生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

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五章
人は未来を定めたい 一


 年が明けて一月一日。

 冬の青空の下、刺すような冷たい風が頬を撫でる元日の朝。

 シルヴァレッタ、コバルト、ラピスラズリ、クロムの四人は、新年の空気に包まれた神社へと初詣に訪れていた。

 

 玉砂利を踏みしめる無数の参拝客の足音と、遠くで響く雅楽の調べ。

 そして出店から漂う甘酒や焼きトウモロコシの香ばしい匂いが、非日常のお祭り騒ぎを演出している。

 そんな喧騒の中にあって、三人娘の姿は周囲の目を惹くほどに個性的で、かつ魅力的だった。

 

 

 特に目を引くのはコバルトだ。

 彼女は今日のためにプロの手で着物を着付けてもらっており、普段のスポーティな装いや動きやすさを重視した姿は微塵も感じさせない。

 

 紺碧を基調とし、鮮やかな牡丹や菊の花が散りばめられた振袖に身を包んだ彼女は、ピンと背筋を伸ばして歩幅を小さくして歩いている。

 その姿は、誰もが振り返るような立派な着物美人といった風貌を完成させていた。 

 

「……立派になって」

「それやめろ」

 そう言いつつも、コバルトは少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに袖で口元を隠して笑う。

 

 

 一方、そんなお正月らしい華やかな二人とは対照的に、クロムは相変わらず我が道を行くスタイルだった。

 彼女は黒のライダースジャケットに身を包み、ダメージジーンズと編み上げのブーツを合わせた、極めてアクティブでパンキッシュな様相となっていた。

 

「ウチはそういう堅苦しいのは性に合わねぇ。メイドの仕事で散々窮屈な思いをしてるんだから、休みの時くらい好きにさせろ」

 クロムはポケットに両手を突っ込みながら、白い息を吐き出して肩をすくめた。

 彼女なりの美学なのだろう。

 

 

 その隣を歩くラピスラズリ。

 彼女の小さな体躯にぴったりと似合った、まるで雪の妖精のような真っ白でモコモコとしたボアコートに身を包んでいた。

 

 首元には大きなリボンのついたティペットを巻き、頭には可愛らしいベレー帽を乗せている。

 普段の純白のゴスロリドレスも似合っているが、こうした冬ならではの愛らしい装いも、彼女のドールのような容姿を一層引き立てていた。

 

 

 参拝の列は長く、蛇行しながら本殿へと続いている。

 四人は他愛のない会話を交わしながら、小一時間ほどその列に並び続けた。

 寒さに震えながらも、こうして「姉妹」のように肩を寄せ合って待つ時間は、彼女たちにとって何物にも代えがたい温かい時間であるように、ぼくには見えた。

 

 やがて順番が回ってくると、四人は横に並んで巨大な賽銭箱の前に立った。

 それぞれが財布から硬貨を取り出し、放物線を描いて投げ入れる。

 

 チャリン、と小気味良い音が響く中、シルヴァレッタの動きにぼくの意識は引き寄せられた。

 彼は自分の手から、5円玉を二枚、賽銭箱へと投げ入れてくれたのだ。

 

 もう一枚は、ぼくの分だろう。

 

 かつて、この身体の持ち主であり、自らこめかみに銃口を押し当てて引き金を引いたぼく。

 今はシルヴァレッタの意識の奥底で、物語を眺める特等席にいる。

 そんなぼくの存在を忘れず、彼が二人分の縁起を担いでくれたことが、ひどく嬉しかった。

 

 だからぼくも、心の中で彼女たちに合わせて、静かに柏手を打ち、深く礼をした。

 『どうかこの物語が、彼らが紡ぐこの日々が……幸せな結末を迎えてくれますように』と。

 

 

 参拝を終え、清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ四人は次の新年の恒例行事である、おみくじの列へと向かって歩き出す。

 その時だった。

 

「あれ? 姉さんたちも参拝?」

 人混みの中から、ふいに聞き覚えのある声がかけられた。

 声の主を探して振り向くとそこに立っていたのは、かつてジュエルで彼女たちが共に育った「姉妹」の一人、シナバーだった。

 

「シナバー! ええ、さっき終わったところよ。シナバーはこれから?」

 コバルトが驚きと喜びの入り混じった声で尋ねる。

「うん。ちょっと寝坊しちゃってね、出遅れちゃった」

 シナバーはえへへと照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。

 

 

 彼女の今日の服装は、小学生の年代らしい、非常に実用的な厚着のファッションだった。

 鮮やかな黄色のダウンジャケットに、首元にはぐるぐると赤いマフラーを巻き、手には毛糸のミトンをはめている。

 まるで雪だるまのように着膨れしたその姿は、暗殺組織にいた過去を感じさせない、年相応の無邪気さを放っていた。

 

