生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

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人はしがらみを断ち切りたい 四

 深夜の静寂が支配する海沿いの工場跡地を後にし、手に入れた『非常識』の元凶であるオーパーツ、銀色の果実を模したその不気味なオブジェクトは組織のリーダーであるバナジウムに預けられることになった。

 

「このオーパーツの構造と成分、そしてどういった原理で私たちに干渉していたのか。組織の知識をフル動員して、徹底的に調査にあたります!」

 そう力強く宣言したバナジウムの目は未知の脅威に対する恐れよりも、理知的な探求心に燃えていた。

 

 彼女になら安心して任せられるだろう。

 コバルトとラピスラズリも深く頷き、バナジウムとはそこで別行動となった。

 

 

 一方、シルヴァレッタとコバルトの二人は、すっかり彼らの住処として定着しているキャンピングカーへと戻ってきた。

 そして、今夜の探索で思わぬ収穫となったもう一つの存在、彼らにだけ視認できる妖精『ミカタ』もフワフワと飛び回りながら、嬉しそうにキャンピングカーの車内へと入り込んできた。

 

 断熱材の効いた暖かい車内で一息つくと、シルヴァレッタは備え付けの小さな冷蔵庫を開け、彼のお気に入りである飲料のペットボトルを取り出した。

 

「飲むか?」

 シルヴァレッタは、テーブルの上に腰を下ろして車内を物珍しそうに見回しているミカタに、そのペットボトルをスッと手渡した。

 

 それは、ぼくがかつて愛飲しており、この身体の主導権を握っているシルヴァレッタ自身もすっかり魅了されてしまった『みかんレモン水』だ。

 彼は冷蔵庫に常備しておくほどに、この安っぽい甘さの虜になっている。

 

 自分の身体と同じような大きさのペットボトルを両手で受け取ったミカタは「なんだい、こりゃ?」と不思議そうに首を傾けた。

 

 彼は底から覗き込んで透明な液体を観察してみたり、柔らかいプラスチックの側面を手でベコベコと押して圧をかけてみたりと、まるで初めて見るオーバーテクノロジーの遺物を検分するような仕草を見せた。

 

「飲みモンなのかい、これ? ガラス瓶じゃないし、なんだかプニプニしてるけど……。缶切りはあるかい?」

 ミカタが、素っ頓狂な疑問を口にする。

 

 缶切り。

 その言葉を聞いて、ぼくは小さな引っ掛かりが生じた。

 

 現代において、飲料の容器を開けるのに缶切りを要求する人間などまずいない。

 ペットボトルという容器の概念すら知らないようなその反応は、それこそ五十年前からタイムスリップしてきたかのような古臭い感覚だ。

 

「ちょっと貸して」

 コバルトが苦笑しながら手を差し出し、ミカタからペットボトルを受け取った。

 

「これはペットボトルって言うの。缶切りなんていらないわ。見なさい、こうやって開けるのよ」

 コバルトは見せつけるようにキャップを握り、カチッと小気味いい音を立てて蓋をひねって外した。

 

「ほら、簡単でしょ? 閉める時は反対方向。時計回りに回して、こう」

 キュッと蓋を閉め直し、コバルトは再びミカタの小さな両手へとペットボトルを返した。

 

「ほえー……。すっげー便利だな!」

 ミカタは感心したように目を丸くしながら改めてペットボトルを受け取ると、オズオズとした手つきで、教えられた通りに蓋を反時計回りに回して開けた。

 プスッという空気の抜ける微かな音と共に、甘酸っぱい柑橘系の香りが漂う。

 

 ミカタはペットボトルの飲み口に小さな口をつけ、両手で抱え込むようにして液体を流し込んだ。

 ゴキュッ、ゴキュッ、と小さな喉を鳴らして、やがて「プハッ!」と勢いよく口を離した。

 

 その瞬間、ミカタの澄み切った瞳が、まるで星屑を散りばめたようにキラキラと輝き出した。

「甘い! あんめーな、これ! すっげー美味いぞ!」

 

 ミカタは全身で喜びを表現し、パタパタと羽を動かして空中で嬉しそうにクルクルと回り始めた。

 その無邪気な反応を見たシルヴァレッタの顔に、パッと明かりが灯ったような、ひどく人間らしい喜びの表情が浮かんだ。

 

「分かってくれるか!」

 シルヴァレッタは身を乗り出し、我が意を得たりとばかりに深く頷いた。

 

 以前、クロムにこの飲料の魅力を熱弁した際にも「安くて美味い」と共感されて喜んでいたが、自分の好きなものを他人に肯定されるという経験は彼にとって、たまらなく嬉しい出来事らしい。

