GEIS   作:カルラリハ

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## 第7話 規格外

 

 

「――S級って、あんなに強いのか……」

 

模擬戦から数時間後。

 

一ノ瀬遥人は車の後部座席で、ぼんやりと右手を眺めていた。

 

握る。

 

開く。

 

当然、何も起きない。

 

「……黒炎」

 

小さく呟いてみる。

 

何も起きない。

 

「黒炎!」

 

やっぱり出ない。

 

『名前を叫べば出ると思っているのか?』

 

「うるさい」

 

向かい側。

 

御影慧が笑った。

 

「仲良さそうだね」

 

「どこがですか」

 

『不敬な契約者だ』

 

「お前が偉そうなんだよ」

 

『私は偉い』

 

「自分で言うな」

 

『事実だ』

 

御影が楽しそうに二人のやり取りを聞いている。

 

「やっぱり珍しいな」

 

「何がです?」

 

「契約初日でそこまで普通に会話できること」

 

「そうなんですか?」

 

「契約悪魔との関係は人それぞれだけどね。契約直後は意思疎通すら難しい場合もある」

 

遥人は少し考える。

 

「……こいつ、初対面からこんな感じでしたよ」

 

『こいつとは何だ』

 

「ほら」

 

「なるほど」

 

御影は笑った。

 

車の窓の向こう。

 

巨大な建造物が見えてくる。

 

「……あれが」

 

遥人が身を乗り出した。

 

世界各国の旗。

 

巨大な防壁。

 

空には複数の監視ドローン。

 

そして中央には、盾に翼と角を組み合わせた紋章。

 

対天使国際連合。

 

**AEGIS《イージス》。**

 

日本支部。

 

「でっか……」

 

「日本の対天使戦力の中枢だからね」

 

車が巨大なゲートを通過する。

 

何重もの認証。

 

武装した警備員。

 

契約悪魔を連れた職員。

 

遥人は窓に張りついた。

 

「すげぇ……」

 

『子供か』

 

「初めて来たんだから仕方ないだろ」

 

そして。

 

遥人は気づく。

 

「……あれ?」

 

廊下を歩いている人間。

 

制服。

 

スーツ。

 

戦闘装備。

 

様々だが。

 

胸元に共通して付けられているものがある。

 

アルファベットが刻まれた認識票。

 

「御影さん」

 

「ん?」

 

「あれってランクですか?」

 

「ああ」

 

御影は自分の認識票を見せる。

 

そこには――

 

**S**

 

「契約者は基本的に、実力と実績によって階級分けされる」

 

御影が指を折る。

 

「F、E、D、C、B、A」

 

そして。

 

「S」

 

遥人は頷く。

 

「御影さんがそこですね」

 

「そう」

 

「じゃあSが最高?」

 

「通常はね」

 

「通常?」

 

御影が遥人を見る。

 

「S級のさらに上が存在する」

 

遥人が身を乗り出す。

 

「何ですか?」

 

御影は短く答えた。

 

「――冠位」

 

「かんい……」

 

「世界でもごく少数しか存在しない」

 

「御影さんより強いんですか?」

 

「単純な戦闘力なら、そういう人もいる」

 

『曖昧だな』

 

ルシファーが言う。

 

御影は肩をすくめる。

 

「強さっていうのは単純じゃないからね」

 

遥人は。

 

先ほどの模擬戦を思い出した。

 

ベリアルの《無価値》。

 

そして御影の観察力。

 

「……確かに」

 

ランクが高ければ必ず勝つ。

 

そんな単純な世界ではない。

 

「ちなみに」

 

遥人が聞く。

 

「俺って今どのくらいなんです?」

 

御影は少し考える。

 

「分からない」

 

「え?」

 

「だから今日調べる」

 

嫌な予感。

 

「……何するんです?」

 

御影が笑った。

 

「色々」

 

「その言い方怖いんですけど」

 

◇ ◇ ◇

 

AEGIS日本支部。

 

契約者能力測定区画。

 

「では一ノ瀬遥人さん」

 

白衣の女性職員が端末を見る。

 

「これより契約者登録に必要な基礎測定を開始します」

 

「お願いします」

 

遥人の身体には大量のセンサー。

 

腕。

 

脚。

 

胸。

 

頭。

 

「……実験動物みたい」

 

『似たようなものだろう』

 

「違うわ」

 

「まず身体能力」

 

目の前。

 

巨大な測定装置。

 

「全力で殴ってください」

 

「全力?」

 

「はい」

 

遥人は拳を握る。

 

「ルシファー」

 

『使うな』

 

「え?」

 

『まず自分だけで殴れ』

 

遥人は少し考える。

 

「……分かった」

 

腰を落とす。

 

拳を振る。

 

――ドン!

