生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
ターミナル駅を降りた二人は、目的の大型コンベンションセンターへと到着した。
広大なイベントホールを貸し切って行われているのは、大きいお友達を中心に爆発的な人気を誇るトレーディングカードゲーム、その大型公式大会である。会場内に足を踏み入れると、そこは異様な熱気が渦巻いていた。
色鮮やかなキャラクターが描かれた巨大なタペストリーが天井から吊るされ、物販ブースには長蛇の列ができている。しかし、競技スペースとして用意された無数の長机はすでに片付けられ始めており、熱戦が繰り広げられたであろうカードバトルの気配は、すでに祭りの後のような余韻へと変わっていた。
「あちゃあ、終わっちゃってるわね」
コバルトは、ガックリと肩を落としてため息をついた。彼女の目的は、この大会にお忍びで視察に来てるかも、という噂の、アニメ原案者にしてカードゲームの環境を支配する謎の人物『シンシヤ先生』を捕捉することだ。
しかし、肝心の大会が終了してしまっていては、参加者に紛れた関係者を探し出すことなど不可能に近い。
「ルクの友達がレコーディングをサボる必要があったと言っていたからな。仕方のないことだろう」
シルヴァレッタが周囲の熱気に少し戸惑いながらも、極めて真っ当な正論で慰める。そして彼に手を引かれ、二人は会場の最奥に設置された特設ステージへと向かった。
そこでは現在、大会を勝ち抜いた強豪たちを称える受賞者セレモニーが開催されていた。
眩いスポットライトに照らされた登壇席には、誇らしげに賞状を抱えた大人や子供が数名並んでおり、彼らが今回、過酷な環境を制した勝者たちであることは一目瞭然だった。会場に集まった何百人もの観客たちが、勝者たちの健闘を称えて拍手を送っている。
その和やかな空気の中、ステージ上の司会者がマイクを握り、ひときわ高い声でアナウンスを行った。
『……そして! 激戦を制した中学生以下の部の優勝者は、プレイヤーネーム:シナバーちゃんでーす!』
「えっ!?」
コバルトの動きが、まるで時を止められたかのようにピタリと停止した。彼女は驚愕に見開かれた目を、ステージの中央へと釘付けにしている。
「シナバー……!」
シルヴァレッタもまた、その名前に聞き覚えがあった。彼は隣で固まるコバルトの顔と、ステージ上の人物を交互に見比べた。
「コバルト。あの子が……」
「……間違いないわ。私の知る、シナバーよ」
コバルトは、震える声でそう答えた。
ステージの上。スポットライトを浴びて司会者から表彰状を受け取っているのは、セミロングの髪を揺らす、十歳ぐらいの背丈の女の子だった。活動的なサロペットに身を包んだその姿は、一見するとどこにでもいる活発なカードゲーム好きの少女にしか見えない。
会場中が割れんばかりの拍手喝采に包まれる中、コバルトとシルヴァレッタの二人は、ただ呆然とステージの上の彼女を見つめ続けていた。
すると、その異常なまでに熱を帯びた視線に気付いたのだろうか。シナバーと呼ばれた少女が、観客席の方へと視線を巡らせ二人の姿を捉えた。彼女はハッと一瞬、明らかに驚いた顔をした。しかし、驚きは一瞬のことで、彼女はすぐにニッコリと、年相応の無邪気で可愛らしい微笑みを浮かべた。
そして、表彰状を抱えたまま、こちらに向けて何かを呟くように小さく唇を動かしたのだ。ぼくは、彼女の唇の動きを紐解いてみた。……彼女は恐らくこう言っていた。
『やっと来た』
⬛︎◆▲
十数分後。全てのセレモニーが終了し観客たちが三々五々と帰路につく中、ステージから降りてきたシナバーが小走りでこちらへと駆け寄ってきた。
「コバルト姉さん、久しぶり!」
快活で、屈託のない明るい声。彼女は満面の笑みを浮かべてコバルトの前に立ち止まった。
「シナバー、本当にアンタなのね! こんな所で再会するなんて……。アンタも、このカードゲームやってたの?」
