生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
一通りの演技を終えたアキラは憑き物が落ちたようにふぅ、と深く息をつき、テーブル越しの三人に視線を向けた。
「……どうでしたか?」
恐る恐る尋ねる彼の声は、先ほどまでの威厳に満ちたしゃがれ声ではなく、どこにでもいる気弱な青年のそれに戻っていた。
「文句のつけどころのない、吸い込まれるような演技だった」
静寂を破ったのは、シルヴァレッタだった。
普段は感情の起伏が乏しく、必要最低限の言葉しか発しない彼にしては珍しく、熱を帯びた口数の多い褒め言葉だった。
シルヴァレッタの隣では、純白のドレスに身を包んだラピスラズリが、パチパチと上品な手つきで惜しみない拍手を送っている。
そして、コバルトが腕を組み、真剣な眼差しでアキラを見つめた。
「……声の出し方も雰囲気も良かったわ。後は、役に入るだけじゃなくて、自分ごと操るんだって意識かしらね」
「自分ごと、操る?」
アキラが疑問を返す。
「そう。一つ上の次元に魂を移すと言えば良いのかしら?」
コバルトは身振り手振りを交えながら、彼女なりの視点からのアドバイスを続ける。
「自分の身体ごと、役のために操作するキャラとして扱うのよ。自らを完全に客観視して、所作や感情まで俯瞰でコントロール下に置く。そんな領域に達すれば、演技に説得力が生まれる……そんな印象を受けたわ」
それは、幼少期から暗殺組織で鍛え上げられ、常人離れした高い空間認識能力を保持する彼女らしいコメントだった。
常に周囲の空間を立体的に把握し、自らの立ち位置や死角を俯瞰で捉えている彼女だからこそ、演技においても自分自身を「操作する対象」として捉えることの重要性を直感したのだろう。
「操る、操る……」
アキラはコバルトの言葉をブツブツと反芻するように繰り返し、自分の中で咀嚼しようと試みていた。
やがて、彼の顔にパァっと明るい光が差し込んだような見事な笑顔が広がった。
「ありがとう! 何か、すごく大事なものを掴めた気がするよ!」
心からの感謝を述べるアキラに、コバルトはふわりと微笑み返した。
「どういたしまして。オーディション、頑張ってね」
見ず知らずの青年の夢を応援するという日常のささやかなワンシーン。
裏社会の血生臭い世界で生きてきた彼女たちにとって、それはひどく新鮮で、温かいやり取りだった。
その和やかな空気がひと段落した頃合いに、シルヴァレッタが「一つ良いだろうか」と静かに質問を投げかける。
「何でしょう、お兄さん」
アキラが聞き返した。
「先ほどの、いや、先日からの占いだが……どうやってるんだ?」
「ああ、コレですよ」
アキラは白い球体を両手でそっと持ち上げた。
カラオケルームの薄暗い照明の下で、それはぼんやりと鈍い光を放っているように見えた。
「婆ちゃんから借りてるんですけど。これに念じてもらって、自分の意識をここに預けようとすると、頭の中にフワッとビジョンが浮かぶんです。婆ちゃん曰く、『月が導いてくれる』だとか何とか。オレもそれに倣って、見えたビジョンをそのままセリフに当てて口にしてるんです」
アキラはそう事もなげに説明した。
シルヴァレッタは少し考え込み「その、婆ちゃんさんはいつからそれを使っているんだ?」と尋ねた。
「んー、もう何十年と使ってるそうですよ。大切な恩人の忘れ形見なんだとかで。ずっと大切にしてるそうです」
「そんな大切なものを預けてもらえるなんて、信頼されてるんですね」
ラピスラズリが微笑ましく言うと、アキラは「へへ、オレ婆ちゃん子なんで!」と照れたように頭を掻いた。
一方、シルヴァレッタの意識の奥底にいるぼくは、深く思案した。
……恐らくシルヴァレッタも、全く同じ結論に達しているだろう。
この、『月』と呼ばれる白い球体。
それは、シルヴァレッタの本体である意思を持つ銀色の弾丸と全く同じ、常識的な科学では解明できない力を持った先史の遺物……すなわち、オーパーツなのだろう。
だからこそ、あんな正確なヴィジョンを視せることができ、そして先ほどの不吉な予言も、単なる演技の範疇を超えた、確かな未来予知としての意味合いを含んでいるに違いない。
⬛︎◆▲
アキラと別れ、帰路に着く三人。
夕暮れ時の冷たい風が吹き抜ける駅前で、コバルトがふと足を止め、ラピスラズリに向かって真剣な顔で忠告した。
「……ラピスラズリ。今日の仕事はキャンセルしなさい」
先ほどのアキラの占い結果、「さもなくば死に至るよ」
それがただの戯言ではないと、コバルトも同じ結論に達したようだ。
しかし、ラピスラズリは困ったように眉を下げつつ、首を横に振った。
「出来ませんわ。今夜はD.O.Eの依頼ですの。私を拾ってくれた古巣の頼みは断れませんわ」
暗殺組織ジュエルが壊滅して路頭に迷っていた彼女に、生きる術として『夜のお仕事』を仕込んでくれたのがD.O.Eという組織だった。(ぼくは区別のため『ニセモノのD.O.E』と呼んでいる)
