生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「お前らの心臓にはGPS発信機を仕込んでんだ。逃げようったってそうはいかないんだぜェ?」
山中の暗闇の中、男は、まるで手品でも披露するマジシャンのような大仰な仕草で、そう宣言した。
心臓にGPS。言葉の意味を理解するよりも先に、その事実が孕むおぞましさが勝った。人を人として扱わない、ソラハ二号と呼ばれた少女はまさに実験動物として管理されている。
「何故そこまでする必要があるの!?」
コバルトが怒りに震える声で反論した。相手が誰であろうと、理不尽な悪意には決して屈しない彼女らしい、鋭く真っ直ぐな言葉だった。
しかし、その声をソラハ二号のものと勘違いしたらしい顔のデカい男は、鬱陶しそうに声を荒げた。
「ああん? 随分威勢が良いじゃねぇか……そこの二人のオトモダチがそんなに頼りになるってか?」
男は忌々しげにシルヴァレッタとコバルトの二人の方を睨みつけるような仕草をした後、コートのポケットにごそごそと手を突っ込み、何かを取り出した。
それは、円筒形の懐中電灯のようなシルエットだった。
それを見た瞬間、シルヴァレッタの背後に隠れていたソラハ二号が、張り裂けんばかりの悲鳴を上げる。
「ダメ! 二人とも、目を──ッ!」
だが、警告は遅かった。
男はその懐中電灯のスイッチを躊躇なく押し込む。
「クロガネフラッシュ!」
……だっさ!
男の叫びと共に、デバイスの先端から強烈な閃光が放たれた。それは単なる眩しい光ではなく、脳の奥底まで直接貫くような異様で禍々しい波長を伴っていた。
目の前が真っ白に染まる。
──直後、視界は急激に暗闇へと落ちていった。
ドサリ、ドサリと、雪の上に重たい物体が三つ崩れ落ちる音が響く。
シルヴァレッタ、コバルト、そしてソラハ二号。三人は糸が切れた操り人形のように、その場に折り重なるようにして倒れ伏してしまったのだ。シルヴァレッタの意識は、完全にブラックアウトしてしまった。
──もしかして……と、ぼくは右手の指先を動かそうとしてみる。
ピクリ。
指が動いた。
続いて、腕も、足も。ぼくの意思に呼応して動く感触があった。
間違いない。シルヴァレッタの意識は、先ほどの奇妙な光の影響で完全に眠らされてしまったのだ。ぼくの脳裏に、先日のウラベメンタルクリニックで相対した男、クロガネの言葉が蘇る。
『自分と至近距離で目を合わせた相手は、強制的に眠りに落ちてしまうのですよ』
彼はそう語っていた。RGBという闇の組織に所属していた彼が持つ、絶対的な能力。
おそらく、あの顔のデカい男が使った懐中電灯のようなデバイスは、クロガネの眼の能力を解析した結果生み出された、言わば『指向性睡眠ライト』とでも呼ぶべき代物なのだろう。だからこそ『クロガネフラッシュ』などと言う、くっそダサい名前が付けられている。くっそダサい名前が。
──つまり、シルヴァレッタたちの目が装置の光を捉えてしまったため、生物としての強制睡眠プロセスを引き起こしてシャットダウンしてしまったのだ。
「ざーんねん! どんなに屈強な奴を味方につけても、クロガネくんの目にはだーれも敵わない。最強、最強ゥ!」
頭上から、男の下品な笑い声が降ってきた。ゲラゲラと笑いながら、自慢のライトの効果を絶賛している。
ぼくは雪の上に顔を伏せたまま、薄く目を開けて男の足元を盗み見た。
「さてと。二号ちゃんはこのまま家に連れ帰って、愉しーいお仕置きでたっぷりわからせてヤるとして、お連れの二人はどうしようかねぇ? ……テキトーに崖にでも捨てるか。春まで見つからねぇだろ」
男は、まるでゴミの処分方法でも決めるように、あっさりと二人の命を奪う算段を口にした。
……タイミングはそこか?
ぼくは心の中で、算段をつけた。
男は完全に油断している。三人全員が深い眠りに落ちたと思い込んでいるのだ。
ならば、男がぼくたちをスポーツカーに乗せ、車を運転させ走らせている間は完全に無防備で隙だらけになる。運転中の男を背後から襲い、ハンドルを狂わせ一緒に奈落の底へデッドドライブを仕掛けるチャンスが生まれる。
──ぼくに出来ることなんてたかが知れているのだから。
玉砕できるチャンスがあれば、儲け物だ。
男の足音が、ザク、ザクと雪を踏みしめながらこちらへと近づいてくる。
相手はクズでも、あのRGBとかいう狂った組織の恩恵を受けている人間だ。クロガネフラッシュ以外にも、RGBで生み出された未知の凶悪な武器を隠し持っていないとも限らない。ここで仮に、一か八かのタイマンを仕掛けても、その兵器で反撃されれば犬死にだ。
だから、ここはやはり大人しく狸寝入りを続け、確実な機会を伺うのがベターだ。ぼくは呼吸を極限まで浅くし、寝たふりを続行した。
──しかし、運命はここで新たな、そして予想外の選択肢を提示してきた。
ブォォォォォンッ!!