コバルトは感極まったようにシナバーの手を握りしめた。かつて生きるか死ぬかの環境を共に過ごした「姉妹」との再会に、ただの一人の少女としての喜びが溢れ出している。
「そうなんだ! このゲーム面白くてさ、大会にはちょくちょく出ててね。今日、やっと優勝したんだ!」
シナバーは嬉しそうに、手にした立派な表彰状と、優勝賞品であるカード──銀色に輝く巨大ロボットのイラスト──をコバルトの顔の前に突き出して見せた。
「すごいわね、中学生以下の部で優勝だなんて。昔から頭の回転が速かったけど、こういうゲームでも才能を発揮するのね」
「ふふ、それほどでもないよ。……で、コバルト姉さんは大会に出ないのかい?」
シナバーが、小首を傾げて純粋な疑問をぶつけてきた。
「え? 私?」
コバルトは一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐにフッと余裕のある笑みを浮かべて答えた。
「私はフリー勢よ。勝ちにはこだわってないの」
うわ、嘘ついてない。むしろ嘘であってくれ……
つい数週間前、アカシャ邸の迎賓館で、いたいけな幼女であるルクを相手に先行一ターンキルという、対話を拒否した悪魔のような戦法で、何もさせずに勝利をもぎ取った挙句「最の高」と満面の笑みで言い放ったのは、どこのどいつだったか。
「そうか。だから……」
コバルトの回答を聞いたシナバーは、少しだけ目を伏せ、何かを納得したようにポツリと呟いた。
「……何? どうしたの?」
コバルトが不思議そうに尋ねるとシナバーはハッと顔を上げ、慌てて首を横に振った。
「いや、何でもないよ! 気のせい!」
シナバーは笑って誤魔化すと、視線をコバルトの隣に立つシルヴァレッタへと向けた。
「ところで、そちらの男性は? コバルトの知り合い?」
「ああ。シルヴァレッタだ。初めまして、シナバー」
シルヴァレッタが、落ち着いた声で挨拶をする。
「君の噂は、他の姉妹……クロムやラピスラズリからよく聞いている」
彼の名前を聞いて、シナバーの顔に怪訝な色が浮かんだ。
「シルヴァレッタ……?」
彼女は、その名前の響きを確かめるように口の中で反芻し、シルヴァレッタの顔立ちや、深く被った帽子をじっと観察している。
それもそうだろう。明らかに人の名前としては違和感が大きすぎる。
「実は、ワケがあるの。……ちょっと複雑な事情でね」
コバルトが周囲の目を気にするように声を潜めた。
「貴女にも話しておきたいわ……このあと、少し時間取れるかしら?」
「うん、もちろん構わないよ」
シナバーは小さく頷いた。
三人は大会会場を後にし、駅前にある少し薄暗い、昭和の香りが漂う純喫茶へと移動した。休日の喧騒から切り離された、ベルベットのソファが並ぶ静かな奥のボックス席。アイスコーヒーとクリームソーダが運ばれてきた後、コバルトが周囲に聞き耳を立てる者がいないことを確認して、静かに口を開いた。
「シナバー。信じられないかもしれないけど、落ち着いて聞いてね」
コバルトの合図を受け、シルヴァレッタがゆっくりと頭に被っていた帽子を取り払った。
露わになった彼の右側頭部には、生々しい傷跡と共に、鈍い光を放つ『銀色の金属』──ぼくの身体に意識を宿した弾丸が、脳髄を塞ぐようにして深く埋まり込んでいる。
「この頭に埋まっている銀色の弾丸が……今、この体の主導権を握って動かしているの」
コバルトが、極めて真剣な顔で、この常識外れのファンタジーな事実を説明した。
シナバーは、ストローを咥えたままピタリと動きを止め、シルヴァレッタの側頭部に埋まる銀色の傷口をマジマジと見つめた。
数秒の、重たい沈黙が流れる。
やがて、シナバーは小さく肩を震わせ始めた。
「……ヒヒ」
俯いた彼女の口から、空気が漏れるような音がこぼれる。
「ンヒヒヒ……アーハッハッハッハ!!」
突然、シナバーは腹を抱え、涙を流さんばかりの勢いで大爆笑し始めたのだ。純喫茶の静寂をぶち破るような、豪快な笑い声だった。
