GEIS   作:カルラリハ

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## 第8話 悪魔の王の力

 

 

翌朝。

 

午前五時。

 

「…………」

 

一ノ瀬遥人は学校の訓練場に立っていた。

 

眠い。

 

ものすごく眠い。

 

「……なあ」

 

『なんだ』

 

「なんで五時?」

 

『修行するのだろう?』

 

「したいって言ったけど!」

 

遥人は空を指差した。

 

「まだ太陽すらやる気出してないぞ!?」

 

『太陽に合わせる必要があるのか?』

 

「人間には睡眠ってものがあるんだよ!」

 

『知っている』

 

「なら寝かせろ!」

 

『断る』

 

「鬼!」

 

『悪魔だ』

 

「そうだった!」

 

遥人は頭を抱えた。

 

昨日。

 

AEGISで自分の実力を測定した。

 

結果――暫定B級。

 

契約初日の学生としては異常な評価。

 

しかし。

 

御影慧に言われた。

 

――ルシファーが強いから君も強い。

 

――でも、君自身が強いわけじゃない。

 

悔しかった。

 

だから。

 

強くなりたいと言った。

 

その結果。

 

午前五時。

 

「……自分で言ったから仕方ないか」

 

遥人は頬を叩く。

 

「よし!」

 

前を見る。

 

「やろう」

 

『ようやくか』

 

黒い炎が揺らめいた。

 

そして。

 

遥人の前に。

 

一人の男が現れる。

 

黒髪。

 

黄金の瞳。

 

六枚の黒翼。

 

ルシファー。

 

「おお……!」

 

遥人が目を丸くする。

 

「出てこれるんだな」

 

『当然だ』

 

「じゃあ今まで頭の中だけで喋ってたの何だったんだよ」

 

『面倒だった』

 

「おい」

 

ルシファーは無視する。

 

『まず確認する』

 

「何を?」

 

『貴様は私の力について、どこまで理解している?』

 

「黒い炎」

 

『…………』

 

「身体能力が上がる」

 

『…………』

 

「怪我が治った」

 

『…………』

 

「以上」

 

ルシファーが額を押さえた。

 

「なんだよ」

 

『よくそれで契約したな』

 

「死にかけてたんだから仕方ないだろ!」

 

『自分が何と契約したのかくらい理解しておけ』

 

「だから今から教えてくれよ」

 

『……まあいい』

 

ルシファーが右手を上げる。

 

「遥人」

 

空気が変わった。

 

『今の貴様が知っておくべき権能は――二つ』

 

「二つ……」

 

一本目の指。

 

『《憤怒》』

 

黒炎が生まれる。

 

「それは知ってる」

 

『感情を力へ変える権能だ』

 

炎が大きくなる。

 

『怒り』

 

さらに。

 

『憎しみ』

 

さらに。

 

『悔しさ』

 

黒炎が空へ昇る。

 

『感情が強ければ強いほど、炎も強くなる』

 

遥人は炎を見る。

 

「じゃあ、ずっと怒ってれば最強?」

 

『馬鹿か』

 

「なんでだよ」

 

『感情に呑まれれば、力を制御できなくなる』

 

炎が消える。

 

『力を使うのではない。力に使われる』

 

「…………」

 

遥人は昨日を思い出す。

 

天使への怒り。

 

あの時は。

 

ほとんど勢いだけだった。

 

『《憤怒》は比較的単純だ』

 

「これで?」

 

『ああ』

 

二本目。

 

ルシファーの黄金の瞳が輝く。

 

『《傲慢》』

 

遥人が少し身を乗り出す。

 

「どんな能力?」

 

ルシファーは笑った。

 

『奪う』

 

「……え?」

 

『相手の能力を簒奪する』

 

沈黙。

 

「…………」

 

遥人は数秒考えた。

 

「それ、反則じゃない?」

 

『私に言うな』

 

「どんな能力でも?」

 

『条件はある』

 

「条件?」

 

『今の貴様には必要ない』

 

「いや教えろよ!」

 

