生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「バトル! グラハムランドに攻撃だ!」
シナバーが力強く攻撃宣言を放った。
彼女の場にはロマンカードのコンボによって降臨した、銀色に輝く巨大ロボットのカードが鎮座している。
その宣言を聞いた瞬間、コバルトの目が驚愕に見開かれた。
「正気!? グラハムランドは効果を受け付けない強固な耐性を持っているだけじゃない! バトルした相手を問答無用で必ず破壊するっていう、凶悪な戦闘効果持ちよ! いくらステータスで上回ってるとはいえ、せっかくあんなに苦労して出した大型キャラクターで自爆特攻するなんて……!」
コバルトの言う通りだった。
グラハムランドもまた、このゲームにおいて「ティア0」と呼ばれる環境トップの理不尽さを体現したカードだ。
戦闘を行えば、そのステータスの高低に関わらず、相手を確実に破壊する効果を持っている。
つまり、シナバーのカードがどれだけ打点を上げていようと相打ちにされる運命にあるはずだった。
しかし、シナバーの顔には一切の迷いはない。
カードが交差する音が響き、戦闘処理が行われる。
シナバーの場にいる、パストパスなんちゃらは、その圧倒的なステータスでグラハムランドを粉砕し、撃墜した。
戦闘におけるステータスはシナバーのパパパパの方が上回っていたため、その超過ダメージ分として、ルールによりコバルトは自身のライフカードを一枚手札に加える処理を行った。
その後、グラハムランドの効果処理が行われると思いきや──
「パッシブ効果発動!」
シナバーの凛とした声が、車内に響き渡る。
「何ですって!」
コバルトが悲鳴のような声を上げた。
「説明するよ!」
シナバーはバチンとウインクしながら自信に満ちた笑みを浮かべて、解説を始めた。
「パスト・パス・パシフィック・パーパス/Uが破壊される時、リソースを1消費することでその破壊を無効化する! Uは、UnbreakableのUだ! 勇者は命ある限り、何度でも立ち上がり続ける!」
「そ、そんな……」
コバルトは完全に絶句し、テーブルの上に手をついた。
破壊耐性。
それも、リソースが続く限り何度でも蘇る、強固すぎる不屈の壁。
手札誘発を使い切り、盤面の絶対的な砦であったグラハムランドを失ったコバルトには、もはやこの巨大ロボットを突破する手段は残されていなかった。
──その後、数ターンの攻防が続くが、完全に逆転された盤面を覆せるはずもなく……やがてコバルトのライフカードはゼロになり、勝敗は決した。
「対戦ありがとうございました」
シナバーが、静かに頭を下げてゲームの終了を宣言した。
「ありがとうございました……」
コバルトもまた、力なく頭を下げた。
かつて実技トップの成績を収めた暗殺者としての矜持を持つ彼女であっても、チャンピオンの繰り出すコンボの前には成す術がなかった。
彼女は深く意気消沈し、肩を落とした。
コバルトはゆっくりと顔を上げ、シルヴァレッタの方へと向き直る。
「ごめんなさい、シルヴァレッタ。……勝てなかったわ」
彼女は、普段の強気な態度からは想像もつかないほど、しおらしく消え入りそうな声で謝罪した。
「私が不甲斐ないせいで……アンタの秘密を知るチャンスを不意にしてしまって、本当に申し訳ないわ」
シルヴァレッタのルーツを探るための、唯一の手がかり。
過去にD.O.Eという組織に属しており、ウラベイサクを狙うというシナバーから真実を聞き出す絶好の機会を、自分の敗北によって失ってしまったと、コバルトは深く責任を感じていた。
しかし、シルヴァレッタは全く気にする様子もなく、穏やかな声で彼女を労った。
「ナイスファイトだった」
シルヴァレッタは、コバルトの肩に軽く手を置いて励ました。
「俺にはカードゲームの複雑なルールや内容はよく分からなかったが、コバルトが俺のために真剣に、良い戦いをしてくれたということだけは痛いほど伝わってきた。だから、謝る事なんて何一つないんだ」
その真っ直ぐで温かい言葉に、コバルトは少しだけ救われたように目を潤ませた。
コバルトは小さく深呼吸をして気持ちを切り替えると、拘束されているシナバーの方へと向き直った。
「それじゃあシナバー。約束通り、貴女の拘束を解いて解放するわ。どこへでも行きなさい……次は絶対に負けないわよ」
コバルトが悔しさを滲ませながら宣言すると、シナバーは不思議そうに目を丸くしてキョトンとした顔になった。
「え? 何で? 次はボクがシルヴァレッタさんの秘密を打ち明けるターンじゃないの?」
シナバーが事もなげにそう言うと、今度はコバルトが驚いて声を裏返した。
「な、なんでよ! 勝負は私が負けたんだから、アンタは秘密を話さなくて良いのよ。勝った方の言うことを聞くって話だったでしょ?」