「あたし達はこれからおみくじですの。シナバーも一緒にやりません?」

 ラピスラズリが、モコモコの袖を揺らしながらシナバーを誘う。

 

 しかし、シナバーはうーんと腕を組んで、少しだけ悩む素振りを見せた。

「申し出はありがたいけれど……遠慮させてもらうよ。通ってる占い師のおばあちゃんの効力が落ちそうだし」

 

「占いィ? まさかシナバーがそんなモンにお熱になるとはな」

 クロムが目を丸くして驚きの声を上げる。

 

「でも、実力は確かだよ。それで姉さん達に会えたようなもんだからね」

 シナバーは得意げに胸を張り、自信満々に言い放った。

 その言葉の重みに、コバルトはピクリと眉を動かした。

 

「興味あるわね……。ねえシナバー、参拝の後、少し時間いいかしら?」

「もちろん!」

 シナバーは快諾し、弾けるような笑顔を見せた。

 

 

 それから二時間後。

 シナバーの参拝が終わるのを待ってから、五人は神社に程よく近いレトロな雰囲気の喫茶店へと場所を移していた。

 

 カランカランとドアベルを鳴らして店内に入ると、暖房の効いた温かい空気が冷え切った身体を優しく包み込んでくれる。

 アンティーク調のランプが店内をオレンジ色に照らし、自家焙煎のコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。

 

 奥の広めのテーブル席に陣取った五人は、それぞれ温かい飲み物を注文して暖を取る。

 

「……で、その占い師のおかげで私たちに会えたっていうのは、どういう事なの?」

 コバルトが、両手でホットココアのカップを包み込みながら、真っ直ぐにシナバーの目を見て尋ねた。

 

 シナバーは、冬だというのに注文した冷たいメロンソーダのフルーツフロートを、ストローでちゅうちゅうと啜りながら答えた。

 

「ことの始まりは一年前のことなんだけどね。大ちゃんのアイデア出しにすっかり煮詰まっていたボクは、気分転換にフラッと駅ビルに立ち寄ったんだ。そしたら、最上階フロアの隅っこに小さな占いブースを見かけてさ」

 

 シナバーはストローから口を離し、フロートの上に乗っているバニラアイスをスプーンで掬って嬉しそうに頬張った。

 

「ものは試しだと思って、そこで何気なく聞いてみたんだよ。『生き別れになった大切な姉妹に会えるにはどうしたらいいのか?』ってね」

 シナバーは思い出すように目を細め、当時の光景を語り始めた。

 

「そしたら、中にいたおばあちゃんが、真っ白い水晶玉みたいな球体を撫でながらこう答えたんだ。『今、あなたが熱中しているもの。その大会に出てみなさい。そこで姉妹と再会できるでしょう』って」

 

 その言葉を聞いて、ぼくの脳裏に一つの記憶がフラッシュバックした。

『最の高』

 嫌な思い出って残るもんなんだよな……

 

「で、なるほど! って思ってさ。ボクは今、カードゲームに熱中してるし、カードが大好きなコバルト姉さんなら、確かに大きな大会に出ていてもおかしくない。──これだ! ってピンときたんだ」

 

 シナバーは興奮気味に語り、フロートの氷をカラカラと鳴らした。

 実際にその大会で彼女たちは再会を果たしたのだから、占いの結果が見事に的中したという事になる。

 

「それからも、ボクはちょこちょこそのブースに出向いては、アドバイスを貰いに行ってるのさ。こないだなんて、何かキャラ変してたけど、本当にピタリと当たったからね!」

 シナバーは身を乗り出し、声を潜めて凄みを効かせるように言った。

 

「『夜の広い駐車場、明かりの灯った車を見つけよ。さすれば探し人と出会わん』……ってね。だから夜に駐車場を探してみたら、本当に姉さんたちがいたんだよ! 即日で結果が出るのは初めてだったから、ボクもビックリしちゃった」

 

 それは間違いなく、あの激闘の日を指しているのだろうだろう。

 コバルト、ラピスラズリ、クロムの三人は「ほー……」と感心したような、信じられないものを見るような深いため息をついて、シナバーの話を聞き遂げた。

 

 

「占いなんて、所詮はコールドリーディングだの何だのでアテにならねーモンだとウチは思ってたけどよ。シナバーがそこまで言うんなら、ガチなんだろーな」

 クロムが腕を組み、感心したように頷く。

 

「良いですわね、占い。あたしも『夜のお仕事』の相談でもしようかしら」

 ラピスラズリが、冗談めかして(本気かもしれないが)クスクスと笑った。

 

