翌朝、教室のドアを開けると、朝のホームルーム前だというのに華満の席の周りが少し賑やかだった。
「らんちゃん、昨日のデート、どうだった」
「順調にいったの?」
和実さんと芙羽さんが、目をキラキラさせながら華満を囲んでいる。
当の華満は顔を真っ赤にし「えっと……その……いろいろあって……っ!」と、どう説明したらいいのか分からずにテンパっていた。
俺はカバンを抱えて真っ直ぐ三人の方へと歩み寄った。
「おはよう、和実さん、芙羽さん」
「あっ、川崎くん、おはよう!!」
「おはよう、川崎くん」
二人が俺に挨拶すると……。
「カ、カエデくんっ!?」
華満が俺に助けて欲しいと視線を向ける。
どうやら、さっそく彼氏らしいところを見せる時が来たようだ。
俺は任せておけと華満に視線を送り……。
「俺と華満は正式に付き合うことになったから」
ハッキリと男らしく宣言した俺の言葉に、空間が一瞬ピタッと止まった。
「「……ええええええっ!?!?」」
和実さんと芙羽さんが大声を上げ、それが合図だったかのように、教室中に一瞬でそのニュースが広まってしまった。
「マジで!? 川崎と華満が!?」
「きゃー!!やっぱりそうだったんだ!!」
一気に大騒ぎになる教室。
想定以上の反響に華満は「はにゃぁぁぁぁ……!!」と湯気を出しそうなくらい慌てていた。
しばらくして落ち着いたところで……。
「すまん、勝手に言うのはまずかったか?」
こういうのは変な噂をされる前に自分で周りに言っておくべきだと思ったんだが……。
「ううん、そんなことないよ!!」
華満は真っ赤な顔のまま、ぎゅっと俺の服の袖を掴み、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに目を細めた。
「みんなの前で、はっきり『付き合ってる』って言ってくれて……らんらん、すっごく嬉しかった!!」
その素直な反応に俺の顔まで熱くなっていくのが分かった。
放課後。
クラスメイトからの冷やかしをなんとか抜け出し、二人で並んでいつもの帰り道を歩く。
夕暮れの街並みが、今日はどこか優しく見えた。
「そういえば足痛くないか?昨日、俺のせいで走り周ることになって……」
慣れないヒールのある靴を履いていたことを思い出し、心配になる。
「えへへ、カエデくんの顔見たら痛いの飛んでいっちゃったから大丈夫だよ♪」
屈託なく笑う華満を見つめながら、俺は心の中で温めていた言葉を口にする決意をした。
「なあ、華満」
「ん? なあに、カエデくん?」
俺は立ち止まり、真っ直ぐに華満の目を見つめた。
「次の休日……もう一度、俺とデートしてくれないか?」
「はにゃ? もう一度?」
驚いて目を丸くする華満に、俺は少し照れくささを感じながらも、真剣な口調で言葉を繋ぐ。
「前回は俺が途中で逃げ出して台無しにしちゃったからさ。
今度は逃げずに最初から最後まで、ちゃんと華満をエスコートしたい。
俺ともう一度デートしてくれますか?」
そう問いかけると……。
「うんっ!!行きたい!!らんらん、カエデくんと絶対にもう一回デートしたいっ!!」
華満は太陽が弾けたような、これ以上ない最高の笑顔を見せてくれた。
「よし、じゃあ決まりだな。次は俺がお前を最高に楽しませてみせるよ」
「えへへ……楽しみにしてるね、カエデくん!!」
二回目のデート当日。
今日は俺が腕によりをかけてデートプランを考えた。
この街には美味しい店がたくさんあるが、その中でも華満が喜んでくれそうな、穴場のカフェや洋食屋を徹底的にリサーチしておいたんだ。
待ち合わせ場所にやってきた彼女は、前回同様、オシャレで可愛らしい服に身を包んでいた。
「お待たせ、カエデくん!!」
「俺も今来たところだ」
笑顔で駆け寄ってくる華満と顔を合わせた。
すると華満は少し恥ずかしそうに上目遣いで俺を見つめ、そわそわと指をすり合わせながら口を開いた。
「ねえ、カエデくん。私のこと……『らん』って名前で呼んでもらってもいいかな?」
「えっ!?」
突然のお願いに、ドクンと心臓が大きく跳ね上がる。
今までずっと「華満」と苗字で呼んでいたけど……俺たちはもう付き合っているんだ。
俺は込み上げてくる照れくささを気合で押し殺しながら頷いた。
「わかった、『らん』……」
たった二文字、名前を呼んだだけなのに、顔が一気に熱くなっていくのが分かった。
照れくさくて思わず視線を外してしまう。
そんな俺の反応を見たらんは、嬉しそうに目元を緩めた。
「えへへ……ありがとう、カエデくん♪」
「ったく……それじゃあ行こうか」
俺は意を決して、彼女の小さくて柔らかい手をキュッと握りしめた。
「はにゃ!?」
「手……繋いで歩こう」
自分から手を繋ぐなんて柄じゃないが、恋人らしくリードしたかった。
不意を突かれたらんは一瞬顔を真っ赤にして固まったものの、すぐに嬉しそうに俺の手をギュッと握り返してくれた。
手に伝わる彼女の温もりが、身体中に心地よく広がっていく。
それからのデートは、自分で言うのもなんだが完璧だった。
俺が選んだお店で絶品のスイーツや料理を味わい、一口食べるたびに「はにゃ〜〜♡ おいしー!!」と目を輝かせるらん。
その笑顔を見ているだけで、胸の奥から幸せが溢れてくる。
前回の食べ歩きとはまた違った、ゆったりとして甘い時間を、二人で心から満喫することができた。
あっという間に時間は過ぎ、辺りはオレンジ色から群青色へと変化していた。
二人で手を繋いだまま、のんびりと帰り道の歩道を進む。
賑やかで、優しくて、美味しいものと笑顔に溢れたおいしーなタウン。
「この街って、本当にいい街だな」
風に吹かれながら、俺はしみじみと呟いた。
絶望の淵に立たされていた俺を救い、新しい居場所をくれた街。
「俺……この街に来て、らんと出会えて本当に良かった」
心からの本音を言葉にして、隣を歩くらんを見つめる。
すると、らんは立ち止まり、握っていた俺の手を両手でギュッと包み込んでくれた。
その顔には、これ以上ないほど温かく、弾けるような太陽の笑顔が咲いている。
「らんらんもだよ、カエデくんっ!!」
らんはこちらを真っ直ぐに見上げて、力強く言葉を紡ぐ。
「カエデくんがこの街に来てくれて……らんらんと出会ってくれて、本当に良かった。
カエデくんが生きている今日が、らんらんにとっても一番の幸せなんだよっ!!」
その言葉が、真っ直ぐに胸の奥深くまで響き渡る。
かつて誰も俺を見ようとしてくれなかった。
自分がどうして生きているのかわからなかった。
だけど今、俺の目の前には、俺が生きていることを喜んでくれる女の子がいる。
「らん……」
「これからも、いっぱい美味しいもの食べて、いっぱい笑おうね、カエデくんの隣には、ず〜っとらんらんがいるんだからっ!!」
「ああ、約束する」
俺は握り返した手にギュッと力を込め、微笑んだ。
暗い過去はもう追いかけてこない。
俺の腕の中には、守るべき大切な愛おしい彼女の温もりがある。
おいしーなタウンの穏やかな夜風に包まれながら、俺たちは、しっかりと手を繋ぎ歩き続けた。