GEIS   作:カルラリハ

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## 第4話 初陣

 

 

天使の掌に、白い光が集まる。

 

空気が震えた。

 

「……まだやる気かよ」

 

一ノ瀬遥人は右腕を構える。

 

黒い炎が拳を包んでいた。

 

つい数分前まで。

 

自分には何もなかった。

 

契約悪魔も。

 

戦う力も。

 

天使に対抗する術も。

 

それが今では――

 

『来るぞ』

 

頭の中にルシファーの声が響く。

 

「分かってる!」

 

天使が腕を振る。

 

光が放たれた。

 

「っ!」

 

遥人は地面を蹴った。

 

――ドン!

 

一瞬で身体が加速する。

 

光が遥人のいた場所を貫き、校庭を抉った。

 

「うおっ……!」

 

速い。

 

自分の身体なのに、感覚が追いつかない。

 

『無駄に力を使うな』

 

「そんなこと言われても!」

 

着地。

 

勢いを殺せない。

 

「止まれ――!」

 

――ズザザザザッ!

 

遥人は地面を滑った。

 

『酷いな』

 

「うるさい!」

 

『今の動きで必要な力は三割程度だ』

 

「先に言え!」

 

『聞かなかっただろう』

 

「戦闘中に聞けるか!」

 

「遥人!」

 

朱音の声。

 

遥人が振り向く。

 

「前!」

 

「え?」

 

天使がいた。

 

「――っ!」

 

腹部へ蹴り。

 

遥人は咄嗟に腕を交差させる。

 

――ドォン!!

 

「ぐっ!」

 

身体が吹き飛ぶ。

 

地面を何度も転がる。

 

「いってぇ……!」

 

『受けるな』

 

「それができたら苦労しねぇよ!」

 

遥人は立ち上がる。

 

腕が痺れている。

 

だが。

 

折れていない。

 

「……マジか」

 

あれだけの一撃を受けたのに。

 

動ける。

 

『私との契約によって、貴様の肉体そのものが強化されている』

 

「そういうのは最初に説明してくれ!」

 

『説明書でも欲しいのか?』

 

「あるならくれ!」

 

『ない』

 

「だろうな!」

 

天使が再び迫る。

 

遥人は構えた。

 

今度は見る。

 

右。

 

フェイント。

 

左から拳。

 

「っ!」

 

避ける。

 

天使の拳が鼻先を掠めた。

 

遥人は懐へ入る。

 

「――そこ!」

 

黒炎を纏った拳を腹部へ叩き込んだ。

 

――轟!!

 

天使が吹き飛ぶ。

 

しかし。

 

今度は空中で翼を広げた。

 

止まる。

 

「やっぱ飛べるのずるくない?」

 

『貴様も飛べばいい』

 

「は?」

 

『翼を出せ』

 

「出せんの!?」

 

『私の契約者だぞ』

 

「どうやって!?」

 

『感覚だ』

 

「またそれかよ!」

 

遥人は背中へ意識を集中する。

 

「翼……翼……!」

 

何も起きない。

 

『…………』

 

「黙るな!」

 

『まさか、ここまで下手とは』

 

「今日契約したばっかなんだよ!」

 

その時。

 

天使が両手を広げた。

 

周囲に光球が出現する。

 

一つ。

 

二つ。

 

五つ。

 

十。

 

「……あれ、まずくない?」

 

『まずいな』

 

「軽いな!」

 

光球が一斉に遥人へ向く。

 

『避けろ』

 

「それしか言わねぇな、お前!」

 

無数の光が降り注いだ。

 

「遥人!」

 

朱音がフェニックスを動かそうとする。

 

だが。

 

『来るな!』

 

声が響いた。

 

朱音が止まる。

 

遥人ではない。

 

遥人を通して響いた――ルシファーの声。

 

『これは我が契約者の戦いだ』

 

フェニックスが動きを止める。

 

「でも!」

 

『案ずるな』

 

その声音には。

 

絶対的な自信があった。

 

『あの程度で死ぬような者を、私は選んでいない』

 

光が遥人を飲み込んだ。

 

――轟轟轟轟轟!!

