生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

35 / 37
少女は魂を慰めたい 四

 陽が西に傾き始めた頃。アカシャ家の迎賓館、その広大なエントランスホールには、夕暮れの赤い光が巨大なクリスタルのシャンデリアを透過して、どこまでも広がる床に万華鏡のような美しい紋様を描き出していた。

 

 ルクの口から語られた『人類の滅亡』や『オーパーツ』、『ウラベキミトの野望』といった、あまりにもスケールの大きすぎる真実。それら一通りの衝撃的な答え合わせを終え、シルヴァレッタ、コバルト、ラピスラズリの三人は、この豪奢な邸宅を後にすることになった。

 

 帰り支度を整え、重厚な両開きの玄関扉へと向かう三人。そこへ、「お待ちください」と、低く落ち着いた男の声がかけられた。

 

 声の主は、ルクの専属ボディガード。先ほどまで「90度のお辞儀オブジェ」と化していた二メートル近い長身の男性、ヒバリだった。彼はオブジェ状態から解放されたらしく、今はピンと背筋を伸ばし、完璧な佇まいでシルヴァレッタたちの前に立っていた。

 

「本日は、お嬢様のお相手をしてくださり、誠にありがとうございます」

 ヒバリはそう言うと、先ほどのペナルティのような無茶振りの姿勢ではなく、心からの敬意を込めた、流れるように美しい所作で深々と頭を下げた。

 

「そんな、頭を上げてください。こちらこそ、非常に有意義な時間でした」

 コバルトが慌てて手を振り、謙遜する。

「それに、お嬢様……ルクちゃんのおかげで、私たちが抱えていた謎の核心に触れることができました。これなら、前に進めそうです」

 

 コバルトの言葉を聞いて、ヒバリは顔を上げ、どこか痛切な表情を浮かべた。

「……実を申し上げますと、ここの所、お嬢様には常に身の危険が迫っておりましたので、安全のために半ば軟禁状態にしてしまっていたのです」

 ヒバリは伏し目がちに語る。

「先日の、街へのお出かけの件も含め……我々では、お嬢様の退屈を紛らわせてあげることが出来ませんでした。護衛としての責務とはいえ、彼女には窮屈な思いをさせてしまっていたのです」

 

 ヒバリのその言葉には、一切の建前がない、本心からの申し訳なさが滲んでいた。彼はおそらく、ルクが誘拐犯を誘い出すという過激なマッチポンプを仕掛けたことに対しても、自分が彼女の自由を奪い、ストレスを溜めさせてしまった結果なのだと責任を感じているのだろう。

 

「お嬢様は、本性はアレですが……幼少期の少女である事には変わりません」

 本性はアレ。

「学校にはご学友が居られるようですが、プライベートな、利害関係のない友人となると、全くいらっしゃらないのです。……もし良ければ、これからもお嬢様に付き合っていただけると助かります。本心を言い合える友人というのは、彼女のような立場において、本当に貴重ですから」

 

 ヒバリはそう言って、再び深く頭を下げた。巨大な権力を持つアカシャグループの令嬢として生きるルクの孤独を、誰よりも近くで見守ってきた彼ならではの、切実な願いだった。それに対して、コバルトは迷うことなく、明るい声で答えた。

「勿論です! ルクちゃんは、私たちにとっても大切な友人ですから」

「……ありがとうございます」

 

 コバルトの真っ直ぐな返答に、ヒバリの厳格な顔が綻び、フッと安堵の微笑みを浮かべた。彼なりに、主であるルクのことを心底心配し、大切に想っていることが痛いほど伝わってきた。

 

「ちょっと待って!」

 そんな温かい空気を切り裂くように、二階の階段からドタバタと慌ただしい足音が響く。見上げれば、フリルのスカートを揺らしながら、ルクが手すりにつかまって駆け下りてくるところだった。

 

「言い忘れてた事があったわ!」

 ルクは息を切らせながら玄関までやってくると、シルヴァレッタたちを見上げて、小さな人差し指を口元に当てた。

「今日話した答え合わせのことは……叔母には絶対ナイショよ」

 

「ナイショ、ですか?」

 ラピスラズリが首を傾げる。

「ええ。言ったでしょ? 叔母の楽しみを奪いたくないって」

 ルクは悪戯っぽくウィンクをした。

 

「私なりに、程よいヒントは与えたつもり。だから、後は叔母のチカラでこの謎を解かせてあげて欲しいの。叔母はああ見えて優秀なんだから」

 ルクの言葉に、シルヴァレッタは少し考え込む。

 

 うん、エルムの調査力は確かに本物だ。だが、死者の蘇りといった常識外のオカルト領域にまで、彼女一人の力で辿り着けるものだろうか。

 

「それにね」

 ルクは少しだけ真面目な顔になって付け加えた。

「叔母なら、もしかしたら……死者の記憶を垣間見るだけの私では気付きもしなかった、全く別の角度からの『真相』に辿り着くかもしれない。彼女の直感と推理力は、それぐらい信頼できるのよ」

 

「……エルムさんの事が好きなのですね」

 ラピスラズリが、両手を合わせて微笑ましく言う。

「いや違うし」

 ルクはツンとそっぽを向いた。

 

「事実を言ったまでよ。……ここだけの話だけど、今、日本三大企業であるウチの会社——アカシャグループの主力製品のほとんどが、実は叔母が若い頃に作って残したプロトタイプを、他の技術者が少し改良させただけのものに過ぎないの」

 

「えっ……」

 コバルトが絶句する。……主力製品。つまり現在グループで毎年何千億、下手すれば何兆円という収益を上げている製品の屋台骨を、彼女がたった一人で組み上げたと言っているようなものだからだ。

