生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「どうして、そこまで南極の調査に執着するの?」
コバルトが真正面からシナバーに疑問を投げかけた。
「いくら人類の歴史の真実が眠っているかもしれないと言っても、アンタがそこまで個人的に情熱を燃やして、それも私たちに能力を使ってまで近づこうとした理由としては、少し弱い気がするのよ」
コバルトの鋭い、しかし純粋な疑問の視線を浴びて。
先ほどまで創造主として自信満々にカードゲームの盤面を支配し、また堂々と失われた過去の歴史を語っていたシナバーの態度は、打って変わってひどく小さなものになった。
「…………」
シナバーは視線を斜め下に泳がせ、膝の上で両手をもじもじと絡ませていた。
まるで、イタズラがバレて言い訳を考えている子供のように、頬をほんのりと赤らめ、答えるのを酷く渋っている。
「笑わないかい……?」
上目遣いで、恐る恐る姉妹たちの顔色を窺うシナバー。
そのいじらしい姿を見て、隣に座っていたラピスラズリが裾を優雅に揺らしながら、優しく微笑みかけた。
「笑いませんわ。どんな理由にせよ、それは胸に抱いた大切な姉妹の夢なんですもの。あたしたちが、あなたの夢を笑うはずがありません」
ラピスラズリは、聖母のような慈愛に満ちた声で、シナバーの言葉を全て受け入れる姿勢を見せた。
「じゃ、じゃあ……」
シナバーは、ラピスラズリの温かい言葉に少しだけ勇気づけられたように、小さく前置きをして口を開いた。
「勿論、ボクを大切に育ててくれたD.O.Eの人たちに報いたいって気持ちもある。彼らが命を懸けて守り抜いてきた資料の真実を、この目で確かめたいってのも嘘じゃない。でも、その……ボク個人の、本当の目的は……」
そこで、シナバーは再び言葉を詰まらせ、ギュッと目を閉じてしまった。
「心配すんな!」
もどかしい空気を切り裂くように、壁際で腕を組んでいたクロムが、力強い励ましの声を張り上げた。
「笑うかもしれねーが、バカにはしねーよ! ウチらは同じ地獄を生き抜いた姉妹だろ。言っちまえ!」
クロムのぶっきらぼうな、けれど確かな絆を感じさせる言葉に、シルヴァレッタもまた真剣な表情でこくりと深く頷いた。
その言葉と態度に完全に背中を押されたのだろう。
シナバーはカッと目を見開き、キャンピングカーの薄暗い空間に響き渡る大きな声で、己の野望を絶叫した。
「ロ、ロボットに乗りたいんだ!」
そうきたか。
「…………え?」
コバルトが、目を丸くして間の抜けた声を漏らした。
クロムもラピスラズリも、一瞬何を聞かされたのか理解できず、ポカンと口を開けてフリーズしている。
シルヴァレッタすらも、予想外すぎる単語に瞬きを繰り返した。
「世界を救った守護神だとか、人類の過去の遺物だとか……そんな小難しい歴史の真実がどうでもよくなるぐらい、ボクはあの巨大ロボットに乗ってみたいんだ!」
一度口火を切ったシナバーは、もう止まらなかった。
内に秘めていた純粋で熱い思いを、堰を切ったように吐露し始める。
「D.O.Eの大人たちが読み聞かせてくれた資料の中にあった、銀色の機動兵器。パスト・パス・パシフィック・パーパス。アニメやカードでデザインを描き起こすたびに、ボクの中でどんどん夢が膨らんでいったんだ。……もし本当に南極の氷の下にあのロボットが眠っているなら、ボクは絶対にその特等席に座ってみたい!」
彼女の瞳は、キラキラと輝く星のように希望に満ちていた。
それは人類の救済という大義名分とは無縁の、ただ純粋な一人の子供の「憧れ」だった。
「だから、単なる調査団の一員とか、しがない研究員の身分程度じゃダメなんだ。もしロボットが見つかっても『権限がない』とか言われて、遠くから眺めるだけで終わっちゃうかもしれないじゃないか!」
