生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
人はしがらみを断ち切りたい 一
外部の喧騒を遮断する分厚い扉と、殺風景なほどに無機質な白い壁。
そこは都内のオフィス街の一角にある、防音性に優れたレンタルスペースだった。
普段は組織のペーパーカンパニーである清掃会社の面談という名目で、無骨なノートパソコンに入った暗号化通話アプリを通して、依頼人と対話するために使われている部屋だ。
互いの安全性を守るための冷たい密室だったが──今日ばかりはひどく様変わりしていた。
殺風景な天井からは、百円ショップで買ってきたのだろう色とりどりの輪飾りが何本も吊るされている。
部屋の正面にあるホワイトボードには、A4用紙に大きなフォントで一文字ずつ貼られたタイトルコールが用意されていた。
『ラピスちゃん 組織にいらっしゃいませの会』
手作り感満載のその文字の前に長机をくっつけて作られた大きなテーブルがあり、そこにはシルヴァレッタ、コバルト、ラピスラズリ、クロム、そしてバナジウムの五名が集まっていた。
テーブルの上には、コンビニエンスストアで買い込んできた大量のスナック菓子と、色鮮やかな数本のジュースのペットボトルが所狭しと並べられている。
「ダイヤモンド──アルファベット狩りが再び現れたいま、悔しいですがD.O.Eとの活動は厳しいですわ」
純白のゴスロリドレスに身を包んだラピスラズリが、紙コップを両手で包み込むように持ちながら、静かに、しかし決意を秘めた声で発言した。
彼女を拾い、空き巣などの『夜のお仕事』のノウハウを仕込んでくれた古巣である、ニセモノのD.O.E。
しかし、その組織は今やダイヤモンドという抗いようのない強敵にロックオンされている。
このまま壊滅が見えてしまっている組織は、もはや彼女を守る盾にはなり得ない。
「ですので……バナジウムさんの組織に加入することに決めましたの」
ラピスラズリは、真っ直ぐにバナジウムを見つめてそう宣言した。
「嬉しいです! 大歓迎ですよー!」
バナジウムは満面の笑みを浮かべ、ニコニコしながら五人分の紙コップに手際よくオレンジジュースを注いで回った。
彼女のその屈託のない笑顔は、裏社会の暗殺組織で生き抜いてきた人間とは思えないほど明るく、場をパッと華やかにさせる力があった。
「私としても心強いわ。これからよろしくね、ラピスラズリ」
コバルトが、安心したように目尻を下げてラピスラズリを歓迎する。
かつては触れたら切れるナイフのようなピリピリとした空気を纏っていたらしい彼女も、今やすっかり頼れるお姉さんとしての風格を漂わせている。
その横で、シルヴァレッタも「うんうん」と深く頷いていた。
彼は感情の起伏こそ乏しいが、コバルトたちが姉妹のように笑い合える環境が整っていくことを、心から喜んでいるようだ。
「ウチはメイドの仕事があるから加入はできないが、何かあったら呼んでくれよ。チカラになるぜ」
壁際に寄りかかっていたクロムが、ニッと勝気な笑みを浮かべて頼もしい発言をした。
彼女は現在、日本三大企業の一つであるアカシャグループ。
その社長一家に雇用されており、メイドとして再就職を果たしている。
仕事中に抜け出してきたのか、真っ白な割烹着に落ち着いた着物姿という大和撫子然とした出で立ち。
耳や口元に残る無数のピアス穴と反抗的な目つきのギャップは健在だ。
「これで後はマイカちゃんが見つかれば、ジュエル二期生全員集合ですねっ!」
バナジウムが、紙コップを高く掲げて元気よく、心の底から嬉しそうに発言する。
ジュエル。
捨てられた孤児を宝石に見立てて買い集め、有効活用というお題目のもとに冷酷な暗殺者を育て上げていた非道な組織。
路傍の石のように捨てられていった脱落者も数知れず、生き残った彼女たちもアルファベット狩りによって居場所を失い、コンクリートジャングルへと散り散りに放り出された経緯がある。
そんな過酷な運命を辿った彼女たちが、今こうして再び集い、スナック菓子をつまみながら笑い合っている。