「ど、どうしたの突然!」
予想外の反応に、コバルトが目を丸くして慌てふためく。シルヴァレッタも、帽子を手に持ったままキョトンとしている。
「い、いやっ! アハハ! だって、まさか本当に、そんな事あるんだって思って! ン、ンフフフ……!」
シナバーは、笑いが堪えきれない様子でテーブルに突っ伏して肩を震わせている。
「う、嘘じゃないわ! これ、本当なのよ!」
コバルトが必死に弁明する。
「アハハ……ふぅ、ごめんごめん」
シナバーは目尻に浮かんだ涙を指で拭い、ようやく笑いを収めて顔を上げた。
「ああ、分かってる。コバルト姉さんの事は信じてるよ。昔から、姉さんは嘘をつくのが絶望的に下手だったからね」
からかうような口調でそう言いながら、シナバーはクリームソーダをストローで一息に吸い上げた。
「それで?」
シナバーは、カランと氷の音を立ててグラスを置き、改めて二人を真っ直ぐに見据えた。
「このボクにわざわざ、その秘密の話を持ちかけた理由はなんだい?」
コバルトは居住まいを正し、会場に足を運んだ最大の目的を切り出した。
「今、『シンシヤ先生』って人を探してるの」
シナバーは表情を一切変えることなく「うんうん」と深く頷き、「それで?」と続きを促すように聞き返した。
「シナバー。貴女、カードの大会にちょくちょく出てるんでしょう?」
「うんうん」
「そのシンシヤ先生って人は、お忍びで大会に視察に来てるらしいのよ」
「うんうん」
「そういう怪しい人、今まで見かけなかったかしら?」
「…………えっ?」
……だよね。ごめんね二人がポンコツで。
「シンシヤ」と「シナバー」この名前の符合を考えれば、答えは一つなのである。
数秒のフリーズの後、シナバーは「あー……」と、天井を仰ぎ見た。
「……怪しい人、か。正直、ボクを含めてカードゲーマーなんて全員が怪しい人みたいなものだから、パッと見じゃ判らないかな」
ライン越え。
シナバーは、ひどく身もふたもない偏見に満ちた暴言を吐き捨てて、肩をすくめた。
「だから、その『シンシヤ』って人には、全く心当たりは無いよ」
うそです。はい確定。
「そうよね……。やっぱり、そう簡単には見つからないわよね」
コバルトは、心底ガックリと肩を落とし、アイスコーヒーのグラスを虚しく両手で包み込んだ。ポンコツ極まれりである。ぼくはシルヴァレッタの意識の奥底で、盛大に頭を抱えた。
「ところで、コバルト姉さん」
空気を変えるようにシナバーが話題を転換した。彼女の視線が、再びシルヴァレッタへと向けられる。
「そちらのシルヴァレッタさんだけど。その弾丸に身体を乗っ取られる前……元の持ち主は、どんな人だったんだい?」
その問いに対して、シルヴァレッタは隠すことなく、淡々と事実を答えた。
「ウラベイサクだ」
「ちょっと、今のは名前じゃないでしょ!」
すかさずコバルトが呆れたようにツッコミを入れた。
「シナバーの『どんな人だったか』っていうのは、人柄や素性を聞いてるのよ! いきなりフルネームだけ答えてどうするのよ。本当にもう……」
コバルトはブツブツと文句を言いながら、シルヴァレッタのフォローに入ろうとした。
だが
「……マジか」
シナバーは、目を見開いて、呆然とポツリと呟いた。
その顔には、先ほどの作り物の笑顔は消え去り、底知れない衝撃と、ある種の畏怖のようなものが張り付いていた。
「……ん?」
「えっ?」
コバルトのツッコミに気を取られて、その小さな呟きを聞き逃してしまった二人が、不思議そうにシナバーの方を見やる。
しかしシナバーは、すでに快活な笑顔を顔に貼り付け終わっていた。
「いや、変なことを聞いてすまなかった」
シナバーは誤魔化すようにグラスの氷をカラカラと鳴らすと──
「それに、その『ウラベ何某』っていう人に、ボクは全く心当たりはないよ」
彼女は、嘘をついた。
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