 

 

 上機嫌なシルヴァレッタと、みかんレモン水を抱え込んでちびちびと飲んでいるミカタ。

 そんな和やかな空気が流れる中、コバルトが真剣な表情に戻り、ミカタに話を切り出した。

 

「ねえ、ミカタ。さっき廃工場で『一年待っていた』って言っていたわよね。……どうして、ずっと待っていたの?」

 コバルトの静かな問いかけに、ミカタはペットボトルから口を離し「どうして?」と、オウム返しに言葉を返した。

 

「アナタ、ずっと一人ぼっちで寂しかったって言ってたじゃない。外の世界にも興味を持っていた。……だったら、誰もいないあんな廃工場から飛び出して、外の世界をあちこち旅して回るって選択肢もあったはずよ。羽も生えてるんだから、どこへだって行けたでしょう? なのに、どうしてあんな廃墟の中で一年もジッとしていたの?」

 

 コバルトの指摘は、極めて論理的で真っ当なものだった。

 人間に構ってもらえないからといって、あんな寂れた場所に縛り付けられる理由はない。

 

 コバルトの言葉を聞いて、ミカタは「うーん」と小さな腕を組み、空中でパタパタとホバリングしながら深く悩む様子を見せた。

 

「……そういや、そうだな」

 やがて、ミカタは不思議そうに小首を傾げて口にした。

 

「言われてみれば、外に出るなんて事、これっぽっちも思いつかなかったや。オイラ、生まれた時からずっと『ここで待たなきゃ!』って、心の底から強く思っててさ。外に出るなんて事、考えもしなかったんだよ」

 

 そのミカタの無邪気な証言を聞いて、シルヴァレッタとコバルトは顔を見合わせた。

「……バナジウムと同じだな」

 シルヴァレッタが、低い声で推測を口にする。

 

 バナジウムは確たる証拠もないまま廃工場へと向かい、オーパーツの存在を確信していた。

 それと同じようにミカタもまた、オーパーツの持つ強烈な引力や何らかの意志のようなものによって、あの場に強制的に留め置かれていたのだろう。

 

 となると、このミカタという妖精も、ただ偶然生まれただけの存在ではない。

 あのオーパーツにとって、あるいはウラベキミトという人物の遺した計画において、極めて重要な役割を担っている存在なのかもしれない。

 

「ミカタ」

 シルヴァレッタが、居住まいを正して真っ直ぐに妖精を見つめた。

 

「お前には、何かこう……俺たちにはない、特殊なチカラはあるのか?」

 核心を突く質問だった。

 ダイヤモンドの持つ、非常識を常識に上書きする恐るべき指輪の力に対抗するには、彼らにも未知のカードが必要だったからだ。

 

 それを聞いたミカタは、「おう!」と頼もしく小さな胸をドンッと叩いてみせた。

「オイラ、ハレの化身なんだ!」

「ハレ?」

 コバルトが眉をひそめる。

 

「そう! だから、オイラがうーんと頑張って力を出せば、皆の中にある『特別なチカラ』を、もっともっと強くすることが出来るんだぜ!」

 ミカタは得意げに空中で宙返りをして見せた。

 

 

 ハレ。

 その言葉を聞いて、ぼくの思考が素早く回転する。

 

 「ハレとケ」という民俗学の概念において、「ケ」が日常を指すのに対し「ハレ」は祭りや儀式といった『非日常』を指す言葉だ。

 

 非日常──すなわち、『非常識』という概念に近しい。

 

 あの銀色の果実が、かつての孤児たちに非常識な才能を植え付けたのだとすれば、そこから生まれたミカタが『非常識』の化身であり、彼らの能力を増幅させる力を持っているというのは、あり得る話だと思われる。

 

 ダイヤモンドの指輪が非常識を『常識』へと平準化させる抑止力であるならば、ミカタの力は、その平準化を突き破るための『非常識のブースター』になり得るかもしれない。

 

「本当!? なら、ちょっとだけ私にその力を使ってもらっても構わないかしら!」

 コバルトが、身を乗り出してミカタに頼み込んだ。

 もし本当に自身の能力が強化されるのなら、これ以上ない強力な対抗手段となる。

 

「美味いモン飲ましてもらったお礼だ、お安いご用さ!」

 ミカタは快く頷くと、みかんレモン水のペットボトルをテーブルに置き、コバルトの目の前へとふわりと移動した。

 