 

数字が表示される。

 

職員が確認する。

 

「身体能力……一般契約者平均を上回っています」

 

「お」

 

「契約による肉体強化が常時発生しているようですね」

 

「何もしてないのに?」

 

「契約悪魔が高位になるほど、その存在だけで契約者へ影響を与える場合があります」

 

遥人は感心する。

 

「じゃあ次」

 

黒炎。

 

遥人は目を閉じる。

 

昨日。

 

そして御影との戦い。

 

感情。

 

怒り。

 

悔しさ。

 

――負けたくない。

 

ボッ。

 

「!」

 

右手に。

 

小さな黒炎が灯った。

 

「出た!」

 

『騒ぐな』

 

「初めて自分で出せたんだぞ!」

 

遥人は笑う。

 

御影との戦いでは。

 

結局、自分の意思で自由に出せなかった。

 

でも。

 

今は違う。

 

「よし……!」

 

炎を大きくする。

 

職員が計測を開始。

 

「エネルギー反応確認」

 

数字が上昇する。

 

「……え?」

 

職員の表情が変わった。

 

数字が。

 

止まらない。

 

「測定値、規定値突破」

 

警告音。

 

「出力を落としてください!」

 

「え!?」

 

「装置の上限を超えます!」

 

「まだそんなに出してないんですけど!?」

 

『だから言っただろう』

 

ルシファーが呆れる。

 

『無駄に力を使うな』

 

「これでも抑えてる!」

 

――ピピピピピ!

 

「測定中止!」

 

黒炎を消す。

 

静寂。

 

職員が装置を見る。

 

「…………」

 

「壊れました?」

 

「ギリギリ」

 

「よかった……」

 

「よくありません」

 

「すみません」

 

御影が少し離れた場所から見ている。

 

その目は。

 

楽しそうだった。

 

◇ ◇ ◇

 

次。

 

耐久力。

 

次。

 

反応速度。

 

次。

 

魔力容量。

 

次。

 

契約同調率。

 

測定が進むたび。

 

職員の顔がおかしくなっていく。

 

「魔力容量……測定不能」

 

「契約同調率……数値が安定しません」

 

「悪魔側出力……上限不明」

 

そして。

 

「契約悪魔情報……」

 

職員が端末を操作する。

 

**LUCIFER**

 

表示された瞬間。

 

エラー。

 

「……また?」

 

遥人が聞く。

 

「データベース上に情報は存在します」

 

「なら何で?」

 

「古すぎるんです」

 

「古い?」

 

職員が画面を見る。

 

「AEGIS設立以前」

 

さらに遡る。

 

「現在の契約測定方式が作られる以前の記録しかありません」

 

「…………」

 

「そもそも」

 

職員が遥人を見る。

 

「ルシファーと人間の正式契約について、現代AEGISには比較可能なデータがありません」

 

遥人は黙る。

 

改めて。

 

理解する。

 

自分が契約した存在。

 

その異常さを。

 

『今さらか』

 

「うるさい」

 

◇ ◇ ◇

 

最後。

 

模擬戦闘評価。

 

遥人の前に。

 

戦闘用人形が十体並んでいる。

 

「制限時間三分」

 

職員が説明する。

 

「自由に戦ってください」

 

「自由に……」

 

遥人は拳を握る。

 

黒炎。

 

出る。

 

さっきより自然。

 

「よし」

 

開始。

 

遥人が走る。

 

一体目。

 

拳。

 

――ドン!

 

撃破。

 

二体目。

 

黒炎。

 

破壊。

 

三体目。

 

避ける。

 

反撃。

 

「おお……!」

 

動ける。

 

昨日より。

 

明らかに。

 

御影との戦いで何度も倒された。

 

その経験が。

 

身体に残っている。

 

『右』

 

「分かってる!」

 

攻撃を避ける。

 

『左』

 

「見えてる!」

 

拳。

 

撃破。

 

ルシファーが笑う。

 

『少しはマシになったな』

 

「誰のおかげだと思ってんだ」

 

『私だろう』

 

「御影さんだよ!」

 

『…………』

 

「拗ねるな!」

 

最後。

 

十体目。

 

黒炎を拳へ集める。

 

「――これで!」

 

殴る。

 

――轟!!

