TSギャルゲー転生主人公逆攻略実況配信 作:一般TS好き
カイト・エルンストにとってマリアベル・レーヴェンは複数の顔を持つ存在だった。
自分など歯牙にもかけず鎧袖一触で打ち負かす比類なき実力の持ち主であり、人の話を聞かずに我を押し通す嵐のような少女であり、かと思えばふとした拍子に柔らかな女性らしさを醸し出す。
そして、今は──。
「先輩はなんというか……魔力の使い方が独特ですね」
「ハッキリ……言ってくれた方が……訓練になるかな」
「ぶっちゃけ気持ち悪いです」
数歩分の距離を開け、互いに向かい合っているカイトとマリアベル。カイトは息も絶え絶えといった風体で立っており、対するマリアベルは普段と同じように何を気負うこともなく自然体で立っている。
何故、二人が訓練場で向かい合っているのか。
それを話すためには、少しばかり時間を巻き戻す必要があった。
◆
その日もいつも通りの日常だった。授業を受け、級友と語らい、訓練を続ける。正直訓練は手詰まりであり、最近は成長も停滞しているように感じていたが訓練をやめるわけにもいかない。
そんな義務的な思いを抱きつつ、いつもの訓練場へ向かおうとしていた道中に、カイトはマリアベルと出会った。
「あら」
「やあ、奇遇……でもないか、同じ学院だし」
「そうですね。先輩は訓練を?」
「そうだね。と言っても、正直マンネリな感じなんだけど……」
「ふむ……。もしよければお手伝いしましょうか?」
何か調べものでもしていたのか、脇に大量の本を置き眼鏡をかけてベンチに座っているマリアベルが、読んでいた本をパタリと閉じて告げた。
「それは助かるけど……いいの?」
「はい。こちらとしても好都合なので」
「?」
好都合、というのが何を指しているのかカイトにはわからなかったが、訓練を手伝ってくれるというのなら断る理由もない。一も二もなく頷き、二人で本を図書館へ返却してすぐに訓練場へと向かう。
そして幾度かの模擬戦を繰り返した結果──。
「気持ち悪いって……何が?」
「感覚的な話になるのでうまく説明できないのですが……魔力の伝達に無駄が多いというか、やらなくていいことをやっているというか、そんな感じです」
今に至る、というわけである。
「まぁこれは先輩に限った話ではないのですが……。魔力とは何だと思いますか?」
「魔術の発動に必要なエネルギー、じゃないか」
「それも一つの見方ですが、私にとっては違います。魔力とは『ただそこにあるもの』です」
体を動かす訓練はひとまず休憩ということなのか、手に持った木剣を置いて水分補給を行っているマリアベル。
立ったままだったカイトも地面へ座り込み、呼吸を整える。
「歩く時に『よし、右足を出すぞ』と思いますか? 息をする時に『よし、吸って吐くぞ』といちいち考えますか?」
「それは……思わないけど」
「そうでしょう。魔力と魔術も同じです。先輩に限らず、多くの人は『よし、ここで魔術を使うぞ』と意識して使っています。結果として、使わなくていい分の魔力を使ったり流さなくていい魔力を流したりしているわけですね」
いつの間にかかけていた眼鏡のつるに手を当て、少し自慢げに講釈を続けるマリアベル。
「なので、まずは一つの術式だけでもいいので無意識的に使えるようにしましょう」
「言うは易し、行うは難しじゃないかなぁ?」
「大丈夫ですよ。人は慣れる生き物です。条件反射的に体に仕込めば嫌でも覚えます」
にっこりと笑顔を浮かべながらそう告げるマリアベル。表情とは裏腹に、言葉にはどこか圧のようなものが宿っている。
「えーと、参考までにやり方を聞いても……?」
「簡単です。訓練中、私が適当に『セット』と言うので先輩は即座に、そうですね──
「なんだ、それなら──」
「そして、少しでも遅れた場合は私が先輩をシバ──こほん、先輩を殴ります」
当然のように告げられた言葉。それを聞いたカイトは少しばかり口の端を引き攣らせ──。
「お、お手柔らかに……」
とだけ返した。
◇
神仏チャット▼ ◇つっきー☆ 犬に芸を仕込むお嬢様かな? ◇TS好き好きマン マリアベルってムチとか似合いそうだよな 叩いてほしい ◇ドンゴラ キッショ ◇ミクロコスモス マジでキモい ◇つっきー☆ 後半言う必要あったか? ◇ロキロキロッキン 誰も修行して目指す場所には突っ込んでないの草 ◇審判員 これって無詠唱の先取りしてるよな | |
【修行回】『天墜のソラリス』主人公逆攻略実況配信【高みを目指して】 | |
「まぁ、一日の成果としては上出来じゃないでしょうか。セット」
「
「遅いです」
スパン、と音を立ててカイト先輩に木剣を振り下ろす。もはや防ぐ気力もないのか、わずかに腕が動いた以外は何をすることもなく木剣を受け入れている。
「だいぶお疲れですね」
「ぶっ通しの模擬戦に加えて君の言葉にも気を払わないといけなかったからね……」
「最終的には詠唱破棄して『凍れ』と思ったら凍らせられるくらいになってもらう予定なので、このくらいで音を上げないでください。こんな感じで」
言って、遠くにある木人へ手をかざして炎上させる。複雑な魔術ならともかく、この程度なら無詠唱でも問題ない。というか詠唱って起動条件としてのトリガー付け以上に意味を持たないからな。
◇審判員 この世界の詠唱ってプログラミングコードみたいなもんのはずなんだけど……
◇眠たい つまりどういうこと?
