生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

20 / 21
ぼくは大事に至らない 四

 襲撃を受けた日から数日が経過し、日曜日の夜。冷たい夜風が吹き抜ける中、シルヴァレッタとコバルトの二人は、再び地方都市の住宅街へと足を運んでいた。目的地は当然、あの白々しい茶番の舞台となった「ウラベメンタルクリニック」だ。

 

 アパートに押し入ってきた闇バイトの実行犯たちは、彼女が所属する組織へと引き渡されて厳しい尋問にかけられたらしい。しかし彼らの証言はぼくが耳にした話と変わらず、「写真の男性」をボコボコにしたら大金が手に入り、さらに「死なない程度に、頭を執拗に痛めつけてくれたらボーナスも弾む」という異様な条件が提示されていた以上の情報は得られなかった。分かったのはそこまで。秘匿性の高い闇バイトの性質上、データは巧妙に隠匿されており、組織のプロたちをもってしてもスマートフォンの解析は困難だったようで、黒幕の完全な特定には至らなかった。

 

 だが、消去法と状況証拠を照らし合わせれば、結論は一つしかなかった。シルヴァレッタの住所をピンポイントで知っており、クリニックの監視カメラの映像を切り抜いて実行犯に渡し、あんな倒錯的な指示を出せる最も怪しい人物となると、クロガネ以外に考えられなかった。

 

 組織の調べによれば、クロガネはクリニックの二階を住居とはしておらず、離れた土地のマンションに住んでいるのだという。クロガネ自身の口からも「ずっと鍵をかけていた二階の居住スペース」と語られていた通りだ。あれは嘘ではなかったしね。

 

 つまり、休診日である日曜日の夜の今の時間帯なら、クリニックの二階にあるウラベ医師の元住居スペースは完全な無人となる。彼が隠しているであろう真実をあぶり出すには、今夜侵入して調べるのが絶好のタイミングだと判断された。

 

「……開きましたか?」

「ええ、問題なく」

「さすが、便利屋の二つ名は伊達じゃないですね」

「コバルトちゃんに褒めて貰えるとは光栄ですな」

 そう答えるのは今回同行してもらった、便利屋と呼ばれる組織の男性だ。やや小太りでズボラな印象を受ける見た目だが、その頭脳には光るものがあり、住居部分へ続く二階玄関セキュリティの一式は手元の重厚なノートパソコンによる遠隔操作であっさりと無効化された。

「では、手筈通り拙者は玄関周りを見張っておきますぞ。異変を察知したらすぐ連絡いたします」

「助かります。私たちは存分に捜索させていただきますね」

 コバルトの合図で、二人は音を立てずに住居玄関に向けて二階への外階段を上っていく。

 

 階段を上りきり、玄関から中へ入って最初に目に止まったのは、開きっぱなしのドアの向こうに見える居住スペースのリビングだった。足を踏み入れたシルヴァレッタの視界を通して、ぼくはその部屋の異様を感じ取った。

 

 そこは、まるで一年前からすっぽりと時が止まっているかのようだった。ソファには一年前の新聞紙が置かれ、ダイニングキッチンには調味料が並んでいるといった生活感の残滓は確かにあるのだが、空気は澱み、一切の「更新」がされていないのだ。カレンダーはウラベ医師が亡くなったとされる昨年のままであり、クロガネがこの場所を遺品整理のために何度も出入りしているという痕跡は全く感じられなかった。

 

「書斎はこっちよ。組織の調べた通りね」

 隣の部屋のドアを細く開け、コバルトが呟く。シルヴァレッタも後に続いた。そこには、ウラベ医師の精神科医としての表向きの生き様がそのまま詰まっているかのような光景が広がっていた。壁一面に設えられた巨大な本棚には、難解な医学系の蔵書がびっしりと並び、机の上やキャビネットには過去のカルテの山が無造作に積まれている。

「手分けして探しましょう。何か隠されているはずよ」

 二人はスマートフォンのライトを頼りに、部屋の物色を始めた。

 

 カルテをパラパラとめくって中身を確かめるシルヴァレッタの横で、コバルトがふと壁際の本棚の前で立ち止まった。彼女は本棚に手をつき、目を細めて呟いた。

「……この棚、まだ空間があるわ。……隠し棚?」

 アパートの襲撃の際にもいち早く異変に気づき飛んで戻ってきた、彼女の並外れた空間認識能力。その才能が、普通の人では気付くことが出来ない微かな違和感を敏感に捉えたようだ。

 

「シルヴァレッタ、手伝って! 隠し棚のスペースがあるわ。この本棚の後ろ!」

 二人は本棚に並んだ分厚い医学書をいくつか引き出してみたり、あるいは押し込んでみたりと、考え得る物理的なギミックを探り始めた。二十分ほど格闘しただろうか。カチャリ、と本棚の奥で小さな金属音が鳴る。力を込めると、重たい本棚がガラガラと横へとスライドし、大人一人が隠れられる程度の隠し棚がぽっかりと姿を現した。

 

 そこに隠されていたのは、クロガネが涙交じりに語った「心優しく、患者を見捨てない精神科医」とは真逆の、ウラベ医師のもう一つの顔。 

 

 埃を被ったクリアファイルの数々に認められていたのは、非合法の研究組織『RGB』——『ReGenerate Build』。目的の為なら手段を問わず、倫理を度外視した遺伝子操作により、あらゆるデザイナーベイビーを産み出す組織。その研究レポートだった。

 