 

爆発が連続する。

 

校庭が崩れる。

 

土煙が立ち上った。

 

「遥人!」

 

朱音が叫ぶ。

 

静寂。

 

そして。

 

「……痛ってぇ」

 

「!」

 

土煙の中。

 

遥人が立っていた。

 

制服はボロボロ。

 

身体には傷。

 

しかし。

 

生きている。

 

その周囲を。

 

黒い炎が覆っていた。

 

「……これ」

 

遥人が黒炎を見る。

 

自分で出した。

 

さっきまでと違う。

 

ルシファーに言われたからではない。

 

殺される。

 

そう思った瞬間。

 

身体の奥底から何かが溢れた。

 

怒り。

 

恐怖。

 

悔しさ。

 

――死にたくない。

 

――負けたくない。

 

――朱音を守りたい。

 

感情が燃料となり。

 

炎になった。

 

『ようやく掴んだか』

 

ルシファーが笑う。

 

「これが……お前の能力?」

 

『一部だ』

 

「一部?」

 

『今の貴様には、それで十分だ』

 

遥人の周囲で黒炎が激しく燃え上がる。

 

『その炎は――《憤怒》』

 

「憤怒……」

 

『怒りを燃やせ』

 

ルシファーの声が低くなる。

 

『感情を力へ変えろ』

 

遥人は天使を見る。

 

恐怖はある。

 

でも。

 

それ以上に。

 

腹が立っていた。

 

突然現れて。

 

人を襲って。

 

朱音を傷つけて。

 

自分まで殺しかけた。

 

「……勝手なことしやがって」

 

黒炎が大きくなる。

 

天使が遥人を見る。

 

「その炎……」

 

再び。

 

天使の表情に動揺が浮かぶ。

 

「サタン……」

 

「……サタン?」

 

遥人が眉を寄せる。

 

『気にするな』

 

「いや今、明らかに重要そうな名前――」

 

『前を見ろ』

 

「あとで絶対聞くからな!」

 

天使が上空へ飛ぶ。

 

巨大な光が集まり始める。

 

今までとは違う。

 

空そのものが白く染まっていく。

 

「……あれは?」

 

『《暁光》だ』

 

ルシファーの声から。

 

初めて。

 

僅かに笑みが消えた。

 

『天使どもが使う生命簒奪の光』

 

「生命……」

 

遥人は息を呑む。

 

『直撃すれば、今の貴様では耐えられん』

 

「じゃあどうする」

 

『簡単だ』

 

ルシファーは答える。

 

『撃たれる前に殺せ』

 

「……分かりやすくて助かるよ!」

 

遥人は腰を落とした。

 

右拳へ黒炎を集める。

 

『力を一点へ集めろ』

 

「こうか?」

 

『もっとだ』

 

炎が圧縮される。

 

右腕が悲鳴を上げる。

 

「ぐっ……!」

 

『耐えろ』

 

「簡単に言いやがって……!」

 

『王の力を使うのだ。その程度の代償は払え』

 

「……上等!」

 

黒炎が右拳へ収束した。

 

天使も《暁光》を完成させる。

 

「人間」

 

天使が遥人を見る。

 

「堕天者に魅入られし者」

 

光が輝く。

 

「ここで――消えろ」

 

白い光が放たれた。

 

同時に。

 

遥人が地面を蹴った。

 

「――うおおおおおお!!」

 

黒と白。

 

二つの力が正面から激突する。

 

「遥人!」

 

朱音が叫ぶ。

 

押される。

 

「ぐっ……!」

 

白い光が迫る。

 

強い。

 

これが天使。

 

人類を百年間苦しめ続けてきた存在。

 

でも。

 

『どうした?』

 

ルシファーの声。

 

『その程度か、一ノ瀬遥人』

 

「……っ」

 

『私を選んだのだろう?』

 

違う。

 

俺が選ばれた。

 

でも。

 

最後に手を取ったのは――俺だ。

 

「そう……だったな!」

 

黒炎が膨れ上がる。

 

「俺は――!」

 

遥人が踏み込む。

 

「悪魔の王の契約者だ!!」

 

黒炎が《暁光》を押し返す。

 

天使の目が見開かれる。

 

「馬鹿な――」

 

白い光に亀裂が入る。

 

そして。

 

砕けた。

 

遥人が光を突き抜ける。

 

天使の目前。

 

「これで――!」

 

拳を振り抜く。

 

「終わりだぁぁぁ!!」

 

黒炎が天使を飲み込んだ。

 

――轟ッ!!!

