GEIS   作:カルラリハ

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## 第6話 S級契約者

 

 

「君をAEGIS本部へ招待するために来た」

 

御影慧は、まるで放課後に遊びへ誘うような気軽さでそう言った。

 

「…………」

 

一ノ瀬遥人は黙る。

 

そして。

 

「嫌です」

 

「即答だね」

 

御影が笑った。

 

「だって絶対面倒じゃないですか」

 

「否定はしない」

 

「ほら!」

 

「でも拒否権もない」

 

「じゃあなんで聞いたんですか!?」

 

「一応、君の意思を尊重したという形は必要だからね」

 

「大人って汚い!」

 

学園長が頭を抱えた。

 

「一ノ瀬……頼むからAEGISのS級にそんな口を利くな……」

 

「いやでも!」

 

御影は楽しそうに笑っている。

 

「構わないよ。僕はこういう方が好きだ」

 

「俺は嫌いになりそうです」

 

「それも構わない」

 

「強いなこの人……」

 

『実際に強いぞ』

 

頭の中でルシファーが言った。

 

遥人は僅かに眉を動かす。

 

(分かるのか?)

 

『立ち方を見れば十分だ』

 

御影は一見すると無防備だ。

 

武器も持っていない。

 

構えてもいない。

 

ただ立っているだけ。

 

なのに。

 

隙がない。

 

「それで」

 

遥人は御影を見る。

 

「本部で何するんですか?」

 

「検査と事情聴取」

 

「検査?」

 

「君とルシファーの契約状態を確認する」

 

御影の表情から笑みが少し消えた。

 

「昨日の戦闘映像は確認した。君は契約直後にもかかわらず天使を撃破している」

 

「まあ……」

 

「異常だよ」

 

遥人が黙る。

 

「契約した悪魔が強ければ、それだけで契約者が最強になるわけじゃない」

 

御影は人差し指を立てる。

 

「悪魔からどれだけ力を引き出せるか」

 

中指。

 

「その力に人間の肉体が耐えられるか」

 

薬指。

 

「能力を理解しているか」

 

「そして――」

 

四本目。

 

「契約悪魔との信頼関係」

 

御影は手を下ろした。

 

「契約者の強さは、色々な要素で決まる」

 

遥人は自分の右手を見る。

 

昨日。

 

自分はルシファーの力で天使を倒した。

 

だが。

 

戦い方なんて知らなかった。

 

ルシファーに言われた通り動いただけ。

 

「つまり」

 

遥人は顔を上げる。

 

「俺自身は弱いってことですか?」

 

「うん」

 

「即答!?」

 

「事実だからね」

 

「もうちょっと言い方ありません!?」

 

「ルシファーの力は規格外。でも一ノ瀬遥人という契約者は――」

 

御影は遥人を見る。

 

「現時点では素人だ」

 

「…………」

 

反論できなかった。

 

『正論だ』

 

(お前まで!)

 

「だから」

 

御影が続ける。

 

「本部へ行く前に、一つ確認したい」

 

「何を?」

 

御影の笑顔が戻る。

 

嫌な予感がした。

 

「君の現在地」

 

「…………はい?」

 

「模擬戦をしよう」

 

「…………」

 

遥人は御影を見る。

 

御影を見る。

 

胸元の身分証を見る。

 

もう一度見る。

 

「S級ですよね?」

 

「そうだね」

 

「俺、昨日初めて戦ったんですけど?」

 

「知ってる」

 

「死にません?」

 

「殺さないよ」

 

「そういう問題かな!?」

 

御影は楽しそうだった。

 

◇ ◇ ◇

 

十分後。

 

学園地下。

 

対契約者戦闘訓練場。

 

「なんでこうなった……」

 

遥人は訓練用の服へ着替えていた。

 

観客席には学園長。

 

教官数名。

 

そして。

 

「遥人ー!」

 

「……なんでいるんだよ」

 

朱音だった。

 

「御影さんから聞いた」

 

「帰ってくれ」

 

「嫌」

 

「即答かよ」

 

「怪我したらフェニックスで焼くから」

 

「治療じゃないの!?」

 

朱音が笑う。

 

冗談――だと思いたい。

 

向かい側。

 

御影が立っている。

 

武器はない。

 

契約悪魔も召喚していない。

 

「ルールは簡単」

 

御影が言う。

 

「僕に一撃入れれば君の勝ち」

 

