胸にしがみついたまま、涙声で必死に訴えかけてくる華満。
「らんらんは……カエデくんが生きていてくれて本当に嬉しいよ」
それは、あの事故のあった日から俺が一番欲しかった言葉だった。
「だって、カエデくんが生きていてくれたから、こうして出会えたんだもん」
あの日、優秀な兄貴が死んで、自分だけが生き残ってしまった。
なんで俺なんだ、俺が死ねば良かったんだと、ずっと自分が生き残ったことは間違いだと思っていた。
だけど――今は違う。
この手で助け、一緒にご飯を食べ、笑い合い、俺という人間をまっすぐに見つめてくれたこの少女と出会えた。
俺が生きていたから、華満と出会えたんだ。
「俺、華満と出会えて……本当に良かったよ」
溢れ出す涙を隠すこともせず、俺は華満の温かい身体を力いっぱい抱きしめ返した。
「俺は……華満らんが好きだ。俺もおまえの隣にいたい!!」
恥ずかしさも、過去の恐怖も全部吹き飛んでいた。
男らしく、自分の本心をそのまま胸の奥からぶつける。
「カエデくんっ、らんらんも、カエデくんのことが大好きだよっ!!」
泣きながらも、飛び切りの熱量を込めて応えてくれる華満。
オレンジ色の夕闇が二人を包み込む中、俺たちはどちらからともなく、しばらくの間強く抱き合い定めていた。
街灯が点灯し、すっかり辺りが暗くなった帰り道。
少し冷たくなってきた夜風を受けながら、二人で並んで歩く。
「その……なんか格好悪いところを見せてしまったな」
落ち着いてくると急に恥ずかしくなり、俺は頭を掻きながらばつが悪そうに呟いた。
「ううん、格好悪くないよ、カエデくんの本心が聞けて、らんらんすっごく嬉しかった!!」
華満は痛む足の素振りも見せず、ニッコリと太陽のような笑顔を向けてくれる。
その笑顔を見るだけで、胸の奥が熱く満たされていくのが分かった。
今ならきっと何にだって立ち向かえる。
――その時だった。
街灯の光が届く路上に、一人の影が立っていた。
長い茶髪、大人びたスタイル。
さっき人ごみで見かけた、あの少女――。
「カスミ……」
思わず声が漏れる。
俺の呟きを聞いた華満は、目の前の少女がトラウマの元凶である『幼馴染』だと気づいたのだろう。
一瞬で凛とした表情になり、俺を守るようにして素早く前に立ち塞がった。
「らんらんがカエデくんを守るんだからっ!!」
警戒心を露わにする華満。
だが、そんな華満の前に立ったカスミは――突然、深々と頭を下げた。
「……ごめんなさい!!」
「えっ?」
頭を下げたまま、カスミの声が震えている。
「あの時、酷いことを言ったのをずっと謝りたくて……カエデも辛かったのに、私、自分勝手に取り乱して、後から謝ろうとしたのに、あんたが急にいなくなっちゃって……だから……っ!」
必死に言葉を紡ぐカスミの姿に、俺は思わず拍子抜けしてしまった。
ずっと俺を縛りつけていた『恐怖の象徴』だったカスミが、こんなにも震えながら謝罪してくるなんて思いもしなかったからだ。
けれど、華満は違った。
カエデくんを傷つけた過去を許さないと言わんばかりに、険しい表情のまま俺の前から動こうとしない。
俺はゆっくりと歩みを進め、華満の小さな肩を抱き寄せた。
「はにゃ!?」
急に引き寄せられた華満が驚いた声を上げ、真っ赤になる。
だが俺は、カスミの目をまっすぐに見つめ返した。
「もういいよ……俺はこの子と、この街で自分の道を進んでいくから」
それは、兄貴の影を追い続け、過去に囚われていた俺自身の初恋に対する、明確な決別だった。
「だからカスミも自分の道を進んでくれ」
俺の言葉と、俺に寄り添う華満の姿を見て、カスミは何か言いたそうにしていたが……やがて悟ったように寂しげな笑みを浮かべる。
