生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

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ぼくは生きるのに向いていない 三

 夜が明けて、ぼくの視界には昼時の太陽に照らされた駅前のビジネスビルが映っていた。

 

 あの後コバルトは「アポイントメントを取るから駅前のビルに現地集合ね」と行って部屋を出て行った。

 

 シルヴァレッタはシャワーを浴びて服を着替え、朝になったら洗濯をしてベランダに干して……と元が銃弾だったとは思えないあまりにも生活感のある行動を終えてからここに辿り着いた。

 

 ……だが、今の今までこの身体は一度も眠りについていない。やはりシルヴァレッタは人ではないのだろう。ぼくは五感しか感じとられないので真偽は定かではないが、不眠に対して彼が体調を崩している様子は見受けられない。

 

 彼は一体何者なのか。いくつか推論を立てては見たがポンコツなぼくにはしっくりくる答えが見つからなかった。そんな風に人知れず頭の片隅でぼくが思い悩んでいるとコバルトがやってきた。

 

「時間通りね、感心感心!」

「……時間?」

「えっ」

 そう言えば彼女は現地集合としか言っていなかった。

「ま、まあ、良いじゃない。行くわよ」

 

 落ち着いた群青色のカーディガンに着替えた彼女は一見すると休日の女子高生に見えなくもない。……携えている不自然なまでに目一杯膨らんだショルダーバッグがなければ、だが。おそらくそこに彼女の「暗殺者」としての矜持が詰まっているのだろう。

 

 二人はビルに入り、受付でコバルトは「パーカッシヴ清掃の面談に来ました」と告げる。少々お待ちください、と受付が応えて、何かを手渡されたコバルトはシルヴァレッタの座っているベンチにやって来る。

 

「表向きは清掃会社の面談って話になるの」

 彼女は事の経緯を説明するようだ。シルヴァレッタは黙ったまま頷く。

「でもその会社は私達の組織のペーパーカンパニー。実際はこのノートパソコンに入った暗号化された通話アプリを通して依頼人と対話するの。部屋は防音性の貸し会議室。どれも相手のプライバシーを守るための仕組みね。」

 そう言いながらショルダーバッグから無骨で堅牢そうなノートパソコンを取り出す。

 

 なるほど、オンライン面談という体で依頼人とやり取りするわけか。かつてぼくが背伸びしていた頃に何度か受けたものとは違い、これから密室で行われるのはお祈り儀式ではないようだ。息の詰まるような話になるには変わりないだろうが。

 

 ピピピ、と小さな電子音が鳴る。

「……行くわよ」

 手元には音の鳴っている黒い板状の物体。英数字のテプラが貼られていて、恐らく部屋の電子錠も兼ねた物だろう。2人は守衛に挨拶を交わしながらエレベーターへと足を運んだ。

 

⬛︎◆▲

 

 部屋に入り、パソコンをセットアップしたコバルトは通話アプリを立ち上げる。シルヴァレッタはパソコンの裏側に立ってカメラに映らないようにした。

 

 ノートパソコンから数度のコール音。鳴り終わった少し後、機械合成された声が響いた。

『依頼について知りたい事があるそうだな』

 単刀直入。挨拶もアイスブレイクもなく本題から相手は入った。やや苛立ちのような感情が見て取れる。

 

『例のアレは処分したんだろう?何か不都合でもあったのか』

 続けて尋ねてくる。何か焦りのようなものも見受けられた。

「ええ。仕事は終わったわ。」

 コバルトは聞いた事のないクールな声で答えた。仕事モードの彼女なのだろう。

 

『なら問題ないだろう。もう手元にないアレについて疑問点などあるまい』

「手元というか、手に余ってるというか……。」

『? よく分からん物言いだな。何があった。』

 

 そこでシルヴァレッタがカメラの前に姿を現す。

「どうも」

『……その態度はいけすかんな。部屋の中で帽子をかぶっているのも礼儀がなっていない』

「その帽子の中身が問題なのよね」

 コバルトがそう答えると、シルヴァレッタは帽子を外して右側頭部の傷口をノートパソコンのカメラに向けた。

 

