GEIS   作:カルラリハ

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##第5話 悪魔の王の契約者

 

 

天使襲撃事件から――翌日。

 

一ノ瀬遥人は、人生で初めて学校へ行きたくないと思っていた。

 

「…………」

 

校門の前。

 

遥人は立ち尽くしていた。

 

普段なら何も考えず通り抜ける場所。

 

なのに今日は。

 

「……帰ろうかな」

 

『何故だ』

 

頭の中に声が響く。

 

「お前のせいだよ」

 

『心外だな』

 

「どこがだよ」

 

昨日。

 

二十七回もの契約失敗を経験した遥人は、ついに悪魔と契約した。

 

普通なら喜ばしい。

 

ようやく未契約者《アンダーコンタクト》卒業。

 

これから契約者として学校生活を送れる。

 

――そのはずだった。

 

問題は。

 

契約相手。

 

『たかが私と契約した程度ではないか』

 

「その『たかが』がおかしいんだよ!」

 

近くを歩いていた生徒がビクッとする。

 

遥人は慌てて口を閉じた。

 

「……頭の中で喋ればいいのか?」

 

『最初からそうしろ』

 

(できるなら教えろよ!)

 

『聞かなかった』

 

(便利な言葉だな、それ!)

 

ルシファー。

 

堕天の王。

 

七つの大罪――《傲慢》。

 

悪魔の頂点に立つ存在。

 

そんな悪魔と。

 

学校一の落ちこぼれが契約した。

 

噂にならないはずがない。

 

遥人は意を決して校門をくぐる。

 

その瞬間。

 

「…………」

 

視線。

 

「…………」

 

視線。

 

「…………」

 

視線。

 

全員が見ている。

 

「一ノ瀬だ……」

 

「あれが?」

 

「昨日の映像見た?」

 

「見た見た」

 

「マジでルシファーなの?」

 

「フェニックスが頭下げたらしいぞ」

 

「二十七回契約失敗してた奴だよな?」

 

「意味分かんねぇ……」

 

遥人は歩く。

 

ひたすら歩く。

 

聞こえない。

 

何も聞こえない。

 

そう自分に言い聞かせる。

 

「ねえ一ノ瀬君!」

 

「うおっ!?」

 

女子生徒が突然前へ出てきた。

 

「契約悪魔、本当にルシファーなの!?」

 

「え、あ、まあ……」

 

「召喚して見せて!」

 

「無理!」

 

「なんで!?」

 

「俺もやり方知らないから!」

 

「え?」

 

「俺が聞きたい!」

 

逃げる。

 

「待って!」

 

さらに別の生徒。

 

「一ノ瀬!」

 

「昨日どうやって天使倒したんだ!?」

 

「黒い炎って何!?」

 

「ルシファーってどんな奴!?」

 

「七つの大罪と契約するとどんな感じ!?」

 

「うわあああああ!!」

 

遥人は走った。

 

『人気者だな』

 

(誰のせいだ!)

 

『貴様の実力だろう』

 

(九割お前の名前だよ!)

 

◇ ◇ ◇

 

「……疲れた」

 

教室。

 

遥人は机へ突っ伏していた。

 

まだ一時間目すら始まっていない。

 

「お疲れ」

 

隣から声。

 

「……朱音」

 

九条朱音が笑っている。

 

「楽しそうだな」

 

「ちょっとだけ」

 

「幼馴染が苦しんでるぞ」

 

「昨日私を置いて天使に突っ込んでいった罰」

 

「根に持ってる!?」

 

「当たり前でしょ」

 

朱音は遥人の隣へ座る。

 

そして。

 

「それで?」

 

「……何が?」

 

「昨日の続き」

 

笑顔。

 

だが。

 

目が笑っていない。

 

「遥人がルシファーと契約した理由」

 

「…………」

 

「まだ聞いてない」

 

「いや、俺もよく分かってないんだよ」

 

「へぇ?」

 

「本当に!」

 

遥人は慌てて説明する。

 

「俺が天使にやられて、気づいたら変な場所にいて!」

 

『変な場所とは失礼な』

 

(黙ってて)

 

「そこにルシファーがいて」

 

「うん」

 

「契約するかって言われて」

 

「うん」

 

「死にたくなかったから契約した」

 

「…………」

 

「以上」

 

「短い」

 

「本当にこれだけなんだって!」

 

朱音がじっと遥人を見る。

 

「二十七回契約できなかった理由は?」

 

「それは……」

 

遥人は言いづらそうに視線を逸らす。

 

「……ルシファーが妨害してたらしい」

 

「…………え?」

 

「他の悪魔と契約できないようにしてたって」

 

沈黙。

 

「なんで?」

 

「知らん」

 

『気に入らんな』

 

突然。

 

ルシファーの声が響いた。

 

今度は遥人の頭の中だけではない。

 

「え?」

 

朱音が周囲を見る。

 

「今の声……」

 

遥人の影が揺れる。

 

黒い炎が僅かに立ち上った。

 

『我が契約者を他の悪魔に渡す理由がない』

 

朱音の目が見開かれる。

 

「ルシファー……?」

 

『九条朱音か』

 

「私を知ってるの?」

 

『当然だ』

 

遥人が眉を寄せる。

 

「おい」

 

『なんだ』

 

「なんで朱音の名前まで知ってんだ」

 

『貴様を見ていたと言っただろう』

 