 

空が黒く染まった。

 

天使の身体が地面へ叩きつけられる。

 

巨大なクレーター。

 

その中心。

 

天使は――動かなかった。

 

静寂。

 

黒炎が消えていく。

 

遥人は地面へ着地する。

 

「…………」

 

数秒。

 

誰も喋らない。

 

「……勝った?」

 

『ああ』

 

ルシファーが答えた。

 

『貴様の勝ちだ』

 

「…………」

 

遥人は拳を見る。

 

生まれて初めて。

 

天使と戦った。

 

生まれて初めて。

 

契約悪魔の力を使った。

 

そして。

 

勝った。

 

「遥人!」

 

「うおっ!?」

 

朱音が飛びついてきた。

 

「ちょ、朱音!?」

 

「馬鹿!」

 

「え?」

 

「馬鹿馬鹿馬鹿!」

 

胸を何度も叩かれる。

 

「痛い! 戦闘より痛い!」

 

「死んだと思った!」

 

朱音の声が震えていた。

 

「目の前で胸を貫かれて……!」

 

「…………」

 

遥人は何も言えなくなった。

 

朱音の肩が震えている。

 

「……悪かった」

 

「本当に……」

 

朱音が遥人の制服を掴む。

 

「もう二度と……あんなことしないで」

 

「……努力します」

 

「約束して」

 

「…………善処します」

 

「遥人?」

 

「約束します!」

 

その時。

 

『情けないな』

 

ルシファーの声。

 

「うるさい」

 

「え?」

 

「いや、こっちの話」

 

朱音が遥人を見る。

 

「……そういえば」

 

嫌な予感。

 

朱音が笑った。

 

「色々、聞きたいことがあるんだけど?」

 

「…………」

 

「二十七回契約できなかった遥人が、どうして突然契約できたのか」

 

「えーっと」

 

「しかも」

 

朱音の笑顔が深くなる。

 

「相手がどうして――ルシファーなのか」

 

「…………」

 

逃げたい。

 

天使と戦った時より。

 

遥人は今。

 

遥かに恐怖を感じていた。

 

◇ ◇ ◇

 

同時刻。

 

対天使国際連合――

 

**AEGIS《イージス》。**

 

日本支部。

 

「失礼します!」

 

一人の職員が部屋へ飛び込んだ。

 

「緊急報告です!」

 

端末が机へ置かれる。

 

「契約者育成学校で発生した天使襲撃事件について、異常事態を確認!」

 

「異常事態?」

 

「はい」

 

職員の顔が青ざめていた。

 

「学生一名が天使を撃破しました」

 

室内が静かになる。

 

「学生が?」

 

「契約悪魔は?」

 

職員は答えない。

 

いや。

 

答えられない。

 

「どうした?」

 

「それが……」

 

震える手で映像を再生する。

 

そこには。

 

黒炎を纏う少年。

 

そして。

 

その背後に一瞬だけ映った。

 

六枚の黒翼。

 

「…………」

 

誰かが椅子から立ち上がった。

 

「これは……」

 

「解析班による照合結果――」

 

職員が息を呑む。

 

「一致率、九十九・九八パーセント」

 

画面に名前が表示される。

 

**契約悪魔推定――LUCIFER**

 

「……馬鹿な」

 

「ルシファーは長い間、人間との契約を拒絶していたはずだ」

 

「契約者の名前は?」

 

職員が資料を開く。

 

そこには。

 

一人の少年の顔写真。

 

「一ノ瀬遥人」

 

そして。

 

次の項目を読み上げた瞬間。

 

室内の空気が変わった。

 

「契約履歴――なし」

 

「……なし?」

 

「はい」

 

「本日まで――」

 

職員が答える。

 

「未契約者《アンダーコンタクト》でした」

 

沈黙。

 

その時。

 

部屋の奥から。

 

静かな声がした。

 

「面白いね」

 

全員が振り向く。

 

一人の男が映像を見ていた。

 

その視線は。

 

黒炎でも。

 

天使でも。

 

ルシファーの翼でもない。

 

ただ。

 

一ノ瀬遥人だけを見ている。

 

「二十七回の契約失敗」

 

男が呟く。

 

「そして二十八回目ではなく――死の直前にルシファー本人が現れた」

 

口元に。

 

僅かな笑みが浮かぶ。

 

「偶然と考えるには、少し出来すぎている」

 

職員が尋ねる。

 

「どうしますか?」

 

男は立ち上がった。

 

「決まっている」

 

映像を止める。

 

画面には。

 

黒炎を纏った遥人が映っている。

 

「一ノ瀬遥人」

 

その名を。

 

まるで覚えるように呟いた。

 

「――一度、直接会ってみよう」

 

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