生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「……乗り移って、蘇った?」
彼が絞り出した声は、ひどく掠れていた。無理もない。死んだ人間に別の魂が身体を乗っ取って蘇る。それはまさしく、彼自身——ぼくの身体を乗っ取った銀色の弾丸である『シルヴァレッタ』自身が経験した現象そのものだったからだ。シルヴァレッタの脳裏に、あるいは魂の奥底に、共鳴のような衝撃が走ったのだろう。
「ええ。私自身がソラハキミトへの乗り移りの瞬間をしっかりと体験したわけじゃないけれど。過去の記憶の断片で、確かにそう語っていたのよ」
ルクはふぅ、とため息をつきながら事もなげに補足する。
「そんな、馬鹿げた話、……ッ!」
コバルトが反射的に身を乗り出して否定しようとした。常識を超越したオカルトなど、現実を生きる彼女たちにとって到底許容できるものではない。
しかし、彼女は言葉を途中で詰まらせた。
彼女の視界の端に、呆然と立ち尽くすシルヴァレッタの横顔が映ったからだ。
頭に銃弾を撃ち込まれて死んだはずの男が、その銃弾自身の意思によって蘇り、今まさに自分の隣で生きて呼吸をしている。そんな「馬鹿げた存在」の生き証人が、他でもない彼女のすぐ横にいるのだ。コバルトはバツが悪そうに口を噤み、シルヴァレッタの顔をジッと見つめた。
その二人の反応を見て、ルクはニヤッと、まるで全てを掌の上で転がしているかのような小悪魔的な笑みを浮かべた。
「ああ、やっぱりそういう事」
ルクは満足げに呟くと、足を組み直し、未だに90度のお辞儀をキープしている巨漢の執事ヒバリをチラリと一瞥してから、高らかに宣言した。
「さて、それじゃあお待ちかね。本日のメインイベント、答え合わせといきましょうか」
ルクの澄んだ瞳が、獲物を狙う鷹のようにシルヴァレッタを真っ直ぐに射抜く。
「ウラベイサク。——いや、その身体に乗り移った誰かさん。あなたは一体、誰かしら?」
決定的な問い。彼女は確信しているのだ。
その正体が、この狂った物語に終止符を打つ存在なのだと。
数秒の、重たく息苦しい沈黙が流れた。シルヴァレッタは少し伏し目がちに、自身のルーツを探るような悲痛な表情を浮かべた。やがて、彼は静かに、しかしはっきりとした声で、己の名前を口にした。
「……シルヴァレッタ」
沈黙を切り裂いた微かな響きが、豪室の空気に溶けていく。
「…………ん?」
・・・おや、ようじょのようすが・・・?
自信満々にドヤ顔をキメていた彼女の顔は、見事な笑顔が貼り付いたまま、ピタリとフリーズしてしまった。
「ぷっ」
フリーズしているルクには聞こえなかったようだが、ヒバリの方から笑いを堪えきれず吹き出すような音が聞こえた。
「「「?」」」
そして、シルヴァレッタ、コバルト、ラピスラズリの三人がキョトンと顔を見合わせる。入り口で控えていたメイド姿のクロムも、「何事だ?」と訝しげに眉をひそめている。
十秒、二十秒。
部屋の中にいる全員が、フリーズした幼女の再起動を待つという異様な時間が流れた。そして散々フリーズした挙句、ルクの小さな唇がワナワナと震え出し、純粋な疑問符を口からこぼした。
「…………誰?」
台無しである。
圧倒的な強者のオーラも、名探偵さながらの推理劇も、たった一文字の素朴すぎる疑問によって完全にへし折られてしまった。わからないマン。
「いや、誰だと思ったのよ!」
すかさずコバルトが鋭いツッコミを入れる。
「ふ、ふええ!」
ルクの顔が一瞬にして真っ赤に染まり、彼女は両手で顔を覆って黙り込んでしまった。
「……?」
シルヴァレッタは状況が理解できず、頭の上に無数の疑問符を浮かべている。場は完全にカオスな混乱状態へと陥ってしまっていた。
「コホン……、振り出しに戻ったわね」
「誤魔化すな!」
咳払いをして強引に場をまとめようとしたルクに対し、コバルトが容赦なく食ってかかる。
「いやだって、ここは観念したウラベキミトが出てくる流れでしょ! こう、自分のボディを用意して転々と若返り続けて、リソースが目標に達するまで暗躍し続ける。でも今回は記憶の継承が不完全だったから叔母に調べさせて完全体になる! そんな計画を、ここで全て明らかにさせた私がドヤる流れだったじゃない!?」
ルクは気が動転したのか、隠していた腹の内をペラペラと全部喋り出してしまった。
「もう、誰よシルヴァレッタって! なんでここで事前情報のない第三者が出てくるのー!」
顔を真っ赤にして涙目で抗議するルク。しかし、そこに部屋の入り口からクロムの冷静極まりない、しかし身も蓋もない指摘が飛んできた。
「……なあ、お嬢。仮にそのウラベキミトってヤツが今もこの男の身体の中で生き長らえてるんだとしたらよ。それだと『死者の定義』に当てはまらなくて、お嬢の能力じゃ記憶を体験できなくねーか?」
「あ゛」
ルクは、喉の奥からカエルのような変な声を出して、再び硬直した。
「〜〜〜〜〜!!」
90度に曲がっているヒバリくんが、笑いを堪えてプルプルと震えている。
おめでとう! ようじょはミスガキにしんかした!