義理堅い彼女にとって、その依頼を直前で反故にすることは、矜持が許さなかったようだ。
シルヴァレッタが「……どうしてもか?」と困った顔で尋ねる。
「うっ! シ、シルヴァレッタ様の頼みでも駄目ですの! 決定事項です!」
ラピスラズリはシルヴァレッタの眼差しに一瞬たじろぎながらも、頑なに譲ろうとしなかった。
「なら、私も現場について行くわ。手を出したりしないから安心して」
コバルトがそう提案する。
「……そこまで心配なさるなんて。あの占いは、そんなに当たるんですの?」
ラピスラズリが不思議そうに疑問を返す。
「あの白い球体がオーパーツの可能性が高い。……なら、占いは予言レベルだと思っても良いだろう」
シルヴァレッタが、やはりぼくと同じ結論に達していた推測を口にした。
「そうですの……」
ラピスラズリは少し考え込み、やがて小さく息を吐いた。
「分かりましたわ。組織の方にはあたしから上手く言っておきます。今夜、あたしのマンションのエントランスで落ち合いましょう」
⬛︎◆▲
深夜。
冷たい夜風が吹き抜ける、静まり返った高級住宅街の一角。
シルヴァレッタ、コバルト、ラピスラズリの三人、そして合流したニセモノD.O.Eの構成員たちは、周囲から完全に隔絶されたような、高い塀に囲まれた豪邸の敷地の中にいた。
その家の家主たちは海外旅行で留守にしており、監視カメラや赤外線センサーといったセキュリティの類は、すでにニセモノD.O.Eの技術者によって全て無効化されていた。
彼らの手口は非常に洗練されており、もはや単なる泥棒の域を超えている。
「ラピちゃん、いつものお願いね」
構成員の男が、慣れた様子で指示を出す。
ラピスラズリは無言で頷き、純白のドレスの裾を揺らしながら、重厚な金属製の門の前に立った。
そして、彼女の小さな手から信じられないほどの規格外の怪力が発揮され、ガキンッ! という鈍い音と共に、頑丈な扉の錠前が力尽くでこじ開けられた。
「流石だね。それじゃあ、中を物色してくるよ」
構成員たちが素早く中に入り、闇に紛れていく。
一方、ラピスラズリは門の前に残っていた。
「無理言って、今日は中ではなく外の見張りを申し出ましたわ。いつもと違う状況、これなら占いの結果から外れるでしょう」
そのように、コバルトたちに説明した。
彼女なりに、あの不吉な予言を回避するための最善の策を講じたのだ。
「何事もないならそれが一番だけどね……」
コバルトは周囲の闇に目を光らせながら、慎重に答える。
それから十数分後。
虫の音一つしない、不気味なほどの静寂が続いた。
「……静かすぎないか?」
シルヴァレッタが、ふと違和感を覚えて口にした。
いくらプロの仕事とはいえ、家の中から物音一つ聞こえてこないのは不自然だ。
構成員たちが金庫を開けたり、引き出しを物色したりする微かな気配すらもない。
その言葉を聞いた瞬間──
「え、何で……!?」
コバルトが、突然驚愕の声を上げた。
彼女は顔面を蒼白にさせ、信じられないものを見るように自分の両手を見つめている。
「私の、私の感覚が働いていない! 家の中の様子が分からないわ!」
常に周囲の空間を掌握し、建物の内部構造から隠し扉の存在まで瞬時に見抜くはずの彼女の空間認識能力が、普通の人のように分厚い壁に阻まれ完全にシャットアウトされていたのだ。
それは彼女にとって、突然視力を奪われたにも等しい恐怖だった。
「ち、チカラがいつものように入りませんわ!?」
ラピスラズリもハッとなって、足元にあった近くの石を握りしめた。
いつもなら簡単に粉砕できるはずの石は、全く砕け散ることなく彼女の手の中に残っていた。
彼女のアイデンティティとも言える規格外の怪力が、完全に失われている。
二人の異常事態。
オーパーツの予言が、最悪の形で現実になろうとしている。
その時。
静まり返った家の中から、ひどく冷酷で、嘲るような男の声が響いてきた。
「『非常識』はおしまいだ。──人類はそんなの求めてないからな」
「ッ、誰だ! それに、どうやって!?」
シルヴァレッタが鋭く問いかける。
「AIによる予測だよ。常識的だろ?」
家の中の男は、まるでゲームでも楽しむような軽口を叩きながら、玄関の扉を押し開けた。
「ウラベんトコのKIL──Knowledge Is Loud──が開発した『人類監視AI』でオマエらの行動を予測したんだ。……アイツやっぱスゲーよ。脅しだけに使うようなモンじゃねー」
ウラベ。
その名前に、シルヴァレッタは息を呑んだ。
「誰なの!?」
コバルトが、警戒態勢を取りながら叫ぶ。
「誰とは失礼だな、先輩に向かって」
月明かりに照らされて、一人の少年が姿を露わにする。
金髪を無造作に遊ばせ、ジャケットを羽織った十代半ば程の少年。
全身は血に塗れており、屋内の惨状を如実に表していた。
彼は、獲物を前にした肉食獣のような、真っ赤な瞳を輝かせ。
底知れない笑みを浮かべて、こう名乗った。
「ジュエルの一期生、ダイヤモンドだ。アルファベットハンターって言った方が通りが良いか?」