『その傷がどうした?お前たち殺し屋が深い傷を負うのはよくある話だろう』

「これが、今話していた“アレ”だ」

 シルヴァレッタは指でトントンと叩きながら指し示す。爪で叩いたためコンコンという金属音が静まり返った部屋に響く。

 

『………………は?』

 長い静寂を破ったのはモニターの向こうにいる人物だった。

『……待て。話が見えない』

 再び数秒の沈黙の後スピーカーから発せられたのは、あまりにも常識的な困惑からくる戸惑いの声だった。

 

「つまり、あんたが『処分しろ』って言った弾丸が、俺」

『頭がおかしい』

 キャパシティを超えたのか、壊れた様子を見せるモニター越しの依頼人。面白いね、この面接。いいなぁ。

 

『おい女! これはどういう冗談だ!?』

 我慢ならないといった様子で、ドンッと何か叩きつけるような音を響かせながらコバルトへと怒鳴りつける依頼人。

「冗談ならどんなに良かったか……ッ!」

 コバルトはそう叫び、ドンと机を叩き付けた。彼女もまた、この常識の通じない状況における完全な被害者なのである。ツーコンボだドン。

 

「落ち着いてくれ。俺も自分が何者なのか知りたいんだ。お前、出処を知っているんだろう?」

 シルヴァレッタがゆったりとした口調で、しかし逃げ場のない核心を突く。

 

『知らん!』

 画面の向こうの依頼人は、自暴自棄になったように叫んだ。

『親父の遺産整理をしてたら、海外の取引先から貰ったとかいう大層ご立派な装飾箱の中があって、勝手にソレが出てきたんだ! こんな危険物さっさと無かったことにしたいから、裏ルートで適当に処分したかっただけで……!』

「待って、じゃあなんで私に依頼したのよ!」

 堪り兼ねたように、コバルトが顔を上げて抗議する。

『だって、『脅し専門』として紹介されたから! 殺人だと警察で足がつくかもしれないだろ!』

 泣き叫ぶような絶叫の後、貸し会議室は水を打ったような長い静寂に包まれた。

 

 そんな中、目の前ではコバルトがワナワナと震えていた。どうやら彼女は裏社会で「便利なゴミ捨て場」のような扱いらしい。その心中、察するに余りある。

 

「私にだってプライドってもんが--!」

 顔を真っ赤にしたコバルトが、画面越しの依頼人に向かって怒号を浴びせようと身を乗り出した、その瞬間だった。

 

「なあ、一ついいか」

 ひどく静かで、ひんやりとした声が貸し会議室に響いた。それは、さっきまで柔らかい雰囲気を纏っていた男が出したとは思えない、どこか古い時代の冷気を帯びたような重厚な響きだった。怒り狂っていたコバルトが、思わず息を呑んで動きを止める。

シルヴァレッタはノートパソコンのカメラを真っ直ぐに見据え、続きを告げる。

 

「その『装飾箱』ってのを見せてくれないか? 俺は、俺が何者か知りたいんだ」

 彼から発せられる得体の知れないプレッシャーは、画面越しであっても十分に伝わったのだろう。

『……あ、ああ。ちょっと待ってくれ。用意する』

 完全に気圧された依頼人の声、少ししてノートパソコンの画面に一つの画像が表示された。それは、カメラで撮られた一つの箱を正面から写した物だ。

 

 黒ずんだ木材に真鍮の意匠が施された、手のひらに乗るほどの古びた小箱だった。明らかに現代の日本で作られたものではない。歴史の重みと、ある種の禍々しさすら感じさせるアンティークな一品。

 

『中に銀色の弾丸が入ってたんだ。規格が合っていて使用可能と知って、単なるアクセサリーではなく実戦で使用できると知って……』

「いったん俺の話はいい。箱に何か手掛かりはないか?」

『手掛かりか……、そうだな。箱の裏に、意図の読み取れない文字が彫られてる』

「文字……」

 シルヴァレッタが目を細める。

 