完全に盲点だったのだろう。生きている人間の記憶は体験できない。ウラベキミトの記憶を体験できた時点で、ウラベキミトの魂は間違いなく死んでいる……という単純な矛盾に、彼女は今更気付いたのだ。
物語はまだまだ続くようだ。
⬛︎◆▲
しばらく頭を抱えて身悶えしていたルクだったが、やがて深呼吸をして、上目遣いでシルヴァレッタを見つめた。
「恥を忍んで尋ねるわ。……シルヴァレッタ、あなた一体何者なの?」
問われたシルヴァレッタは、ゆっくりと頷き、頭に被っていた帽子を取り払った。側頭部から、金属の鈍い光が覗く。かつてぼく自身が自らのこめかみを撃ち抜いた傷跡を、そのまま塞ぐように埋め込まれた銀色の弾丸の姿がそこにあった。
「俺は、元は弾丸だった」
シルヴァレッタは、非科学的な事実を淡々と語り始めた。
「いや、俺の僅かな記憶を辿るなら、『弾丸にされていた』と言う方が正しい。その前は別の何らかの存在だったはずだが、どうしても思い出せないんだ」
彼が経緯を説明すると、コバルトが腕を組んでそれに続いた。
「私が請け負った依頼品が、ソイツだったのよ。依頼人の話によれば、その弾丸は歴史研究をしているDOEという海外の財団から託された装飾箱に入っていたって言ってたわ」
DOE。その名前を聞いて、ルクは「ふうん、なるほどなるほど……」と、顎に手を当てて何かを思案するように呟いた。
「何か知ってるのか?」
シルヴァレッタが身を乗り出して尋ねる。
「ええ、大体わかったわ。つまりあなたは——」
ルクは真剣な顔で間を溜め、そして言った。
「わけのわからないもの、という事がわかったわ」
「回答になってねえだろ!」
クロムがズッコケながらツッコミを入れる。
しかし、ルクは慌てて両手を振って弁明した。
「ち、違うのよ! そういう意味じゃなくて! マジモンのオーパーツって事であれば、まだDOEという組織が腐敗する前、本来の目標である歴史研究に真面目に打ち込んでいた頃の一品だという推測が立つの!」
ルクの言葉に、シルヴァレッタの目が微かに見開かれた。
「もちろん、正規のルートで手に入れたものじゃなく、彼らがどこかの遺跡か秘境から発掘……と言う名の『盗掘』をしてきた盗品である可能性が高いけどね。だから、ようやくあなたのルーツに繋がる、それらしい糸口が見つかったと言えるわ」
ルクは一息つき、少しだけ難しい顔をした。
「だから問題は、その弾丸が『どこから盗まれてきたか』なのよね。DOEの全盛期は、それこそ北極の氷の下から南極の奥深くまで、文字通り地球全土を渡り歩いて遺物をかき集めていたから、特定は容易じゃないわ」
「ずっと聞きたかったんだけどよォ」
そこで、壁際で話を聞いていたクロムが、ふと手を挙げて質問に参加してきた。
「その『DOE』って、そもそもどういう意味なんだ? 組織の連中に聞いても、『下っ端は気にするな』の一点張りでずっと気になっててよ。……ま、今日の話聞いた感じ、そもそもルーツすら忘れられてたってオチみたいだがな」
クロムの素朴な疑問。それに対し、ルクは「ああ、それなら」と、待ってましたとばかりに胸を張った。既知の事実を共有する事で先ほどの失態を挽回しようとしているらしい。
「Daemon Of Earth。どうして今を生きる人類は絶滅せずに存続しているのか。その奇跡の根源を探究し、保護する……それが彼らの本来の設立理念だったの」
ルクは少し寂しそうに目を伏せた。
「でも、研究の過程で強力な古代の遺物や財宝に触れ続けるうちに、彼らは金銭欲に魅入られてしまった。もう途中からは手段を選ばず研究対象を盗みまくって、挙句の果てには盗みそのものが主目的になってしまうんだから、完全に手段と目的が入れ替わってしまった。……悲しき末路よね」
——Daemon Of Earth。
その言葉を聞いて、ぼくの脳内に強烈な既視感が走った。
ウラベ博士の提唱した、Evil Of Diversity。
DOEと、EOD。
これは、ウラベ博士のネーミングセンスと全く同じだ。
五十年前、まだ純粋だった頃に拾ってくれたDOEという組織の理念に、彼は心から感銘を受けたのだろう。しかし組織は腐敗し、彼は絶望してそこを去った。あるいは、腐り切ったオリジナルを己の手で塗りつぶし、自らの手で真の「人類の救済」を成し遂げるという決意表明として、あえて似たセンスの、アンチテーゼで名付けようとしたのかもしれない。
「奇跡?」
コバルトが、ルクの言葉の端にあった単語に引っかかりを覚えて口にした。
「ええ、奇跡よ」
ルクはニヤリと、今日一番の意地の悪い、そして底知れない深みを持った笑みを浮かべた。
「そうそう、言ってなかったんだけど。あなたのその頭に埋まってる弾丸のルーツに繋がる、とっておきの話があるの」
ルクは立ち上がり、窓の外、遥か彼方に広がる青い空を見つめた。
「人類はね、実は過去に何度か、完全に滅んでいるのよ」
「——は?」
コバルトの間の抜けた声が響く。な、なんだってー。
「現在の人類は、滅亡と再生を繰り返した果ての姿。地球のあちこちに眠っている、常識では解明できない力を持ったオーパーツたちは、その滅び去った古代文明が生み出した『名残』、あるいは『置き土産』」
ルクは振り返り、シルヴァレッタの側頭部で鈍く光る銀色を指差した。
「だから、意思を持つ金属なんていうファンタジーがこの世に存在していても、何ら不思議はないわ」