コバルトが当然のルールだ、と言わんばかりに尋ねると、シナバーはふふっと笑い声を漏らした。
「ボクは『カードで決着をつけよう』って言っただけだよ。どちらが勝ったらどうするなんて、一言も条件は出してないじゃないか」
シナバーはニッコリと無邪気に微笑んだ。
「ボクはただ、久しぶりにコバルト姉さんと本気で遊びたかっただけさ。すごく楽しめたから、勝ち負けなんて関係ないよ。そもそもボクは最初から、話し合いで平和的に解決するつもりだったんだからね」
その言葉を聞いて、ラピスラズリが小さく息を吐いて微笑んだ。
「……あたしたちの知るシナバーに変わりありませんわ。彼女を信頼しましょう」
ラピスラズリはそう提案すると、シナバーの足元に近づき、自身の足と繋いでいた重厚な金属の枷をその規格外の怪力で「よいしょ」と言って、あっさりと引き千切って外してみせた。
壁際で腕を組んでいたクロムも、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「そうだな。昔から人を食ったような態度をとるくせに、変なところで律儀なヤツだったからな。ウチも同意するよ」
かつてジュエルで共に競い合った姉妹たちの温かい言葉。それを受けて、シナバーの瞳に微かな涙の膜が張った。
「姉さん……」
コバルトは、バツが悪そうに視線を逸らして謝罪した。
「……いきなり取り押さえて、敵として扱ってごめんなさい。私も、少し熱くなりすぎてたみたい」
「良いんだよ! 警戒するのは当然だし、姉さんたちのあんな連携が見れるとは思ってなかった。痺れたよ!」
シナバーは立ち上がり、服の埃を払いながら明るく笑い飛ばした。
「じゃあ、改めて話すね。……シルヴァレッタさんのルーツについて」
シナバーの表情が、ゲームの創造主から、真実の語り部へと切り替わった。
「繰り返しになるけど、先ほどのカードゲームで場に出した『パスト・パス・パシフィック・パーパス』という名前。その謎は、さっきのカードの通りだよ」
シナバーは、テーブルの上に置かれた巨大ロボットのカードを指差した。
「銀色の弾丸が入っていた装飾箱。その箱に刻まれていたであろう【Past Path Pacific Purpose】という文字。それは、かつてこの星を守るために戦った巨大ロボットの名称らしいんだ」
ぼくの脳裏に、かつて貸会議室で依頼人が見せてくれた、歴史の重みを感じさせる黒ずんだ木箱の映像が蘇る。
「敵の正体は不明。D.O.Eの資料を読み解いても、そこはハッキリしなかったからね。だからボクは、アニメの『勇者ペンギン大ちゃん大冒険』の中では、宇宙からの侵略者という解釈で物語を作ったんだ。いずれにせよ、あれだけバカみたいに大きなロボットを持ち出して総力戦をしなければならないほどの、地球規模の緊急事態があったことだけは確からしい」
シナバーは、遠い過去の情景を思い描くように目を細めた。
「そして、ここからが重要だ。アニメの舞台のモチーフや、敵キャラの名前から推測できる通り……その過去の戦いには『南極』が大きく関係している」
「南極?」
シルヴァレッタが、予想外の地名に首を傾げた。
「そうさ。シルヴァレッタさんの本体である『銀の弾丸』が入っていたケースについても、D.O.Eの資料と照らし合わせると、その中身は南極から発掘され、持ち帰られたものを大切に保管していたものだったんだ」
シナバーは、シルヴァレッタの顔を真っ直ぐに見つめて断言した。
「つまりシルヴァレッタさんの出自は……南極という事になる」
「南極……」
シルヴァレッタは、自分のルーツを示すその冷たく遠い場所の名前を、感慨深く復唱した。
「で、どうしてボクが、わざわざ能力を使ってまで『ウラベイサク』を追っていたか。……それも、南極が理由なんだ」
「な、南極が? ウラベイサクっていう極東の青年と、南極に何の関係があるのよ」
コバルトが、話の飛躍に戸惑いながら尋ねた。
「いや、ウラベイサク自身と南極には、直接的な関係はない。……ボクの個人的な目的を達成するために、どうしても『ウラベイサク』という存在が必要だったんだよ」
シナバーは、少しだけ言い淀んでから、言葉を訂正した。
「その目的とは、一体何なんだ?」
シルヴァレッタが、静かに、しかし確かな意思を持って尋ねた。
シナバーは大きく息を吸い込み、キャンピングカーの薄暗い空間に、その壮大な目的を響かせた。
「ウラベ遺産さ」
「……遺産?」
シルヴァレッタがオウム返しをする。
「そう。ウラベキミトという狂気の天才が人類の救済という大義名分のもとに、五十年間という長い歳月をかけて裏社会のあらゆる組織を操りながら世界中から掻き集めた、途方もない巨額の資金」
シナバーの目に、強い野心の光が宿る。
「その莫大な遺産があれば、ボクは個人的に大規模な調査団を編成して、南極へと赴く事ができる。……そう考えたんだ」