生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
警察署の無機質な自動ドアが開き、生ぬるい外気がシルヴァレッタの頬を撫でた。入口脇には若い警察官が直立しており、シルヴァレッタが頭を下げて会釈すると「お疲れさま」と優しい一言を掛けられる。
数時間に及ぶ事情聴取。指紋採取に、口腔粘膜からのDNA採取。もし頭に金属が埋まっている件を問われたら? とぼくはゾクゾクしていたのだが、その件はシルヴァレッタの「インプラントです」の一言で区切りがついてしまった。残念だ。
「そうかい……、お大事に」だそうだ。
警察署のエントランスを抜け公道に差し掛かると、バス停のベンチに腰掛けて松葉杖を脇に置き、ひどく不機嫌そうな表情でこちらを見つめる小柄な影があった。
「随分と長かったわね」
コバルトだった。彼女は安堵と苛立ちの入り混じった目でこちらを睨みつけてきた。
「すまない。特に俺の素性を話すのに手間取った」
「あー……。それはそうなるわね」
シルヴァレッタからすればあまりにも情報不足な中での取り調べになった。何せ自己紹介一つですら満足にいかない体たらくだ。結果、小一時間の沈黙の後に警察が折れて、イエスノー形式での身上調査となった。(ある程度は調べがついていたらしい)
ほとんどイエスを返していたシルヴァレッタだったが「反社との関わりは?」と聞かれた時に一瞬躊躇ってノーと返した件は、頭の傷を含めて強く疑われたことだろう。仕方ない。事実はイエスなのだ。いつものバカ正直を表に出さず踏みとどまっただけでも充分褒めてやるべきだろう。
「……で? 警察は何だって?」
周囲に人がいないことを確認し、シルヴァレッタは淡々と事の経緯を確認し始めた。シルヴァレッタは彼女の横に座り、答える。
「事のあらましは教えてくれなかったので恐らくになるが、昨夜、例の『迫害同盟』の女性に何かあったようだ。彼女との関係や、突然の訪問にどう思ったかを何度も繰り返し聞かれた」
それを聞いたコバルトは、ふん、と鼻を鳴らした。
「やっぱりね。アンタが連行された後、組織に情報網を使って調べ上げてもらったの。あのカルト女、どうやら本気でアンタを犯人に仕立て上げるつもりみたいね」
「犯人?」
ぼくはワクワクした。
「昨夜、あの女が買い物帰りに背後から暴漢に襲われたそうなの。一度思いっきり突き飛ばされて、ビックリしたけど何とか買い物袋を精一杯振り回して必死に抵抗したから何も奪われなかったそうよ。袋の中身はグチャグチャになったけれど。で、人に恨まれる憶えが直近のアナタしか考えられないと、ご丁寧に弁護士まで使って警察に訴えた、って話」
社会的に孤立していて何をしでかしてもおかしくない人物だ。早く捕まえないと証拠を消される! もしかしたら自殺するかも! ……ですってよ、と彼女は補足した。
散々な言い分だが、否定はできない。実際、ぼくは拳銃を自分に使ったのだから。
「でも、襲われたのは本当のようね。ただの嫌がらせにしては手が込みすぎてるもの」
コバルトは顎に手を当て、探偵のように目を細めた。
「大人の女性を背後からいきなり『強い力』で突き飛ばす。今回は足腰の強い人物だったから失敗に終わったけれど、追い剥ぎとしては有効な一手ね……。あ、安心して良いわよ。そんな一撃だったら特徴的な指紋の残り方をするから。アナタの疑いはすぐに晴れるわ」
いや、どうだろう。「手袋を使った」とでも仮定すれば指紋は関係ないのではないだろうか。それに、ぼくの家のガサ入れは警察が驚いてしまうほど何も出なかった。だって何もないからね水と服以外。生活に必要な最低限の物しかなくて『本当にコイツはここに住んでいるのか』という疑いの目も向けられた。スマートフォンは押収されたし、今は証拠隠滅を疑われていてもおかしくない気がする。
「……姿が確認できなかった?」
唐突に、コバルトは引っかかりを覚えたようだった。
「……濡れ衣を着せて……警察を使って、身体を調べ上げようとした?」
コバルトは何か閃いたようだ。そのポツリと漏れた言葉にぼくも同意する。あるある、その可能性は無視できない。
コバルトの瞳に、路地裏で見せたような鋭い力が宿った。
「男の仕業に見せかけられるほどの『怪力』。姿を見せずに完遂するプロの犯行……いえ、『小さくて見つけられなかった』。そして、組織の調査網でたまたまひっかかった『アイツ』——」
彼女の頭の中で一つ一つの断片が繋がっているのだろう。コバルトの目に光が灯っていくのが見てとれた。
「……心当たりが一人だけいるわ」
「心当たり?」
シルヴァレッタが首を傾げる。
「ええ。かつて私を育て上げた暗殺組織『ジュエル』……今はもう壊滅して、みんな散り散りになったけれど、そこの出身者。二期生の一人」
コバルトは忌々しそうに、郊外にそびえ立つ高級タワーマンションの方角を睨みつけた。
「名前はラピスラズリ。小さい頃から規格外の怪力を持っていた、今はフリーランスの女。間違いない、この狂言沙汰の裏に組み込まれた歯車はアイツね!」
コバルトは立ち上がり、身体をタワーマンションの方角に向ける。
「待ってて、シルヴァレッタ。ケガが癒えたら、すぐにでも証拠を押さえてやるわ!」
松葉杖を右腕で持ち上げ、その矛先をタワーマンションへ向ける。コバルトは殴り込みの決意を表明した。