超古代に『剣』の概念を生み出した男の話   作:柴犬ダックス

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第一話

 

 

 

 それは本当に突然の事だった。

 病室の匂いも、心電図の規則的な電子音も、全てが唐突に消え去った。

 

 

 「がはっ……! げほっ、え、あ……!?」

 

 

 まるで水中から一気に飛び出したような浮上感。

 思わず息を吸い込んだ瞬間、喉から肺へかけて灼熱の塊が飛び込んできた感覚に、俺は血を吐く思いでむせ返った。

 病床でただ痩せ衰え、呼吸すら苦しかったはずの体が、全身の細胞一つひとつが叫びを上げるように脈打っている。

 

 

 その後ようやく呼吸が落ち着き、目を開けて周囲を見渡して見ると、そこは見たこともない巨大な樹木が覆い繁る原始の森だった。

 

 

「なんだ……ここ? 俺、死んだんじゃ……?」

 

  

 確か俺は病気で息を引き取った筈………あれは夢なんかじゃない。

 あの苦しみは今でも体が覚えている。

 だが、今はどうだ。

 あれ程不自由だった体は生命力に満ちており、ピンピンしている。

 

 

 俺は自分の手を見る。

 小さく、泥にまみれている。子供の手だ。

 高校生だった筈の俺の体は、今や小学6年生くらいにまで縮んでいた。

 これは一体…………………?

 

 

 試しに恐る恐る体を動かしてみると、再びの驚愕が俺を襲った。

 なんとこの身体、子供とは思えない程に身体能力が高いのである。 

 脚は軽く踏み込んだだけで、地面の土が爆発したように弾け、体が数十m先へ瞬時に飛ぶ。

 試しに石を持てば卵の殻よりも簡単に砕けた。

 俺の肉体は現代の人間とは比べものにならない、超人的なスペックを得ていたのである。

 

 

 これはもしやあれか……?

 前世で有名だった異世界転生とか言うやつだ!

 同じようなシチュエーションの作品を前世では数え切れないくらい読んでいたおかげで、今の状況もストンと胸に落ちた。

 少なくとも、訳が分からないよりはよっぽどいい。

 俺は一先ず、今の状況をそういうものだと納得した。

 

 

 しかし………それよりもだ。

 

 

 (身体が……動く。それも、前世で剣道をやっていた頃の何倍も……!)

 

 

 前世の俺は警察官をしている父親の勧めで子供の頃から剣道をしていた。

 父親が結構厳しく指導するタイプで、幼い頃からしていた事もあり、結構な数の大会でも優勝している。

 しかし、高校ニ年生の県大会を控えた頃に病気が発覚。

 現代の医療技術では治せない難病に罹った俺は、必死の闘病生活も虚しくそのまま息を引き取った。

 それがまさか、死後に異世界に転生する事になるとは…………。

 

 

 これは好機だ。

 前世で最後まで生きられなかったという後悔。

 それをこの世界では必ず果たしてみせる。

 その為にも、まずは他の人間と出会う事が必要だと考えた俺は、意気揚々と最初の一歩を踏み出した。

 

 

 幸いにも、他の人間と出会う事はすぐに出来た。

 数十分ほど森を歩いてたら、やがて小さな集落を発見し、なんとかそこの一員として受け入れてもらえる事に成功したのだ。

 もちろん、最初は見知らぬ人間である俺を訝しく思っていた者達もいたが、俺がこの身体の超人スペックを活かして獲ってきた獲物を見せれば、役に立つ奴だと思われたのかすぐに打ち解ける事が出来た。

 今後は狩りをして生計を立てていこうと思う。

 

 

 でだ。ある意味、ここから本題なのだが……俺が転生した時代は遥か大昔。

 中世どころか石器時代もかくやという、現代では考えられないくらい極めて原始的な時代という事が判明した。

 住居は洞窟で言葉はあるが文字は無く、道具と言ったら木を削り出して作った木製の槍か、石で作った斧くらいだった。

 この時代に金属製品は存在していないのだ。

 

 

 お陰で獲物の解体にはかなり苦労した。

 だって解体出来るような道具と言ったら、石を削り出したナイフくらいしかないもの。

 

 