「それじゃ、いくよ! うーーんっ!」

 ミカタが小さな両手をギュッと握りしめ、気合を入れる。

 

 すると、彼の半透明の身体がポワァッと暖かな橙色の光に包み込まれ、微細な光の粒子がコバルトの身体へと降り注いでいった。

 それを受けて、コバルトは静かに目を閉じ、全神経を自身の感覚へと集中させた。

 

 やがてミカタの光がゆっくりと収まり、コバルトがパチリと目を開けた。

「どうだ?」

 シルヴァレッタが、期待を込めて尋ねる。

 

「……凄い」

 コバルトは、自分の両手を信じられないものを見るように見つめ、震える声で感想を口にした。

 

「このキャンピングカーの中からでも、外の気配が手に取るように感じ取れたわ。通りを歩く人の表情、野良猫の動き、ラピスラズリが今部屋で何をしているのか……。調子のいい時の二倍、いや、三倍は感覚が研ぎ澄まされてる!」

 

 三倍

 

 三倍程度でそれとか、逆に等倍がヤバい。

 恐怖を通り越して、むしろ笑える。三倍 i scream。

 

 ぼくは、彼女の才能の底知れなさに改めて驚愕した。

 たった三倍に増幅された程度で、キャンピングカーという密室からそれだけの気配を正確に辿れるだなんて。

 彼女が元々持っている空間認識能力が、どれほどデタラメで、どれほど規格外であるかがよく分かる。

 

「へへっ、だろ?」

 コバルトの驚きと称賛を受けて、ミカタは気を良くしたように、人差し指で鼻のあたりをこする仕草をしてテレたように笑った。

 

 

「ミカタ。お前はこれから、どうしたい?」

 シルヴァレッタが、改めてミカタの意思を確認するように尋ねた。

 一人でどこかへ行くのか、それとも──

 

「当面は、二人についてくよ!」

 ミカタは迷うことなく、明るい声で即答した。

 

「オイラ、もう一人ぼっちは嫌だからさ。みんなと一緒に色んな景色を見てみたいんだ! だから、世話になるぜ!」

「そうか。歓迎しよう」

 シルヴァレッタは、少しだけ口角を上げて微笑んだ。

 

 そして、ふと気がついたように言葉を続ける。

「そういえば名乗っていなかったな。俺はシルヴァレッタだ」

「私はコバルトよ。よろしくね、ミカタ」

 コバルトも優しく微笑みかける。

 

「おう! シヴァっさんに、コバっちゃんか! よろしくな!」

 ミカタは、出会って数時間とは思えないほどの親しげな様子で、独特のあだ名をつけて二人を呼んだ。

 

「ああ、よろしく頼む」

 シルヴァレッタは小さく頷き、そして、少しだけ真面目な顔になって付け加えた。

 

「それと、普段は表に出ることはないんだが……俺のこの身体の中には、もう一人いるんだ」

「えっ?」

 ミカタが、不思議そうに首を傾げる。

 

「なるほど、なんかシヴァっさんの魂の色がグニャリと歪んで見えてたのはそういう事だったのか! オイラ、目が悪くなったのかと思ってたぜ!」

 

 ミカタは、オーパーツの力から生まれた存在ゆえか、シルヴァレッタという『意思を持つ弾丸』の魂と、この肉体の本来の持ち主である『ウラベイサク』の魂が同居しているという異常な状態を、感覚的に見抜いていたらしい。

 

「で、そのもう一人の名前は、なんて言うんだい?」

 ミカタが、純粋な好奇心から無邪気に尋ねた。

 

 シルヴァレッタは、自身の内側にいるぼくの存在を確かめるように、静かに、そしてはっきりとその名を口にした。

「ウラベイサクだ」

 

 

 その瞬間

 

 空中でパタパタと羽ばたいていたミカタの動きが、ピタリと、まるで時間を止められたかのように硬直した

 

 

「……え?」

 コバルトが、急に動かなくなったミカタを見て戸惑いの声を上げる。

 

 ミカタの澄み切った瞳が、大きく見開かれ、その焦点はシルヴァレッタの顔──

 いや、その奥にいる『ぼく』の存在を真っ直ぐに貫いていた。

 

 永遠とも思えるような沈黙の後。

 やがてミカタは、シルヴァレッタの顔を見つめたまま、まるで迷子になった子供がようやく探し人を見つけたかのような、ひどく掠れた、泣きそうな声をポツリと呟いた。

 

 

「……イサク?」

 その呼びかけと共に、ミカタの大きな瞳から、透明な涙が一雫、ポロリとこぼれ落ちた。

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