生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「行くよ。ボクのターン」
シナバーが、自らのデッキに手を伸ばす。
「ドローフェーズ。カードを一枚ドロー!」
彼女が勢いよくカードを引き抜いた、まさにその直後。
「『コール』!」
コバルトの鋭い声が、車内に響き渡った。
──ここで少し、このカードゲームのルールについての解説が必要だろう。
このゲームにおいて、相手のターン中に自分が能動的に行動を起こすために必要な宣言、それが『コール』だ。
コールを宣言された相手プレイヤーは、自身の持っているリソースを幾つか支払って『ベット』することができる。
そして『コール』を宣言した側のプレイヤーは、相手が『ベット』した数と同じだけ自身のリソースを支払わなければ、行動を成立させることができない。
つまり、相手にリソースが潤沢にある状態では、下手にコールを宣言しても成立しない可能性が高いのだ。
(ブラフでコールし、無駄にリソースを消費させるという戦法もあるが、それはまた別の話)
今はターンが開始した直後のドローフェーズ中。
この時点では、お互いの使用可能な表側表示のリソースは『0』のままである。
シナバーはリソースがないためベットをすることができず、よってコバルトのコールは無条件で、リソースを支払うことなく成立してしまう。
「私はフェイタルデッキから、『闇の食客・バロー』を表側表示でリソースに送って効果を発動するわ!」
コバルトは、ゲーム開始時に伏せておいた五枚のフェイタルデッキのうちの一枚を見せつけて、そのままリソースエリアへと叩きつけた。
「このカードの効果により、私のリソースエリアにある全ての裏側表示のカードを表側表示にする! さっきのソリティア展開でコストにしたカードたちも、全て使用可能なリソースとして復活するわ。……これで、私のリソースは一気に『7』よ!」
コバルトの宣言通り、伏せられていたカードが一斉に表に返った。
「これで、手札にあるカードはどれでも使い放題。……『手札誘発』打ち放題よ!」
手札誘発。
それは、場にカードが存在していなくても、手札から直接捨てることで効果を発動し、相手の行動を妨害できるという極めて厄介なカード群のことだ。
本来、このゲームの手札誘発は強力な反面「発動にリソースが必要」という明確なネックが存在する。
そのため先行では(ワンキルじゃなければ)手札を使い盤面を作るか、あるいはリソースを残して手札誘発を構えるかのトレードオフになるはずだった。
しかし、コバルトはその弱点を、先行のソリティア展開と『バロー』の効果を組み合わせることで完全に帳消しにしてしまったのだ。
強固な耐性を持つ制圧キャラクターが場にいて、手札には五枚の妨害札があり、それらを撃つためのリソースも十分に確保されている。
何このクソゲー、親の顔が見てみたい。
……現在進行形でボコボコにされていた。
「……リカバリーフェーズ」
シナバーは、コバルトの絶望的な布陣を見せつけられても、表情一つ変えずにゲームを進めた。
「フェイタルデッキにある残りのカードは、さっきの『ブルーアイス』のコンボで四枚消費したから一枚だけ。よって、このフェーズでリソースのカードを表に出来るのは一枚まで。……ボクのリソースは、これで『1』だ」
あまりにも絶望的な状況だった。
コバルトのリソースは7。対するシナバーのリソースはたったの1。
さらにコバルトの場には、一回の万能無効能力と、他のカード効果を受け付けない完全耐性を持った『グラハムランド』が立っている。
手札の数も、妨害の質も、何もかもが圧倒的に負けている。
しかし、シナバーの瞳にはまだ闘志の炎が燃え盛っていた。
「行くよ。リソース0の奇跡カード、『勇者誕生』を発動する」
シナバーが手札から一枚の奇跡カードをプレイした瞬間、コバルトが間髪入れずに割り込んだ。
「させないわ! リソースを1支払い手札誘発『闇の閃光』! そのカードの『発動を無効』にする!」