 再び画面に画像が表示され、今度は箱の裏を写した物だった。そこには、確かにかすれたアルファベットが刻み込まれていた。ぼくの視覚情報としてそれを読み取れたのは、次の文字。

 

【Past Path Pacific Purpose】

 

 それぞれの単語の意味は過去。道。平和。そして、目的……だったかな? こんな英語の熟語や慣用句が存在しているとしても(例えぼくの脳が万全でも)知らなかっただろう文字の羅列だ。

 

 でも、あまりにも意味深な単語の並びだ。シルヴァレッタはノートパソコンの画面に顔を近づけ、その文字列と箱の意匠を食い入るように見つめた。コバルトも息を呑み、固唾を飲んで彼の横顔を見守る。貸し会議室に、ひんやりとした緊迫した空気が流れた。

 

 数秒の沈黙。

 

 やがてシルヴァレッタは小さく息を吐いて口を開いた。

「……何も思い出せない。俺の名前が刻まれてるわけでもないし、この箱を見ても、懐かしさの欠片も湧いてこなかった」

「えっ? そう……なの?」

 コバルトが毒気を抜かれたように瞬きをする。

「ああ。自分のルーツだと思ったけど。もしかしたら、そもそもこの箱は後から作られた、か?」

 シルヴァレッタは残念そうに頭の金属部分を軽く掻きながら、再び画面の依頼人へと向き直った。重厚だった空気は霧散し、元の落ち着いた雰囲気に戻っている。

「もう一つ教えてくれ。アンタがその箱をもらった『海外の取引先』ってのがどこなのか、教えてくれないか?」

 

 シルヴァレッタの問いかけに対し、画面の向こうでゴホン、とわざとらしい咳払いが聞こえた。パニックから少し落ち着きを取り戻したのか、依頼人は再び横柄な態度を引っ張り出してくる。

『ふん、まあ、俺の身の潔白を証明するためだ。それぐらいは教えてやってもいいだろう』

「潔白って……不法投棄の依頼を出しておいてよく言うわね」

 呆れ果てたコバルトのツッコミを華麗にスルーし、社長は語り始めた。

 

『親父の残した記録によれば、相手はD.O.Eという名の組織だ。海外を拠点にして、主に歴史研究を行っている私設財団らしい。親父はそこの幹部と個人的な繋がりがあったようでな』

「歴史研究の財団、ねえ。そんなお堅い連中が、なんでこんなヤバい弾丸を?」

『知るか! だから俺も確認しようとしたんだよ!』

 依頼人の声が、再び情けない悲鳴のようなトーンに裏返る。

 

『だが、今はそのD.O.Eとやらとは全く連絡が取れないんだ! 拠点は不明、連絡先は遺されてない! 親父が死んで、箱には変な文字が彫ってあるし、中身は物騒な弾丸だし! 返品もできず、俺には立場があって、もう困り果てて裏ルートで処分するしかなかったんだよ!』

 なるほど、世の偉い人たちも大変なようだ。そこら辺のあんちゃんが道端にポイ捨てするのとは住む世界が違うという事が言いたいらしい。得体の知れない遺産を押し付けられ、途方に暮れた後継ぎの苦肉の策。それが、裏社会で「便利なゴミ捨て場」として名高かったコバルトへの発注に繋がったというわけだ。

 

「……はぁ。もういいわ、分かった。経緯は理解したから」

 疲労困憊といった様子で、コバルトが深くため息をつく。シルヴァレッタもどこか同情するように、目を細めて画面を見つめていた。

『分かればいいんだ。俺はもうこの件には一切関わらんからな! あとはお前たちで勝手にしろ!』

 ブツッ、という電子音と共に、通話は一方的に切断された。

 

 真っ暗になったノートパソコンの画面には、疲れ切った暗殺者の少女と、頭に金属を埋め込んだ冴えない男の姿が映っていた。

 

「……一つ聞いていい?」

「どうした?」

「アンタの服、昨日と同じじゃない?」

「一種類しか無かった」

「うわぁ……」

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