生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
後日。改めてアカシャ家の迎賓館に招かれたシルヴァレッタたちは、その外観を明るい日差しの中でまじまじと見上げ、思わず息を呑んでいた。
前回訪れた時は夜で、しかもルクの誘拐騒動というバタバタの最中だった。そのため周りに気を配る余裕が全くなかったが、こうして改めて見るとその威容は圧倒的だった。
都心から少し離れた、豊かな自然と文化が薫る閑静なエリア。高い木々に囲まれた広大な敷地にそびえ立つのは、重厚なレンガ造りと見事な装飾が施された洋風の邸宅だ。歴史ある美術館か大使館かと見紛うほどの佇まいは、日本三大企業の一角を担うアカシャグループの権勢を無言のうちに知らしめていた。
厳重な外玄関のセキュリティを抜け、迎賓館の豪奢なエントランスへと足を踏み入れる。そこには、一人の和装メイドが三つ指をつかんばかりの丁寧なお辞儀で待機していた。
「お待ちしておりました」
「「……ん?」」
落ち着いた、いかにもメイドらしい対応。しかし、その声色にコバルトとラピスラズリの二人は聞き覚えがあるようだった。そしてお辞儀から顔を上げたそのメイドの顔を見て、二人は目を丸くした。
「……んだよ、客人ってお前らか」
先ほどまでの洗練された振る舞いは一瞬で鳴りを潜め、ぶっきらぼうなボヤきがエントランスに響く。身なりこそ真っ白な割烹着に落ち着いた着物姿と完璧に整えられているものの、耳や口元に残る無数のピアス穴と、その勝気な目つきは紛れもなく彼女——先日、ルクの誘拐を企てたがコバルトに制圧されたジュエルの旧友、クロムその人だった。
「どうしちゃったの、アンタ」
コバルトが目を瞬かせて尋ねる。
「んなもん見てわかんだろ。再就職だ、再就職。接客業ってヤツだよ」
クロムは投げやりな態度で返す。どうやら、あの一件で組織の情報を売り渡した彼女は、アカシャ家の権力によってここでメイドとして飼い殺し……いや、再雇用されているらしい。
「うふふ、意外でしたけれど、とっても似合ってますわよ。クロム」
ラピスラズリが口元に手を当てて上品に微笑む。
「嫌味かよ」
「本心ですわ」
ラピスラズリの言う通りだった。かつてのパンキッシュなライダース姿も似合っていたが、大和撫子然とした割烹着姿と、内に秘めた反抗的な精神のギャップが、妙な魅力を醸し出している。
「おべっかは良い。こっちだ、着いてこい」
クロムの案内に従い、シルヴァレッタたちは毛足の長い絨毯が敷かれた廊下を進む。壁には高価そうな絵画やアンティークの調度品が並び、歩くたびにため息が出そうな内装だ。
二階の奥、一際立派な両開きの扉の前に辿り着いた一行。クロムは居ずまいを正し、丁寧にノックをしてから極めて上品な声で問いかけた。
「お嬢様、お客人をお連れしました」
先ほどまでのぶっきらぼうな物言いが嘘のように、堂に入っていた。
「どうぞお入りください」
中から、よく響く落ち着いた男の声が応答した。クロムが静かに扉を開ける。
そこは、陽光が差し込む広々とした客間だった。優雅なアンティークチェアに腰掛けるルクと、その斜め後ろに、二メートル近い長身を誇る執事服の男性が静かに控えていた。彼こそが、ルクが愚痴をこぼしていたうわさの男「ヒバリ」だろう。
「失礼いたしました」
用は済んだとばかりにすぐさま外に出ようとするクロム。しかし、その背中にルクが声をかけた。
「クロム、貴女も残りなさい」
「「えっ?」」
コバルトとラピスラズリが思わず声を漏らす。その声は、先日のお出かけで見せていた無邪気な子供のものではなく、冷酷で大人びた、絶対的なプレッシャーを放つ凛とした「支配者」の少女の声だった。