 前世とはいえ、現代人の記憶がある俺からしたらこの世界での生活は極めて苦痛………………という事もなく。

 ずっと病床で身動きの取れなかった事を思えば、自由に動かせる体がある今の生活は俺からしたらパラダイスだ。

 時間が経ち、集落の人達とも打ち解け、仲の良い連中も増えてきた俺はこの新しい『生』を思う存分に謳歌していた。

 

 

 だが、それは長くは続かなかった。

 拾われた集落で暮らし始めて数年。

 その間に、この時代における日常(・・)の正体を知ったからだ。

 

 

 「ひっ……!?奴らが来たぞ!急いで子供達を隠せ!」

 

 

 大人達の声に悲鳴を上げながら逃げ惑う集落の人々。

 俺は憎々しげに奴らのいる方向を睨みつけた。

 

 

 空を覆うほどの巨大な怪鳥。

 歩くだけで地割れを起こすような巨大な四足獣。

 

 

 この時代にはそういった前世では考えられないような化け物達がそこら中を闊歩しているのだ。

 人間達の間で神や神獣と呼ばれるそいつら化け物共は、この時代における絶対的な暴威だった。

 

 

 人々は自衛の術を持たず、奴らに集落が踏み荒らされても家族が殺されても、ただ地面に伏せて「神のお怒りが鎮まる」のをガタガタ震えて祈るだけ。

 こうしてる今も俺達の集落は化け物達に蹂躙されているというのにだ。

 

 

 俺の内にあったのは、そんな彼らに対する激しい失望と怒りだった

 

 

(ふざけるな……! なんで指をくわえて祈らなきゃならないんだ!)

 

 

 それで済むなら前世の俺は病気で死ぬ事など無かった筈だ。 

 祈ってもどうにもならない事は前世で嫌というほど知っている。

 それなのに集落の連中はただひたすら祈るばかり。

 目の前で自分達の同胞や家族が食われていようとだ。

 

 

 俺の頭の中で何かがキレた。

 気づけば俺は集落の男たちが持っていた石斧を握り締め、集落を襲っていた四つ目の大きな化け物へ飛びかかっていた。

 

 

 周りの大人達から制止の呼び声が挙がる。

 俺はその声を無視し、前世で学んだ剣道の足さばきと間合い。

 そしてこの身体のスペックを活かした超人的な踏み込みで、石斧を全力で振り下ろした。

 

 

 狙うは一点、首元。

 この身体のスペックは奴らにも負けておらず、力勝負ならともかく素早さなら俺が完璧に上回っていた。

 いける────そう確信した俺の考えは、即座に打ち砕かれた。

 

 

「なっ――!?」

 

 

 手に走ったのはイメージとは真逆の、激しい痺れと絶望的な手応え。

 普段、狩りの獲物としている動物達より圧倒的に分厚い皮膚と強靭な筋肉。

 それが石斧による攻撃を完全に無効化していたのだ。

 

 

 ならばと、次は足元に落ちていた木槍で目を突こうとするも、木槍による刺突は四つ目の化け物が頭を振った事で首元に刺さり、そのまま押し込もうと力を込めるも、木槍は俺の膂力と化け物の強靭な肉体の圧力に耐えかねて、柄がバキバキに折れた。

 連撃すら打てず、俺は呆然と自分の手元を見下ろした。

 

 

 急所に届く技術も、奴らを追い抜く速さもある。

 だが、手に持つ武器が俺の技と肉体に一切耐えられない。

 

 

 それもその筈。

 この時代に『武器』は存在しない。

 石斧も、木槍も、あくまで狩猟や生活の為の道具であり、相手を倒す為の『武器』ではない事を今この瞬間、俺はようやく理解したのだ

 

 

 呆然としていると、四つ目の化け物の巨大な前脚に薙ぎ払われ、俺の身体は遥か後方まで一気に吹き飛ばされる。

 衝撃で体中の骨が何本も折れ、血を吐きながら、俺は地面の上をボロ雑巾のように何度も跳ね回った。

 化け物はそんな俺の不様な姿を一瞥する事も無く、再び集落への蹂躙を再開する。

 

 

 俺は意識が途切れるまでの間、その光景をただ見つめている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 ▽▽▽ 

 

 

   

 結論から言うと、俺は生き延びた。

 体中傷まみれだったものの、この体の超人的スペックのおかげでなんとか死を避ける事が出来たのだ。

 しかし、俺の心には深い敗北と屈辱が刻み込まれたままだった。

 

