生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
ぼくとクロガネは、顔のデカい男の車から見つかったロープを使い、男を文字通りミノムシのようにグルグル巻きにして完全に拘束した。そして男自身の乗ってきた、あの悪趣味なスポーツカーの助手席に乱暴に押し込んだ。
「これで後顧の憂いは絶ちました……コバルトさん達を呼んできてくれますか」
ぼくはコバルトとソラハ二号の元へ戻った。ぼくは極めて事務的に、かつ簡潔に事情を説明した。あの顔のデカい男は無力化したこと。そして、三つ子たちを安全な場所へ逃がす手筈を整えていること。
「……本当なの?」
ソラハ二号が、縋るような目でぼくを見上げる。
「本当だよ」
ぼくが頷くと、彼女の目から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちた。
ぼくたちは雪山の斜面を登り、駐車場へと合流した。そこには三つ子の残り二人、一号と三号の姿があった。
「イチゴ! サンゴ!」
「「ニゴ!」」
三人は互いの身体を強く抱きしめ合った。
「よかった、無事で……っ!」
「バカ、心配かけないで……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
三つの瓜二つの顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、これまでの恐怖と孤独を溶かすように抱擁を交わす。その美しい姉妹愛の光景は、底冷えするような冬の朝の駐車場に、確かな温もりをもたらしていた。
そんな感動的な再会を少し離れた場所から眺めながら、ぼくは隣に立つヘルメット男に話を切り出した。
「それで、彼女たちを『身請けする』っていう話だけど。具体的にどうやって?」
その問いに対し、ヘルメット男が話を切り出そうとした瞬間。
「ねえ」
ずっと黙ってぼくたちの横に立っていたコバルトが、ジト目でヘルメット男を指差して鋭くツッコミを入れた。
「そいつの気配、あのクリニックにいた『クロガネ』なんだけど? ……どうして一緒にいるの?」
彼女の感覚は、フルフェイスのヘルメット越しであっても正体を正確に見抜いていた。そう、このヘルメット男の正体はクロガネである。能力の暴発を嫌ったのだろうが、中々シュールな光景で面白い。ブリオン。
「ああ、うん。今は味方みたいなもんだから、気にしなくていいよ」
ぼくは適当に手をヒラヒラとさせて答えた。
しかし、その『気にしなくていいよ』という言葉を聞いた瞬間、コバルトの肩がビクッと跳ねた。やっべ。彼女は何かを思い出したように目を丸くし、その後、「…………」と、無言で、穴が開くほどの勢いで、ぼくの顔を睨みつけてきた。
だが、今は彼女の相手をしている場合ではない。彼女の視線は無視して、ぼくはクロガネとの会話を続行した。
「で? どうやって身請けするのさ」
ぼくの質問に対し、クロガネはヘルメットのシールドの奥で淡々と答えた。
「ウラベ先生の遺産を一部預かっています。そこから捻出するつもりです」
「いや、そっちじゃなくて」
ぼくは、お金の話を途中で遮った。
「お前、警察に指名手配されてるんじゃないの?」
その言葉を聞いて、クロガネはピタリと動きを止め、黙ってこちらをじっと見つめ返してきた。フルフェイスの黒いシールド越しに、彼がぼくの思考力を試しているような、ヒリヒリとした雰囲気を感じる。だが、ぼくは構わず推理を続けた。
「警察だってバカじゃない。あのクリニックの火事の原因が、部屋に仕掛けられた可燃物の類だってことくらい、現場検証ですぐに突き止めるでしょ」
先日、コバルトを抱えて逃げ出す際、ぼくはクロガネのポケットから落ちたスイッチを押してクリニックの二階を爆破した。その結果、派手な火災を引き起こしている。
「そしたら警察の第一容疑者は誰になる? 当然、『火を放って逃走している』と思われても仕方ない『失踪した院長』って事になる」
いくら遺産という名の大金を持っていようと、指名手配犯の身では今後の生活は成り立たないだろう。
ぼくの推理を聞き終えると、クロガネは大げさに肩をすくめ、「……誰のせいですかね」と、心底やれやれといった恨み節を醸し出した。
「ええ、その通りです。資金に余裕はありますが、居場所に自由がない。それが自分の現状です」
彼はあっさりと、自分の逃亡犯としてのステータスを認めた。
「だよね。で、身請けした後はどうするの? お前と一緒に逃亡生活、あの子たちにさせるの? ……お前がそんな事する?」
ぼくが尋ねると、クロガネは少しだけ躊躇いがちに答えた。
「……今お世話になっている、とある団体の施設に預けます。そこなら、彼女たちを安全に匿い、社会復帰のための支援も行ってくれるはずです」
とある団体。
その言葉を聞いて──ぼくの脳裏に、すさまじく嫌な記憶が浮かんだ。
