生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
「言ったでしょ?逃げられないって」
カツンカツン、と、非常階段を一段ずつゆっくりと降りてくるマラカイト。その声は、相変わらず穏やかで、だからこそ絶対的な死を宣告する冷酷さに満ちていた。アキレス腱を撃ち抜かれたコバルトは、血の海の中で立ち上がることもできず、ただ悔しげに唇を噛み締めている。
「……すまない、コバルト」
その時、これまでずっと背後に隠れていたシルヴァレッタが、ゆっくりとコバルトの前に歩み出た。
「何で、ッ、謝ってんのよアンタ!」
「……すまない」
「謝るなッ!」
シルヴァレッタは穏やかな声で上空へ向かって呼びかけた。
「マラカイト。俺はおとなしく投降する。だから彼女はこれ以上撃たないでやってくれ」
「……ええ。いいわ、約束する」
階段を降りきって、対面するシルヴァレッタとマラカイト。不釣り合いな二人の相貌がその目線を交差させた。
「その頭をもう一度撃ち抜くのは忍びないわ……苦しまないように、心臓を撃ち抜かせてもらうけれど、いいかしら?」
「分かった」
シルヴァレッタは目を瞑ることなく、両手を広げて無防備に胸を張った。
ぼくがわずかに記憶している知識によると、心臓が破壊されれば急激な血圧低下により数秒で意識が途絶して、痛みを感じる間もないらしい。五感しか感じられないぼくにも、おそらく痛覚があるだろう。今度こそ本当の死が訪れるのだ。
けれど奇妙なことに、恐怖は一切感じなかった。それと--
ドンッ、という重たい銃声が路地裏に轟く。シルヴァレッタの心臓があるべき位置から、赤い花が咲くように鮮血が吹き飛んだ。大口径の弾丸が肉体を貫通し、背後のコンクリート壁に着弾して火花を散らす。
「あ、あぁ……っ!」
コバルトが絶望に満ちた悲鳴を上げた。胸にぽっかりと風穴を開けられたシルヴァレッタの身体が、衝撃で大きくぐらりと揺れる。
しかし。
けれど。
だが。
でもでも。
数秒待っても、十数秒待っても、シルヴァレッタは一向に倒れなかった。
「……ん?」
シルヴァレッタも不思議そうに首を傾げ、胸元に開いた自分の風穴を見やる。確かに空いており鮮血はナカミを出し切ったのかポタポタと垂れる程度だった。
「いや、いやいや……」
マラカイトは困惑する。
「」
コバルトは絶句した。
そうなるよね。
喪失感も感じなかったから、死なないんじゃないかなって直感したんだよね、ぼく。
「……」
シルヴァレッタはどうした事かと言葉を選んでいる様子だ。
「い、い、い」
マラカイトは過呼吸になったのか、壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。
「」
コバルトは相変わらず絶句したままだ。
「すまない」
シルヴァレッタは謝罪して、
「イヤー!!!」
マラカイトは絶叫した。
「何なの?何なのよ!?アンタ、本当に何者なの!」
再起動に成功したコバルトは喚き叫びながら問いかける。その言葉を、傷口を見つめながらシルヴァレッタは「すまない」を繰り返すばかりだ。
あ、もう傷口塞がりかけてるよ。こりゃバケモンだ。
「私が聞きたいわよ!銃弾を回収するだけの依頼が、どうしてこんなスプラッターホラーになるの!?」
こちらも再起動を果たしたようで、マトモな思考が蘇っていた。
「姉さん!D.O.Eは一体どうやってこんなバケモノを--」
作ったの? と問いかけようとしたが、マラカイトはD.O.E? と首を傾げて
「……何の話をしているの?」
眉を顰めた。
「えっ?じゃあ違う組織?」
「ああ、そう言えばそこからだったわね。いい、コバちゃん。落ち着いて聞いて」
「な、何?聞きたくないって本能が告げてるんだけど……」
「ワタシの依頼人はね、貴女と同じ組織……いえ、関係者からなのよ」
「」
「私は『依頼人の執事』から依頼されたの。貴女の依頼人が考えなしに弾丸を処分しようとしたから、後でこっそり撃ち込まれた弾丸と普通の弾丸をすり替えて証拠隠滅してくれって」
「は?」
コバルトの動きが、ピタリと止まった。
「し、執事……? じゃあ、D.O.Eとか謎の陰謀とか関係なく……ただの、あのポンコツの内輪で、連絡が行き違ったってこと……?」
「そうなるわね。……ご愁傷様」
数秒の沈黙。
コバルトは、自身の撃ち抜かれたアキレス腱から流れる血を見た。そして、胸に風穴を開けたまま「すまない」を繰り返すシルヴァレッタの顔を見た。
「——ふざけんじゃないわよォォォォォォォォォォッ!!」
コバルトの悲痛な叫び声が、路地裏から天高く響き渡った。