生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

40 / 40
少女の笑顔を慈しみたい 二

 ターミナル駅からローカル線を乗り継ぎ、さらにタクシーに揺られること数十分。山間の細い一本道を抜けた先に、突如としてその景色は開けた。

 

「うわぁ……」

 タクシーの窓に顔を近づけ、コバルトが感嘆の声を漏らす。

 

 そこは、まるで大正時代にタイムスリップしたかのような、幻想的でレトロな温泉街だった。

 細く澄んだ川を挟むようにして、木造多層階建ての歴史ある旅館がズラリと立ち並んでいる。黒光りする太い柱と白壁のコントラスト、そして屋根や石畳に降り積もった純白の雪化粧が、まるで一枚の美しい絵画のような景色を作り出していた。

 

 川沿いにタクシーを停めてもらい二人が外へ降り立つと、キンと冷えた冬の空気が頬を刺す。そして、どこからともなく漂ってくる硫黄の匂いと、川沿いに立ち上る湯けむりが不思議と身体を芯から温めてくれるような気がした。

 

 タクシーを降りた二人が徒歩で向かい、予約した旅館の前に到着すると、割烹着に身を包んだ品の良い女将と数人の従業員が深く頭を下げて出迎えてくれた。

「よくぞお越しになってくださいました。長旅、お疲れ様でございます」

 

 丁寧な案内に、シルヴァレッタが「ありがとう」と短く返して荷物を預ける。

 だがその時、女将がふと顔を上げ、不思議そうな顔をしてコバルトの方を見つめた。

「……ところで、そちらのお客様はどうなされたんですか?」

 

 無理もない。今のコバルトは、目深に被ったニット帽に顔の半分を覆うような黒い大きなマスク、さらには真っ黒なサングラスを着用するという、およそ平和な温泉観光地には似つかわしくない『完全装備』の変装ファッションに身を包んでいたからだ。まるで古の芸能人のお忍び旅行である。

 

 これは、あのパンフレットに写っていた『瓜二つな三つ子』との不用意な遭遇を警戒してのことであるのだが、怪しまれる可能性を考慮していなかったコバルトはしどろもどろになる。

「あっ、いえ、これは……!」

 

 コバルトはサングラスの奥で目を泳がせ、苦し紛れの言い訳を放った。

「すみません、顔にちょっと……デキモノができてしまって恥ずかしいんです! こちらの温泉はニキビや肌荒れにも効能があるとのことで、期待しても良いでしょうか!?」

 美肌効果をダシにして誤魔化す作戦に出た。かなり強引な気もしたが、女将はそれを聞くと、パッと顔を輝かせて大きく頷いた。

 

「まあ! それはお年頃の娘さんには大変苦労されましたね。……ええ、ええ! ウチの温泉は一級品ですから! 名湯の誉れ高いウチのお湯に一晩浸かれば、きっと元通り、ツルツルの美人になれますよ!」

「ほ、本当ですか! それは楽しみですー!」

 

 女将の見事な営業トークに救われ、コバルトはワザとらしくキャピキャピとした声を上げて話を合わせた。事なきを得たようだ。

 

 そして案内されたのは、川に面した三階の角部屋だった。

 

 真新しい畳の匂いが香る広々とした和室の奥には、足を下ろせる掘りごたつが用意されており、その先にある広縁の大きなガラス窓からは温泉街の美しい全景を見下ろすことができた。

 

 荷物を置き、二人は窓際に立って外の景色を眺める。

 眼下を流れる川のせせらぎと、時折屋根から雪が滑り落ちる鈍い音だけが静寂に包まれた街に響いている。大正浪漫を感じさせる洋風の木組みの窓や、川にかかる小さな橋など、どこを切り取っても絵になる光景だった。

 

「良い眺めだ」

 シルヴァレッタが、素直な感想を口にする。

「ええ、本当に……。空気が澄んでいて、時間の流れがゆっくりに感じるわ」

 コバルトもサングラスとマスクを外して深呼吸をし、微笑んだ。

 

 一頻り窓からの眺めを堪能した後、シルヴァレッタは振り返り、声のトーンを落として本題を切り出した。

「……玄関やロビーを通ってきたが、パンフレットにいた『三つ子』はいなかったな」

 そう、この旅館に到着してから今まで、あのコバルトと瓜二つの女性たちの姿は一度も見ていない。

「ええ。でも、それは私たちが『上客』じゃないからかもしれないわ」

 コバルトが掘りごたつに足を入れて温まりながら、名探偵のような顔つきで推理を披露する。

 