「……そう、わかったわ」
カスミは深く一度だけ頷くと、
「さよなら、カエデ」
そう言って二度と振り返ることなく、暗闇の向こうへ消えていった。
「……ああ、さよなら」
消えていく背中に向け、静かに呟く。
これで俺を縛るものはもう何もない。
「カエデくん、本当に良かったの?」
俺の腕の中で華満が不満そうな顔する。
「えっ?」
「だから、あんな簡単に許しちゃって良かったの?カエデくん、すっごく傷ついてたのに……」
確かにトラウマになるくらい俺にとってはショックなできごとだった。
「いいんだ……色々あったけど、今はこうして華満が隣にいてくれるから」
どうしようもなく辛いことも悲しいこともあった。
だけど今俺の手の中には、離したくない温もりがある。
「はにゃぁ~、そんなこと言われたら、らんらん何も言えなくなっちゃうよ」
俺は真っ赤な顔で照れる華満を見て、かわいいと思うのだった。
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(らん視点)
その日の夜。
自室のベッドの上で、私は布団を頭からかぶって「はにゃ〜〜〜〜っっっ!」とジタバタ暴れていた。
今日あった出来事が、怒涛の勢いで頭の中を駆け巡っていく。
橋の上で聞いた、カエデくんの辛すぎる過去。
お兄さんのこと、おうちのこと、一人でずっと抱え込んできた暗くて冷たい絶望の傷跡……。
思い出すだけで、今でも胸が締め付けられるように痛む。
でも――最後には、お互いの本当の気持ちが通じ合えた。
カエデくんが自分の口で「華満らんが好きだ」って言ってくれたんだ。
「それにしてもらんらん、とんでもないこと言っちゃった気がするよ〜〜っ!?」
『らんらんがカエデくんを絶対に幸せにする!』なんて、夢中になりすぎて叫んじゃった言葉を思い出して、顔から火が出そうになる。
顔を真っ赤にしながら、枕をバシバシと叩いた。
でも……後悔はしてない。
カエデくんが生きていることが嬉しいのは、絶対に本当だから。
ふと、最後に現れたあの幼馴染の女の子――カスミの姿が頭に浮かぶ。
スタイルが良くって、すごく大人っぽい美少女。
彼女なりに傷ついて、カエデくんに謝りたくて探していたみたいだけど……。
カエデくんは『もういい』って許してたけど、私はやっぱり許せない。
どんな理由があったって、カエデくんに「死ねば良かった」なんて酷い言葉を投げつけて傷つけたんだ。
カエデくんをあんなに追い詰めた彼女のことは、どうしても好きになれそうになかった。
でも、カエデくんは私の肩を力強く抱き寄せて、キッパリと「自分の道を進む」って言ってくれた。
あの時のカエデくんの腕の温もりと、男らしい横顔。
「はにゃ〜〜〜〜♡」
思い出すだけで、胸の奥がキュンキュンして甘い痺れが広がっていく。
「らんらん、カエデくんと両思いになれたんだよね?」
布団からパッと顔を出して、ぽつりと呟く。
お互いに「好き」って言い合った。カエデくんも「俺もおまえの隣にいたい」って言ってくれた。
これって……これって……!
恋人同士……恋人同士になったってことで、いいんだよね!?
「恋人」というフレーズの響きの破壊力に私は「はにゃ〜〜〜っ!」と再び枕に顔を埋めた。
明日から、どんな顔をしてカエデくんに会えばいいんだろう。
恋人同士になったのなら、今まで通りのお料理教室も、もっとドキドキしちゃうかも!?
ぐるぐる巡る思考と、止まらない胸の高鳴り。
初めて知った恋の甘酸っぱさと幸せな余韻に包まれながら、私は夜が明けるまでなかなか眠りにつけないのだった。