生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「それじゃ、私の仕事はここまで。サヨナラ」
ビジネスビルのエントランス、コバルトはあっさりとそう告げた。ショルダーバッグを肩に掛け直し、足早に立ち去ろうとする彼女の背中を見送りながら、シルヴァレッタは「ああ、助かったよ」と呑気に手を振っている。
これで、物語は終わりか。
謎は残されたが、所詮はぼくの肉体。シルヴァレッタがいくら優秀だったとしても、ロクな金もコネもないだろうぼくの経歴では解き明かすどころか近付く事すら出来ないのが目に見えていた。
ぼくはガッカリした。
結局、どんなドラマティックな出来事があっても社会のゴミはゴミのままだ。
コバルトがビルの入り口へと歩を進めるのを黙って眺めるシルヴァレッタ。自動扉が反応するだろう距離に差し掛かった、その時だった。
「……ッ!」
コバルトの足がピタリと止まった。
彼女は振り返るより早く、肩にかけていたショルダーバッグをその場に落とし、弾かれたようにシルヴァレッタの元へと駆け寄り、その腕を強く掴んだ。
「命が惜しかったら走りなさい!」
「えっ?」
間抜けな声を出すシルヴァレッタの腕を引き、コバルトはビルの地下へ下り、そのまま地下街へと飛び込んだ。
先程までのポンコツぶりが嘘のような、一切の無駄がないプロの身のこなし。シルヴァレッタも自分の足を使って走り抜けるが、彼女の手を引くサポートにより群衆をかき分けるスピードはまるで障害物など何もないかのようにスイスイとスムーズに進む。休日の昼時で賑わう地下街だが、周囲の一般人に一度たりとも接触することなく先へ先へと進んでいく。
地下街の端に直結している商業ビルに入り、人目を掻い潜り従業員用の通路を複雑に経由して、そして二人が最終的に抜け出したのは、誰も立ち入らないような、ビルとビルの間の薄暗い路地裏だった。
「……はぁっ、はぁっ……」
路地裏の影に身を潜め、コバルトが荒い息を吐く。
「一体何があった」
シルヴァレッタはコバルトに尋ねる。
「……殺気よ」
息を整えた彼女は、冷静に応えた。
「それも狙いは私じゃない。アンタに向けられてた。」
「……D.O.Eって財団の連中か?」
「そこまでは……。でも、プロの仕業には違いないわ。真っ直ぐ鋭く、そして細く。まるでピンと張り詰めたピアノ線のように、アンタに向けられてた。」
もしかしたら生前のぼくが恨みを買っていたのかも、と一瞬思ったが、流石にそこまでの手練れなら狙いはシルヴァレッタだろう。彼はファンタジーの世界にしかないようなトンデモ物質だ。その存在を知る組織がいるなら喉から手が出るほど欲しいだろう。
ぼくはワクワクした。
「どうして路地裏に来たんだ?」
「あれだけの殺気よ!一般人の命だって平気で奪うかもしれないじゃない。」
シルヴァレッタはなるほど、と頷く。そして言葉を続ける。
「だから人気のない場所を選んだわけか」
「そうよ、ここからは人の気配を感じなかった……、………………」
突然コバルトは推し黙った。何事かと顔を伺おうとしたシルヴァレッタだったが、コバルトはポツリと呟く。
「ダメ、動かないで」
パンッ、という乾いた破裂音が遠くで響く。そしてシルヴァレッタの右耳からは空気を切り裂く音が遅れて届いた。
「……っ!」
咄嗟にシルヴァレッタを庇うように前へ出るコバルト。路地裏の奥から拳銃を携えつつ、ヒールの音を響かせて、容姿端麗な一人の女性が近付いてきた。この平和な国にはおよそ似つかわしくない、大きく禍々しい巨大な拳銃がその手に握られていた。
「逃走ルートの構築も、その走りも完璧だったわ。でも、あなたなら最後は人のいない路地裏(ここ)を選ぶわ。……昔から変わってないわね、コバちゃん」
艶やかな長い髪を揺らし、女性は優雅に微笑んだ。殺意の欠片も感じさせない、近所の年下の子をからかうような穏やかな声。
その顔を見た瞬間、コバルトはやっぱり、と呟き、その名を呼んだ。
「……マラカイト姉さん」
「久しぶりね。まずは仕事の話をしましょうか。おとなしく後ろにいる弾丸を置いていってくれれば、可愛い後輩の命までは取らないであげるから」
ぼくはワクワクした。