コバルトの手札から黒い閃光が放たれ、シナバーのカードを粉砕する。
「……『発動の無効』だから、一ターンに一度の奇跡カード、その発動権はまだ残ってる! リソース0の奇跡カード『勇者よ奮い立て!』を発動する」
「甘いわ! リソースを3支払い手札誘発『闇の極光』! 今度は『効果の無効』よ!」
コバルトの迎撃は完璧だった。これでコバルトの残りリソースは3。
「なら、キャラクターの展開だ。リソース0、『ユキドリ』を場に出す」
「勇者デッキの展開の要ね、出させない! リソースを2支払い手札誘発『暗黒直下』! そのキャラクターを裏側表示でリソースエリアに送ってもらうわ!」
「……くっ。なら、リソース0で『カニクイテー』を出す。登場時に効果発動、デッキから一枚ドローする」
「させないって言ってるでしょ! リソースを1支払い手札誘発『闇の麗光』! ドロー効果を無効にして止める!」
凄まじい応酬(一方的)だった。
キャンピングカーの狭い空間で、魔法の呪文のような専門用語が乱れ飛ぶ。
コバルトは容赦なく手札誘発を切り続け、シナバーの初動を徹底的にへし折った。
しかし、これでコバルトのリソースはついに「0」になった。
だが、彼女の場にはまだ、凶悪な無効効果を一度も使っていない高ステータスの『グラハムランド』が悠然と構えているのだ。
手札誘発を全て使い切ったとはいえ、この絶対的な砦を突破しなければシナバーに勝ち目はない。
一方、矢継ぎ早にカードをプレイさせられたシナバーの手札は、残りたったの二枚になっていた。
「どう? もう打つ手はないんじゃない?」
コバルトが、勝利を確信したような余裕の笑みを浮かべる。
シナバーは小さく息を吐き、盤面を見つめた。
「『カニクイテー』のもう一つの効果を使います。……グラハム、使う?」
シナバーの確認に対し、コバルトは腕を組み、ドヤ顔で言い放った。
「ありません」
当然の判断だ。たかだかリソース軽減程度の効果に、グラハムランドの貴重な万能無効を切る必要はない。
本命の切り札が出てきた時に叩き潰せばいいのだ。
「なら、『カニクイテー』を裏側表示で自身のリソースエリアに送り、このターン『勇者』カードの必要リソース数を1減らす」
シナバーは宣言と共にカードを動かした。
「そして、リカバリーフェーズで確保していたリソースを1使って、本来ならリソース2が必要な『大勇者大ちゃん』を場に出す!」
シナバーの場に、あのアニメでお馴染みの愛嬌あるペンギン勇者が姿を現した。
勇者デッキの絶対的なエースモンスター、大ちゃんシリーズの登場だ。
しかし、そのステータスはコバルトの場にいるグラハムランドには遠く及ばない。
戦闘になれば一方的に破壊されてしまう数値だ。
「『大勇者大ちゃん』の効果発動! このターン、『大ちゃん』キャラクターは相手の場にいるキャラクターのステータス分だけパワーアップする!」
シナバーが声を張り上げる。通ればグラハムランドを上回る打点になる。
「……何かある?」
シナバーの確認。
「当然よ!」
コバルトが、待っていましたとばかりに指を突きつける。
「『グラハムランド』の効果発動! 大ちゃんのその効果を無効にする! そして無効にした後、相手の場のキャラクターの数だけ相手自身のライフカードを手札に加えてもらうわ!」
グラハムランドの凶悪な追加効果。それは、相手の行動を無効にした上で直接ダメージを与えるに等しい、ライフ削りの効果だった。
シナバーの場には大ちゃんが一体いる。
そのため、シナバーのライフカードが五枚から四枚へと減り、減った分の一枚が彼女の手札へと加わった。
これでシナバーのライフはこれで四。手札は、加わったライフの分を含めて三枚になった。
そして、シナバーの場の『大ちゃん』はステータスが上がらず、グラハムランドを突破する手段を完全に失ってしまった。
「これで終わりよ、シナバー。アンタの頼みの綱のエースは無力化された。次の私のターンで、そのペンギンごとアンタのライフを更に削ってやるわ」
