生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
少女の出会いを寿ぎたい 一
「よう、シルヴァレッタじゃねえか。奇遇だな」
いつものドラッグストアの飲料コーナーで、突然そんな声が降ってきた。シルヴァレッタが振り返ると、そこに立っていたのはクロムだった。アカシャ家の迎賓館で見たようなメイド姿でも、かつてのパンキッシュなライダース姿でもない。ダボダボのオーバーサイズのセーターにスウェットジョガーを着こなしている。
すぐ寝れそう。
それぐらいラフな格好だが、彼女が着ると絶妙なストリート系のファッションとして成立しているから不思議だ。彼女の男勝りな雰囲気がそうさせているのだろうか。
彼女の手に持った買い物カゴの中をチラリと覗くと、化粧水やヘアケア用品など、ボーイッシュな彼女のイメージからは少し意外な、女性らしいラインナップが並んでいた。
「クロムか。俺は仕事終わりに買い物に寄ったんだが……」
そう言って、シルヴァレッタは自分の買い物カゴを見せる。その中には『みかんレモン水』のペットボトルだけが詰め込まれていた。
「おー。それ、安くて美味いよな」
「分かってくれるか!」
クロムの何気ない一言に、シルヴァレッタは目を見開いて前のめりな反応を見せた。彼の中で、彼女の好感度が急上昇したようだ。
その後、会計を済ませた二人は、歩道を並んで歩き始める。
「ウチは今日休み。スゲーな、表の仕事って! 週二日も休みをくれるってウワサは本当だったんだな。上流階級だけの話だと思ってたぜ」
クロムは、夕日に照らされる街並みを眺めながら、休みをもらえた事を心底嬉しそうに語る。裏の仕事しかして来なかった少女が、週休二日制の恩恵に感動している姿は、なんとも言えないシュールさがあった。
「この分だと、バカにしてたオキューリョーってヤツもマジなんだろうなー。……裏の仕事じゃ、依頼人にバックれられてタダ働きなんてのがしょっちゅうだったからよ」
「そうなのか」
「ああ。口約束なんて信用できねーよ、だから盗賊団DOEに加入したんだ。盗みなら実質、出来高制だしな。それに比べて、契約書だ何だと、今の雇い主はキッチリしてる。メイドの作法は窮屈だが、悪くねぇよ」
彼女なりの苦労を語るクロムに対し、シルヴァレッタはただ静かに耳を傾け、良いタイミングで相槌や合いの手を打っていた。彼のそのフラットで聞き上手な態度は、彼女にとって居心地が良かったのだろう。クロムはポツリポツリと、昔の失敗談や、最近新しく憶えた家事などを楽しそうに話し続けた。
やがて別れ道に差し掛かったところで、雑談をすっかり楽しんだらしいクロムが、ニッと笑って提案してきた。
「シルヴァレッタ、お前面白いヤツだな。どうせだから今夜、酒でも飲みに行かねーか」
「……ちょっと待ってくれ」
シルヴァレッタはそう言うと、スマートフォンを取り出して電話をかけた。
「もしもし、俺だ。……ああ、買い物は済ませてこれから帰るとこだ。それで済まないんだが、今夜の相手は出来そうにない」
「……すまん、急用が入ったんだ。……相手か? クロムだ。……ああ、店で偶然会ってな。飲みに誘われた」
「……ああ、うん。……遅くなるかもしれない、先に寝ててくれ。……そうか、分かった。伝えておく」
シルヴァレッタはそう言って通話を切った。
クロムはその一連の光景を呆然と見て「……なんかスゲーな」と呟いた。
「何がだ?」
「相手、コバルトだろ? それは分かってんだけどよ。傍目から見ると、こう、違って見えたっつーか……」
クロムは口を濁しながら、耳を真っ赤にして視線を泳がせた。彼女の頭の中で、ラピスラズリと同じように新婚夫婦の幻影でも見えたのだろう。
「そのコバルトから伝言だ」
「あ? なんだよ」
何だ? と答えを待つクロムに、シルヴァレッタは大真面目な顔でこう答えた。
「帰りはちゃんと家まで送り届けてね、との事だ」
