生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「シルヴァレッタ、アンタはそこで隠れてて!」
「分かった」
コバルトの鋭い指示にシルヴァレッタは素直に頷き、路地裏の建物の影へと身を隠した。ぼくの視界は遮られ、事態を聴覚でしか確認できなくなってしまった。
「ふふっ、本当に守るつもりなのね。優しい子」
「姉さんは私が守る、それだけよ」
シュッ、と軽く地を蹴る音。距離の近さから考えても、コバルトの小柄な身体が弾かれるように前へと飛び出した音だろう。武器はない。抱えていたショルダーバッグはビルのエントランスに置いてきた。けれど、大口径の拳銃を構えた相手に対し、徒手空拳で彼女は飛び込んだ。
無茶な特攻だ。普通に考えればそうだろう。しかし、コバルトの真価はそこにあったようだ。
「相変わらず、厄介な才能ね!」
マラカイトが引き金を引いたのだろう。先程のセリフと時を同じくして耳をつんざくような轟音が鳴り響く。直後、ドスンと何かを蹴り飛ばすような重たい音が続いた。
「んっ!」
その呻き声には大人の色気があった。なのでマラカイトのものだろう。コバルトは今、この窮屈な路地裏で体躯の勝る、それも銃を持った姉貴分を相手にして、見事に懐へと潜り込み一撃を与えたのだ。
「りゃあっ!」
その掛け声の後、壁に何か重たい石のようなものがぶつかる音がした。恐らくマラカイトの右腕を拳銃ごとコバルトが蹴り飛ばして、蹴り飛ばされた拳銃が壁に激突したのだろう。
「クッ。でも、才能だけで埋められるほど、経験の差は浅くないわ!」
マラカイトは焦ることなく、コバルトの声から遠ざかりながら憎まれ口を叩く。しかしコバルトの猛追は止まらない。
「てやぁー!」
コバルトは咆哮しながらマラカイトの声の方へ突進していき、幾許かの打撃音の応酬が続いた。
「舐めないでッ!」
ドンッという音と共にコバルトはぼくのところへと弾かれ転がってきた。ゴホゴホと咳をしており、思いっきり突き飛ばされたようだ。
「っ、シルヴァレッタ! 走って!」
そう叫びながら、こちらに向かって走ってくるコバルト。ぼくと違って頭の回転が速く、すぐに意図を理解したシルヴァレッタはマラカイトから距離を取るように路地裏の奥へと走る。
「待ちなさい、逃げられないわよ!」
マラカイトが吠えるが、お構いなしに二人は駆ける。そしてジグザグと路地裏を通り抜けていく。
そうして、見晴らしの悪い奥まった所に辿り着く二人。治安の悪い場所らしく、表通りからはパチンコ屋のけたたましいジャリジャリした音がボヤけて聞こえてくる。非常階段の軒下にしゃがんで身を隠す二人、コバルトが外側を護り周囲を見張っていた。
「あの人の本業はスナイパーよ」
唐突にコバルトはシルヴァレッタに話しかける。
「だから、ここみたいな遠くからでも見通しの悪い場所を転々と移動するしかないわ。表を通るのはリスクが高い。でも……」
彼女は迷っているようだった。完全に撒いた今なら表を通って後は公共交通なり何なりで遠くに逃げることが出来る。でも、もしそれで目撃されたら?彼女が苦悶しているのは、そんな所なのだろう。
「どっちだと思う?姉さんなら殺気を隠す事だってできるかもしれない。本当に私達を見失ったのか、それともアタリがついていて表に出た瞬間の狙撃チャンスを待っているのか……」
コバルトはシルヴァレッタの回答を待っている様子だった。
ぼくが思うに、見つかっているならもう撃たれている筈だ。だったら今なら遠くに逃げる絶好のチャンスだろう。
しかしシルヴァレッタの考えは違った。
「君の直感を信じよう。もう少しここで様子を見る」
「そう、そうね。暗くなるまで身を潜めて、それからでも電車やバスに乗れるものね」
ぼくは所詮部外者なのだと改めて思い知らされた。
⬛︎◆▲
数時間が経ち、辺りは薄暗くなった。
「……もう大丈夫そうね」
あれからマラカイトの襲撃はなく、近くを通りかかることもなかった。完全に見失ったと二人は判断したようだ。
「ここからすぐのバス停に、そろそろ次のバスが来るハズよ。まずはそれに乗りましょう」
そう言ってコバルトは立ち上がり表通りへと歩を進めようとする。
咄嗟にぼくは危ない、と心の中で声を上げる。けれどその声はぼくにしか響かない。
ああ。もし声が届いていれば……
「えっ」
彼女が傷つく事はなかっただろう。
頭上から破裂音が響いた後、反対側の鋼鉄製の古びた硬いドアからキンッ!と甲高い反射音が響き
「ッ……!」
コバルトの小さな唇から、苦悶の声が漏れた。気付くと、彼女の左脚から赤い飛沫が鮮やかに舞い散っていた。
「跳、弾ッ!?」
痛みが遅れて到達したのだろう。コバルトはバランスを崩し、そのまま崩れ落ちてしまう。
頭上の遠くから声がした。
「正解よ。ようやく貴女が動き出した所を狙わせてもらったわ。殺気を放たずに射撃ゲームに興じる気持ちで引き金を引けば貴女にも気付かれないと踏んで、ね」
コバルトの足首の少し上、アキレス腱が、頭上から放たれた弾丸によって正確に切断されていた。狙撃地点から直線では狙えない死角をマラカイトは、鋼鉄製のドアという硬い反射角を利用し、ビリヤードの球のように弾丸を『跳弾』させてコバルトの脚を撃ち抜いた。
「言ったでしょ?逃げられないって」