 

「未来を見据えた、時代を何十年も先取りするような製品を幾つも生み出しておいて……『なんか飽きたから辞めるわ』なんて言って飛び出して、探偵なんてふざけた真似を始めた、筋金入りの変わり者なのよ、あの人は」

 

 あの、ヨレヨレのジャージ姿に身を包み、二日酔いでゲロを吐き、「ギャクタマ候補」などと宣っていたあの探偵が、実はアカシャグループを陰ながら支えるほどの天才開発者だったという事実。人は見かけによらない。

 

「優秀すぎる叔母は、叔母なりに人生に退屈してるのよ」

 ルクは、少し寂しそうに目を細めた。

「そんな中、彼女の好奇心を最高に刺激する、こんなにも面白い案件を持ってきてくれたあなた達には、私からも感謝しきれないわ。……ありがとう」

 ルクは、先ほどの意地悪な態度とは打って変わって、年相応の素直な表情でお礼を言った。

 

「どういたしまして」

 ラピスラズリが、優雅にスカートの裾をつまんでカーテシーでお辞儀を返す。

 

「そうだわ」

 ルクは何かを思いついたようにポンと手を叩いた。

「お礼の代わりに、何か知りたい『死者の情報』はないかしら?」

 

 その提案に、シルヴァレッタは息を呑んだ。

「死者の情報……」

「ええ。私の能力は月に一回までって約束をヒバリとしてるんだけど……。今回は特別に披露してあげる」

 

 ルクはヒバリをチラリと見上げた。

「良いわよね、ヒバリ?」

「……今回だけだ、お嬢」

 ヒバリは「やれやれ」といった様子で短く息を吐き、渋々といった感じで承諾した。

 

「そういう事なら」

 沈黙を破り、スッと右手を挙げたのは、シルヴァレッタだった。

「知りたいことがある」

「へぇ。何を視てほしいの?」

 ルクが興味深そうに尋ねる。

 

「『ウラベイサク』の思いを知りたい」

 

 シルヴァレッタは、自分の肉体の本来の持ち主であり、自らのこめかみに銃口を押し当てて引き金を引いた青年の名を口にした。

 

「彼が、あの日、どんな気持ちで引き金を弾いたのか。それまでの生活はどうだったのか。……この身体を奪っている以上、俺にはそれを知る義務があると思うんだ」

 シルヴァレッタの口調には、強い決意と、この肉体への敬意のようなものが込められていた。 

 

 その言葉を聞いて。

 ぼくは興味が湧いた。

 

 先日、ウラベメンタルクリニックでクロガネと激闘を繰り広げた際、ぼくはクロガネの「目を合わせた相手を眠らせる能力」を無効化した。その時、ぼくは「もう死んでるからじゃないかな」と、自分が死者であるから能力を受け付けないのだと講釈した。

 

 しかし、実際のところはどうなのだろうか。

 

 こうしてぼくが、シルヴァレッタの思考の裏で「ぼく」という自我を保ち、思考し続けている以上、本当に「死んでいる」のかどうかは定かではない。 

 

 先ほどクロムが指摘した『死者の定義』。生きている人間の記憶は、ルクの能力では体験できないという、世界に定められたルール。もし、ルクが今からウラベイサク——つまり『ぼく』の記憶を体験することが出来たなら。それは即ち、ぼくという存在が間違いなくこの世から消え去っている「死者」であるという証明になる。真偽を確かめるには、これ以上ない絶好のチャンスだ。

 

「分かったわ。じっとしてて」

 ルクはそう言うと、シルヴァレッタの目の前で小さな両手をそっと合わせ、静かに目を閉じてお祈りの動作に入った。おそらく、それが死者の記憶の波へとダイブするためのトリガーなのだろう。

 

 エントランスが、静寂に包まれる。

 

 コバルトも、ラピスラズリも、ヒバリも、息を殺してルクの儀式を見守っている。

 シルヴァレッタは、目を閉じたルクの顔を真剣に見つめていた。

 

 まあ、結果はどうでもいいか

 

 そして数分後。

 ゆっくりと目を開いたルクは、合わせていた手を下ろし、ポツリと呟いた。

 

「『結果はどうでもいい』だなんて……ふざけてるわね」

 

 ——えっ?

 ぼくは激しく動揺した。

 

 それは、先ほどぼくが心の奥底で独白した、誰にも聞こえるはずのないセリフだった。

 ということは、つまり……あれ?

 

「どうだった?」

 シルヴァレッタが、ルクの言葉の真意を測りかねて尋ねた。

 

 ルクは、少しだけ寂しそうな、それでいてどこか優しい目をして、シルヴァレッタに向かって人差し指を立てた。

「……ないしょ」

 いつかの、取り付く島もないほどに完璧な幼女ボイスで、彼女は黙秘を選択した。

 

「教えては、くれないのか」

 シルヴァレッタが残念そうに眉を下げる。

「でも、安心して」

 ルクは、シルヴァレッタを安心させるように、ふわりと微笑んだ。

 

「ウラベイサクは、決して絶望や悲観に暮れて、全てを投げ出したわけじゃないわ。……彼なりに、彼ができる最善を尽くしているのよ」

 ルクは、全てを知ったような、ひどく大人びた口調でそう告げた。

 

 最善を尽くしている? 何のことだろうか?

 

 ルクは続けて、シルヴァレッタの大きな手を取り、その瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

「頑張りなさい、主人公さん」

 その響きは、不思議なほど温かかった。

 

「あなたがこれから紡いでいくその物語が……何よりも、ウラベイサクの魂を救うのだから」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。