慣れない新しいスニーカーを身に纏い、そわそわしながら待ち合わせ場所に立っていた。
「あっ、カエデくーん!!」
遠くから聞き慣れた声が響き、振り向くと華満が手を振りながら走ってきた。
思わず目が丸くなる。
今日の華満は、いつもの私服や制服姿とはまるで違っていた。
フリルとリボンのついた可愛らしいワンピースに身を包み、髪も少し大人っぽくアレンジされている。
靴擦れでも気にしているのか、少し歩きにくそうにヒールのある靴を履いている姿が、どこか慣れていなくて微笑ましい。
俺とのデートのために、一生懸命準備してきてくれたんだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなり、愛おしさがこみ上げてくる。
「待たせちゃってごめんね 、あ、あのね、今日の格好……どうかな?」
上目遣いに俺の顔を伺う華満、頬がほんのり赤らんでいた。
「その服、華満に似合ってて、すごくかわいいと思う」
気恥ずかしさを押し殺し、素直に思ったままを口にすると、華満は「〜〜っ!」と顔を真っ赤にして両手で覆った。
「はにゃぁ!? か、可愛いだなんて……ありがとう!!
今日のカエデくんもすっごくカッコイイよ!!」
嬉しそうに、照れながらモジモジする姿に、俺の口元も自然と緩んでしまう。
「それじゃあ行こうか」
そして、おいしーなタウンの食べ歩きデートが始まった。
「ここのコロッケが絶品なんだよ!」と言われて熱々のコロッケを半分こしたり、カラフルなソフトクリームを一口もらい合ったり、キュアスタ映えするお店で並んでパフェを食べたり。
いわゆる『色気のない食べ歩き』ではあったけれど、一口食べるたびに「おいしいね」と目を輝かせる華満の隣にいるだけで俺は楽しかった。
賑やかな街の雑踏の中、隣で幸せそうにジュースを飲む華満の横顔を見つめながら、俺は自分の胸の中にある気持ちをはっきりと自覚する。
俺は華満が好きだ。
少し前からそうだったが、自分の中で言葉にするのが怖かった。
でも今は違う……俺はこの笑顔を守りたいと思っている。
そう自分の恋心を自覚した――まさに、その時だった。
「えっ?」
横断歩道の向かい側、通り過ぎる人ごみの隙間から、一人の少女の姿が視界に飛び込んできた。
茶色の長い髪。中学生とは思えない大人びたスタイル。
見間違えるはずもない。
武藤カスミ――。
事故で死んだ兄貴のことが好きだった、俺の幼馴染。
ピタリと足が止まる。
遠く離れた人ごみの中で、カスミとバッチリ目が合った気がした。
瞬間、頭の中で暗く冷たい声が、鼓膜を破らんばかりの大音量で響き渡った。
『あんたが死ねば良かったのに……』
「はぁはぁ……っ!!」
全身の血が凍りつく感覚。視界がグニャリと歪み、呼吸がうまくできなくなる。
捨てたはずだった。
断ち切ったはずだった。
なのに、過去のトラウマが一瞬で俺の心を侵食していく。
兄貴を死なせた自分がここにいること自体が罪のように思えた。
さっきまで華満の隣で自然に笑っていたはずなのに……俺は恐怖で動けなくなる。
「はにゃ?カエデくん、どうしたの?」
急に立ち止まった俺を心配して、華満が不安そうに顔を覗き込んでくる。
「っ……あ……ごめん……っ!!」
俺は華満の制止の声も聞かずに、ただひたすらにカスミから、過去から、そして華満の優しさから逃げ出すように駆け出してしまった。
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(らん視点)
「カエデくん!!カエデくんっ……!!」
必死に名前を叫びながら、私はは街中を走り回っていた。
慣れないヒールのせいで足を痛めていたけれど、そんな痛みに構っている余裕なんてなかった。
突然青ざめた顔で走り去ってしまったカエデくん。
あの瞳に浮かんでいたのは、今まで見たこともないほど深くて暗い、恐怖の……絶望の色だった。
気がつくと、街は一面オレンジ色の夕暮れに包まれていた。
息を切らし、足をもつれさせながら私がたどり着いたのは――あの日、強引なおじさんに絡まれていた自分をカエデくんが助けてくれた遊歩道の近く、大きな橋の上だった。
オレンジ色に染まる川面を見下ろすように、手すりにそっと手をかけて立っている寂しい背中。
「……カエデくんっ」
かすれた声で呼びかけながら、私は足の痛みを忘れて駆け寄った。
聞こえた声に、カエデくんはゆっくりと振り返った。
その顔は悲しいくらいに青白く、今にも消えてしまいそうだった。
「華満……ごめんな、急に逃げ出したりして」
ぽつりと呟かれた声。
そこに力強さの欠片もなかった。
カエデくんは手すりに背を預け、夕空を見上げながら静かに言葉を繋いだ。
「……初めて華満と会った日。俺は、ここで死ぬつもりだったんだ」
「えっ!?」
胸を強打されたような衝撃に、私の足は凍りついた。
死ぬつもりだった?