シナバーは両手をギュッと握りしめ、熱弁を振るう。
「どんなワガママも言えるぐらいの莫大なお金を出して、調査団のパトロンとして現地に行って、実際にこの目で見て、誰にも文句を言わせずにピットに乗ってみたい! その為にはウラベキミトが残した途方もない巨額の遺産が絶対に必要だったんだ。その為なら姉さん達を敵に回してでも構わない! ……本気で、そう思ってたんだ」
そこまで一気に語り終え、シナバーはふぅ、と荒い息を吐いた。
そして、熱を帯びていた瞳をスッと伏せて。
どこか寂しそうな、それでいて安堵したような柔らかい表情へと変えた。
「でも……。今日、こうして姉さん達と顔を合わせて、あの頃みたいに言葉を交わして、本気でカードゲームをして。……姉さん達なら、ボクのこの子供みたいな夢の味方になってくれるかもって、そう思い直したんだ」
シナバーは申し訳なさそうに肩を縮こませ、深く頭を下げた。
「ウラベ遺産の行方を追うために、能力を使って変に敵に回るような真似をして……本当に、ごめんなさい」
静寂が降りた車内。
張り詰めていた空気は完全に霧散し、そこにはただ、少しだけ不器用な妹の懺悔だけが残されていた。
「……もう」
ラピスラズリが、呆れたような、しかし心底愛おしそうな声を出してシナバーの元へと歩み寄った。
「全く、世話の焼ける妹ですこと」
彼女はそう言うと、シナバーの頭にそっと手を置き「良くできました」と優しい手つきでポンポンと撫でた。
「なんだよ、そんなバカみたいな理由でウチらを出し抜こうとしてたのか」
クロムもまた、壁から背中を離してシナバーの隣に立ち、彼女の肩を軽く小突いた。
「でもまぁ、ウチらを相手に単身で戦いを挑もうとしたんだ。良い度胸してんじゃねーか」
クロムは、悪戯っぽくニコニコと笑いながらシナバーを称えた。
シルヴァレッタとコバルトは、その温かく美しい姉妹の光景を前にして、顔を見合わせ、自然と微笑み合っていた。
彼女たちの間には確かな絆が蘇っていた。
⬛︎◆▲
少しの歓談の後、場が落ち着きを取り戻したタイミングで、コバルトがふと思い出したように口を開いた。
「大会の日の喫茶店で私がシルヴァレッタの傷について話した時、突然笑い出したのはどうして?」
あの日、コバルトは大会会場近くの喫茶店で、シルヴァレッタの頭に埋め込まれた銀色の金属についてシナバーに説明をした。
その時に、シナバーは突然ツボに入ったように爆笑した件だ。
シナバーは、「ああ、あれね」と照れくさそうに頭を掻いた。
「あれは、映画の展開とあまりにも一緒すぎて、ついツボに入って爆笑しちゃったんだよ」
「映画の展開?」
コバルトが首を傾げる。
「うん。実際の大ちゃんに当たる人物……もしかしたら人じゃなくて本当にペンギンだったのかもしれないんだけど。勇者のモチーフについてなんだけどね。文献の記録をそのまま読み解くと、その勇者は『最強過ぎて』物語にならなかったんだ」
シナバーは、クリエイターとしての苦労話を交えながら補足する。
「だからアニメにするにあたって、適度にピンチを演出したり、デバフを掛けたりしてバランスをとってるんだけど。映画ということもあって、いつも以上にスリリングで衝撃的な展開が必要だと思ってさ」
シナバーは少し目を細め、自らが書き上げた映画のシーンを思い描くように語り続けた。
「味方だと思ってたゲストキャラに銃で撃たれる。その致命的な傷口を、意思を持つロボットであるパストの金属片に塞がせる。そして一時的にパストの魂が大ちゃんの身体を操って、窮地を脱する。……そんな劇的な展開を演出としてシナリオに組み込んでいたんだよ」
なるほど、そこまで一致するなら笑いが込み上げても…………え?