 

 あの後、なんとか生きて帰ってきた俺を集落の奴らは嘲笑った。

『神様に刃向かうからだ』『おとなしく祈っていればいいものを』と。

 

 

 「……黙れ」

 

 

 俺は深く、深く胸の奥で歯を喰いしばった。

 負けた理由ははっきりしている。

 技術も力も足りていたが、化け物の命に届くだけの『武器』。

 それが俺の手には無かったからだ。

 

 

 石斧も木槍も駄目だった。

 あれらは『武器』では無い、道具だ。

 道具ではなく、ただ相手の命を奪う事だけに特化した───そんな『武器』がいる。

 

  

 しかし、そんなものはこの時代に存在しない。

 相手を殺すためだけの『武器』という、概念自体が人々に存在してないからだ。

 ならば作れば良い───そう考えたのは当然の結果だった。

 俺はこの原始の時代で、自分だけの『武器』を作ることを決心した。

 

 

 『武器』と言っても色々ある。

 石斧や木槍よりも強い『武器』の素材と言ったら、やはり一番に候補に挙がるのは鉄などの金属素材だろう。

 その為には炉などの鍛造技術が必要となってくる。

 

 

 (だけど……俺は鍛冶屋じゃない。ただの元剣道部だ)

 

 

 一応、鍛造の知識は頭にあるが、所詮うろ覚えの雑学に過ぎない。

 それでも俺は、そのうろ覚えの知識から粘土で小さな炉を作り、獣の皮で手製のふいごを組み、川底から集めた砂鉄を用いて鍛造を始めた。

 

 

 ───結果は、凄惨な失敗の連続だった。

 

 

 炉は温度に耐えかねて爆発した。

 温度が足りず、生半可に熱した鉄は叩いた瞬間に粉々に弾けた。

 それでも、なんとか伸ばせたと思えば、歪みまくった不格好な鉄くずになり、水に入れた途端に甲高い音を立てて割れた。

 

 

 「くそっ……! 高炉も無いこの時代に、1から純度の高い鉄を取り出すなんて素人には不可能だ……!」

 

 

 高炉の知識も、鉄を精錬する技術もない。

 自分の無力さに打ちのめされ、泥まみれの手を見て膝をつく。

 だが、化け物に刻まれたあの日の屈辱が、俺に諦めることを許さなかった。

 

 

 しかし、現実はいつだって残酷だ。

 諦めないからといって何かが変わるわけでもなく、失敗の毎日がずっと続いていた。

 ───転機は、山へ何か良い鉱石が無いか探しに行った時に訪れた。

 

 

 実は数日前、集落の近くの山に雷のような音とともに空から巨大な石が落ちて来たのである。

 村の連中はその石を『神の怒り』と恐れて誰も近づかないが、前世の記憶がある俺はその正体が空から降ってきた隕石だと即座に気付いた。

 村人にもそう説明したが、誰一人俺の言葉を信じようとはしなかったが。

 

 

 俺もそこまで興味は無く、鍛造に忙しかった事もあり、すっかり忘れていたんだが、山を散策中、俺はふとある記憶を思い出した。

 記憶通りなら、その隕石はこの現状を打破する鍵になるかもしれない。

 期待に胸を膨らませた俺は急いで隕石が落ちた現場に足を運んだ。

 そして実物を見た瞬間、俺の予想は正しかった事を知った。

 

 

「この見た目………。間違いない、これは『隕鉄』だ……!」

 

 

 前世で読んだ本の記憶が今と繋がる。

 隕鉄とは空から落ちてくる隕石の一種で、最初からニッケルを含んだ純粋な天然の鋼だ。

 これなら鉄から不純物を取り除く製錬のプロセスを丸ごと省略出来るかもしれない………………!

 

 

 現に失敗の理由の殆どが、鉄から不純物を取り除く精錬が極めて困難だった事だ。

 だが、隕鉄は既にかなりの純度の鉄とニッケルで構成されている金属。

 これなら作れるかもしれない───奴らを倒せるだけの『武器』を!