「……宜しいのですか?」
クロムが振り返って尋ねる。
「何なら、サジに躾けられたその堅苦しいメイド口調も、今日この部屋では開放して良いわよ」
ルクがそう告げた瞬間、クロムはすぐにドアをパタンと閉じて、ニヤリと笑った。
「助かるぜ、お嬢」
ルクは小さく頷くと、背後に控える巨漢の執事へと視線を向けた。
「まずは、ヒバリ」
「はい」
ヒバリと呼ばれた男は、シルヴァレッタたちに向かって深々と、正確な90度のお辞儀をした。
「この度はお嬢様をお守りいただき、誠にありがとうございます」
折り曲げられた巨体が、ピシリと静止する。身動き一つしないその異常な体幹の良さと、一切の隙を感じさせない重心の置き方。
(ねえ、コバルト。彼ですが……)
(ええ。私たちじゃ束になっても敵わないわね)
ラピスラズリとコバルトがヒソヒソと密談を交わす。裏社会を生き抜いてきた二人の直感が、彼が「絶対的な強者」であることを即座に見抜いていた。クロムもそうだったのだろう。
「本当に感謝しているのかしら?」
ルクは、そんな最強のボディガードに向かって意地の悪い問いかけをした。
「不徳の致す限りです」
90度に折れ曲がったまま、ヒバリは真摯に弁明する。
「そう……。なら、今日は客人が部屋を出るまでその姿勢でいなさい」
「「えっ?」」
あまりの無茶振りにコバルトとラピスラズリが反応し、シルヴァレッタの額には冷や汗が浮かぶ。
「その程度で宜しければ」
しかし当のヒバリは、どこか余裕のある挑発的な物言いで快諾した。こうして、豪室の片隅に『2メートル長身男性の90度お辞儀オブジェ』が完成したのだった。ぅゎょぅι゛ょっょぃ
「さて。今日あなた達を呼んだのは他でもないわ」
完成したオブジェを全く気にすることなく、ルクが切り出す。
……ぼくは気付いた。あっさりと紡がれたそのセリフで、本来は今日の主題であるべきヒバリくんの謝礼が瑣末事にされてしまったのである。可哀想に。
「あなた達の悩みについて、ここにいる皆……あ、ヒバリは無視して良いわ。み・ん・な・で、答え合わせをしようと思うの」
明らかにヒバリくんを意識して、意地悪な口調でそう言った。
「えっと、エルムさんは良いの? ルクちゃ……ルクさん?」
コバルトが探るように言い直す。
「ルクちゃんで良いわ、コバルトお姉ちゃん」
ルクはふわりと微笑んで切り返す。
「叔母の楽しみを奪いたくないわ。それに、ここでの答え合わせと叔母の推理が合っていれば、それはもう真実に手が届いたと言っても過言でないもの」
ダブルチェックは大事よ、とルクは補足した。ヨシ!
その言葉に、シルヴァレッタが控えめに反応する。
「それは助かるが……俺の持っている情報は大した事がない。この場での答え合わせというのは、俺には荷が重いのではないだろうか」
彼なりの謙遜だった。しかし、ルクは核心を突くように目を細めた。
「そんな事はないわ。だって貴方、ウラベイサクじゃないんでしょう?」
「「「!?」」」
三人の間に、雷に打たれたような衝撃が走る。
「と言うか、私が見知ったウラベイサクとかけ離れてる。でも、貴方が抱えている問題はウラベキミトに関する事。となると、足りないピースを埋めるのには打ってつけの存在よ、貴方」
ルクは事もなげに補足する。
「どうして……どうしてそんな事を知っているの!?」
コバルトが身を乗り出して叫んだ。ルクは優雅に足を組み直し、静かに微笑みながら、しかし決定的な一言を放つ。
「私、死者の記憶をちょっとだけ体験できるの。そういう能力なのよ」