旅館の方角から、猛烈なエンジン音を響かせて一台の大型バイクが疾走してきた。
雪道をものともしないスパイクタイヤが雪を巻き上げ、真っ直ぐに、スポーツカーの横で偉そうに立っている男へと突っ込んでくる。
「う、うわわわわ!? 何だテメー! 危ねーだろーが!」
男は間一髪で横にダイブし、雪の上に無様に転がった。バイクは急ブレーキをかけ、テールを滑らせながらピタリと停車する。
フルフェイスのヘルメットを被ったまま、バイクの運転手は落ち着いた声でこう言った。
「……失礼、雪景色の夜に浮かれていたようだ」
「テメー、そのスカした態度はなんだ!」
雪まみれになって立ち上がった男が、顔を真っ赤にしてバイクの男に因縁をつける。
一方、ぼくはそのバイクの男の低い声に、強烈な聞き覚えがあった。
……偶然か? いや、ソラハ二号に、三つ子たち。ならコイツのこの行動は──
顔のデカい男はバイクの男に完全に夢中になり、怒鳴り合いを繰り広げている。
これ以上ない、完璧な隙だった。
今だ!
ぼくは音を殺してゆっくりと起き上がる。
すぐ横で倒れているコバルトと、ソラハ二号の小さな身体。ぼくは二人を、それぞれ左右の肩へと一気に担ぎ上げた。
「……っ!」
重さはあるが、歩けないほどではない。ここ二ヶ月の間、コバルトによる地獄の特訓によってシルヴァレッタの肉体は、ぼくが生きていた頃とは別次元の、しなやかで強靭な筋肉を備えた鋼の肉体へと改造されていた。それこそ、女性二人を担げるほどに。
男とバイクの運転手の口論が白熱しているのを背中で聞きながら、ぼくは二人を担いだまま、そっと道路脇のガードレールを飛び越え、鬱蒼とした木々が立ち並ぶ山の斜面へと一気に駆け下りていく。
⬛︎◆▲
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
月明かりも届かない深い山の中を、ぼくはひたすらに歩き続けていた。
木の枝を避け、新雪を踏み締めながら、獣道の斜面を下っていく。
三十分ほど歩いただろうか。
周囲の木々が少し開け、雪を被った大きな平たい岩が鎮座している場所を見つけた。ぼくは肩に担いでいた二人を、そっと岩陰の、雪が少ない場所へと下ろした。
「ふー……。深くないとはいえ、雪の積もった道はさすがに疲れるなぁ」
ぼくは岩に寄りかかり、白く濁った息を吐き出しながら、一人ぼやいた。
シルヴァレッタが仕上げてくれた強靭な肉体とはいえ、今の精神はぼくだ。ぼくは彼のように屈強なメンタルを持ち合わせてはいない。
さて、男は『心臓にGPSを仕込んでいる』と言っていた。だが、これだけ鬱蒼と木が生い茂り、地形が複雑に入り組んだ冬の山中であれば、電波は乱反射し、正確な位置など掴めなくなるはずだ。そもそもスポーツカーで追ってくることは不可能だし、徒歩で探すにしても相当な時間がかかる。
──すなわち、ぼくのこの行動は単なる時間稼ぎだ。
ここから先は、主人公であるシルヴァレッタやコバルトたちに任せる。
ぼくの存在は、彼らがゲームオーバーになりかけた時にだけ密かに起動する、コンティニューコインの役目がちょうど良い。彼らの輝かしい表舞台に干渉する気はさらさら無い。
「とは言え……」
ぼくは、スースーと規則正しい寝息を立てているコバルトと、ソラハ二号の顔を順番に見下ろした。
何も分からないまま、いきなりこんな雪山の中で放り出されて目を覚ましたら、流石の彼らも混乱するだろう。せめて、現状を把握するためのヒントくらいは残してやるべきか。
「メモ帳もペンもないしなぁ。……ま、これでいいか」
ぼくはしゃがみ込み、冷たい雪の表面を指でなぞり、幾つかの文字を刻み込んだ。
⬛︎◆▲
やがて東の空が白み始め、木々の隙間から朝焼けの淡い光が雪面を照らし始めた頃合い。
ぼくの意識の奥底で、ピリッとした微弱な電流のような感覚が走った。
強制睡眠の効果が切れ、シルヴァレッタの意識が浮上してきたのだ。それに伴い、ぼくの身体のコントロールが急速に失われ、再び特等席へと引き戻されていくのを感じた。
「……んっ」
同じタイミングで、雪の上に横たわっていたコバルトとソラハ二号も小さく呻き声を上げて目を覚ました。
「う、うーん……。頭が、ズキズキする……」
コバルトが額を押さえながら身を起こす。だが、次の瞬間には「ッ!」と鋭く息を呑み、警戒心を最大まで引き上げて、瞬時に周囲の状況を見渡した。
彼女の目には、見知らぬ山中深くの森林風景と、すぐ横で同じように身を起こしたシルヴァレッタ、そしてソラハ二号の姿が映っていた。
「俺たちは、どうなったんだ?」
シルヴァレッタが、困惑した声で口にする。
「……判らないわ」
コバルトは立ち上がり、周囲に敵の気配がないことを慎重に確認してから答えた。
「あの光を浴びて、気を失ったところまでは憶えてる。でも、山中に捨てられたにしては、身体に傷や痛みは全くない。服もそれほど汚れていないし……一体何が」
コバルトが推理を巡らせていた、その時だった。
「こ、これを見てください!」
ソラハ二号が足元の雪面を指差して、驚いた様子で二人を呼び寄せた。シルヴァレッタとコバルトが近づき、彼女が指差した先を見下ろす。
そこには、朝日に照らされた真っ白な雪のキャンバスに、指で深く掘られた、ひどく歪で不器用な文字が刻まれていた。
『亡レイ オマエタチ タスケタ アト マカセタ』
さあ、後は頼んだよ。主人公さんたち。