生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

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カードは輝く星となる 一

 夜の駐車場にひっそりと停められた無骨なキャンピングカー。

 外の冷たい夜風とは打って変わって、断熱材の効いた車内は暖房の温風が巡っていた。 

 

 しかし、今この空間を支配している熱気は暖房によるものだけではない。

 折り畳み式の小机の上に広げられた一枚のプレイマットを挟んで対峙する、二人の少女が放つ闘気もまた、強い熱を帯びていた。

 

 プレイマットを挟んで座っているのは、コバルトとシナバー。

 かつて暗殺組織『ジュエル』で姉妹として育った二人は今、互いに自前のデッキを手に持ち、無言でシャッフルを繰り返していた。 

 

 シナバーの足元には、太く重厚な金属製の枷が嵌められている。

 その鎖の先は、少し離れた位置に座る純白のゴスロリドレスを着た少女──ラピスラズリの細い足へとしっかりと繋がれていた。

 

 シナバーには視覚と記憶を奪う厄介な能力があるが、万が一ここで能力を使われたとしても物理的な逃走を防ぐ、そのための絶対的な措置である。

 なにせ、ラピスラズリは小柄な見た目に反して、ちょっとでも触れれば相手の骨を粉砕し、鉄扉すらこじ開ける規格外の『怪力』を持っているのだ。

 

 怪力の彼女と繋がれている以上、シナバーが物理的に抵抗して逃げ切ることは不可能。

 コバルトが下した、極めて合理的で最善の判断だった。

 

「先行か後攻、好きな方を選びなよ姉さん」

 シャッフルを終えたシナバーが、ふっと余裕の笑みを浮かべて静寂を破った。

「何せボクは、このカードゲームのチャンピオンでありゲームの創造主、シンシヤ先生だからね」

 

 その堂々たる宣言に対し、コバルトは鼻で笑った。

「創造主って言っても、ズルしてオリカをデッキに混ぜてるわけじゃないでしょ。ルールに従う以上、条件はイーブンだわ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 シナバーの手がピタッと止まり、

 彼女の顔からスーッと笑みが消えた。

 

 視線を斜め下に泳がせ、明らかな動揺を見せている。

「……え?」

 コバルトは目を丸くした。

 

「ちょっとアンタ、まさか本当にズルしてるの?」

「い、いや! ズルというか……」

 

 シナバーはバツが悪そうに頬を掻きながら、おずおずと白状した。

「……この前の大会で優勝して貰ったプロモカードを一枚だけデッキに入れてるんだけど……良いかな?」

 

 コバルトは腕を組み、少しだけ考え込んだ。

「……プロモって、いつも通りなら先行発表のカードよね? 後々パッケージデザインに選ばれるヤツ」

「その予定だよ。能力やテキストは製品版と全く同じになる。創造主であるボクが保証する」

 

 シナバーが真剣な顔で頷く。

「なら、プロキシみたいなもんよね。……別にいいわ、許可する」

 コバルトはあっさりと快諾した。

 

「私は、お言葉に甘えて先行をもらうわ」

 コバルトはそう言って、自身のデッキをシナバーに差し出した。

 シナバーもまた、自身のデッキをコバルトに渡す。

 互いに相手のデッキをシャッフルして不正がないことを確認し合い、それぞれの定位置に置いた。

 

 このカードゲームのメインデッキの所定枚数は三十枚。

 二人は慣れた手つきで、デッキの上から五枚のカードを裏向きのまま自身のフィールドの手前に並べ、ライフカードとしてセッティングする。

 その後、さらに五枚を引いて手札に加え、互いにメインデッキの残り枚数は二十枚となった。

 

 手札をじっくりと確認した二人は、続いて別のケースに用意していた十枚のカードの束を取り出した。

 そこから手札と戦略に合わせて五枚のカードを厳選し、メインデッキとは反対側の場所にセットする。

 

 ──それが、ゲームの勝敗を大きく左右する『フェイタルデッキ』である。

 

 準備は整った。キャンピングカーの車内に、二人の少女の凛とした声が重なって響き渡る。

「「Live or Die!」」

 

 先行を取ったコバルトは一切の躊躇なく動いた。彼女は必勝の手順を繰り出す。

「私は手札から、『闇の魔王・アンタークティカ』をアンタに見せるわ!」

 うわでた。

 

 コバルトは、禍々しいオーラを放つそのカードを、堂々とシナバーの目の前に突きつけた。

「闇魔王(かんたん)ワンキル、か」

 シナバーは少しも驚くことなく、ニヤリと口角を上げた。

 

「コバルト姉さんも、その理不尽なカードパワーの魅力に取り憑かれたんだね。でも残念。創造主たるボクが、そんなありふれたコンボの対策もせずに、大会で優勝なんかしてると思うかい?」

「対消滅かしら?」

 コバルトが冷静に推測する。

 

「フェイタルデッキルールが導入された際に新たに生まれた概念。互いのフェイタルデッキに同じカードが眠っていれば、そのカードはゲーム中、使用不可になる。……つまり、アンタのフェイタルデッキにも真魔王が仕込まれているのね」

 コバルトの読みは鋭かった。しかし、シナバーの笑みはさらに深まる。

 

「ボクがそんな、テンプレメタ戦略で勝ち上がったと思うのかい……舐めないで!」

 シナバーは叫ぶと同時に、自身のフェイタルデッキに手を伸ばし、一枚のカードを勢いよく表に返した。

 

