生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「まずは前提を覆しましょうか」
ルクが、華奢な指を一本立てて微笑む。
「叔母への依頼は『事故で記憶喪失になった。実の親で故人と思われるウラベキミトとの関係を知りたいので、彼を調べて欲しい』だったわね」
ルクはそこで言葉を区切り、値踏みするようにシルヴァレッタを見つめた。
「どこまでがウソだったの?」
鋭い追及だった。シルヴァレッタは数秒間黙り込み、何と答えるべきか顎に手を当てて思案する。やがて、小さく息を吐いて観念したように口を開く。
「……記憶喪失というのは半分ウソだが、その他は本当だ。この身体はウラベキミトの息子で間違いないし、俺自身が彼の事を知りたかったのも事実だ」
「なるほどね」
シルヴァレッタの素直な回答を聞いて、ルクは満足げに頷いた。
「なら、質問を変えましょう」
ルクは背もたれに深く寄りかかり、そして、彼女はとっておきと言わんばかりの朗々とした口調で問いかけてきた。
「海外の財団に端を発する盗賊団DOEと、それを模倣してウラベキミト自身が設立した組織。……そのどちらが、あなたにとっての本命かしら?」
「——模倣だァ?」
その言葉を聞いた瞬間、部屋の入り口に控えていたメイド姿のクロムが、ピクリと肩を揺らして反応した。彼女が所属していた組織に紛い物があったと言われたことで、何か刺激されるところがあったのだろう。
そのクロムの反抗的な反応を快く思ったのか、ルクはクスクスと意地悪く笑った。
「ええ、模倣よ。大義を失くし、ちゃっちい盗みのノウハウだけを流用して、懇意の不動産事業者たちを潤わせる。そんなくだらない自演事業」
「流用?」
コバルトがその言葉に強い引っ掛かりを覚えたのか、そう口にした。
ルクはニヤリと微笑み、これまでバラバラだったパズルを繋ぎ合わせる『一つの答え』を口にする。
「あなた達が孤児として様々な組織に拾われたように、ウラベキミトもまた、五十年前、とある裏組織に拾われたの。……その組織こそがDOE。歴史探究という名目のためなら手段を選ばず、世界中から遺物と金銭を盗み上げ、やがて年月と共に腐敗し、今はただの盗賊団と成り果てた存在」
五十年前。
エルムの調査で判明した、ウラベキミトという戸籍を手に入れた時期と完全に一致する。つまりその手筈を整えたのがDOE——オリジナルの方の組織だったという事だろう。
「盗賊団に成り果てた? なら、DOEが今も歴史の研究をしているというのは……」
シルヴァレッタが疑問を差し挟む。無理もない。遺産整理で見つかったという銀色の弾丸が入っていた装飾箱。あの大元は、海外の歴史研究財団であるD.O.Eから譲り受けたものだと語られていたはずだ。……ん?
シルヴァレッタの疑問に対し、ルクは冷たく言い放つ。
「そんなはずないわ。そんな気高い信念、もう何十年も前に腐り落ちてるもの。こんないたいけな少女を大人数で襲ってくるような組織よ? そのあり方を見たのなら分かるでしょう。ずいぶん昔から、金にしか興味のない下劣なゴロつきの集まりになってしまったの」
ルクはふう、と小さくため息をつく。
「その体たらくに嫌気が差して、ウラベキミトはやがてDOEを離れたわ。けれど彼自身にはどうしても譲れない『願い』があって、手っ取り早くリソースを集めるために、悪事に手を染める組織を次々と自らの手で設立する事になるの」
悪事に手を染める組織。それは間違いなく、デザイナーベイビーを産み出したあの非合法研究組織RGBや、ラピスラズリが所属していた偽物のD.O.Eの事を指しているのだろう。
「その、譲れない願いとは何ですの?」
ラピスラズリが、純粋な好奇心から尋ねた。ウラベキミトという男が、そこまでして成し遂げたかった目的とは。
ルクは、ひどく端的に、何でもないことのようにあっさりとその疑問に答えた。
「人類の救済」
「…………は?」
コバルトが間の抜けた声を漏らし、シルヴァレッタとラピスラズリも愕然として口を半開きにした。無理もない、スケールが大きすぎるのだ。
地方の小さなクリニックの院長が、悪の組織を裏で糸を引いていた。そこまではサスペンスとして理解できる。しかし、その目的が「人類の救済」となると、途端に話の次元がカルト宗教やSF映画の領域へと跳躍してしまう。三人の常識的な脳が、その言葉の意味を処理しきれずにフリーズしてしまった。
そんな重たい沈黙を嫌ったのか。クロムがドサっと音を立てて壁に寄りかかり、三人の代わりに尋ねた。
「なあ、お嬢。デッケー野望を抱くのは別に良いんだけどよ。……具体的に、どうやって達成させるつもりだったんだ?」
目標地点に到達するための過程、あるいは前提条件。現場で部下を動かしていた彼女らしい、地に足のついた質問だった。ルクはフフッと嬉しそうに微笑む。
「さすが、大所帯を束ねて指揮官を気取っていただけはあるわね。着眼点が現実的でよろしい。メイドとして雇って正解だったわ」
「ケッ」
「それに比べて……どこかの誰かさんにも、その洞察力を見習って欲しいくらい」
ルクがチクリと視線を向けた先には、ピシリと90度のお辞儀をキープし続けている、長身の執事、ヒバリくんの姿があった。
彼はオブジェの如く微動だにしていなかったが、その胸中やいかに。……ドンマイ!