「だから、喫茶店で姉さんから『撃たれた傷をパストが治して身体を操った』って話を聞かされて、事実は小説より奇なりというか、すごい偶然もあるんだなって、つい笑っちゃったんだよ」
一時的に? 彼女はそう言ったか?
シナバーの言葉を聞いて、コバルトの顔つきがスッと真剣なものに変わった。
「……ねえ、ちょっと待って。その治すっていうのは、傷を完全に『治す』って事? 塞ぐだけじゃなくて」
「そうそう!」
シナバーは、クリエイターとしての設定を語れるのが嬉しいのか、にこやかに答えた。
「さっきのカードのパッシブ効果でも『破壊を無効化する』って表現したんだけどね。文献によれば、あのロボットを構成している装甲は、破壊してもすぐに元に戻る特殊な金属らしいんだよ。だから、主人公の傷を『治す』っていう奇跡の演出に使えるかなって思ってさ」
その言葉を聞いた瞬間。
シルヴァレッタも、コバルトも、そして特等席にいるぼくの脳裏にも、かつての路地裏で起きたあの凄惨な光景が鮮明にフラッシュバックしたことだろう。
マラカイトが放った凶悪な大口径の弾丸
ドンッ、という重たい銃声が路地裏に轟く
シルヴァレッタの心臓があるべき位置から、赤い花が咲くように鮮血が吹き飛ぶ
大口径の弾丸が肉体を貫通し、背後のコンクリート壁に着弾して火花を散らす
致命傷。誰の目から見ても、即死は免れない一撃
しかし──
シルヴァレッタは、真剣な眼差しでシナバーに尋ねた。
「映画のその後の大ちゃんは……そのパストの影響で、恒久的に傷が治りやすい不死の体質になるのか?」
シナバーは、少しだけ驚いたように目を見開き、そしてブンブンと首を横に振った。
「いや、いくら脚色するって言っても、原作の文献の記述は大事にするからね。あの金属は、そこまで都合の良い魔法じみたものではないよ。塞いだ後にその部分の細胞の代わりになるんだ。不死身の体質になるなんて設定はしてないし、文献にもそんな記録は一切ないよ」
合わない。
合致しない。
今のぼくの身体──シルヴァレッタの現状と、シナバーがD.O.Eの文献から読み解いた調査結果との間に、決定的なズレがある。
ぼくが思考を巡らせ、核心にある疑念に辿り着いていた時、クロムが壁際から身を乗り出して、ぼくの疑問をそっくりそのまま代弁してくれた。
「おい、シナバー。そのパストってやつが意思を乗っ取るのは、恒久的か?」
クロムの鋭く、そして本質を突いた問いかけ。
しかし、シナバーはクロムの問いに対し、きっぱりと、一切の迷いなく否定した。
「いや、さっきも言ったけど一時的だね。劇中でのパストの意思による操作は本当にピンチを脱する短い間だけにしたよ。何せ、やがて体内で分解されて、その人物の細胞に変化するんだから。どうやらパストの外装は、本来は万能細胞の代用品として開発された金属みたいなんだ」
シナバーの屈託のない断言は、キャンピングカーの車内に重く響いた。
傷口は、ぼくが拳銃を撃った直後から変わらず、そのまま塞ぐように金属質の銀色で覆い隠されたままだ。
昔の大きさのまま変わっておらず、細胞に分解されたりなどしていない。
そしてマラカイトに撃たれた心臓は、銀色の弾丸とは関係なく、自律的に塞がった。
そして何より……シルヴァレッタの乗っ取りは明らかに一時的なものではない。
シルヴァレッタが右側頭部の銀色を摩る。
──近づいたはずの謎が、遠のいていく音がした。