生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
一週間後、回復は早くコバルトの足の怪我はすっかり癒えた。
その夜、ぼくらは郊外にそびえ立つ高層マンションのエントランス前に赴いた。
「シルヴァレッタ、あなたは隠れて様子を伺って。ここからは一人でやるわ」
「そうか……。足は」
大丈夫なのか、と二の句を告げようとしたシルヴァレッタだったが、コバルトはニッと笑う。それは強がりでも何でもなく、万全なのだと力強い目が告げている。
やがて、エントランスの自動ドアが開き、一人の人物が夜の街へと歩み出てきた。
ぼくは目を疑った。そこにいたのは、青を基調としたフリフリのゴシックロリータドレスに身を包んだ、まるで精巧なビスクドールのような少女だったからだ。どちらかと言えば小柄なコバルトよりもさらに一回り小さく、物静かな雰囲気を纏っている。とても大の大人を吹き飛ばす『怪力』を持っているようには見えない。
コバルトはパーカーのフードを外し、影から歩み出た。
「久しぶりね、ラピスラズリ」
凄みのある声で呼び止める。しかし、振り返ったゴスロリ姿の少女は、小首を傾げて不思議そうに瞬きをした。
「……どなた?」
「コバルトよ! ジュエルにいた時の後輩の顔ぐらい憶えててよ!」
コバルトが声を荒らげると、ラピスラズリと呼ばれた少女は「ジュエル……」と、どこか懐かしむように目を伏せた。
「懐かしい名前。……ごめんなさい。あたし、小さいものには昔から興味がなくて」
「なっ」
「年下の子は憶えてないの。憶えているのはマラカイトお姉様と、同年代のクロム。あとは、シナバー」
「ちょっと!シナバーは最年少じゃない、ふざけないで!」
「ほら、あの子。器が大きかったじゃない」
「……あー。あーーーーーー。そうね……」
二人は暢気に昔話に花を咲かせていた。
コバルトより年上だというラピスラズリだが、マラカイトよりも年代が近しいのだろう。遠目に見れば高校生のクラスメイトが私服姿で談笑しているように見えなくもなかった。
「でも私、実技トップだったわよ?」
「そういう所が小さかったんじゃない?」
「表へ出ろ」
⬛︎◆▲
二人は人気の全くない建設が中断された空き地へと移動した。ラピスラズリは全く逃げる様子素振りはなく、優雅な足取りでコバルトに続く。シルヴァレッタも息を殺しながら、二人を見失わないよう後をつけた。
コバルトは心の底からそう思ったのか、ラピスラズリに尋ねるように言葉を漏らす。
「意外ね」
「何が?」
二人が対峙したのは、五階部分で成長を止めたまま放置されている建設予定地だった。錆びついた鉄骨の群れが檻のようにそびえ立つその場所は、冷酷な月光だけが唯一の光源という、およそ人の寄り付かない忘れられた空間だ。
「黙って私についてきた事よ。私のこと憶えてないんでしょう?」
「懐かしい気持ちにさせてくれたもの。それに仕事の時間はまだ先だし」
「……その仕事って?」
コバルトの問いかけに、ラピスラズリはふわりとドレスの裾を揺らして微笑んだ。
「今はフリーランスで……そうね、『夜のお仕事』をしているわ。大きなお家に招かれて、大事なものをいただくの」
そう言ってラピスラズリは愛おしいものを抱きしめるかのような仕草をする。
ぼくはひどく納得してしまった。なるほど『夜のお仕事』か。
その可愛らしい容姿と物静かなゴスロリ服なら、一部の熱狂的でニッチな層から絶大な支持を得られそうだ。高級マンションに住めるほど稼いでいるというのも、世の需要の深さを考えれば十分に頷ける話である。
しかし、コバルトの解釈は違った。
「やっぱり、血生臭い仕事を続けてるのね!」
「血は流さないわ」
彼女の中では『夜のお仕事=裏社会の仕事』という方程式でしかないようだ。
「先週、人を襲ったでしょ!」
「……人違い? 今は、襲う仕事はしてないわ」
ラピスラズリは涼しい顔で返す。
「嘘をつくな! アンタのその怪力の才能で、そんなはずないでしょ!」
「怪力は使うわ」
「ッ! バカにしないで! 人を無実の罪に陥れたアナタを、絶対に許さない!」
コバルトが殺気を乗せて叫んだ、その瞬間だった。
ラピスラズリの周囲の空気が、急激に冷たく、そして重く沈んだ。
「まさか、そんな事になっていたというの?」
ラピスラズリの華奢な足が、コンクリートの地面を軽く踏みしめる。
メキッ、という嫌な音と共に、彼女の足元を中心に蜘蛛の巣状の地割れが走った。
「……そういうこと。なら、仕方ないわ。」
物静かだった人形の瞳に、明確な害意が宿る。
「あたし、今の生活が大好きなの」
問答無用の死闘が、今、幕を開けようとしていた。