『使えもしない能力の条件を聞いてどうする』

 

「使えないの?」

 

『今はな』

 

「なんで!?」

 

ルシファーが遥人の胸を指差す。

 

『器が足りん』

 

「器?」

 

『《傲慢》は私という存在の根幹だ』

 

黄金の瞳が遥人を見る。

 

『今の貴様が無理に扱えば――』

 

笑う。

 

『壊れるぞ』

 

遥人が一歩下がった。

 

「……後回しでお願いします」

 

『賢明だ』

 

ルシファーは手を下ろす。

 

「……つまり今の俺が使えるのは」

 

『《憤怒》だ』

 

「黒炎をもっと使いこなせってことか」

 

『そういうことだ』

 

遥人は自分の右手を見る。

 

昨日。

 

天使との戦いでは。

 

怒りに任せて力を出した。

 

御影との模擬戦では。

 

自由に扱うことすらできなかった。

 

「……よし」

 

遥人は拳を握る。

 

「じゃあ《憤怒》を――」

 

『その前だ』

 

「え?」

 

『走れ』

 

「…………」

 

「どこまで?」

 

『私が止めるまで』

 

「…………」

 

嫌な予感。

 

一時間後。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

遥人は走っていた。

 

「まだ!?」

 

『まだだ』

 

「もう二十キロ!」

 

『だから何だ』

 

「俺は人間だぞ!」

 

『私の契約者だ』

 

「便利に使うなその言葉!」

 

さらに一時間。

 

腕立て。

 

腹筋。

 

スクワット。

 

基礎戦闘。

 

回避。

 

受け身。

 

「なんで……!」

 

拳を避ける。

 

「能力の……!」

 

蹴りを避ける。

 

「修行じゃ……!」

 

転がる。

 

「ないんだよ!」

 

『貴様には基礎がなさすぎる』

 

ルシファーの拳。

 

「うわっ!」

 

遥人が避ける。

 

『力だけあっても意味がない』

 

蹴り。

 

「ぐっ!」

 

防ぐ。

 

吹き飛ぶ。

 

『昨日のS級を忘れたか?』

 

「…………!」

 

御影。

 

ほとんど能力を使わず。

 

遥人を圧倒した。

 

『奴は貴様より遅い』

 

「え?」

 

『純粋な身体能力なら、今の貴様が上だ』

 

遥人が目を見開く。

 

『それでも貴様は触れることすらできなかった』

 

「…………」

 

『何故だ?』

 

答えは分かる。

 

「……技術」

 

『それだけではない』

 

ルシファーが拳を構える。

 

『経験』

 

一歩。

 

『観察』

 

一歩。

 

『判断』

 

そして。

 

『力を使うタイミング』

 

拳が飛んでくる。

 

遥人は。

 

避けた。

 

反撃。

 

ルシファーは簡単に受け止める。

 

だが。

 

黄金の瞳が僅かに細くなる。

 

『今のは悪くない』

 

「……!」

 

初めて。

 

褒められた。

 

「もう一回!」

 

『来い』

 

遥人が踏み込む。

 

◇ ◇ ◇

 

それから数時間。

 

「…………」

 

遥人は地面に倒れていた。

 

「動けない……」

 

『情けない』

 

「誰のせいだ……」

 

『貴様の体力不足だ』

 

「五時間ぶっ続けで動かされたんだぞ……」

 

空を見る。

 

もう太陽は高い。

 

身体中が痛い。

 

でも。

 

不思議だった。

 

「……楽しいな」

 

『何がだ』

 

「強くなるの」

 

昨日まで。

 

何をしても契約できなかった。

 

努力しても。

 

努力しても。

 

スタートラインにすら立てなかった。

 

でも今は。

 

やった分だけ。

 

少しずつ。

 

前へ進める。

 

遥人は拳を空へ伸ばした。

 

「御影さん」

 

握る。

 

「次は絶対、一発入れる」

 

『目標が低いな』

 

「最初はそれでいいんだよ」

 

『なら』

 

ルシファーが言う。

 

『明日は三時からだ』

 

「…………」

 

遥人がゆっくり顔を向ける。

 

「朝の?」

 

『当然だ』

 

「嫌だぁぁぁぁぁ!!」

 

◇ ◇ ◇

 

翌日。

 

午前二時五十九分。

 

遥人の部屋。

 

「すぅ……すぅ……」

 

熟睡。

 

そして。

 

三時。

 

『起きろ』

 

「…………」

 

『遥人』

 

「…………」

 

『起きろ』

 

「あと五分……」

 

沈黙。

 

次の瞬間。

 

――ボッ!