その言葉を聞いて、クロムは盛大に顔をしかめ、天を仰いだ。
「……正妻の余裕か?」
⬛︎◆▲
日が暮れなずむ頃。
シルヴァレッタとクロムの二人は、普段住んでいる土地から数駅離れた、賑やかな繁華街の駅前で改めて落ち合った。広大な自然公園とサブカルチャーの入り交じるそのターミナル駅周辺は、夕方という時間も相まって若者や仕事帰りの大人たちでごった返している。
「済まない、待たせたか?」
少し遅れて到着したシルヴァレッタが謝るが、クロムは「大した事ねーよ。さっさと店に行こうぜ」と気にする素振りも見せずに歩き出した。
二人はアーケード街を少し外れた路地を歩き、一軒の居酒屋へと入った。平日ということもあって客入りはまばらで、二人は難なく奥の仕切りのある座席を確保することができた。
「とりあえず、生二つでおっぱじめっか!」
慣れた手つきでタッチパネルを操作するクロム。ほどなくして運ばれてきた冷えたジョッキを打ち鳴らし、二人は乾杯した。
「ぷはーッ! 平日に堂々と飲める酒、サイコー!」
ジョッキを半分ほど一気に空け、クロムは満足げに息を吐く。一方のシルヴァレッタも、同じように喉を鳴らしてビールを飲んでいた。
「で、お前の方はどうなんだよ。清掃の仕事って話だったよな?」
「ああ。覚えることは多いが、性に合っていると思う。汚れが落ちていく過程を見るのは悪くない」
「クク、ぶっちょヅラなお前のモップがけ、サマになってそうだな」
クロムは運ばれてきた焼き鳥の串を齧りながら、ケラケラと笑う。
「お前と一緒にいる時のアイツら、昔とは全然違う顔してやがる。昔はもっとこう、触れたら切れるナイフみたいなピリピリした空気を纏ってたんだぜ? それが今じゃ、すっかり頼れるお姉さんってツラしやがってよ」
「そうだったのか。……今の彼女たちはよく笑う。良いことだ」
「だな。……悪くねえ」
クロムは少しだけ寂しそうに、けれどどこか安心したように微笑み、ジョッキを傾けた。
話に花を咲かせて、心地よい酔いと歓談で二人の仲が睦まじくなっていく。
その後も取り止めのない話が続き、談笑の空気感が場を包み込んでいった。
その時だった。
隣の仕切りの席から、突如として悲痛な叫び声が響き渡る。
「あああああーーーッ!!」
ビクッとクロムが肩を揺らす。声の主は、どうやら大人の女性のようだ。ワンワンと、まるで子供のように泣き喚いている。
「どうして、どうしてアタシは一人寂しく飲んでるのー!? でも浮気なんてされたら文句の一つだって言いたいー! アタシも彼ピとイチャイチャしながらお酒楽しみたいー!」
相当酔いが回っているのか、タガが外れて独り身の悲しみを抑えきれなくなっているらしい。当初はまばらだった客入りも、時間が経過して、大勢の客が店内に押し寄せている。多くの目がチラチラと視線を向けているが、女性のあまりの剣幕に、関わり合いになりたくないという空気が充満していた。
「うっせぇなあ。……ウチ、文句言ってくるわ」
せっかくの酒が不味くなるとでも思ったのか、クロムはジョッキをドンとテーブルに置き、立ち上がった。
「やめておけ、クロム。酔っ払いを相手にするのは……」
シルヴァレッタが止めようと手を伸ばすが、血の気の多い彼女はすでに隣の仕切りの席へと足を踏み入れていた。
「おいお前、迷惑なんだよ。一人で飲むのが寂しかったら家で……えっ?」
怒鳴り込もうとしたクロムの声が、突如として驚きに変わって途切れた。
シルヴァレッタが気になって覗き込むと、テーブルの上には空になった日本酒の徳利が何本も転がっており、その奥で乱れた艶やかな長髪を垂らし、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き崩れている容姿端麗な女性。
かつて、路地裏で巨大な拳銃を携え、冷酷なまでの美しさと殺気を放っていた妖艶なスナイパー。
「……クロムぅ?」
マラカイトは、真っ赤に腫らした目でクロムを見つめ返した。