 

人形が吹き飛ぶ。

 

終了。

 

「はぁ……はぁ……」

 

遥人は息を整える。

 

「どうです?」

 

職員たちが。

 

無言。

 

「……あれ?」

 

一人が端末を見る。

 

「評価を出します」

 

遥人が息を呑む。

 

画面に。

 

文字が表示される。

 

**暫定戦闘評価――B**

 

「…………」

 

遥人が固まる。

 

「B?」

 

「はい」

 

「昨日契約したばっかりですよ?」

 

「だから暫定です」

 

「いや高くない!?」

 

職員も困っている。

 

「私たちもそう思っています」

 

「ですよね!?」

 

御影が笑う。

 

「いいじゃないか」

 

「御影さん!」

 

「でも勘違いしない方がいい」

 

遥人を見る。

 

「それはルシファー込みの評価だ」

 

「…………」

 

御影の言葉が。

 

胸に刺さる。

 

「契約者としての技術」

 

「戦闘経験」

 

「判断力」

 

「能力理解」

 

御影は指を折る。

 

「全部まだ最低クラス」

 

遥人は拳を見る。

 

「ルシファーが強い」

 

御影が言う。

 

「だから君も強い」

 

一瞬。

 

沈黙。

 

「でも」

 

御影の目が鋭くなる。

 

「君自身が強いわけじゃない」

 

遥人は。

 

何も言わなかった。

 

悔しい。

 

でも。

 

正しい。

 

「……分かってます」

 

遥人は顔を上げる。

 

「昨日までは」

 

何もなかった。

 

悪魔すらいなかった。

 

だから。

 

契約できれば。

 

それだけでいいと思っていた。

 

でも今は。

 

違う。

 

「俺」

 

拳を握る。

 

「強くなりたいです」

 

御影が黙る。

 

「ルシファーが強いからじゃなくて」

 

遥人は続ける。

 

「俺が――強くなりたい」

 

『…………』

 

ルシファーも。

 

何も言わない。

 

「だから」

 

遥人は御影を見る。

 

「御影さん」

 

「何?」

 

「俺を鍛えてください」

 

沈黙。

 

御影が目を丸くする。

 

そして。

 

「嫌だ」

 

「えええええ!?」

 

「面倒だから」

 

「そこは受ける流れでしょ!?」

 

「僕、教師じゃないし」

 

「S級じゃないですか!」

 

「S級と教師は別職だよ」

 

「お願いします!」

 

「嫌だ」

 

「そこをなんとか!」

 

二人のやり取りを聞きながら。

 

ルシファーが。

 

小さく笑った。

 

『遥人』

 

「何だよ!」

 

『私が教えてやる』

 

遥人が止まる。

 

「……お前が?」

 

『不満か?』

 

「いや……」

 

少し考える。

 

「教えるの下手そう」

 

『…………』

 

「痛っ!?」

 

突然。

 

頭に衝撃。

 

「何した!?」

 

『契約者への教育だ』

 

「絶対怒っただけだろ!」

 

御影が笑う。

 

遥人は知らない。

 

この瞬間から始まる。

 

悪魔の王による。

 

常識外れの訓練が。

 

自分をどこまで変えていくのかを。

 

◇ ◇ ◇

 

その夜。

 

AEGIS日本支部。

 

遥人の測定結果が。

 

一つのデータとして送信された。

 

送信先。

 

日本ではない。

 

海を越え。

 

さらに遠く。

 

AEGIS中央本部。

 

そして。

 

その資料を開いた人物がいた。

 

「Lucifer……?」

 

女の声。

 

画面には。

 

一ノ瀬遥人の写真。

 

その横。

 

**暫定評価:B**

 

「面白い」

 

長い銀髪が揺れる。

 

彼女の背後。

 

巨大な影が。

 

静かに目を開いた。

 

『羨ましい?』

 

声がする。

 

女は笑った。

 

「ええ」

 

迷いなく答える。

 

「とても」

 

画面の中の遥人を見る。

 

「だって――」

 

その瞳に。

 

強烈な憧憬が宿る。

 

「悪魔の王に選ばれたんでしょう?」

 

影が笑った。

 

『なら』

 

深海のような魔力が部屋を満たす。

 

『――あの子みたいになりたい?』

 

女――

 

**ヴィヴィアン・グレイ**は。

 

楽しそうに微笑んだ。

 

「まだ分からないわ」

 

そして。

 

画面を閉じる。

 

「だって私――」

 

その視線が。

 

別の資料へ移る。

 

そこに表示されていた名前。

 

**御影 慧。**

 

ヴィヴィアンは少しだけ頬を膨らませた。

 

「まずはあの人に勝ちたいもの」

 

 

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