ルクは視線をヒバリから外し、本題へと戻る。
「ウラベキミトが、現代の固定化された『人間の在り方』や『社会の進み方』を維持したままで、己の野望である人類救済を達成させるには、たった一つの手立てしか許されていなかったわ。……言っておくけど、当人も別の可能性が残されていたのなら、間違いなく他の道を選んだに違いないわね。彼の記憶を『体験』した私が、あえてフォローさせてもらうけれど」
ルクは勿体ぶったかのように、長々とその答えを引っ張る。
「その、一つの手立てというのは?」
シルヴァレッタが身を乗り出して尋ねる。
ルクは、この世の中の真理を呪うように、吐き捨てるようにこう答えた。
「『金』よ」
「……金?」
「そう。人間が前に進むには、まずは圧倒的な豊かさ、精神的余裕が無いと話にならない。綺麗事で社会は救えない。知恵があっても金が無ければ何の役に立たない。……そう結論づけるしかないところまで、すでに人類は生き方を歪められてしまっているの」
その言葉には、妙な説得力があった。……綺麗事、か。確かに、余裕がない人間に、他人に優しくする事など強制できるべくもない。
人は、平等ではないのだから。
「だから、彼は己が目標のために、それこそ、今を生きる人たち全てを犠牲にしてでも、未来の人類を救済するためだけに、莫大な資金を求めて五十年間を必死に生き抜いたの。……まあ、最後は呆気なく死んじゃったけれど」
そのセリフを聞いて、コバルトが耐えきれずに叫んだ。
「何なのよ、ウラベキミトって! どうしてそこまでして人類なんていう馬鹿デカいものを救おうとするのよ! 五十年前の暗殺事件を起こした、ただのテロリスト崩れじゃないの!?」
コバルトの中では、探偵エルムの推理の通り、「死刑囚のソラハキミト」が「ウラベキミト」と同一人物であると完全に結論付けているようだった。
「その疑問はもっともね」
ルクはコバルトの混乱を否定せず、静かに受け止める。
「更に言えば、五十年前の少年テロリスト『ソラハキミト』は単なる実行犯でしかなく、テロ行為も大層な思想や高尚な目的があったわけじゃないわ」
ルクのその補足を聞いて。
ぼくの脳裏に、強烈な閃きが走った。
『アカシャ』ルクの能力は『死者』の記憶を体験できること。
ウラベキミトの壮大な計画と、未来を見据えた高すぎる目標。
そして、その圧倒的な俯瞰の視点。視座の高さから生まれたであろう、行動原理。
一介の少年テロリスト崩れが持つには、あまりにも不自然なその器の大きさ。
……もしかして。
一つの狂気的な答えが、ぼくの中で明確にカタチになろうとしていた。
「なら、ソラハキミトという少年は、この一連の事件には無関係ですの?」
ラピスラズリが、首を傾けて疑問を投げかける。
「いや、彼が関わっているというのは正解よ。……コバルトお姉ちゃん、その直感は素晴らしいわ」
ルクは微笑み、コバルトを褒め称えた。
「ただ……ここから先のお話が荒唐無稽なだけ」
「荒唐無稽?」
シルヴァレッタが、ルクの台詞をおうむ返しする。
「そう。常識的な科学や医学では絶対に解明できない、あり得ない『奇跡』が、五十年前のあの日、起こってしまったの」
ルクはすっと立ち上がり、窓から差し込む陽光を背にして、ついにその最大の真相を口にした。
「五十年前。少年テロリスト『ソラハキミト』が死刑執行された、全く同じ日」
ルクの声が、静寂の客室に響き渡る。
「私の高祖父……アカシャグループのトップであった『アカシャウスイ』の異能の力が、死後に発現したの。そして——死刑執行後に保管されていたソラハキミトの遺体に乗り移り、彼は蘇った」