 そんな姉妹たちのやり取りを静かに聞いていたシルヴァレッタは、手元のコーヒーを見つめながら、少し考え込むそぶりを見せた。

「……俺の謎が膠着している現状、占いに頼るというのも一つの手かもしれん」

 

 そう。ぼくたちの現状は未解決の謎が未だ渦巻いている。

 ヤドリギ探偵事務所のアカシャエルムに調査を依頼しているとはいえ、新たなアプローチを試す価値は十分にある。 

 

「シナバー。その占い師というのは、一体どんな人なんだ?」

 シルヴァレッタが真剣な眼差しで尋ねると、シナバーはスプーンを置き、胸を張って答えた。

 

「都心の駅ビルの最上階にある『明朗解決ツクヨミの館』っていうブースだよ。ちょっと怪しい雰囲気だけど、腕は確か!」

 

 

⬛︎◆▲

 

 日曜日。

 シナバーの情報を頼りに、シルヴァレッタとコバルトの二人は都心へと足を運んでいた。

 

 地下の改札を抜けると、そこはまるで巨大な迷宮のような大ターミナル駅だった。

 幾重にも交差する地下通路、頭上を埋め尽くす巨大なデジタルサイネージから流れる極彩色の広告映像。

 そして視界を埋め尽くすほどの圧倒的な数の群衆。

 

 スーツ姿のサラリーマン、

 流行の服を着こなす若者たち、

 大きなキャリーケースを引く外国人観光客が、濁流のように絶え間なく行き交っている。

 

「ここは相変わらず、人が多いわね……」

 コバルトが人混みを避けながら、少しうんざりとした声で呟く。

 

「はぐれないように気をつけろ」

 シルヴァレッタは周囲を冷静に見渡しながら、歩みを進める。

 彼の頭には、いつものように銀色の傷跡を隠すための帽子が深く被られていた。 

 

 

 巨大な吹き抜けを持つ駅ビルに足を踏み入れると、低層階は高級ブランドのブティックや華やかなコスメカウンターが並び、眩いばかりの照明と香水の匂いが満ちていた。

 二人は上層階へと向かうためのシースルーエレベーターに乗り込む。

 

 階が上がるにつれて、窓の外にはコンクリートジャングルの大パノラマが広がっていく。

 無数のビル群が林立し、その間を縫うように道路と線路が血管のように張り巡らされている。

 社会という巨大なシステムの中で、自分という存在がどれほどちっぽけなものかを嫌でも実感させられるような景色だ。

 

 無機質な電子音が鳴り、エレベーターの扉が開く。

 一歩足を踏み出すと、そこは下の階の華やかな喧騒が嘘のように、ひっそりとした静寂に包まれていた。

 

 最上階は「フリースペースゾーン」と名付けられており、催事場や休憩所としても使われる、だだっ広い空間が広がっている。

 照明も幾分か薄暗く設定されており、フロアの隅の方には、パイプと安っぽい布切れで急造されたような小さなブースがチラホラと立ち並んでいた。

 

 手相占い

 タロット占い

 四柱推命

 

 様々な看板が掲げられたブース群の中を、二人は慎重な足取りで進んでいく。

 少し歩くと、フロアの一番奥、ひときわ異彩を放つ紫色の布で覆われたブースが目に留まった。

 入り口には、禍々しい筆文字で書かれた古びた看板が立てかけられている。

 

「『明朗解決ツクヨミの館』……ここだな。入ろう、コバルト」

 シルヴァレッタが看板の文字を読み上げ、振り返って促す。

 コバルトは少しだけ緊張した面持ちで、ゴクリと息を飲んでから、こくりと力強く頷いた。

 

 

 二人は、入り口を塞いでいる重たいビロードのカーテンに手をかけ、それをゆっくりと掻き分けて中へと足を踏み入れる。

 ブースの中は、外の空間よりもさらに薄暗く、お香のようなどこか甘ったるくて埃っぽい匂いが充満していた。

 

 中央には小さな丸テーブルが置かれ、その対面には黒い暗幕が天井から床までピンと張られている。

 占い師の姿は、その暗幕の向こう側に隠されていて、全く顔を見ることはできない。

 

 ただ一つ。

 

 暗幕の中央下部に開けられた僅かな隙間から、皺だらけの二つの手だけが、テーブルの上へと不気味に差し伸ばされていた。

 沈黙がブース内を支配する中、やがて暗幕の向こう側から、地の底から響いてくるような、低くしわがれた老婆の声が二人の耳に届いた。

 

「ヒッヒッヒ……ようこそ、ツクヨミの館へ……」

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