「御影さんは?」

 

「僕は――」

 

少し考える。

 

「そうだな」

 

笑った。

 

「君を地面に倒したら勝ち」

 

「舐められてる……!」

 

『当然だ』

 

「ルシファー!」

 

黒い炎が遥人の周囲に立ち上る。

 

観客席の空気が変わる。

 

御影はそれを見る。

 

「それが昨日の黒炎か」

 

目が細くなる。

 

「面白いね」

 

「後悔しても知りませんよ」

 

「しないよ」

 

御影は。

 

構えない。

 

「いつでもどうぞ」

 

「…………」

 

遥人は腰を落とす。

 

昨日の感覚を思い出す。

 

力を脚へ。

 

一気に。

 

「行きます!」

 

――ドン!!

 

床が弾けた。

 

遥人が消える。

 

一瞬で御影の懐へ。

 

右拳。

 

黒炎。

 

「――っ!」

 

振り抜く。

 

だが。

 

「速い」

 

御影が半歩動く。

 

拳が空を切った。

 

「!?」

 

「でも」

 

御影の声が耳元で聞こえた。

 

「直線的だ」

 

足を払われる。

 

「うわっ!?」

 

遥人の身体が宙へ浮いた。

 

――ドン!

 

背中から床へ落ちる。

 

「ぐっ……!」

 

「一本」

 

「早っ!?」

 

開始から。

 

僅か数秒。

 

「もう一回!」

 

遥人が立ち上がる。

 

「もちろん」

 

再び突っ込む。

 

今度はフェイント。

 

右。

 

御影が動く。

 

「もらった!」

 

左拳。

 

しかし。

 

御影は既にそこにいない。

 

「え?」

 

背後。

 

「発想はいい」

 

肩を押される。

 

遥人の体勢が崩れる。

 

「でも視線で分かる」

 

「くっ!」

 

転がる。

 

立ち上がる。

 

もう一度。

 

また。

 

もう一度。

 

何度やっても。

 

届かない。

 

「なんでだよ……!」

 

遥人は息を切らす。

 

御影は。

 

ほとんど動いていない。

 

『落ち着け』

 

ルシファーが言う。

 

(分かってる!)

 

『分かっていない』

 

(じゃあどうすればいい!)

 

『考えろ』

 

(お前もそればっかりだな!)

 

御影が遥人を見る。

 

「右足に力を入れる癖がある」

 

「……え?」

 

「加速する直前、僅かに右肩が下がる」

 

御影が指摘する。

 

「攻撃する場所を見る癖もある」

 

遥人の顔が引きつる。

 

「黒炎を使う時は呼吸が一瞬止まる」

 

一歩。

 

御影が近づく。

 

「焦ると拳を握る」

 

また一歩。

 

「左からの攻撃に対する反応が少し遅い」

 

遥人は。

 

無意識に後退した。

 

「それから――」

 

御影の瞳が遥人を見る。

 

「ルシファーの声を聞く時、ほんの僅かに目線が右上へ動く」

 

「…………」

 

背筋が冷えた。

 

『なるほど』

 

ルシファーが呟く。

 

先ほどまでの軽い調子ではない。

 

『そういうことか』

 

(何が?)

 

『奴はただ強いのではない』

 

御影が止まる。

 

「一ノ瀬君」

 

「……はい」

 

「戦闘っていうのはね」

 

御影が笑う。

 

「相手を知った方が勝つ」

 

その瞬間。

 

――ゾクン。

 

遥人の身体から。

 

力が抜けた。

 

「……え?」

 

膝が落ちる。

 

黒炎が弱くなる。

 

「な……んだ……?」

 

立てない。

 

さっきまで身体中に溢れていた力が。

 

急速に失われていく。

 

「遥人!?」

 

朱音が立ち上がる。

 

「御影さん、何したんですか!?」

 

御影は答えない。

 

遥人を見る。

 

「三十七秒」

 

「……?」

 

「今の僕が、君を観察した時間」

 

御影が遥人の前へ立つ。

 

「十分とはいかないか」

 

小さく呟く。

 

「まだ情報が浅い」

 

「何……言って……」

 

『ベリアル』

 

ルシファーが答えた。

 

遥人が目を見開く。

 

『奴の契約悪魔だ』

 

「ベリアル……」

 

『そして、この力』

 

ルシファーが。

 

珍しく。

 

楽しそうに笑った。

 