シルヴァレッタの意識の奥底にいるぼくは、その光景を特等席から眺めていた。
そうか……これでジュエルの二期生メンバーが出揃うのか。
「全員集合と言っても、マラカイト姉さんの居場所は掴めてるの?」
コバルトが、ふと思い出したようにバナジウムに尋ねた。
マラカイト。
冷酷なまでの美しさと殺気を放つ、大口径の拳銃を扱う妖艶なスナイパー。
しかしその実態は、彼氏に浮気されてフラれた腹いせに居酒屋で泣き崩れてヤケ酒をあおるという、俗に言う『重たい女』の一面を持ち合わせている。
「あ! 言ってませんでしたっけ?」
バナジウムはポンと手を叩き、誇らしげに胸を張った。
「姉さんとは、すでに専属契約を結びました! これで敵に回ることは絶対に無いですよー。あと、シナバーちゃんとも顧問契約してます!」
行動が早い。
「……えっ?」
コバルトが目を丸くする。
シナバー。
最年少のジュエル二期生だ。
カードゲームをこよなく愛し、自らゲームを創設する天才ちびっ子。
『シンシヤ先生』という名義で創作活動を行なっており、その作品は国内で絶大な人気を誇っている。
その二人の凄腕を、すでに自組織の傘下に収めているという事実。
いくら元は同じ組織の仲間とはいえこうもあっさりと手懐けてみせるなんて。
さすがは組織のトップを張るだけのことはある。
非常に優秀な立ち回りだと、ぼくは手放しでバナジウムに感心してしまった。
「はー……」
ラピスラズリが、ひどく印象深そうな、感嘆の吐息を漏らした。
「さすがバナジウムですわね。全く抜かりがありませんこと」
「敵に回したくねーとは昔から思ってたが、想像以上にやり手だったな……」
クロムも、呆れたように苦笑いを浮かべて感想を口にする。
ジュエル時代から、彼女の底知れない交渉力や組織運営の才能は一目置かれていたのだろう。
和やかな空気が流れる中、ラピスラズリがコップを置き、ふと首を傾げて疑問を投げかけた。
「で、組織名は何て言うんですの?」
「あっ」
あっ
コバルトが顔を真っ赤にして短い悲鳴を上げ、慌てて身を乗り出してバナジウムの口を塞ごうと手を伸ばした。
しかし、無情にもバナジウムの口の方が早かった。
「『コバルトちゃんの好きにさせ隊』ですよ!」
バナジウムは、満面の笑みで、一言一句ハッキリと、そのふざけ切った組織名を声高に宣言した。
「「「…………え?」」」
クロム、ラピスラズリ、そしてシルヴァレッタの三人は、ポカーンと口を開けて完全にフリーズした。
当然の、そして極めて常識的で普通の反応だった。
数秒の沈黙の後。
「ぶっ……アハハハハハハッ!!」
クロムが腹を抱えて盛大に爆笑し始めた。
彼女は笑いすぎて涙目になりながら、コバルトにバンバンと肩を叩いて絡んでいく。
「コ、コバルト! お前、いくらなんでもナルシストにも程があんだろ! 好きにさせ隊って、おい!」
「ち、違う! 私じゃないの! 私が入った時から、既にこの名前だったのよォ!」
コバルトは涙目で顔を真っ赤にしながら、必死に手を振って反論する。
「リーダー権限ですっ! この名前だけは絶対に譲りません!」
バナジウムは腰に手を当てて、どこまでも堂々と、全く譲らない姿勢を見せつけた。
その光景を見て、ラピスラズリは「フフッ」と上品に口元を隠して微笑み、シルヴァレッタもまた、柔らかな、ひどく人間らしい微笑みを浮かべていた。
かつて、人を殺すことだけを教え込まれた少女たち。
彼女たちが今、こうして年相応のバカバカしいやり取りで腹の底から笑い合っている。
ぼくは、この奇跡のような日常が一日でも長く続いてほしいと、心から願わずにはいられなかった。
⬛︎◆▲
その後、積もる話に花が咲き、お菓子をつまみながらの談笑が一時間ほど続いた。
ジュースのペットボトルが空になり、場がすっかり温まったところで、バナジウムがパンッと柏手を打って空気を切り替えた。
「さて! 一区切りついたところで……今後の大事な話をさせてください」
彼女の声から先ほどのふざけたトーンが消え、組織のリーダーとしての真剣な響きが帯びる。
全員が居住まいを正し、彼女の言葉に耳を傾けた。