「玄関の脇に立てかけられていた『歓迎看板』を見たでしょ? 私たちともう一組の名前はこぢんまりと書かれてたけど、その隣にデカデカと大企業の社名が書かれていたじゃない。あんな規模の団体客がこの旅館に宿泊するのなら、それなりの準備が必要だわ」

「なるほど。なら、目玉である三つ子の出迎えはそちらにぶつけて、俺たち個人客には全力を出さないってこともあり得るわけか」

 シルヴァレッタが納得したように頷く。

 

「そういうこと。いずれにせよ、その上客の団体が現れるまで事の真相は掴めないわ。だから……」

 コバルトはそこで言葉を区切り、意味深にシルヴァレッタを見つめた。

「だから?」

 

 シルヴァレッタがその続きを尋ねると、コバルトはパーッと花が咲いたような明るい笑顔を見せた。

「目一杯、観光を楽しみましょ!」

 その言葉には、せっかくの旅行を満喫したいという年相応の少女としての純粋な欲求が滲んでいた。

 

 こうして夕方になるまでの数時間、二人は浴衣の上に厚手の丹前と長靴を借りて温泉街の散策へと繰り出した。雪が踏み固められた川沿いの石畳の道を、二人は並んで歩く。

 コバルトは再びサングラスとマスクの不審者スタイルに戻っていたが、寒さしのぎの防寒具だと思えば先ほどよりは幾分か自然に見えなくもない。

 

「シルヴァレッタ! あそこのお饅頭、すごく美味しそう!」

 コバルトが指差したのは、店先からモクモクと白い湯気を上げている温泉饅頭の店だった。二人はホカホカの饅頭を買い求め、川沿いに設置された無料の足湯へと向かう。長靴を脱いで冷え切った足を少し熱めのお湯に浸すと、「はぁ〜……」と、コバルトは魂が抜けるような声を漏らした。

 

 足湯でポカポカと身体を温めながら、雪景色の中で温かいお茶をすすり、甘い温泉饅頭を頬張る。

「……最高ね、これ」

 マスクを顎までずらし、饅頭をリスのように頬張るコバルト。

「ああ。こんな穏やかな時間は悪くない」

 シルヴァレッタも、お茶の入った紙コップを両手で包み込みながら静かに微笑んだ。

 

 かつて暗殺者として血生臭い世界を生きる運命にあった少女と、自分が何者かも分からない弾丸の男。そんな因果な二人がこうして普通の観光客に混じって、平和な温泉街の情緒を心から楽しんでいることが……ぼくには感慨深かった。

 

 

⬛︎◆▲

 

 日が暮れて、温泉街に点々と立ち並ぶガス灯に暖かなオレンジ色の明かりが灯り始めた頃。

 

 散策を終えて旅館の近くまで戻ってきた二人は、旅館から少し離れた場所にある駐車場に一台の大型観光バスがゆっくりと滑り込んでくるのを目撃した。

「……来たわね。上客様のお出ましよ」

 コバルトが足を止め声を潜めた。二人は物陰に身を潜め、旅館の玄関口をジッと伺う。

 

 バスのドアが開き、恰幅の良いサラリーマンたちが次々と降りてくる。それに合わせて旅館の奥からパタパタと足音を立てて、三人の女性が小走りで玄関前へと整列した。

 お揃いの美しい和服に身を包み、髪を綺麗に結い上げたその姿。こうして実物を遠目に見ても、間違いない。

 

 今横にいるコバルトをそのまま十八歳くらいに成長させたかのような三つ子が、そこにいた。

 

「……ねえ」

 マスクとサングラス姿のコバルトが、ゴクリと唾を飲み込んで呟く。

「ドッペルゲンガーに遭うと死ぬっていうウワサがあるけど、三人もいたらどうなるのかしら? 私」

「縁起でもないことを言わないでくれ……」

 シルヴァレッタが真顔で静かに嗜める。

 

 団体客が玄関前に集まると三つ子は深々と頭を下げ、驚くほどよく通る、美しく揃った声で挨拶をした。

「「「ようこそお越しくださいました」」」

 