『《無価値》か』

 

御影の眉が僅かに動く。

 

「さすがだね、ルシファー」

 

「……無価値?」

 

御影は遥人を見る。

 

「ベリアルの能力だ」

 

静かに説明する。

 

「相手を知れば知るほど」

 

一歩。

 

「理解すればするほど」

 

もう一歩。

 

「その存在を――弱くする」

 

「…………!」

 

遥人は立ち上がろうとする。

 

だが。

 

力が入らない。

 

「普通なら効果を実感できるまで十分ほど観察が必要なんだけど」

 

御影は少し困ったように笑う。

 

「僕は人を見るのが得意でね」

 

「得意って……レベルじゃ……」

 

「でも、まだ三十七秒」

 

御影が遥人の額へ指を当てる。

 

軽く。

 

押す。

 

それだけで。

 

遥人は。

 

――ドサッ。

 

仰向けに倒れた。

 

「…………」

 

天井を見る。

 

何もできなかった。

 

ルシファーと契約した。

 

天使を倒した。

 

もしかしたら。

 

自分は強くなったのかもしれない。

 

そんな気持ちが。

 

心のどこかにあった。

 

でも。

 

現実は。

 

たった一人の人間に。

 

触れることすらできなかった。

 

「……俺の負けです」

 

「うん」

 

御影は手を差し出す。

 

遥人はその手を取る。

 

「でも」

 

御影が遥人を引き起こす。

 

「悪くない」

 

「ボコボコにされたんですけど」

 

「昨日初めて戦った人間が、S級相手に三十七秒動けた」

 

「それって凄いんですか?」

 

「かなり」

 

「……慰めてません?」

 

「僕、そういうの苦手なんだ」

 

御影は笑う。

 

そして。

 

「何より」

 

遥人の胸を見る。

 

その奥。

 

ルシファーを見ているかのように。

 

「まだ君は、ルシファーの力をほとんど使えていない」

 

「…………」

 

「だから」

 

御影は続ける。

 

「強くなるよ、君は」

 

遥人は拳を見る。

 

さっきまであった黒炎は。

 

もう消えている。

 

悔しい。

 

初めて。

 

明確にそう思った。

 

天使に負けそうになった時とは違う。

 

自分と同じ人間。

 

契約者に。

 

完全に負けた。

 

「……御影さん」

 

「ん?」

 

「次」

 

遥人が顔を上げる。

 

「絶対、一発入れます」

 

一瞬。

 

御影が目を丸くした。

 

そして。

 

笑った。

 

「楽しみにしてる」

 

『フッ』

 

ルシファーも笑う。

 

(何だよ)

 

『いや』

 

少しだけ。

 

声が楽しそうだった。

 

『それでこそ、私の契約者だ』

 

◇ ◇ ◇

 

模擬戦終了後。

 

御影は一人。

 

廊下を歩いていた。

 

『どうだった?』

 

声がする。

 

御影の影から。

 

ベリアルの声。

 

御影は少し考える。

 

「面白い」

 

『それだけ?』

 

「じゃあ訂正しよう」

 

御影が足を止める。

 

「異常だ」

 

『ほう』

 

「契約初日であの身体能力」

 

御影は先ほどの戦闘を思い返す。

 

「黒炎についてはまだ理解不足」

 

「動きは素人」

 

「判断も甘い」

 

「それでも」

 

御影の表情から。

 

笑みが消える。

 

「僕の《無価値》が――完全には通らなかった」

 

沈黙。

 

『気づいてた?』

 

「もちろん」

 

御影は自分の右手を見る。

 

「三十七秒観察した」

 

通常の人間なら。

 

十分。

 

御影なら数秒。

 

それだけで十分なはずだった。

 

なのに。

 

遥人は完全には弱体化しなかった。

 

「一ノ瀬遥人が抵抗したのか」

 

御影が呟く。

 

「それとも――」

 

視線を上げる。

 

「ルシファーという存在そのものを、僕がまだ理解できていないのか」

 

『知りたい?』

 

ベリアルが笑う。

 

御影も笑った。

 

「当然」

 

それこそが。

 

御影慧という男の本質だった。

 

知らないものがある。

 

なら。

 

知ればいい。

 

理解すればいい。

 

そして。

 

理解した瞬間。

 

どれほど強大な存在であろうと。

 

彼の前では――

 

**《無価値》になる。**

 

 

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