コバルトが引導を渡すように宣告する。
しかし、シナバーの顔から、あの飄々とした笑みは消えていなかった。
「……なら、今手札に加わったライフのカードを、そのままリソースエリアに表側表示で置く。これで、ボクのリソースは再び『1』だ」
シナバーは、グラハムランドの効果を利用して手に入れたカードを、即座にリソースへと変換した。
「……それが狙い?」
コバルトが訝しげに眉をひそめる。
「確かにリソースは1つ回復したけど、手札は残り二枚。グラハムランドを突破できないのは変わらないわ。この絶望的な状況を打破するようなカードなんて、勇者デッキのプールには無いわよ」
「そう。……無かった」
シナバーは、静かに頷いた。
「このカードは、長らく『ロマンカード』として扱われて、環境では全く価値を見出されなかったからね」
そのセリフを聞いた瞬間、コバルトの脳裏に、電流のような閃きが走ったらしい。
彼女の顔からスッと血の気が引き、驚愕に目が見開かれた。
「『P4U』……!? なんでそんな、実践じゃ使い物にならないロマンカードをデッキに……!」
コバルトはハッと息を呑み、そして先ほどのゲーム開始前のやり取りを思い出した。
「まさか、プロモカードって!」
「そう!」
シナバーは、手札から一枚のカードを、神聖な儀式を行うかのようにゆっくりとプレイマットの上へと振り下ろした。
「リソース1を支払い、『P4U』を場に出す!」
P4U。その文字列と符合する事実がある。
かつてコバルトの依頼人が持ち込んだ銀色の弾丸が収められていたアンティークの装飾箱。
その裏に刻まれていた英単語の羅列【Past Path Pacific Purpose】
──それは、D.O.Eという組織が考察した、この世界がかつて滅亡した際に存在したという、最終機動兵器の名前だったはずだ。
「このカードは、自分の場に『大ちゃん』カードが無いと場に出すことができない。そして場に出した後、場の『大ちゃん』キャラクターと合体させる!」
シナバーの宣言と共に、小柄なペンギンの勇者の背後に、巨大な影が立ち上がる。
「さらに、合体効果のパッシブが発動する。このターン中に自分が相手に『無効化された回数』だけ、このカードの持つエナジーをゲーム中リソースとして扱うことができる!」
「クッ!」
コバルトが顔を歪める。
「そう。さっき姉さんは、ボクの行動を親の仇のように徹底的に無効化してくれたよね」
シナバーは、これまでのコバルトの妨害行動を指折り数えた。
「『勇者誕生』の発動無効。『勇者よ奮い立て!』の効果無効。『カニクイテー』のドロー無効。そして『大勇者大ちゃん』のパンプアップ無効。……合計、四回だ」
手札誘発による徹底的な妨害と、制圧キャラクターによる無効化。
その全てが、この瞬間のための「布石」へと反転してしまったのだ。
「無効化された回数は四回。よって、P4Uのエナジー四つ全てをリソースとして使用できる!」
シナバーの目に、絶対的な勝利の確信が宿る。
「そして!」
シナバーは、自らのフェイタルデッキの最後の一枚へと手をかざした。
「このフェイタルカードは、『P4U』と合体した『大ちゃん』キャラクターの上に重ねて場に出すことができる!」
キャンピングカーの薄暗い車内に、シナバーの凛とした声が響き渡る。
それは、単なるカードゲームの召喚口上を超えた、かつてこの星を守るために戦った忘れ去られた歴史への、祈りのような響きだった。
「現れろ、地球の守護者!」
シナバーが、フェイタルデッキから裏向きのカードを表に返し、場にいる大ちゃんの上に勢いよく叩きつけた。
カードのイラストに描かれていたのは、それまでのアニメらしい愛らしいキャラクターとは一線を画していた。
──それは、銀色に輝く、神々しくも無骨な装甲に身を包んだ、巨大なロボットの姿だった。
圧倒的な兵器としての機能美と、星の命運を背負う守護神としての威厳を併せ持つ、古代文明の遺産。
「『パスト・パス・パシフィック・パーパス/U』!」
P4Uの真の姿が、
今、盤面に降臨した。