 その声を聞いて、コバルトの肩がビクッと跳ねた。

「……ここまで似てると、ただの偶然って話じゃないわよね」

 顔が似ているだけでなく声のトーンから発声の癖に至るまで、コバルトの声と完全に酷似していたのだ。間違いなく何らかの血縁か、あるいはもっと深い因果が絡んでいると二人は睨む。

 

 視線の先の玄関では美しい三つ子の出迎えを受けた団体客のオジサンたちが、「おおっ、噂に違わぬ、見事な三つ子だ!」「可愛いねぇ、綺麗だねぇ!」と、デレデレになりながら彼女たちを褒めちぎっている光景が繰り広げられていた。

 

 それを見てシルヴァレッタはなぜか少し胸を張り、どこか誇らしげな声でポツリと呟いた。

「……立派になって」

「いや、あれ私じゃないから」

 

 団体客が館内へ入っていくのを見届けた後、二人は自分たちの部屋へと戻り、作戦会議を始めた。

「出来ればあの三つ子と接触して何者なのかを探りたいのだけれど……私はもう部屋から出られないわね」

 コバルトが、サングラスを外しながら現実的な感想を口にする。

「昼間はマスクとサングラス姿だったから誤魔化せたものの、夜の館内でそんな格好をしていたら完全に不審者よ。かといって素の姿を見せてしまえば、三つ子に似ている以前に『女子中学生が夜に一人で出歩いている』と騒ぎになってしまう」

 

 確かにそうだ。この平和な日本の温泉旅館において、未成年の少女が夜の館内をウロウロしているのは常識的に許されるものではない。すぐに従業員に保護されてしまうだろう。

「分かった。なら、俺が何とかして様子を伺おう」

 シルヴァレッタが立ち上がり、押し入れから浴衣を取り出して着替え始めた。

 

「浴衣姿なら、客として自然に紛れ込む事ができるかもしれない」

 彼はそう言うと、洗面所から持ってきた白いフェイスタオルを頭にキュッと巻きつけた。右側頭部にある銀色の傷口を隠すための処置だ。

 温泉街で見かける、風呂上がりのオジサンスタイル。カモフラージュとして充分に機能するだろう。

 

「……無理はしなくて良いからね」

 コバルトが心配そうに上目遣いで彼を見る。

「こんな謎解きなんて、旅行のオマケみたいなもんだから。危ないと思ったら、すぐに引き返してきて」

「ああ、観光だからな」

 シルヴァレッタは頭のタオルをポンと叩き、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「だからこそ明日も心置きなく楽しめるように、不安の種である謎は今夜のうちに解いておこう」

 その強気な発言に、コバルトは少しだけ頬を緩めて「お願いね」と頷いた。

 

 廊下に出たシルヴァレッタは、すれ違う従業員に軽く会釈をしながら団体客が向かったであろう大宴会場のフロアへと歩を進めていた。宴会場が近づくにつれ、マイクを通したカラオケの歌声や乾杯のコール、拍手の音が漏れ聞こえてくる。どうやら大企業の宴会は盛況のようだ。三つ子たちはきっと、あの中でコンパニオンのようにお酌をして回っているのだろう。

 

 どうやって宴会場に潜り込もうか。そうシルヴァレッタがタイミングを伺っていると、宴会場の手前にある薄暗い部屋の中からか細い音が聞こえた。

 

「ひっく……ぐずっ……ううっ……」

 

 ピタリと足を止める。

 誰もいないはずの暗い部屋の奥から、女性の押し殺したような泣き声が漏れ聞こえてきたのだ。単なる泣き声ではない。シルヴァレッタの、そしてぼくの耳は、その声色に強烈な聞き覚えがあった。

 

「……コバルト?」

 いや、コバルトは今、三階の自室で待機しているはずだ。

 となると、この声の主は──

 

 シルヴァレッタは音を立てずに襖を数センチだけスッと開けた。

 

 薄暗い部屋の中。非常口の緑色のランプだけが微かに照らすその隅で。

 美しい和服を着崩し、膝を抱えて顔を埋め、ボロボロと涙を流しながら隠れて泣いている女性の姿があった。

 

 それは間違いなく。先ほど玄関で見た、三つ子のうちの一人だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。