 

 

 それからの毎日は地獄だった。

 昼はこの超人スペックを誇る肉体に前世で習った剣術を完璧に馴染ませ、更なる力を得る為の訓練。

 夜はふいごを吹き荒らし、赤く焼けた隕鉄を、平らな巨石の上で石で作ったハンマーを使ってひたすら叩き伸ばす作業。

 

 

 手はマメと火傷で血まみれになり、美しい職人の技なんて何処にも存在しない。

 ただ泥臭く、必死に、俺の求めるイメージを100%表現できる『形』を追い求めてひたすら隕鉄を叩き続けた。

 

 

 そして――数ヶ月後。

 失敗作の山を乗り越えた先に、両刃で真っ直ぐな、研ぎ澄まされた一筋の鋼が完成した。

 

 

 柄に革を巻き、握り締める。

 重さ、バランス、長さ。

 その全てが俺の求める「刺す」「斬る」というイメージと完璧に合致していた。

 

 

 「できた……これが、俺の……『■』だ………!!」

 

 

 そして数日後、再び奴がやってきた。

 数ヶ月前、集落を恐怖に陥れた神と呼ばれる四つ目の化け物。 

 前回の襲撃で味を占めたのだろう。

 悲鳴を上げて逃げ惑う人々を背に、俺は一人、腰に差した『■』の柄に手をかけて前へ出た。

 

 

 「 やめろ、また死にに行く気か!?」「祈るんだ! 神様のお怒りが静まるのを祈るんだ!」

 集落の連中は口々にそう言って俺を引き止めようとする。

 

 

 「祈りじゃ、誰も救えない」

 

 

 俺は静かに言い放ち、一歩を踏み出した。

 化け物が俺を認識し、巨大な前脚を上から振り下ろしてくる。

 山をも崩す巨大な質量攻撃。

 前回の俺ならこのまま敗れていただろう。

 だが――今の俺には手には、この『■』がある。

 

 

 シュッ、と静かな呼吸。

 俺は迫り来る爪の軌道を冷静に見極め、前世で何万回と繰り返した剣道の足さばきを用いて迫りくる攻撃を躱した。

 化け物の振り下ろしに対し、わずか数センチ横へ滑り込むように踏み込む。

 前脚が俺の鼻先をかすめ、大地を砕く。だが、俺の体勢は一切崩れていない。

 

 

 化け物が驚愕に目を見開く。

 ちっぽけな人間が自分の攻撃を躱したという目の前の現実を、まるで理解出来ていないのだろう。

 

 

 「終わりだ」

 

 

 俺は腰の『■』を抜刀し、化け物の首筋――骨の隙間へ向けて、全身の力を乗せた鋭い一閃を叩き込んだ。

 一糸乱れぬ冴えた一撃。

 俺の鍛え上げた身こなしと、隕鉄で鍛えた鋭利な刃が完全に噛み合った。

 

 

 一閃。

 手応えは───無かった。

 紙を切り裂くような静かな音とともに、化け物の巨大な首が宙を舞う。

 分厚い皮膚も、強靭な筋肉も、俺の放った一刀のもとに綺麗に切断されていた。

 

 

 ドスン、と大地を揺らして落ちる首級。

 噴き出す血の雨の中で、俺は血を払った『■』を鞘へ収めた。

 集落の人間たちは何が起きたのか理解できず、全員絶句していた。

 

 

 無理もないだろう。

 神を、あの巨大な暴威を、たった一人の人間が、たった一本の「細い鉄の板」で切り捨てたのだから。

 

 

 「神様を……殺した?それは………その道具は一体…………?」

 

 

 村長から困惑と恐怖の混じった、しかし何処か熱を帯びた問いかけ。

 俺の作った『武器』の名を、理不尽を斬り裂いた『■』の名前を尋ねてくる。

 

 

「これは斧でもない。槍でもない」

 

 

 俺は静かに、だが集落の人全てに届く声で告げた。

 

 

 「───『剣』だ」

 

 

 ───重い杭が世界に打ち込まれ、概念が固定される。

 素人が打った泥臭い一本の鉄。

 それがのちに幾多の英雄が手にし、星の聖剣へと繋がる人類史上最初の────『剣』。

 それがこの世に産声を挙げた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




※製鉄や時代背景も含め、かなりの独自解釈が詰まってます。
作者の自己満足みたいな作品ですが、楽しんでいただけたら幸いです!
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