生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
ぼくは生きるのに向いていない。
午前一時。公園の地面を叩きつける雨音を聞きながら、ぼくは誰にでも分かる結論を反芻していた。
またバイトをクビになった。数えきれないミスの連発の末に店長から投げつけられた「お前は本当に使えないな」という言葉。ぼくという存在が社会から不要だと宣告された事実を突きつけるには十分だった。
傘を差す気力もなく、雨の中ずぶ濡れのまま公園の道を進んで行く。冷たい雨が体温を奪っていくが、アパートへ帰れば問題ない。むしろシャワーを浴びる理由が生まれる。
心を占めるのは圧倒的な空虚感だった。社会というシステムに適合できない不良品のぼくは、このまま世界のどこかに溶けて、誰の記憶からも消えてしまえたらどんなに楽なのだろう……
その時、轟音が鼓膜を突き抜けた。数メートル先の木に落雷したようだ。閃光が周囲を白く染め上げた後、パチパチと焦げる匂いが鼻を突く。
「ひゃっ……!」
すぐ後ろで、短い悲鳴が上がった。黒い大きめのパーカーに身を包んだ人物がそこにいて、声色から少女のものだった。深く被っていたフードが雷の衝撃で跳ね除けられ、驚きに見開かれたあどけない瞳があらわになる。彼女が飛び上がった拍子に、その手から何かがこちらへと放り投げられた。
それは鈍い金属音をたてて濡れた地面を滑り転がり、ぼくの足元で止まる。
外灯の乏しい光を反射して黒光りする無骨な鉄の塊。日常には絶対に存在するはずのないそれは--
拳銃だった。
少女は息を呑み、血の気を引かせた顔でぼくの足元とぼくを交互に見た。ぼくはゆっくりとしゃがみ込み、冷たい鉄の塊を拾い上げた。ずしりとした重みが、道端にポイ捨てされるゴミのようなぼくの存在を、どこか肯定してくれているような気がした。
「あっ、違くて! それは何というか、その……」
彼女の弁明は微かに震えていて、戸惑いが隠せない様子が見てとれた。しかしそんな様子はぼくの頭には全く入ってこなかった。ぼくの注目は拳銃にのみ向けられている。
直感したのだ。これでぼくは幸せになれる、と。
ぼくは銃口をゆっくりと、自分自身のこめかみへと押し当てた。
「……え?」
少女は、ありえない光景に目を丸くする。
ぼくは、静かに引き金を引いた。
耳元で弾ける轟音と衝撃。それが最後の生の実感だった。
////
「殺す価値もないクズに、この弾丸を撃ち込んでくれ」
それが組織から私に回されてきた、あまりにも妙ちくりんな依頼だった。
えー確かに?普段から「不殺(脅し専門)」の触れ込みで通っている私だ。どうせ死なないのだから殺す価値のないクズ相手に銃弾の一発や二発撃ち込む依頼があってもおかしくはない。
「それはない」
やっぱナシで。
そんな得体の知れない依頼に頭を悩ませ初めて訪れた街を一日中ウロウロしていたら、いつの間にか夜になり公園を歩いていた。フードを被り続けていたこともあって、雨が降っている事にも気付かなかった。
「どうしたもんかな、お前は」
手に握った拳銃に呼びかける。誰でもいい、という依頼だが、逆に決めかねてしまう。お昼は何でもいいと言われると困ってしまうアレと一緒だ。
その時、進行方向から冴えない男性が歩いてきた。周囲には他に人の気配はない、私は咄嗟にセーフティを外す。……が、すぐに思い直した。
『いやいや、流石に節操無さすぎだって、私』
男はトボトボとした足取りで私の横を通り過ぎる。見るからに可哀想な人物かもしれないが、クズと呼ぶには言い過ぎというものだ。気を取り直して改めて夜の街に繰り出そうとした、その時だった。
けたたましい轟音が突然背後で鳴り響いた。
「ひゃっ……!」
情けない悲鳴と共に、私は驚きのあまり、依頼品の弾丸を装填した拳銃を後ろへと放り投げてしまう。暗殺者にあるまじき最悪のミスである。
けれど、事態は私の想像を遥かに超える異常な方向へ転がった。
足元に落ちた銃を拾い上げた男は、あろうことか、一切の躊躇なく自身のこめかみに銃口を当てたのだ。
「……え?」
パーン、という乾いた破裂音と共に男は自らの頭を撃ち抜き、そこだけ重力が強く働いたかのように崩れ落ちた。
血の海に沈む男。飛び散っていくナカミと赤黒い液体が、冷たい雨に打たれて広がっていく。
「嘘でしょ……死んでる!? どうしよう、私、人なんて殺したことないのに!」
極度のパニックで私は頭が真っ白になる。だが、裏社会の末端で生きる者として、最低限の隠滅はしなければならない。
せめて、銃だけでも回収しなくては。私はガタガタと震える足を必死に押し留めながら死体に近づき、男が固く握りしめている拳銃へ手を伸ばす。冷たくなりかけたその指から、強引に銃を引き剥がそうとした、その瞬間だった。
「ひゃぁっ!」
動くはずのない、だらんと地面に伸びた死体の腕が、突然動き出した。