 生命を神聖なものとしてではなく、無機質なパーツのように捉え「遺伝子を再構築し、自由に組み立てる」という傲慢な理念を掲げるその組織で、ウラベ医師は『ウラベ博士』として名を連ねていたようだった。彼は表向きは地方の小さなクリニックの院長を務めながら、裏では非人道的なデザイナーベイビー計画に、精神科医の観点で深く加担していたらしい。彼の専門分野は存分に活かされ、出生前時点で人為的に精神的疾病のタネを抱えさせたり、その症状の強弱をコントロールする術をRGBに提供していた。

 

 隠しファイルを捜索しているうちに、特に厳重そうに保管されていた二つのバインダーに辿り着いた。そこには、ウラベ博士が到達した「二大傑作」に関するデータが詳細に記録されていた。

 

 一つは『最高傑作』

 

 性別は女性。彼女は、生まれながらにして「聖人」とも呼ぶべき、限りなく気高く美しい精神構造を抱えて生まれるよう設計されていた。そしてRGBは出生後の実験として、彼女ならどんな劣悪な環境下に置かれても、その気高さは泥に染まらず保たれるのではないか? と考えたようだ。それを検証するため、彼女は赤子の時点で劣悪な孤児施設へと移送された。手元にあった資料はそこで記録が止まっていた。

 

 そしてもう一つが『最低傑作』

 

「性別は男性」

「最高傑作は生み出すまでに膨大な時間を要したと書いてあったけど、こちらは早期に理論が完成したと書かれているわ。日付の記載を見るに、最高傑作よりも何年か早くに誕生していたようね」

 コバルトは発見したレポートを読み上げる。しかし、その続きを読もうとする手がピタリと止まり、顔を青ざめた。

「どうした」

「……『考え得る精神疾病の中で、当人がギリギリ生きていける程度のラインを見極め、マイナスの疾病を複数抱えさせて構築することを前提とする』」

 その一文は二人に衝撃だったようで、沈黙が場を支配した。

 

 数分後、コバルトは研究レポートを再び読み上げ始めた。

「『チェロフォビア。幸福恐怖症は生き辛さを常時受け止めてしまうが状況をコントロールすれば自殺のリスクは軽微である。承認』」

「『過去の患者や被験者達から、嘘を鋭利に感じ取れる精神器官の解析に成功した。これを組み込む事で欺瞞に満ちたこの世界での生き辛さを増幅させることが可能である。承認』」

「『妄想性パーソナリティ障害。症状が強いと状況のコントロールが難しくなる為、組み込む強さは軽微が望ましい。承認』」

「『ハイパーヴィジランス。過剰警戒は程よい強さで構築すれば事故のリスク軽減にも繋がる。承認』」

「『承認』」

「『承認』」

「『承認』」「『承認』」「『承認』」

「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」「『承認』」

 

「コバルト、もういい。無理をするな」

「ッ! こんな、こんな話があっていいの!?」

 別にいいんじゃない?終わった話だし。

「大丈夫だコバルト。少なくとも俺にはそういった症状は見られない。無理に抱え込まなくていいんだ」

「だって、だってぇ……」

 グスグスと泣きじゃくりだすコバルト。善性の塊のような彼女にとって、ぼくの研究レポートは刺激が強過ぎたようだ。悪いことをしたな、と反省する。

 

「続きは俺が読もう」

 そう言ってコバルトからレポートを手渡してもらうシルヴァレッタ。黙々と読み進めていたが、最後の一ページに書かれていた一文は、口頭で共有することにしたようだ。彼は声に出して読み上げた。

「『なお、当該実験対象は研究責任者であるウラベ博士が直々に息子として迎え入れ、その手元で生涯モニタリングすることとする』」

 

 それが全てだった。やっぱり大したことなかったな。

 

 先日、クロガネが尤もらしく語っていた「幸福恐怖症(チェロフォビア)」という病名についての問診。あれはきっと、相対したぼく(実際にはシルヴァレッタ)の反応を確かめようとしたのだろう。症状が強く出れば、何らかの反応を得られると思ったのだろう。結果は失敗だったが。しかし、失敗の原因を頭部の怪我によるものと考えた彼は、壊れた古いブラウン管テレビを直すかの如く、暴漢を仕向けて叩き直そうとした……というところだろうか。

 

 そんな、何とも馬鹿馬鹿しい理由だったわけだ。あの一件は。

 

「……このデータを持ち帰りましょう。クロガネたちを野放しにして置けないわ!」

 コバルトが忌々しげにレポートを手に取り持ち帰ろうとした、その時だった。 

「……誰かくる」

 コバルトが鋭く声を上げた。 

「便利屋さんが見張っていたのでは」

「……眠らされたみたい。彼が仕事中に寝るなんてあり得ないもの。でも、車の中にいるのにどうやって?」

 彼女の空間認識によって外にいる便利屋の状況を察知した彼女は、困惑していた。

 

「この状況でやって来るということは……」

「ええ、ヤツよ。階段を上がって来るわ」

 コバルトが身構えた直後。ゆっくりとした、しかし確かな足音が階段を上りきり、リビングを抜けて書斎へと近づいてきた。コツン、コツン、というリノリウムを叩く硬い靴音。そしてドアの枠に姿を現したのは——

 

「やはり、イサクくんでしたか。それと、もう一人」

 そこに立っていたのは、白衣姿の温厚な医師ではなかった。全身を黒のレザーのバイクスーツに包んだ男。そして何より、彼がクリニックで見せていた「視覚過敏のため」というあの特徴的なサングラスは外されていた。  剥き出しになったその目は、光に弱い体質などという嘘を嘲笑うかのように、獲物を狩る直前の肉食獣のような冷たさと、ねっとりとした狂気を孕んで爛々と目を細めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。