カエデくんが……ここで?
「あの時、たまたまお前が困ってるのが見えてさ。最後に一つくらい良いことしてから消えようと思って割り込んだんだよ」
カエデくんは力なく自嘲気味に笑うと、ぽつり、ぽつりと……今まで誰にも話さなかった過去を語り始めた。
半年前の事故。
優秀で天才役者として有名だった『九条ムツキ』というお兄さん。
お兄さんが死んで、自分だけが生き残ってしまったこと。
優秀な兄を亡くしたショックで心を病み、今も入院しているお母さんのこと。
兄を思い出すからと、顔を見るのも耐えかねて自分を家から追い出したお父さんのこと。
「そして……好きだった幼馴染の女の子にも言われたんだ。『あんたが死ねば良かったのに』ってさ」
「っ!?」
「さっき人ごみの中でその幼馴染が見えてさ、怖くなって、頭が真っ白になって逃げ出したんだ……情けないだろ」
カエデくんはぎゅっと拳を握りしめ、ボロボロと溢れ出す涙を必死に堪えながら、自分を蔑むように吐き捨てた。
「俺は兄貴の劣化コピーなんだ。家族にも捨てられて、俺を救ってくれた華満のことすら放り出して逃げ出すような……そんな情けない奴なんだよ。俺なんかが華満の隣にいるべきじゃないんだ」
消えてしまいたい……そんな思いが痛いほど伝わってくる告白。
家族にも、一番好きだった人にも拒絶され、生きている価値すらないと思い詰められていたカエデくんの深い傷。
今まで見せていたあの暗い瞳の理由がやっとわかった。
胸が張り裂けそうなくらい痛い。
けれど――それ以上に、激しい感情が私の胸の奥から溢れ出してきた。
「違うよっ!!」
私は叫ぶように踏み出した。
痛む足を無視して力いっぱい駆け寄り、カエデくんの胸に勢いよく飛び込んで、その身体を抱きしめた。
「は、華満!?」
突然のことに目を見開くカエデくん。
けれど私はカエデくんの服をギュッと掴んで、離さないように固く力を込めた。
「違う!!違うよ、カエデくんっ!!」
私は自分の中にあるカエデくんへの想いを吐き出す。
「誰が何を言ったって……らんらんを助けてくれたのはカエデくんなんだよ!!
あの時、ラーメンを『美味しい』って泣いて食べてくれたのも!!一緒にお料理して『楽しい』って笑ってくれたのも!!全部、全部カエデくんなんだよっ!!」
顔をぐしゃぐしゃにしながら私は叫び続けた。
自分の心の一番深いところにある、素直な想いを全部ぶつけるように。
「らんらんは……『九条ムツキの弟』のカエデくんじゃなくて……川崎カエデくんのことが大好きなんだよっ!!」
夕陽が二人の影を長く伸ばす橋の上。
夕風に吹かれながら、私はカエデくんの胸の中で真っ直ぐに想いを告白した。
「情けなくなんてない!!カエデくんは優しくて、かっこよくて、最高の人だよ!!だから自分のことダメなんて言わないで!! らんらんの隣から、居なくなろうとしないでっ!!」
カエデくんの身体が、微かに震えるのが伝わってくる。
「華満……俺……俺は……」
「らんらんがカエデくんを絶対に幸せにする!!毎日美味しいものを作って、カエデくんが『生きているって幸せだな』って笑顔になれるように……らんらんがずっとずっと隣にいるからっ!!」
カエデくんがもう泣かなくてすむように、私が隣で彼を守ってあげたい……強くそう思うのだった。