「……どこまで?」

 

沈黙。

 

「ルシファー?」

 

『…………』

 

「おい」

 

『些細なことだ』

 

「絶対なんか隠しただろ!」

 

朱音が小さく笑う。

 

「本当に契約してるんだね」

 

「疑ってたのかよ」

 

「昨日は色々ありすぎたから」

 

朱音の表情が柔らかくなる。

 

「でも」

 

遥人を見る。

 

「よかった」

 

「何が?」

 

「遥人が契約できて」

 

「…………」

 

「ずっと頑張ってたの知ってるから」

 

遥人は少しだけ黙った。

 

「……ありがとな」

 

朱音が微笑む。

 

その時。

 

『一ノ瀬遥人』

 

校内放送。

 

『至急、学園長室へ来るように』

 

「…………」

 

遥人の顔が引きつる。

 

「なんかやった?」

 

朱音が聞く。

 

「昨日天使倒した」

 

「ああ」

 

「それ以外は何もしてない」

 

『覚悟しておけ』

 

ルシファーが言う。

 

「何の!?」

 

『面倒事だ』

 

「お前が言うと洒落にならないんだけど!?」

 

◇ ◇ ◇

 

学園長室。

 

「失礼します」

 

遥人が扉を開ける。

 

「来たか」

 

学園長が座っていた。

 

その隣には教官。

 

そして。

 

見知らぬ男が一人。

 

黒いスーツ。

 

年齢は二十代後半ほど。

 

整った黒髪。

 

穏やかな表情。

 

男は遥人を見る。

 

ただそれだけ。

 

なのに。

 

遥人は妙な感覚を覚えた。

 

見られている。

 

顔ではない。

 

服でもない。

 

もっと深いところ。

 

思考。

 

癖。

 

呼吸。

 

視線。

 

自分という人間そのものを観察されているような――

 

「初めまして」

 

男が微笑んだ。

 

「一ノ瀬遥人君」

 

「……初めまして」

 

「そんなに警戒しなくていい」

 

「してませんけど」

 

「嘘だね」

 

即答。

 

「入室してから右足を半歩後ろに置いている。何かあればすぐ動ける位置だ。視線も僕、学園長、窓、扉の順で動いた」

 

「…………」

 

「昨日、天使と戦った影響かな。悪くない変化だ」

 

遥人は男を見る。

 

なんだ。

 

こいつ。

 

『気をつけろ』

 

ルシファーの声。

 

珍しい。

 

普段なら何でも余裕そうに話すルシファーが。

 

明確に警戒している。

 

(知ってるのか?)

 

『いや』

 

一拍。

 

『だが、よく見る男だ』

 

遥人には意味が分からなかった。

 

男が立ち上がる。

 

「自己紹介がまだだったね」

 

胸元から身分証を取り出す。

 

そこに刻まれた紋章。

 

盾。

 

その中心に描かれた翼と角。

 

遥人も知っている。

 

対天使国際連合。

 

**AEGIS《イージス》。**

 

天使との戦争において世界各国の契約者を統括する国際組織。

 

「AEGIS日本支部所属」

 

男が続ける。

 

「契約者階級――S級」

 

遥人の表情が変わる。

 

「S級……」

 

学生とは次元が違う。

 

天使との実戦を前提として認定される最高峰の契約者。

 

「そして」

 

男が遥人へ手を差し出した。

 

「契約悪魔――ベリアル」

 

遥人の頭の中で。

 

ルシファーが小さく笑った。

 

『なるほど』

 

「……?」

 

『面白い』

 

遥人には。

 

何が面白いのか分からない。

 

ただ。

 

本能的に感じた。

 

この男は。

 

今まで会った人間とは――何かが違う。

 

「御影慧」

 

男は名乗った。

 

「よろしく、一ノ瀬君」

 

遥人はその手を見る。

 

そして。

 

ゆっくり握った。

 

「一ノ瀬遥人です」

 

「知っているよ」

 

御影は笑う。

 

「昨日から、君の資料を随分読ませてもらった」

 

「……俺の?」

 

「二十七回の契約失敗」

 

御影の瞳が遥人を見る。

 

「ルシファーとの契約」

 

一瞬。

 

遥人には。

 

御影の目が――自分ではない何かを見たように感じた。

 

「そして」

 

御影の笑みが僅かに深くなる。

 

「天使を撃破した、未知の黒炎」

 

『…………』

 

ルシファーが黙った。

 

「今日は」

 

御影が言う。

 

「君をAEGIS本部へ招待するために来た」

 

「……俺を?」

 

「ああ」

 

御影は頷く。

 

「世界中が知りたがっている」

 

穏やかな声。

 

「百年間、人間との正式な契約が確認されていなかった悪魔の王が――」

 

遥人を見る。

 

「なぜ、一人の学生を選んだのか」

 

沈黙。

 

そして。

 

御影は続けた。

 

「それに」

 

一瞬。

 

その視線が鋭くなる。

 

「僕個人としても――君には興味がある」

 

遥人の背筋に。

 

僅かな寒気が走った。

 

その頃。

 

遥人はまだ知らなかった。

 

目の前にいる男。

 

S級契約者――御影慧。

 

その契約悪魔ベリアルが持つ能力。

 

そして。

 

御影本人の異常な観察力が組み合わさった時。

 

それが。

 

どれほど恐ろしい力になるのかを。

 

 

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