「あたしたちには、達成すべき三つの目標があります」
バナジウムは、真っ直ぐに伸びた人差し指を一本立てて説明を始めた。
「一つは、シナバーちゃんの夢である『南極到達』。そして、そのための『ウラベ遺産』の捜索です」
南極。
そこは、シルヴァレッタというオーパーツの眠っていた秘境の一つ。
シナバーの夢『巨大ロボットへの搭乗』もさることながら、強大な遺産の情報を追うことは、現状の彼らにとって避けては通れない道だ。
バナジウムはさらにもう一本の指を立てて、発言を続ける。
「次に、マイカちゃんの捜索。ジュエル二期生を完全にコンプリートする、あたしの夢です。……皆さん、協力してくれますか?」
彼女はぐるりと周囲を見渡し、一人ひとりの顔をじっと見つめて確認をとる。
シルヴァレッタ、コバルト、ラピスラズリ、そしてクロム。
全員が、迷うことなくコクンと力強く頷いた。
散り散りになった家族を取り戻す……それは、ここにいる全員の共通の願いでもあった。
「ありがとうございます」
バナジウムは深く頭を下げた後、ふうと一呼吸おいて、三本目の指を立てた。
その瞳に、冷たい決意の光が宿る。
「そして三つ目ですが……。アルファベット狩りの主犯、ダイヤモンドの対策です」
その名が出た瞬間、部屋の空気が一気に重く、張り詰めたものに変わった。
三年前に裏社会を震撼させ、ジュエルを壊滅に追いやった張本人。
不老不死の人外であり、ウラベ博士の組織が開発したと言う二つの凶悪なアイテム。
『人類監視AI』と、非常識を常識に上書きする『指輪』のオーパーツを使いこなす、圧倒的かつ理不尽な強者。
「対策っつっても、具体的にはどうすんだよ?」
クロムが、腕を組みながら現実的な疑問をぶつける。
「相手は不老不死だぜ。物理的な攻撃が意味ねえ上に、こっちの『非常識』な身体能力は指輪で無効化されちまう。正直、今のままじゃ手も足も出ねえ」
「ええ、その通りです」
バナジウムは重々しく頷き、現状の戦力分析を口にした。
「今のあたし達に必要なもの。それは、超常現象への確固たる対策と、可能ならそれをこちら側にも実装することです。オーパーツであるシルヴァレッタさん、そして超能力を持つマラカイト姉さんとシナバーちゃんが居ますが、正直、相手の圧倒的なチート戦力には全く足りていません」
彼女はテーブルの上に置かれた空の紙コップをジッと見つめた。
シナバーの能力も充分チート級なのだが、『非常識』の範疇として人工オーパーツにより無効化される可能性が高い。
ましてや彼女は最年少、ダイヤモンドに対抗するための戦力としてカウントするのは心許なかった。
「ですが、それ以上に致命的なのは……あたしたちに『知識』がないことです。オーパーツとは何なのか。ウラベキミトは何を研究し、何を遺したのか。そのルーツを知らない限り、ダイヤモンドの持つ戦力を超える事は不可能です。だからこそ、知識の補充が急務だと考えます」
「もしかして、何か良い作戦があるの?」
コバルトが、身を乗り出してバナジウムに尋ねた。
「アンタが、何も考えずに私たちにそんな漠然とした疑問を投げかけるとは思えないわ」
長年の付き合いからくる、絶対的な信頼。
コバルトの言葉を受け、バナジウムはニコッと、自信に満ちた頼もしい微笑みを浮かべた。
「はい。一つ、心当たりがあります」
バナジウムは、テーブルの上に広げてあった都心の地図を指差した。
その指が示したのは、都市部から程よく近い、海沿いの広大な埋立地エリアだった。
「かつてのジュエル本拠地だった廃墟……あの『工場跡地』にヒントがあるはずです」
ジュエルの本拠地。
孤児として集められた彼女たちが、血を吐くような訓練を強いられ、暗殺者としての技術を徹底的に叩き込まれた地獄のゆりかご。
そして、三年前にダイヤモンドの手腕によって無残に壊滅され、今はただの廃墟として放置されている場所。
「行くしかないわね」
コバルトが、己の拳をギュッと握りしめて決意を口にする。
過去のトラウマが眠る場所への帰還。
彼女たちにとって、避けては通れない試練の地へ彼女たちは赴く決心をした。