生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「誰の依頼であの女性を襲ったの? 吐きなさい!」
高所から地面へと落下し、ゴロゴロと転がった影響で全身ボロボロになり身動きが取れないラピスラズリを見下ろしながら、コバルトが厳しく詰問する。
「ッ、女性? 襲った? 何のお話? あたしがいただいた大事なものが、誰かに罪を着せてしまったというお話ではないの?」
ラピスラズリは本気で心当たりがないらしく、地面に横たわったまま聞き返した。
「とぼけないでよ!」
激昂し、さらに距離を詰めようとするコバルト。その肩を、シルヴァレッタが後ろから近づいてポンと叩いた。
「落ち着いてくれ、コバルト」
「?……、…………!? はわっ!」
シルヴァレッタの姿を見たラピスラズリは当初その存在を訝しんでいたが、その顔に見覚えがあったのか随分とおかしな反応を見せた。痛みに顔を歪めていたはずのラピスラズリの頬が、ポッと林檎のように赤く染まっている。
「貴方様は、あぁ間違いない。そのお顔は——」
全身を横たわらせながら両手を胸の前で組みモジモジと蠢くその姿は、砂まみれになってボロボロとなった衣装も相待って、今にも死にそうな大きな虫のようだ。しかしすぐに先程の戦闘を思い返し、むしろ彼女がこの場で最もしぶとい生き物なんだったなとぼくは思い返す。
シルヴァレッタはそんな彼女から向けられる熱い視線には気にも留めず、落ち着いた態度でラピスラズリに尋ねた。
「一つ聞きたい」
「は、はい! なんでしょう?」
「一週間前の夕方、道端で女性を突き飛ばしたりはしていないか?」
「女性を? 一週間前の夕方に? いいえ、あたしは存じ上げません。だって……」
ラピスラズリはうっとりとした遠い目をして、またモジモジと身をよじらせた。
殺虫剤を満遍なく吹きかけられた後の虫みたいだな、とぼくは思った。
「その日はずっと……ベランダに佇んで朝まで空を眺める貴方様の顔ばかりに気を取られておりましたもの……」
その言葉にコバルトはポカンと口を開ける。なんでお前らどっちもそんな事をしてた、がダブルで脳を襲った衝撃。彼女のキャパシティを超えてしまったのだろう。
「……そういう事らしい。彼女は関係ないな」
シルヴァレッタが平然とコバルトに告げる。無関係ならこれ以上話をする事はないとその場を立ち去ろうとしたが、そんな彼にコバルトは待ったをかける。
「んー、ちょっと待って。何か閃きそう……」
何かを思案するように目を伏せ、やがて顔を上げた。
「……それ、使えるわね」
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翌日、警察署を訪れ、相談室に案内されたフリフリのゴシックロリータドレスを着た人形のような少女は、中でこんなやり取りをしたらしい。
「あたし、『夜のお仕事』をしておりまして。その日は早出の日でしたの」
ラピスラズリは、対応した警察官に向けて優雅に微笑みながら語る。
「駅に向かう途中、古いアパートの二階で、殿方がベランダから空を眺めておられまして。なんてミステリアスで不思議な殿方だろうと、あたしは、つい数分ほど立ち止まって心を奪われたわ」
警察官は、目の前の少女の異様な出立ちと浮世離れした口調にきっと気圧されたことだろう。可哀想に。
「風の噂で、その殿方が警察に疑われていると聞きまして。いてもたってもいられなくなって足を運びましたの。……どうやら、あたしが彼の姿をベランダで見つけた時刻が、犯行時刻と一致するようですわね?」
彼女の語るアリバイ証言を前に、警察官は数秒の沈黙の後、ただ一言だけを返したそうだ。
「……情報提供、感謝いたします」
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そして、場所は変わって高層マンションの最上階。ラピスラズリの自室である。大理石の床に高級家具が並ぶ豪室。その広いバルコニーからは、ぼくらが住むあのボロアパートの全景が、やや遠くはあるがその全容を確かに視界に収める事ができた。
「……何が楽しくてこんなことしてるのよ」
バルコニーから古アパートを見下ろし、コバルトが呆れたように尋ねる。
ラピスラズリはティーカップを生意気にも優雅に傾けながら、さも当然のように答えた。
「夜のお仕事の一環ですの」
——あれ?
ぼくの頭の中に、強烈な疑問符が浮かんだ。
夜の仕事の一環なのに、高層マンションのバルコニーから下界を眺める? 何の関係が?
「ここ、見晴らしが良いでしょう?」
ラピスラズリは気味の悪いうっとりとした目で夜景を見下ろし、極上の微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ここからなら大きなお家が際立って映るわ。あたしに相応しい、大きくて人の気配のないお家。それを探すのにこの部屋はうってつけのスポットなの」
ぼくの中に一度組み上がっていたパズルは粉々に砕け散る。そして、必要ないピースを捨て、新たに判明したピースを組み込み、それらを並び替え——
ようやくぼくは、彼女の言う『夜のお仕事』が『空き巣』であることに気がついたのだ。