 

「熱っっっっ!?」

 

遥人が飛び起きた。

 

「何してんだお前!」

 

『三時だ』

 

「本当に起こす奴があるか!」

 

『修行するのだろう?』

 

「昨日の俺を殴りたい!」

 

制服ではなくジャージへ着替える。

 

眠い。

 

身体が痛い。

 

最悪だ。

 

それでも。

 

遥人は少し笑っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

同じ頃。

 

遠く離れた場所。

 

AEGIS中央本部。

 

「一ノ瀬遥人……」

 

ヴィヴィアン・グレイは端末を眺めていた。

 

昨日送られてきた戦闘映像。

 

何度見ても。

 

目が離せない。

 

黒炎。

 

天使を殴り飛ばす少年。

 

その背後。

 

一瞬だけ現れる六枚の黒翼。

 

『随分気になるみたいだね』

 

声がする。

 

「ええ」

 

『あの子みたいになりたい?』

 

ヴィヴィアンは少し考える。

 

「まだ」

 

画面を閉じる。

 

「だって彼」

 

微笑む。

 

「まだ弱いもの」

 

『酷いなぁ』

 

「事実でしょう?」

 

ヴィヴィアンは立ち上がる。

 

その胸元。

 

他の契約者とは違う紋章がある。

 

Fでも。

 

Eでも。

 

Dでも。

 

Cでも。

 

Bでも。

 

Aでも。

 

Sでもない。

 

**冠位。**

 

世界最高峰の契約者にのみ許された称号。

 

「でも」

 

ヴィヴィアンは窓の外を見る。

 

「いつか」

 

少しだけ。

 

楽しそうに笑う。

 

「私が嫉妬するくらい強くなったら――」

 

背後。

 

巨大な魔力が揺れた。

 

深海。

 

大蛇。

 

龍。

 

そのどれとも形容できない巨大な影。

 

七つの大罪。

 

《嫉妬》。

 

**レヴィアタン。**

 

『なったら?』

 

ヴィヴィアンは答える。

 

「その時は――同じ場所まで行ってあげる」

 

◇ ◇ ◇

 

そして。

 

遥人の修行開始から数日後。

 

AEGIS日本支部。

 

御影慧の端末に。

 

一件の通知が届いた。

 

「……ん?」

 

内容を確認する。

 

御影の表情が。

 

僅かに変わった。

 

『どうした?』

 

ベリアルが尋ねる。

 

御影は画面を見ながら答える。

 

「天使の死体の解析結果が出た」

 

『あの学校を襲った?』

 

「ああ」

 

一ノ瀬遥人が倒した天使。

 

その解析。

 

「妙だな」

 

『何が?』

 

御影の目が細くなる。

 

「この天使」

 

画面を拡大する。

 

そこには。

 

一つの結果。

 

**推定侵入目的――不明。**

 

そして。

 

体内から検出された。

 

特殊な反応。

 

御影が呟く。

 

「戦闘目的で来たんじゃない」

 

『じゃあ?』

 

御影は黙る。

 

思い出す。

 

天使が向かった場所。

 

契約者育成学校。

 

そして。

 

そこにいた。

 

契約できない少年。

 

「…………」

 

御影は。

 

一つの仮説へ辿り着く。

 

だが。

 

まだ口にはしなかった。

 

ただ。

 

端末に映る少年の写真を見る。

 

一ノ瀬遥人。

 

「まさか」

 

御影が呟いた。

 

「最初から――君を探していたのか?」

 

 

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