「……それって、ぼくが知ってる団体? できれば、その予想は外れて欲しいんだけど……」
ぼくが顔をしかめてちょっと困った風に言うと、クロガネはヘルメットを微かに揺らして首を振った。
「それは残念でしたね。……実は、言伝を預かってますよ」
ぼくの嫌な予感は的中したらしい。
「『先日は無実の罪を着せてしまい、誠に申し訳ありませんでした』……と。盟主さま直々の謝罪です」
クロガネが、さも恭しく代弁する。
「やっぱりそうか……」
ぼくは深々とため息をつき、観念した。
「盟主」。そんな大仰な名称が使われる団体で、ぼくと関わりがあるとしたら一つしかない。『迫害同盟』だ。
孤独な人間に擦り寄るという団体。単なるカルト宗教か悪徳マルチの類かと思っていたが、クロガネが逃亡先として頼るほどの組織だったということらしい。
……そして、生前のぼくがわざわざ一度でも関わりを持つような団体なら、ウラベキミトとも何かしら深い関係性があるのだろう。
ぼくは眉間を揉みながら、単刀直入に尋ねた。
「ウラベキミトと、その『迫害同盟』の関係は?」
クロガネは少しだけ迷う素振りを見せたが、やがて嘘偽りのない真実を口にした。
「盟主さまとウラベ先生は、旧い友人のようです。かつて同じ組織に属していたらしく、そこで仲を深めたと伺っています」
そこは嘘であって欲しかったな、とぼくは心底ウンザリした。
あまりにも、このシルヴァレッタたちの歩む物語に、ぼくというノイズが関わりすぎている。
ぼくはただ特等席から、シルヴァレッタとコバルトが織りなす痛快な冒険譚を眺めていたいのだ。それなのに、蓋を開けてみればどうだ。
出てくる敵も味方も、ウラベ博士だの、実験体だの、旧友のカルト教団だのと、ぼくの生前のルーツにまつわる因縁ばかりではないか。これじゃあ、ヒロイックな冒険譚というより、ただの『ぼくのルーツ探しツアー』でしかない。
そんな身内ネタばかりのストーリー展開なら、いっそ、ぼく自身がラスボスとしてシルヴァレッタとコバルトの二人に立ちはだかってやった方がよっぽど盛り上がるんじゃないか。本気でそう思えてくるほど、食傷気味だった。
「……そう。で、お前の目から見て、その迫害同盟ってのは、あの子たちを預けるのに信頼に足る団体なの?」
ぼくが投げやりに聞くと、クロガネは真面目な声で答えた。
「少なくとも盟主さまは全幅の信頼が置けます。ウラベ先生の友人だけあって、中々の人格者ですよ」
「あ、そう。そりゃあ素晴らしい人格者なんだろうね」
ぼくは皮肉たっぷりに吐き捨てた。
「なら、あとは何もないかな」
ぼくが話を終えようとした、そのタイミングで。
「……話は終わった?」
横から、氷のように冷たく、そして鋭い声が突き刺さった。
コバルトだ。
彼女は、ぼくの顔を正面からしっかりと見据え、逃げ道を塞ぐように立ち塞がっていた。
「なら、次は私から聞きたいことがあるわ」
彼女の目は、名探偵のような鋭い洞察力で満ちていた。
「あなたは、一体誰かしら?」
直球すぎる問いかけ。ぼくは言葉に詰まった。
「纏ってる空気感がシルヴァレッタとは全く異なるし、そもそも喋る時の口調が全然違う。アイツはもっと平坦で、感情の起伏がないもの」
コバルトは、一歩前に踏み出し、捲し立てるように証拠を突きつけてくる。
「それに、さっきの『気にしなくていいよ』っていう発言。……すごく、聞き覚えがあるわ」
それは、先日クリニックの二階を爆破した後の帰りの車の中で、彼女に向けてぼくが言い放った言葉だった。あの時はその後すぐにシルヴァレッタが目を覚まして事なきを得たが、今回は違う。
「…………」
ぼくは、どう返答すべきか脳をフル回転させた。
ここで正体を明かす? いや、それはダメだ。ぼくはあくまで「亡霊」だ。意味がない。そんな存在が彼らの前向きな物語に水を差して、ややこしい因縁を増やすべきではない。
──結果、ぼくが導き出した最適解は
「……ぐー」
立ったまま目を閉じ、いびきをかくという『狸寝入り』だった。
「なっ、コイツ!」
コバルトがブチギレて、ぼくの顔面に両手を伸ばしてきた。
「ふざけんじゃないわよ! 立ったまま寝る馬鹿がどこにいるのよ!」
彼女はぼくの頬を両手でガシッと掴み、ムギュムギュと容赦なく引っ張り回す。顔面を引きちぎられそうになるが、ぼくは鋼の意志で目を固く閉じ、「スヤァ……」と嘘くさい寝息を立て続ける。
「ちょ、このっ! 起きてるのは気配で分かってんのよ! 観念してさっさと説明しなさい!」
ベチベチと頬を叩かれ、耳を引っ張られ、脇腹を小突かれる。
だが、ぼくは絶対に目を開けなかった。この嵐が過ぎ去るのをひたすら耐える。
「あーもう! 絶対に吐かせてやるんだから!」
結局、この後シルヴァレッタ本人の意識が完全に浮上して目を覚ますまでの数時間。
ぼくは、コバルトによる容赦のない物理的・精神的な猛攻と尋問に、ただひたすら狸寝入りで耐え続けるという、地獄のような苦行を味わう羽目になったのだった。