◇数式の妖精 右手で計算しながら左手で写生して脳みそでリアルタイムプログラミングしてるようなもん
◇眠たい 曲芸師かなにか?
失礼な、天才魔術師と呼んでほしい。
◇審判員 これも全部TS狂のせいなんだ
◇TS好き好きマン いやこれは違うでしょ
◇審判員 往生際が悪い
ぶっちゃけ慣れれば誰でもできるだろうし、そこまで大層なもんでもないと思うけど。私が天才なのは揺らがないが。
詠唱が必要なのは、それを基盤としなければ魔力の流れを組めないからだ。逆説的に言えば、魔力の流れや形さえ無意識でも組めるようになれば詠唱する必要はない。まぁ詠唱した方が楽だから普段は詠唱してるんだけど。
「では、明日からも同じように訓練を行うのでそのつもりで。セット」
水を飲み、息を落ち着けているカイト先輩に木剣を叩きつけながらそう告げて訓練場をあとにする。まだ頭で考えて魔術を使っているな、一日目だから当然だけど。
しかしあれだな、最初は好感度稼ぎになるかと思って訓練に付き合うのを決めたけど、いざやってみると育成ゲームみたいで楽しいかもしれない。わざわざ調査を中断した甲斐もあったというものだ。
◇ロキロキロッキン まぁ恋愛と育成は紙一重みたいなところあるし
◇つっきー☆ それは価値観の育成であって木剣で殴ることではないだろ
◇眠たい そういえば何調べてたの?
王国に存在する家名の一覧。特に古い家を中心に調べていた。というのも、先日助けたエルミナが意味深に「家名は嫌いなので……」とか言っていたのが妙に気になったからである。
個別ヒロインで家名に思うところがあり、身柄を狙われている。こんなの「何かありますよ」と言っているようなものだ。
そしてそういう中途半端な匂わせが嫌いな私としてはどういう家系なのか知ってスッキリしたかったので調べていたのだが……。
「本当に何も見つからなかったな……」
一切、何も、痕跡すら見つからなかった。禁書庫まで手を伸ばしてみたんだが。ここまで来るともう逆にただ単純に家が嫌いな可能性まで出てくるレベルで何も出てこなかった。
◇ロキロキロッキン 禁書とは……?
◇ドンゴラ 禁じられた知識を得ちゃいけない女ナンバーワンだろ
ここまで何もないとなると、考えられる可能性も逆に絞られてくる。
一つ。さっきも言ったように、本当に何もないパターン。
二つ。禁書など目でもない程に秘匿されているパターン。
そして三つ。そもそもとして、知っている人間が極めて限られているパターン。
二つ目と三つ目は似ているようで意味合いが違う。知られていて秘匿されていることと、そもそも知られていないこと。二つ目の方がまだわかりやすくてマシだな。
◇あふろん まぁヒロインだからとだけ言っておくわ
◇ミクロコスモス ネタバレだめだめさんだからな
◇つっきー☆ 別に可愛くねえぞ
案の定というか、チャット欄は何も教えてくれないらしい。肝心なところで役に立たない奴らである。しかし、言わないということは
──
モヤモヤする。こうなったら本人に突撃してやろうか。「あなた、家名が嫌いって言ってたけどどうして?」「ああ、はい! 実はこれこれこうで~」……なんて、教えてくれるわけないだろ。
「はぁ」
思わずため息が出てしまう。なんか面倒くさくなってきたな。もう今はいいか、どうせわからないんだし。というか攻略に関係ないし。
そう結論付け、寮へと足を進める。
ねーから。
◆
「セッ──」
「
「──ト、だいぶ様になってきましたね」
「あれだけボコボコにされれば流石にね……」
最初の訓練から数週間後。私の声による条件付けもだいぶ馴染んできたようで、カイト先輩もようやく頭ではなく体で魔術を発動することができるようになってきていた。まだ単節詠唱のみとはいえ思ったよりも早いな、流石は主人公だ。この調子なら無詠唱が使えるようになる日も遠くないかもしれない。
というか、学院に入ってから色々な相手と戦ってわかったがどうやら私の魔術は普通じゃないらしい。家だとみんなこんな感じだったし、たまに戦う貴族子弟とか教官はできてなかったけど弱いからだと思ってたんだけど。