「『堕天の魔王・ブルーアイス』の効果を使う!」

「なっ!」

 コバルトが目を見開いて驚愕する。

 

「フェイタルデッキから、今発動した『堕天の魔王・ブルーアイス』を含む、四体の『魔王』カードを裏側表示でリソースに送る!」

 シナバーは流れるような口上で宣言した。

 

「これによってゲーム中、互いの魔王カードの効果は強制的に無効化される!」

「嘘でしょ!?」

 コバルトは完全に虚を突かれ、思わず身を乗り出した。

 

「ティア0のメタとは言え、五枚しかないフェイタルデッキの枠を四枚も消費するなんて……そんな重すぎるロマンカードを使うなんて正気!?」

 

 二人の高度な(そして不可解な)やり取りを横で見ていたシルヴァレッタが、頭の上に疑問符を浮かべて横から尋ねた。

「……どういう事だ、コバルト。何が起きている?」

 

 コバルトは顔を引きつらせながら、シルヴァレッタに向けて早口で解説を始めた。

「いい、シルヴァレッタ。このカードゲームはね、『一にワンキル、二に展開、三四が制圧、五に妨害』と言われるほど、先行でのワンキルと展開が全てを握るゲームなの!」

 やばたにえん

 

「だから!」

 コバルトは力説する。

 

「手札を見てからゲーム開始前に選ぶことができるフェイタルデッキに入れるカードは、ワンキルを補助するか、展開を確実にするためのカードがマストなのよ! 妨害札は一枚もあれば充分! なのにシナバーは、貴重なフェイタルデッキの五枚のうち、四枚も妨害のためだけに消費した──!」

 

 キャンピングカーのテーブルの向こう側で、シナバーはやれやれといった様子で肩をすくめた。

「ティア0の理不尽をメタるのに、躊躇はいらないよ。実際、この前の大会はこの『ブルーアイス』一枚で予選を突破したようなものだからね」

 

「……やるわね、シナバー」

 コバルトは素直に相手の構築を褒め称えた。

 かつて実技トップだった彼女の、勝負事に対する真摯な姿勢が垣間見える。

 

 しかし、彼女の瞳にはまだ闘志の炎が燃え盛っていた。 

「でも、私のデッキはまだ死んでないわ! リソース0の奇跡カード、『魔の王たちの散開』!」

「……やるね、姉さん!」

 シナバーはコバルトの引きの強さを称賛した。

 

 奇跡カード。

 互いのターンに一度まで使用可能な、キャラクターを強化したり展開を補助したりするカード群だ。

 

「手札の、さっき見せた『闇の魔王・アンタークティカ』を裏側状態でリソースエリアに送り、デッキから二枚ドローするわ!」

 

 手札交換。

 高速化しすぎたこのカードゲームにおいて、必須化されたドローソースである。

 コバルトは、シナバーのメタによって完全に使い物にならなくなった魔王カードをコストとして捨て、新たな手札を二枚補充した。

 

 そこから、展開の真骨頂である怒涛のソリティアが始まった。

 

「リソース0、『ダークペンギン・ケーシー』を出して効果発動! デッキから同名以外の『ダークペンギン』カードを手札に加える。『ダークペンギン・デービス』を加えるわ! そして、手札に加わった事でデービスが効果を発動する! デッキから『ダークペンギン』キャラクターを場に出す! リソース0の『ダークペンギン・モーソン』を選択して場に出すわ!」

 

 コバルトの滑らかな手つきは止まらない。パチッ、パチッと小気味良い音を立てて、プレイマットの上に次々とカードが並べられていく。

 

「まだまだ! 場に出たモーソンの効果を発動! 場の二枚の『ダークペンギン』キャラクターを表側表示でリソースエリアに送って、デッキから新たに『ダークペンギン』キャラクターを二枚まで出せる! リソース0の『ダークペンギン・ショーワ』と、リソース2の『ハイ・ダークペンギン・ハリー』を場に出す! コストで送った二枚はハリーのリソースとして裏返すわ」

 

 シナバーの顔に、やや困ったような色が浮かんだ。

「……ハリーが出たか」

 

「いくわよ! ハリーの効果! 場の『ダークペンギン』カードを全て表側表示でリソースに送ることができる! その後、送った数だけ必要リソースを差し引いて、デッキから好きなキャラクターを場に出せる! 送った数は二枚、つまりリソースは2軽減! 来なさい、リソース4『闇の刺客・グラハムランド』! コストで送った二枚は残った2つのリソースとして裏返すわ!」

 

 息をつく暇もない猛烈な連続展開(ソリティア)。

 コバルトの場には、愛らしいペンギンのボディの中に、宇宙生物のようなグロテスクな触手や単眼が蠢いているという、ひどく禍々しいデザインのイラストが描かれた大型キャラクターが鎮座した。

 

 コバルトは、自陣に並び立った完璧な布陣を見下ろし、そしてシナバーを真っ直ぐに見据えた。

「手札は五枚。そして場には、相手の行動を制限する制圧キャラ。……どうかしら?」

 

 コバルトは、かつての暗殺者時代を彷彿とさせるような、見事なまでに邪悪でニヤリとした「悪役令嬢」とでも呼べる笑顔を浮かべてみせた。

 

 ……どっちが悪者なんだっけ?

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