先輩にも言ったが、私にとって魔力とはエネルギーではなく目に見えない不定形の物質のようなものだ。それを思い思いの形に変え、目に見える形に変えるのが魔術だと教わった。
──いいかいマリアベル、魔術とは世界の書き換えだ。意思によってこの世ならざる現象を引き起こすことこそが魔術の本懐。その深奥への入り口だ。忘れてはいけないよ。
……今何してるんだろうな、あの人。最低限の魔術的教育を済ませた後は乳母さんに任せて家を飛び出してしまったけど。一応数年に一度手紙は届く──内容は皆無に等しいが──ので生きてるっぽいが。
◇審判員 ウケねーよボケ
◇つっきー☆ 言葉つよ
あ、やっぱこの考え方って魔法寄りなんだ。いっつもチャット欄で言ってるの見て薄々気が付いてたけど。
◇あふろん 言うほどわかりやすくないぞ
◇数式の妖精 要は世界の中か外か、ってこと
ほーん。みんな小難しいこと考えて魔術使ってるんだな。
◇ロキロキロッキン 頭のいいバカの典型
◇数式の妖精 知能があっても知性がない
それは流石にライン超えてんだろ!?
「ところで、この後は何か予定とかあるのかい?」
「特にはありませんが……何故?」
「暫く訓練に付き合ってもらったし、お礼として何か御馳走しようかなと」
「ええ、是非」
ご馳走。つまり食事。口ぶりからして二人だろう。
──つまり二回目のデートだ。
こんなにも早く攻略が進んでしまうとは、自分の魅力が怖くなってくるな。まあ私が私である以上仕方のないことなのだが。
◇ドンゴラ 野暮なのはこいつだから別にいいだろ
◇TS好き好きマン デートってことは私服だよな? なぁ?
わざわざ着替えるのもめんどいし制服でいいだろ。それに制服デートってなんか学生っぽくないか?
◇つっきー☆ ギャルゲの制服ってなんでこんなに独特な構造してるんだろうな
◇審判員 TS狂みたいな童貞が釣れるからだろ
いつになくチャット欄がちくちくしている。ちくちく言葉はやめた方がいい、誰も幸せにならないから。私を見習ってふわふわ言葉で過ごしていこう。
ぶっ飛ばすぞテメェ!!
◆
「では、また明日」
「それじゃあね」
食事を終え、カイト先輩と別れる。日は既に沈みかけており、鮮やかな夕焼けが通りを照らしている。先輩と別れた私はそのまま寮へ向かう──ことはせず、王都からそれほど離れていない小高い丘へと足を運んでいた。
学院と王都、両方を一望できるここは割とお気に入りの場所なのだ。
「──で、それはそれとして。いつまで隠れてるつもりなのかしら?」
視線を前へ向けたまま、虚空へ向かって問いかけるが返事はない。どうやら出てくるつもりはないらしい。
──まぁ、それならそれでやりようはあるか。
小さく息を吐き、手に炎剣を顕現させる。振り向きざまに斜め後方の何もない空間を切りつけた。熱風に煽られ、草花が大きく揺れる。
「避けられちゃった。……ねぇ、いい加減姿を見せてくれていいんじゃない? もうバレてるんだし」
「…………」
私の言葉を受け、観念したのか今まで何も存在しなかった空間に突如として一人の人間が現れる。深緑色のフードローブをゆったりと着込んでおり、目深に被られたフードからは薄い眼光だけがこちらを覗いていた。
身長は私と同じか小さいくらいで、かなり小柄だ。
「何故」
謎の人物が口を開く。少女のような、少年のような、老人のような、不思議な声。多分これも正体がバレないようになんらかの偽装がされてるんだろうな。
「何故、気づいた。私の隠形は完璧だったはず」
「そうね、完璧だったわ。完璧すぎるくらい」
「なら、何故」
「言ったでしょう?
「…………」
◇あふろん 言葉の意味は分かるが
◇つっきー☆ 魔素の流れを感じ取れる方がおかしいんだよ
「それで、何の用? ただのストーカーってわけでもないんでしょ」
「すとー……? まあ、いい。こちらの要件は一つ。エルミナ・ヴァラに近寄るな」
「嫌よ。どうして私の行動をどこの誰ともしれないヤツに制限されないといけないの」
「ならば、死ね」
私の答えを聞いたフードマンは短くそう呟く。
そして、瞬きの間にその姿が薄く掻き消え──次の瞬間、背後から鈍い刃が閃いた。